第37話 最初の成果
溶媒となる「イオンホールド酸」が完成したので……次のステップは、オリハルコンをイオン化させることだな。
どうやってやるのかは分からないが……まあまずは、試しにスライムを連鎖消ししつつ、オリハルコン原子に向かって「電子よ去れ」とでも念じてみるか。
それでうまくいかなければ、また調べ物をすれば良いだけの話だ。
「じゃあ、ちょっと試してみますね」
俺はそう言って、ダイさんからイオンホールド酸の入ったバケツを受け取った。
そしてそこにオリハルコンを入れ、スライムを積んでいった。
まずは……手始めに、2連鎖ダブルで試してみるか。
はじめから強力すぎる魔法を使って、「オリハルコンの原子核しか残りませんでした」とかなったら目も当てられないからな。
スライムを連鎖消しし、オリハルコン原子一つ一つから電子を飛ばすよう念じる。
すると……オリハルコンの塊はバチバチと放電を始め、しばらくするとそのサイズは約半分になっていた。
おそらく、これで「オリハルコンを溶かせ」てはいるのだろうが……確認を怠るのはまずいからな。
そんなわけで、鑑定を発動すると……無事【イオンホールド酸オリハルコン水溶液】と表示され、俺のやり方で合っていることは実証された。
「い、今の……オリハルコンを溶かしたんだよね? 上手くいった感じ?」
「そうっすね。今のと同じ魔法をもう一回使ったら、今度は完全に溶けきると思います」
「おー良いじゃん!」
ダイさんもかなりワクワクした様子で、バケツの中を覗いてくる。
「……じゃあ、やりますよ」
俺は再びスライムを2連鎖ダブル消しし、オリハルコンを完全に溶かした。
「できたね!」
「できましたね!」
俺たちは再びハイタッチし、それからまたバケツに視線を戻した。
ここまでなかなか大変だったな。
まあ、まだここでようやく折り返し地点といったところなのだが。
次は……この溶けたオリハルコンにもう一手間加えて、触媒として使える形にしないとな。
「次は……どうしたらいいっすかね?」
俺はダイさんに、次の手順を質問した。
「次? ああ、そうだよね、これ錯イオンにしようって話だったもんね。じゃあもうチャチャっとやっちゃっていい?」
すると……ダイさんは、あとはもう簡単な仕事だとでも言わんばかりにそう返してきた。
「チャチャっとって……そんな簡単なんっすか?」
「ここまできちゃえばね。あとはもう楽勝よ」
……そんなもんなのか。
じゃあ、やってもらうか。
「じゃあお願いします」
「りょ」
そう言うと……ダイさんはバケツの液面に、一つの魔法陣を浮かべた。
……え、もしかしてそれだけでできるのか?
そう思っていると……数秒後、バケツの中に沈殿ができ始めた。
そしてさらに十数秒経つと。
今度は、その沈殿が溶けていき、バケツの中身は再び透明に戻っていた。
「できたっぽいよ」
沈殿が完全に溶けたタイミングで、ダイさんはそう宣言した。
……今までの苦労に比べると、随分と呆気なかったのだが……本当にできているのだろうか。
まあダイさんがそう言う以上、とりあえず鑑定はしてみるが。
せっかくだし、自分でも鑑定内容を読んでみたいものだな。
「プヨン、鑑定って簡易表示とかできるのか?」
「うーん、ためしてみるー!」
俺はプヨンに頼み、普段よりちょっと簡易的な鑑定結果を表示してもらうことにした。
【テトラアンミンオリハルコン(Ⅱ)イオン】
オリハルコンを錯イオン化したもの。
オリハルコンの錯イオンには何種類かあるが、アンモニアを配位子に持つこの物質には「光を浴びると魔力を生成する」という触媒作用がある。
こうして生成された魔力は、魔道具の魔力補充や人間の魔力補給にも使うことができる。
この魔力を人間の魔力補給に使用した際、副作用が生じることはない◼︎
鑑定すると……このような説明が表示された。
「錯イオン、できてました。テトラアンミンオリハルコン(Ⅱ)イオンって物質だそうっす」
「お、やっぱ成功か。良かった!」
ちゃんと目当ての物質ができていたことを報告すると、ダイさんも満面の笑みで喜んでくれた。
「ちなみに……その物質がどんな性質を持ってるかとか、鑑定で調べられる?」
「はい。これ、光を浴びると魔力を生成するらしいっす。その魔力は、魔道具の補充とか人間の魔力回復とかに使えるみたいでして……」
「へえーそうなんだ。もしかして……その魔力補給って、制限とか特に無い感じ?」
「そうっすね」
「ユカタの魔力補給みたいなもんなんだね。てなると、何作ろっかな……」
オリハルコンの錯イオンが完成し、その使い道に興味が移ったダイさんは……そんな返事をしてきたかと思うと、顎に手を当てて考え込みだした。
そして、しばらく待つと。
ダイさんは、何か閃いたのか、
「一ついい案思いついた」
と言って、奥に何かを取りに行った。
そして一着の服を持ってきたかと思うと……それをバケツの中に漬けてしまった。
……何をやっているんだ?
そう思っている間にも、ダイさんはその服を取り出し、魔法で乾かしていく。
「こんなの作ってみたんだけど、どう?」
乾かし終えると、ダイさんはその服を俺に見せつつそう言った。
どう、と言われてもな。
今一体何ができたのか、俺にはさっぱりなのだが……
「何を作ったんですか?」
「日に当たって生成される魔力を人間が取り込むには、やっぱり服を触媒にするのがいいかなと思ってね。着るだけで魔力を補給できる服を作ってみたんだ」
俺の質問に、ダイさんはそう答えた。
なるほど……確かにその方法だと服を着てる限りいつでも魔力を補給できるし、理に適ってると言えるな。
問題は、生成される魔力量が実用レベルなのかどうかだが……まあそれは、誰かに試着してもらって確かめればいいだろう。
あ、そういえば……俺、オリハルコンの錯イオンの使い道を調べたら、またギルドに報告に戻らなくちゃならないんだったな。
実験の方も、一応の区切りはついたことだし……この辺で、いっぺん報告に戻るとするか。
ついでに誰か冒険者にこの服を着てみてもらえば、その実用性も見極められて一石二鳥だしな。
「そういえば俺、ここに来る前、冒険者ギルドに行って……」
俺は一通り、ここに来るまでの冒険者ギルドでのやり取りを説明し、成果をギルドに報告しなくてはならないことを伝えた。
そして、
「これは共同研究なので、ダイさんも一緒に来ませんか?」
と誘ったが、
「いいよ、ウチは。ウチがやったことなんて、ユカタの資料と天災の滴をもとにイオンホールド酸を作ったくらいだし……。ユカタの成果として報告すればいいよ。てか、あんなとこ出向くのめんどくさいんだけど」
と断られてしまった。
……まあ、いいか。
イオンホールド酸の作り方の詳細とかは俺に聞かれても困るので、ダイさんの名前を出さないわけにはいかないが……ダイさんがそう言うなら、俺だけギルドに行ってきて、報告してくれば大丈夫だろう。
「じゃあちょっと、行ってきます」
俺はそう告げて、冒険者ギルドに向かうことにした。





