第3話 神剣が神剣すぎる件
「どうしてもダメっすか?」
「どうしてもダメですね……」
「あの俺、今本気で困ってるんで、相場とか気にせず安く買ってもらって十分なんっすけど……そうもいきませんかね?」
ここまで頑なに拒否されるのは、おそらく神剣の価値がギルドの支払い能力を大幅に超えるから。
そう判断した俺は、そんな提案をしてみたのだが……。
「なんでお前が神剣の売却にそこまでこだわるのかは知らねえが……売れない理由は、おそらくお前が思ってるのと違うぜ。ここのギルドにはな、神剣を管理できる職員がいねえんだよ」
近くに集まっていた冒険者の一人に、こう言われてしまった。
「神剣を、管理……?」
「ああ。このギルドには、『神剣所有』の適性を持つ職員がいねえってことよ。というか、『神剣所有』持ちの職員なんざギルド本部くらいにしかいねえって」
冒険者が言うには、「神剣所有」の適性を持たない人間は、神剣を一ミリたりとも動かすことができないという。
つくづく扱いに困る代物だな。いろんな意味で。
「ってかなんでお前、それを知らねえんだよ。神剣は、『神剣所有』持ちの子孫だけが、相当な鍛錬の末扱えるようになるって聞くが……それお前が一番よく知ってるもんじゃねえのか?」
「いや、なんか敵を倒したら自然とついたんっすよ。この神剣も、その時手に入れた物なんで」
冒険者に聞かれたので、そう正直に返す。
両親は日本人なので、神剣持ちなわけが無いしな。
すると……その冒険者を含め、野次馬たち全員の表情が固まってしまった。
そしてそれから数秒して、受付の人や冒険者が口を開く。
「……そ、それって……」
「神剣の初代所有者……バケモンを倒したってことかよ……!」
入手方法を聞き、『どうなってんだコイツ』とでも言いたげな表情をする冒険者たちであった。
いや、当たり前だろ。
これが親から譲り受けた大切な物だったとしたら、いくら文無しでも流石に売らないぞ?
結局のところ、分かったのは神剣の売却は原理的に不可能ってことだけだ。
これは本格的に深刻だな。
もう一回浜辺に戻って、クラーケンを回収してくるってのも……あまり現実的じゃあないだろう。
この街から浜辺までは、往復でだいたい一時間はかかる。
あのクラーケンはとっくに海底に沈んでいるか、余熱で消し炭になっているかの二択だろうな。
「ユカタ、きぶんわるいのー?」
「いや、気分悪いとかじゃないんだけどな……」
悩んでいると、プヨンからも心配されてしまった。
「俺……どうしたらいいっすかね……」
思わず、そんな言葉が口からこぼれる。
すると……受付の人が、こんなことを言い出した。
「神剣持ちなら、『次元妖』を狩ってきてみてはいかがでしょうか?」
「……次元妖?」
「はい。神剣持ちの方なら、それが一番手っ取り早い稼ぎ方になると思います」
受付の人の説明をまとめるとこうだった。
次元妖は「特殊空間」という人間界とは別次元のところに住む脅威で、一体の次元妖につき一つの特殊空間が存在する。
そして神剣は、その特殊空間に繋がるゲートの役割を果たす。
どの次元妖がいる特殊空間に繋がるかは、原則としてランダムなんだそうだ。
ちなみに、武器としては役に立たないがゲートの役割だけは果たせる「亜神剣」というものもあり、それは一般人でも扱えるらしい。
神剣を介して次元妖の特殊空間に入ると、その空間の次元妖を倒すまでは特殊空間から出られない。
その代わり、次元妖を倒すと自動で人間界の元いた場所に帰って来られるのだ。
次元妖は大抵上位の魔物レベルの強さを誇り、その分戦利品にも価値があるため稼ぐのにうってつけなのだとか。
聞いた感じだと、確かに魅力的な案だとも思えた。
何より、また街の外に行って狩りをして来なくていいのが助かる。
「それで、神剣をゲートにするにはどうしたらいいんすかね?」
「えっと確か……何もない空間に鍵穴があると想定して、鍵を開ける時のように神剣を動かせばいいって……聞いたことがあります」
受付の人は、不安そうにそう言った。
まあ、試してみればいいか。
そう思い、言われた通りの動作でやってみる。
すると……一瞬にして、景色がガラリと変わった。
◇
ここは……どこだ?
俺はちゃんと特殊空間に入れたのか?
そう思っていると、目の前にユラユラと蠢く人型のなにかが現れた。
と同時に、脳内に直接声が響く。
『この私の空間に人が来るとは……何百年ぶりかだなぁ!』
私の空間、なんて言うってことは、アレが次元妖か?
黒い靄を纏う爪と口から飛び出ている牙こそ不気味なものの……案外、普通の長身の成人男性みたいな見た目してるんだな。
なんかしきりに体を震わせているが……アレは喜んでいるのだろうか。
『今日は久しぶりにご馳走だぁ。なんせ強い人間はコクがあって美味しい』
次元妖は、そんな寒気がするようなことを抜かした。
……おいおいコイツ、俺を食べ物として見ているのかよ。
あまりのどストレートな気持ち悪さに、プヨンもポケットの中に逃げ込んでしまったじゃないか。
アレは、さっさと倒してしまった方が良さそうだな。
神剣を握り直し、振り上げる。
そしてそれを振り下ろそうとした時──俺は不思議な感覚を覚えた。
まるで自分が熟練の剣士かなんかだったような、気持ちいい感覚。
神剣の剣先は次元妖に届いていなかったが、飛んでいった斬撃が確かに次元妖を切り裂いたのを、俺は感じ取ったのだ。
……と思いきや。
『私は美食家だからな、人間界に降りてまで弱者を屠ろうとは思わんのだ。神剣を持つ者こそが、ディナーに相応しいというものよ!』
次元妖、相変わらず喋る喋る。
さっきの斬撃の感覚は、まやかしだったのだろうか?
真実はしかし、次元妖が迫り来る瞬間明らかになった。
次元妖は確かに俺に肉迫したのだが……それは、右半身だけだったのだ。
『私の餌食となること、光栄に思うが……あれ、無い! 左側が無い……無いぞ!』
そう言って、後ろを振り返る次元妖。
その左半身は、もうほとんど消えかけていた。
『……おのれぇぇぇぇぇっっっっっ!』
続いて、次元妖の右半身も消え去った。
これで……いいんだろうか。
にしてもこの神剣、切れ味良すぎだろ。
次元妖の奴、動くまで切られたことに気づいてなかったぞ?
そう考えていると……俺の手元に水晶玉が一個降りてきた。
続いて周りの風景も、特殊空間のものからギルド内の風景へと戻る。
これで……いいんだな。
「お……おい、あの神剣使い、もう戻ってきたぞ」
帰ってくるなり、冒険者の一人がこっちを指してそう言ってきた。
再び注目が集まる。
「ずいぶんと早かったですね……。そんなに簡単に倒せたんですか?」
「そうっすね。一撃で倒せたんで。運良く弱い奴に当たったんじゃないっすかね?」
「弱い個体でも、中堅冒険者が何とか倒せるくらいのものなんですけどね……流石神剣持ちです」
「ははは……」
なんてったって、戦う前に決着は付いてたもんな。
「じゃあこれ、査定お願いします」
俺は手に入れた水晶玉を、カウンターに出した。
すると……受付の人は目を見開き、水晶玉にグイっと顔を近づけたまま硬直してしまった。





