第63話 腸を利用しよう
そして……治療現場を離れた後俺が向かったのは、もちろん例の小屋だ。
エリクサーを作るために協力してもらうといったら、やはりあの方だからな。
もはや検索するまでもなく場所を覚えている隠し呼び鈴を押し、十数秒待つ。
「イレギュラーな時間に鳴ったと思ったら……やっぱりユカタだよね。入って」
ドアを開けたダイさんにそう言われ……俺は地下の研究施設に入っていった。
「今日はどうしたの?」
「前作ってもらったアレをまた作ってもらおうと思って。ほらあの……生きて腸まで届く乳酸菌の強化版みたいなやつを」
ソファーに腰掛けるやいなや、ダイさんに今日来た目的を聞かれたので……俺はそう返し、高等妖兵の水晶玉を一個渡した。
「いいけど……なんで? あれ用量決まってるから、たくさん飲めばもっと効果が出るってわけじゃないんだけど……」
ダイさんは快諾しながらも、若干不思議そうにそう返事した。
「いや、俺が追加で飲むわけじゃないっすよ」
「そうなんだ。なんか前UFO48の団員なんかと激闘してたからさ、『もっとたくさんマキナ株摂っとけば腕の回復早かったのに』とか思って追加で飲みに来たのかと思ったけど……違うんだ?」
「あの戦い見てたんすか!?」
そして……俺はというと、ダイさんが何気なく放った衝撃発言で雷に撃たれたかのような気分になった。
もし俺が今飲み物を手にしていたら、中身を完全に床にぶちまけてしまっていたところだろう。
「見てたよ。この『ディバインスコープ』が完成した時、試しに天体観測しようと思ったら偶然戦いの現場を発見しちゃってさ……。ほんっと全然目が離せなかったんだよ?」
そんな俺をよそに、ダイさんは奥の棚から望遠鏡みたいな魔道具を取り出したかと思うと……そんなことを熱弁しだした。
「後でスロー再生とかでも見ようとしたんだけどさ。10000fpsの精度なのに、動きが激しい時とかコマ送りでも何も映らないし。ホントわけわからないけど、ユカタが人間辞めてるおかげでウチら、UFOに殲滅されずに済んでるんだよね……」
そしてダイさんは、遠い目をしてそう呟いた。
望遠鏡で10000fpsもなかなかヤバいだろ……。
そう思ったが、俺はようやくここに何しに来たのかを思い出した。
いかんいかん。
危うく二人でザネット戦を振り返って一日が終わりそうになるところだったが……本来俺は、エリクサー量産のためのプランを説明しに来たのだ。
ダイさんの「乳酸菌を何に使うのか」という問いにもまだちゃんと答えれてないし……まずはそこから説明しよう。
「で、例の強化版乳酸菌なんすけど……俺、あれを使ってエリクサーの生成装置を作れないかと考えてみたんです。例えばまず、何かしらの魔物の腸を生命維持装置か何かで"飼う"とするじゃないですか? そしてその腸にこの乳酸菌を入れて……生成されたエリクサーを抽出するようにすれば、エリクサーの量産ができるんじゃないかと考えたんです」
特殊空間から紙とペンを取り出し、図解で示しつつ……俺はそう、今日来た目的を説明した。
ダイさんはその図を見つつ……難しい表情をした。
「また訳の分からないアイデア出したもんだね……。なんでまた急にそんなこと思いついたの?」
「ネルザイア病ってご存知ですか?」
「ネルザイア……ああ、たしかにユカタの新しい領地で流行ってそうな病だね。それで?」
「あれ、完治させる治療法が限られてるじゃないすか。それでいろいろ自分なりに調べてみたんですけど……いちばん手っ取り早い方法が『エリクサーを飲ませる』だったんで、今回の案を思いつきました」
そんなふうに、ダイさんの質問に返していると……ダイさんはふふっと微笑んだ。
「相変わらず発想はぶっ飛んでるけど、領民思いの良い領主なんだね。できるだけ協力するよ」
と言いつつも、どちらかと言えばこれから行われる新しい実験にワクワクしているのだろう。
ダイさんは、そう言っていたずらっぽくウィンクをした。
◇
そして俺たちは、具体的な計画を立てに入ったのだが。
「じゃあまず、問題点を整理してこっか。生命維持装置とやらは……正直、何の工夫必要無いかな。生成されたエリクサーの一部を腸の生命維持に使わせるとすれば、腸を漬けるための液体は生理食塩水とかで十分だし」
「そんなもんなんすね」
「ただ……柔毛からのエリクサーの吸収効率は、専用の薬で調整してやる必要があるかな。そうしないと生成されたエリクサー全部使って全身を構築し始めるだろうし」
「なるほど」
「ま、そこはウチの腕の見せどころだね。せっかくだし、新薬開発、頑張ってみる。生命維持に使わない分の余ったエリクサーを取り出す装置は、簡単に作れそうだし……あれ、意外とコレ、現実味のある手法だった?」
どうやら目的の達成は、そう難しく無さそうだった。
少なくともオリハルコン錯体を作った時に比べれば、困難に直面する場面は少なそうだ。
話し合いの中でそのことが分かり、俺は若干安心しかけた。
だがそこで……最後にダイさんは、こう一言付け加えた。
「あと気にするべきは、本当にこれでユカタが望むくらいエリクサーを量産できるか、だね。さっきもちょろっと言ったけど、あの乳酸菌は用量以上に摂取させても意味ないから……時間あたりどのくらいの余剰エリクサーが取れるかは、使う魔物にとっての用量次第になるし」
どうやら装置や薬品の開発は問題無さそうでも、採取できるエリクサーの量が実用的かという懸念点は残るようだった。
「用量が多い魔物を使うのが望ましい、と?」
「そうだね。時間あたりに生成されるエリクサーの量は、摂取させた乳酸菌の量に比例するし……」
「なるほど。ちなみに、用量が多い魔物ってどんなのか分かりますか?」
「それは……まあ薬の用量ってだいたい生物の生命力に比例するから、強い魔物はだいたい用量が多いって考えていいんじゃないかな?」
すかさずいくつか質問してみると、ダイさんはそんな風に答えてくれた。
……なるほど、強い魔物か。
それを聞いて、俺はどんなのがいいか少し悩んだが……ふと俺は、とんでもない名案を思いついた。
俺の仮説が正しければ、俺が思い描いている「強い魔物」は必ず存在する。
実際に装置の完成の目処が立ち、後は腸を漬けて装置を作動させるだけって段階になったら、その魔物を狩りにいくとしよう。
ちなみに望遠鏡での戦闘観測シーンは、書籍版スライム召喚無双のゲーマーズ様の特典SSに載ってます(豆知識)!
それも踏まえてよかったら是非!





