第36話 イオンホールド酸
今回の話、理系の方以外にとっては最初の方ちょっと理解しにくい部分があるかもしれませんが、要約すると「オリハルコンの溶かし方は分かったけど溶かすための液体の入手が困難だと分かった」みたいなことが書かれてます。
オリハルコンの溶かし方を読むこと数十分。
俺たちは、大まかな流れを理解することができた。
まず分かったのは、オリハルコンは通常我々がイメージするような「酸性の液体の中に入れて溶かす」というのはできないということだった。
「オリハルコンは溶かせない」という通説は、おそらくそれが原因で定着したのだろう。
だが──それは決して、「オリハルコンを液中で電離したままにできない」ということを意味してはいなかった。
言い換えれば、オリハルコンを「溶けた状態のまま液体の中でキープする」ということが不可能なわけではなかったのだ。
具体的にどうやって『溶かす』のかというと……まずは、オリハルコンの金属原子から魔法で強制的に電子を抜き去り、オリハルコン原子を『イオン化』させる。
そしてできたそのオリハルコンイオンを、液中にイオンを電気的に中和しないよう保つ性質の液体に入れると……一応「オリハルコンが溶けた」という状態を作り出すことができる、という話だったのだ。
なかなかに小難しい話で、理解するのに苦労したが……ダイさんが分かりやすく解説してくれたお陰で、俺もフワッと全容を掴むくらいのことはできた。
だが……それで全てが解決した、というわけでもなかった。
溶かし方を理解できた代わりに、今度は「聞いたこともない溶媒が必要だ」ということが判明したのだ。
オリハルコンを溶かすのに必要な液体は「イオンホールド酸」という名前の液体なのだが……そんな酸は、ダイさんですら聞いたことがないという。
俺たちは、まずはその「イオンホールド酸」の調達から始めなくてはならなくなったのだ。
知らないものを調べるにはどうしたらよいのか?
もちろん、鑑定と検索だ。
そんなわけで、俺は今度は「イオンホールド酸」についての説明を得るため、再度鑑定と検索をし……そしてプヨン輪転機法で資料を印刷した。
「これが『イオンホールド酸』に関する資料っす」
「分かった。ちょっと読んでみるね」
ダイさんは新たな資料を受け取ると、また難しい顔をしてそれを読み始めた。
一応、俺も読んでみるか。
そう思い、俺は鑑定の表示に目を向けたが……最初の一行から、内容が全く頭に入ってこなかった。
……仕方ない。大人しく待とう。
そう思い、俺は部屋のソファーに腰かけた。
どうせ、俺が内容を一ミリも理解できなかったとしても、ダイさんの指示通り動いて「イオンホールド酸」とやらの原料をかき集めて来れれば御の字なんだしな。
そしてまた、十数分が経過すると……ダイさんは机の上に資料を置いたあと、大きくため息をついた。
「これ……作るの無理だね……」
ダイさんの第一声には、諦めが全面に出ている。
「どうしてっすか?」
「なんていうかさ、製法がどれも現実的じゃないんだよね」
「現実的じゃないって……具体的には、どんな感じなんすか?」
「んとね……万に一つも成功しないような難易度の錬金術が必要だったり、プロセスは現実的でも絶対手に入らないような材料が必要だったりするんだよね」
詳しく理由を聞いてみると、ダイさんはザックリとそう教えてくれた。
錬金術の要求レベルか、原料調達かどちらかがネック、か。
どちらかといえば……俺が協力できるかもしれないのは、原料調達の方の解決だろうな。
まずは、そっちから聞いてよう。
「材料的に無理そうな方、具体的に何がいるか教えてもらえます? もしかしたら俺、取ってこれるかもしれないんで」
「うーん、じゃあ……例えばこれ。手に入らない材料は一種類なんだけど……その一種類が、よりにもよって天災の滴なんだよね。無理でしょ? そんなの。いつ出現するか分からないし、てか出現を願うとか不謹慎だし……」
両手を広げながら、首を左右に振るダイさん。
だが……それとは対照に、俺は完全に希望を見出した。
「それなら用意できます」
俺はダイさんに、そう断言した。
イオンホールド酸……天災の滴があれば作れるのか。
それなら、第一宇宙速度で今もこの惑星の周りを回っているじゃないか。
「は?」
「ちょっと行ってきます」
ダイさんはキョトンとした表情になったが……俺は、説明するより実際に取って来た方が早いと判断した。
そして混沌剣を片手に施設を飛び出すと……混沌剣を片手に、一気に周回軌道上まで移動した。
そのまま俺は、光速の五十分の一くらいの速度で惑星の周りをグルグルと周りはじめた。
もちろん、魔法で動体視力と脳の回転を強化した上でだ。
すると……体感時間で三分くらい経った時、俺は巨大な水滴がすれ違っていくのを発見することができた。
「見つけた」
そう思って引き返し、その水滴に近づく。
鑑定すると、ちゃんと【天災の滴】と表示され、本物だと確認が取れた。
俺はその一部分を混沌剣で切り取り、自分用特殊空間にしまった。
そして再び、ダイさんの施設に帰っていった。
「ありました」
俺はそう言いつつ、特殊空間から天災の滴の欠片を取り出してダイさんに見せた。
「……それほんとに天災の滴なの?」
ダイさんは、半信半疑といった様子で欠片を眺めてくる。
……凍ってるせいだろうか。後で解凍しなくちゃな。
「そうっす。一部分切り取って持ってきました」
近くにバケツがあったので、その中に欠片を入れ、解凍することにした。
スライムの幻影を4連鎖くらい消しつつ、「融解しろ」と念じる。
すると、天災の滴の一部だった欠片は無事液体に戻った。
「そ、そうなんだ……なんか全然頭がついていかないけど。まあユカタがそう言うなら信じるよ。他の材料なら一応ここに揃ってるから、作れるか試してみるね」
ダイさんはバケツを受け取ると、器具が積んであるところにそのバケツを持っていった。
そしてそのバケツの中に何種類かの粉を入れると……ラテアートっぽい要領で魔法陣を描いたりと、作業を進めていってくれた。
そのまま、しばらく待つと。
「できた……と思う。イオンホールド酸の実物見たこと無いから分かんないけど。鑑定してみて?」
ダイさんがそう言ってバケツを差し出してきたので……俺はその中身に鑑定を発動した。
「……できてますね!」
ちゃんと【イオンホールド酸】(以下略)と鑑定に表示されたのを見て、俺はダイさんにそう報告した。
「やったじゃん!」
満面の笑みを浮かべつつ、掌をこちらに向けるダイさん。
俺たちはハイタッチをして、溶媒の完成を喜んだ。
「でも……天災の滴なんてどっから持ってきたの?」
その後……今度はダイさんは、そんな質問を投げかけてきた。
……そういえば、その説明がまだだったな。
「以前、バヨエインの街に天災の滴が出現した時、宇宙空間に放り出して対処したんっすよね。で、それがまだ宇宙空間を漂ってたんで……一部切り取って、回収しました」
「あー、聞いても結局訳分かんないやつだった……」
ダイさんは頭を抱え、ため息をついた。
さて、これでオリハルコンを溶かすための溶媒は用意できたわけだが……まだ、目的の半分も達成できてないんだよな。
俺たちの目的は、あくまで「オリハルコン錯体を触媒に何ができるか」を探ることなのだから。





