第28話 生きて腸まで届く乳酸菌
魔力不足と術式構築難易度だけが問題なら、俺が魔力供給と脳の回転強化をかけてやればどうにかなるだろう。
だが……それを説明するのは難しいな。
魔力供給の方は、まだ理解を得られるだろうが……魔法で脳の回転を強化するなど、どう頑張ってもイメージ湧かないだろうし。
どうしたものか。
俺はしばらく考えた末……一つの結論にたどり着いた。
試しに一回、体験させてみればいいのだ。
もちろん、ぶっつけ本番で妖大将の水晶玉を使うのはお互い不安だろうから……まずは高等妖兵の水晶玉かなんかで、適当な魔道具を作らせてみてだな。
もちろん、そんなオーダーをしたら追加料金は取られるだろうが……それでも、試してみる価値は十分にある。
「あの……ちょっと試してみたいことがあるんっすけど、協力してもらえますかね」
俺はマジックバッグから高等妖兵の水晶玉を一つ取り出しつつそう聞いてみた。
「試してみたいこと?」
「はい。俺が魔力供給と脳の回転強化の魔法でダイさんを支援するんで、それで普段の実力を超える魔道具を作れるか、試してみてもらえないっすかね?」
呼び方ダイさんで大丈夫かな、などと考えつつ、俺はそう提案してみた。
すると……彼女は首を傾げてしまった。
「魔力供給はいいとして……脳の回転強化? そんなん聞いたことないんだけど」
やはり、そこが引っかかってしまったか。
こればっかりは、彼女が乗り気にならなければ実行しようがないが……せっかくここまで話したんだし、ものは試しで聞いてみるか。
「それは……説明難しいんで、実際にやってみなくてはなんとも……。だから、どうなっても構わない高等妖兵の水晶玉で、まずは試してみようって言ったんすよ」
「ああ、そういうこと……。面白そうやと思うし、ウチは協力してもいいけど……本当に大丈夫なん? 高等妖兵の水晶玉なんか使ってしまって」
……杞憂だった。
彼女は乗り気になってくれた。
ありがたい話である。
「大丈夫っす。これくらいなら、いつでも手に入るんで」
「高等妖兵の水晶玉を、いつでもって……」
いつでも手に入るって言うと、絶句されてしまったが……彼女の了解を得た以上は、とにかく実践だ。
俺は5連鎖分のスライムを積み上げた上に、それと繋がらない連鎖をもう5連鎖分積み上げた。
片方は魔力供給用、もう片方は脳の回転強化用だ。
ちなみにどちらも5連鎖でやるのは、あくまで試験段階だからである。
「ちなみに、理論上作れるけど作るのを断念してた魔道具って、なんかあるんっすか?」
「あるよ」
「じゃあ、それ作り始めてください。こっちはもう準備万端なんで」
連鎖を始めながら、俺たちはそんな会話を交わした。
そして、連鎖が完了すると……俺は魔力供給と脳の回転強化の二つの術式を、彼女にかけた。
すると、彼女は目にも留まらぬスピードで、大量の魔法陣を構築したり水晶玉を変形・変色させたりしだした。
何というか……天才外科医の執刀を見ているような気分だな。
何本も残像が残るその手際の良さに魅了されつつ、俺はそんな感想を抱いた。
少しして……彼女は「できたよ」と、俺に声をかけた。
そう言う彼女の目の前には、水晶玉の原型はどこへやら、白い粉の山ができていた。
いや、本当に少ししか時間が経っていないのかは分からない。
なんせ今の、動画にして配信したら間違いなく急上昇一位を取れるってレベルで鮮やかだったからな。
外に出てみたら実は日が暮れてましたってなってても、俺は驚かない自信がある。
「どんな感じっすか?」
「いやあ、凄かったよ。まさか……本当にウチが『ラクトバチルス・エクス・マキナ株』を作れる日が来るとは思ってなかったからね……」
俺が問いかけると、彼女はやりきった表情でそう答えた。
……って、何だよそれ。
聞いたことのないモノの名前を言われても、何も伝わらないぞ。
「なんなんだ、それ?」
「ウチから説明してもいいけど……どうせなら、鑑定してみてよ。ウチとしても、ちゃんとできてるかどうか確認してほしいし……」
……それもそうか。
そう思った俺は……どうせなら出来るだけ詳しく知りたいので、2連鎖ダブルで鑑定強化を加えてから、プヨンに鑑定のウィンドウになってもらうことにした。
すると……こんな説明が出てきた。
【ラクトバチルス・エクス・マキナ株(強化版)】
機械仕掛けの乳酸菌。
生きて腸まで届き、腸内でエリクサーを合成する⬛️
「……らしいっすわ」
「はぁ!?」
俺が鑑定の説明文を読み上げると……彼女は素っ頓狂な声をあげた。
「なんか変なとこありました?」
「え、エリクサー合成って……いくらなんでも、そこまでなわけないじゃん!」
どうやら彼女は、自分の作った薬(?)の効果を信じられないようだった。
「でも、強化版ですし」
「あ、そう言えばそんなこと言ってたね……ウチ、気づかずにそこまでの効果の作ってたんだ……」
……まあ何にせよ、期待以上の効果が出るのは悪いことではない。
ここは、実験成功を喜ぶべきだろう。
「で……これ、どうやって使うんっすか? 生きて腸まで届くってことは、薬みたいに飲めばいいのかな……」
「飲むのもいいけど……ちょっと待ってて」
彼女はそう言うと……奥の部屋から、牛乳を注いだコップを二つ持ってきた。
そしてその牛乳にラクトバチルス・エクス・マキナ株を同じ量ずつ入れ、コップに手をかざして「はあっ!」と掛け声をかけた。
彼女はその片方を、スプーンと共に俺に差し出した。
「世界一美味しいヨーグルトだよ。一緒に食べよ」
「は、はい……」
おそるおそる、ひとかけらスプーンですくって口に入れる。
すると……適度な舌ざわりとともに、ヨーグルトのほんのり甘い味が口の中に広がった。
「……!!」
あまりの美味しさに言葉も出せないまま、一口、二口と食べ進めていく。
「ボクも食べていいー?」
プヨンがそうねだってきたので、一口おすそ分け。すると……。
「うんまーーい!」
プヨンはそう言って、そこらじゅうをピョンピョン跳ねだした。
その様子を温かく見守りつつ、俺は残りのヨーグルトをスプーンで掬い、口に運ぶ。
気がつくと……ラクトバチルス・エクス・マキナ入りヨーグルトは、完全にカラになってしまっていた。





