第33話 オリハルコン錯体を求めて
「オリハルコンって、錯体にしたら触媒としても使えるんっすよね?」
「……オリハルコンで触媒? 何のことなんですかそれ、聞いたことないんですが……」
……そうなのか。
これは……もしかして、聞く相手を間違えたか。
そもそも俺、「素材に関する質問だから」ってことでとりあえずギルドで聞いてみようと思ったけど……よく考えたら、実際に加工するのはギルド職員じゃなくて、ギルドが素材を流通させた先にいる人々だもんな。
どちらかといえば、オリハルコン加工の専門家とかに聞くべき内容だったのかもしれない。
である以上は、オリハルコンについて詳しい人に会える方法を受付嬢に聞く方針でいくかな……。
と、そこまで考えた時。
受付嬢は、こんな質問を付け加えてきた。
「というか……その、さ何とかみたいなのって、一体何なんですか?」
さ……ああ、錯体か。
何なんですかと言われると……どう説明したら分かりやすいんだろうか?
「えーと……」
少し考えだした、その時。
いつのまにか鑑定ウィンドウ姿になり、オリハルコンの鑑定結果を表示していたプヨンが、こんな指示を出した。
「ユカター。ゆびにまりょくをこめて、『さくたい』のもじをなぞってみてー」
もしかして……それってつまり、鑑定で電子辞書のジャンプ機能みたいなことができるってわけなのか?
俺は言われるがままに、即実践してみた。
すると……その試みは上手くいき、俺の目の前には錯体に関する説明が表示された。
「なんかその、溶かした金属で沈殿を作る、みたいなもんです」
なんかこれ、本当に電子辞書みたいな感じだったな。
そんなことを考えつつ、俺は鑑定の内容を要約して受付嬢にそう伝えた。
すると……。
どういうわけか、受付嬢はポカンとした表情になってしまった。
「いや……オリハルコンって、絶対に溶けない金属のはずなんですけど?」
……え、そうなの?
いやしかし、鑑定が嘘をつくとは思えないのだが……
「オリハルコンが絶対に溶けないって、どこで聞いた話なんっすか?」
一応、俺はソースを確認してみることにした。
「どこで聞いたもなにも、これは世界共通の認識というか……常識だと思います」
「そうなんすか……。 おかしいな、オリハルコンを鑑定したらそう出てきたのに……」
受付嬢の返答を聞いて、俺はそう呟いた。
……常識、か。
とはいえ鑑定が間違ってるというのも考え難いことだし……恐らくは、その技術は世間に対して徹底的に秘匿されてるんだろうな。
もしそうだとしたら、その秘匿された技術を持つ人を探すのはかなり大変になるだろうし、これはオリハルコン関連のことは保留にせざるを得なさそうだ。
面白そうだと思っていただけに、ちょっと残念。
そう気落ちする俺とは裏腹に……受付嬢は、血相を変えていた。
「それ、鑑定で得た情報だったんですか!?」
受付嬢は顔をズイっと近づけ、声を荒らげた。
「ええ、まあ……。ってか、これがその鑑定結果です」
面食らいつつも、プヨンに一個前の画面に戻ってもらい、俺はその画面を受付嬢に見せた。
すると受付嬢は、続けてこうまくし立てた。
「それ……超大発見ですよ! 絶対に溶けないとされていたオリハルコンを溶かせることが判明したなんて……そんなの、国宝級の発見です!」
「ええ……そうなんすか……?」
受付嬢の言い分に、俺は少し違和感を覚えた。
というのも……
「俺の発見じゃ、具体的な溶かし方はさっぱりっすよ?」
「そんな問題じゃないんです。オリハルコンは長年、学者たちの間でも、絶対に溶かせない金属として結論づけられてきました。その定説が『鑑定』という確固たる証拠とともに覆るんですよ。これが世紀の大発見でなくて何だと言うのです!」
……そんなもんなのか。
「分かりました」
俺はマグネシウムとオリハルコン以外の全ての金属を清算してもらった後、ギルドを出ることにした。
受付嬢には「今すぐ然るべきところに連絡を……」と引き止められそうになったが、どうせなら具体的な方法も調べてからまた報告に来たいと説得すると、なんとか納得してもらえた。
さて……こうなった以上は、もう次の行き先は決まっているようなもんだな。
オリハルコンの専門家に会うかなどと考えていた時にも、あの知り合いのことがちょろっと頭をよぎったが……新規開発となるのなら、むしろ行き先はあの人のところしかないと言っても過言では無い。
「スケジュールを組み直してでも俺の依頼は引き受ける」なんて言ってくれていたくらいだし、今回はアポ無しでも大丈夫だろう。
となったら、今すぐにでも行くか。
俺は混沌剣の出力を抑えて飛行しつつ、例の古びた小屋を目指した。





