第62話 医療の神
回復魔法をかけるといっても……ただ体調を戻すだけじゃ、かえって悪影響かもしれないな。
地球にいた頃でも、「解熱剤を使うと一時的には楽になっても、病気が重くなるのは防げないし、なんなら余計に重くなるかも」みたいな話は常識だったし。
できれば、倒れてる人の体内の病原体を減らす方針で治療を施したいものだ。
……しかし、いきなり人体に試すのはちょっと怖い。
できれば、事前に自分がやろうとしてる魔法の効果を確かめておきたいところだな。
などと考えていると……倒れている人の容体は更に変化し、今度は泡を吹いた。
それを見て俺は、咄嗟にとある方法を思いついた。
そうだ。この泡にネルザイア病の病原体が含まれてたら……まずはそれを魔法でピンポイントで消せるか、実験してみればいいんだ。
まずは泡に対し、(ネルザイア病の病原体を検索)と念じる。
最近では鑑定内容から特定の項目を探すのに使ってばかりの「検索」スキルだが……もともとこのスキルは、ダイさんの小屋の呼び鈴魔道具の位置を探すのに覚えたものだ。
今回もそれと同じような要領で、泡中の病原体を検索するわけだ。
検索を行うと……呼び鈴魔道具の時と同じように泡の上に▼マークが表示された。
ただ……今回は▼マークだけでなく、「▼(497)」というように、マークの隣に数字も表示された。
どうやらこれは、吐き出された泡の中に497個の病原体が含まれていることを示しているようだ。
数まで分かるというなら、話は早い。
早速魔法を使って、その前後で数がどう変化するか見てみよう。
「プヨン、幻影色合わせゲームを頼む」
「りょーかーい!」
スライムの幻影を1連鎖消しすると……俺は「ネルザイア病の病原体よ、消え去れ」と念じつつ、泡に向かって魔法を放った。
すると……▼の隣の数値はみるみるうちに減り、しまいには0になって▼マーク自体が消滅した。
……これなら治療に使えそうだ。
俺は病人本人に対し病原体検索をかけると、更にスライムの幻影を一連鎖消しし、同じ魔法をかけた。
すると同様に、病人の体内のネルザイア病病原体数も0になったのが確認できた。
ただ病原体を消滅させただけなので、目に見えて容体が良くなった様子は無いが……これ以上容体が悪くなることは、もうないだろう。
あとは仕上げに、普通の回復魔法をかければ良さそうだな。
病原体消滅魔法で余った魔力で回復魔法をかけると……病人は、先ほどまで泡を吹いて倒れていたとは思えないほど元気そうになった。
「え、元気になった……これは……?」
元病人は身体を起こすと……そう言って、困惑したように周りを見渡した。
そして……目の前にいた俺と目が合った。
「あなたが治療してくれたんですね、ありがとうございます。しかし……私は回復魔法をかけられたように感じたのですが、なぜこんなに元気なのでしょう?」
そして元病人は、感謝の言葉の他にそんな疑問も口にした。
回復魔法をかけたんだから、当然では?
副作用が起きそうな要因も先に取り除いたし……。
そう思っていると……俺と元病人を取り囲む人だかりに向かって、一人の男が猛ダッシュで駆けつけてきた。
男は俺たちに近づいてきたかと思うと……これまた困惑したように、こう口にした。
「ここにネルザイア病の重篤患者がいると聞いてきたんだが……その者はどこだ?」
どうやら今駆けつけた男は、医者のようだ。
そういえば……倒れた人が出た時、誰かが医者を呼びに行ってたな。
そして医者の問いには、人だかりにいた人の一人が俺を指差しつつ答えた。
「あの男が……回復魔法で直したんです。信じられないでしょう?」
すると医者は……雷に撃たれたかのような表情でこう言ってきた。
「馬鹿な! ネルザイア病に回復魔法なんて患者を危険に晒すだけだ! ……のはずなのに、患者は元気になっとるのか。はて、どういう……」
「患者を危険に晒す、ですか?」
医者の言葉を聞いて、俺はそう聞き返した。
解熱剤の副作用的なのは想定して、ワンクッション置いた治療をしたのだが……もしかして、それ以上にまずいことが起きかねなかったのだろうか。
「そうだ。ネルザイア病の患者は……回復魔法をかけると大抵ショック死してしまうのだ。だからその治療には、魔法の使用は厳禁……のはずでな」
……アナフィラキシーショック的な感じだろうか。
医者の言葉を聞き、俺はそう予測した。
回復魔法をかけると免疫が強化されて、免疫が暴走して身体を蝕む的な。
しかし……それなら病原体を先に消滅させておけばそのリスクはなくなるはずなので、辻褄は合うな。
「俺はまずネルザイアの病原体を消滅させてから、回復魔法を使いました。ショック死が起きなかったのは、その手順を踏んだからだと」
カラクリが何となく分かった俺は、医者にそう説明してみた。
すると……医者は口をパクパクさせつつ、震える声でこう言った。
「病原体を消滅? そんな未知の魔法を事もなげに……あなたは医療の神かなんかですか!?」
……え。
「いやあの、通りすがりの領主ですよ。なんかこんな手順で応急処置したらええんかなと思ってやっただけで……」
「領主様? ……なるほど! アイスストウムの新領主様は、英雄としての功績で爵位を賜ったと聞いておりましたが……本当は医術で伝説を残された方だったんですね!」
「あ、いや……」
……なんかとんでもない勘違いをされてしまったぞ。
「私、医療の道に進んで30年が経ちますが……このような出来事に出会えるとは、願ってもおりませんでした! 本当に光栄な限りです!」
医者はそう言ったかと思うと、勝手に俺の手を取って握手してきた。
……やばいな。
今の方法が鑑定の言う「適切な治療」で、再発まで防げてるかは未知数なのに……このままだと、この治療法があれば安泰みたいになってしまいそうだ。
それに……この流れだと、俺は毎年この季節、ネルザイア病の治療に従事することになりかねない。
これは……急いでさっき思いついた特効薬の量産方法を試し、真の根治療法で治療法の上書きをする必要があるな。
「すみません。じつはもう一つ、もっと良い治療法を思いついていて……その検証をしたいので、ここは失礼します」
俺はそう言って、混沌剣飛行でこの場から離れた。





