第69話 side: 掲示板に集う者たち
ユカタとダイ=アキュートがエリクサー生成装置を完成させた日から五日後。
広場にある掲示板の周りには……普段では考えられないほどの、大きな人だかりができていた。
「なあ、こんな事ってあり得るのか……」
「あの伝説の薬が……無償配給だと!?」
彼らが見に来たのは、今朝貼り出されたとある新しい掲示物。
その内容があまりにも衝撃的過ぎて……人が人を呼び、掲示からわずか30分であっという間に大量の人が集まったのだ。
そこには、こんなことが書かれてあった。
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●ネルザイア病患者へのエリクサー無償配給及び領民特価でのエリクサー販売のお知らせ
領主・ハバ ユカタ男爵は先日、年間生産量60トン超にも及ぶエリクサーの大量生成装置の開発に成功した。
これに伴い、アイスストウムにてネルザイア病を発症した者には、症状の深刻さと根治療の難しさ、この地特有の風土病であること等を鑑み、原則としてエリクサーを無償配給する。
また領民への優遇措置として、この地で一度以上税を納めた者には、領民特価としてエリクサーを市場価格の十分の一で販売することを約束する(※)。
※購入には医師の診断書あるいは冒険者ギルドにて発行される誓約書を必要とする。転売のための購入が発覚した場合は厳罰に処する。
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書かれてあったのはもちろん、エリクサーに関する通達だ。
それを見て……領民たちは、思い思いの反応を見せた。
「エリクサーって、国宝級の薬だろ? それを量産って……」
「確かAランク冒険者や神剣持ちが命がけで材料を集めて、年にたった八キロしか取れない薬だったよな? いくら何でも桁がおかしいだろ……」
「ていうかなんで安定生産ができるんだ? もしや領主様、ドラゴン牧場とかもってるんじゃ……」
中でも一番多いのは、エリクサーの生産量に対する驚愕の反応だ。
一部には、とんでもない憶測を提唱し始める者までいる。
だが……反応の種類は、それが全てではなかった。
「やった……これでおばあちゃんが助かる……!」
「アイツが植物人間状態になっちまって……ずっと後悔してたんだ! 目が覚めたら、今度こそ思いを伝えてやるんだ……!」
当然ながら……親しい人をネルザイア病で失いかけていた人々は、この掲示で希望を取り戻した。
「大人になったら、こんな危険な病が流行ってる土地出ていくんだって決めてたけど……これなら住み続けてもいいかもな」
「だな。なんだかんだで、それさえ無ければ良い地元だもんな」
そしてユカタとリトアさんの思惑通り、領民の流出を止める効果も表れているようだ。
ネルザイア病に関する反応は、このようなものが殆どを占めていた。
そんな中……一部の冒険者たちは、こんな話で盛り上がっていた。
「なあ……俺たちさ、もうだいぶ普段の冒険がマンネリ化してたじゃん。ここは一つ……せっかくこんな良い保険ができたことだし。エリクサーを買って、『還らずの森』に挑戦しないか?」
「良い案ね。退屈な日々の中、お金だけは余ってたし……せっかくの機会、冒険者らしく限界に挑戦しましょう?」
「でももし、市場価格の十分の一でも有り金全部で足りなかったら?」
「それはそれで『エリクサー代を稼ぐ』って目標ができるだけ良いじゃねーか!」
彼らはこの地唯一のAランク冒険者パーティー、「絶撃の武神」。
どちらかといえば本命のネルザイア病への対応より、領民特価の方に興奮している様子だった。
ちなみに「還らずの森」とは、ここから更に北に進んだところにある、クラーケン並の戦闘力を持つ白熊の群れや氷竜がいると言われている針葉樹林である。
アイスストウムやゾグジー国等、北方に住む冒険者が攻略を憧れる高難易度・高危険度の狩場だ。
このように、領民たちのそれぞれの思いが交錯する中……一人の男が、遅ればせながら猛ダッシュでこの広場にやって来た。
彼は掲示を見るなり……涙を流しながらこう言った。
「ああ……やはり領主様は、医術の神様だったのだ!」
ユカタが通りすがりのネルザイア病患者を回復魔法で治した際、駆けつけた医者。
彼は尚も……ユカタは医療で伝説を残し叙爵したのだと、勘違いを深めるのであった。





