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右手の異変

 日が地平線に沈もうかという頃、馬車は冒険者ギルド開拓地支部に着いた。

 四方八方を森に囲まれたテント状の建物。本部と比べるとサイズは控えめ。

 開拓者を魔物から守るために作られた支部だ。

 凶暴な魔物を狩るのが冒険者の仕事。


「おい!サオリ!起きろー!」


 酒を飲んだからだろうか、サオリは全然起きなかった。


「むにゅむにゅ、」


 サオリの肩を揺する。


「んー?もう着いたんですか?」


「とっくに着いてる。早く起きろよ。」


 サオリは目をこすりながら座席から身を起こす。


「早くたて。行くぞ。」


「あ、はい!」


 サオリを急かし、馬車を降りる。


「わー、秘密基地みたい!かっこいい!」


 サオリの言う通り、この支部は秘密基地をテーマに造られている。ミドガルの実力派デザイナーが設計したんだとか。入口が大きく、ウェルカムなところも人気があるのだ。

 入口をくぐると、まず正面に酒場がある。大体の冒険者は暇なときにここで飲んでいる。

 その隣にはクエストカウンター。クエストを発注するところだ。 

 テントの隅には雑貨屋、薬屋、鍛冶屋が並んでいる。

 クエストで入手したアイテムを鍛冶屋に渡せばその場で武器や防具を作ってもらえるのだ。

 他にもキッチンがあったり、寝宿があったりと、生活に必要なものは大体揃っている。それなのに冒険者が少ないのはクエスト難易度がやや高めだからだろうか。

 クエストカウンターへ向かう。


「クエストを発注したいのですが。」


 振り向いた受付嬢はとても美人だった。容姿だけならクリスさんに劣るが。


「ご希望はありますか?」


「討伐クエスト、難易度3で。」


 受付嬢は紙をペラペラめくる。


「これなんてどうでしょう。ガルム6体の討伐。時間的にもぴったりですよ。報酬は8千べン。」


「これでお願いします。サオリ、冒険者証出して。」


「あ、はい。」


 二人の冒険者証を受け取った受付嬢はそれを魔法陣にかざし、表に名前を書き込んだ。


「発注完了しました。お気を付けて行ってらっしゃい。」


「今ので発注終わったんですか?案外簡単なんですね。」


「あぁ、後は終わったらまたここに来れば報酬をもらえる。」


「なるほど、では早速行きましょう!私たちの記念すべき初クエストです!」


「僕は初じゃないけどな。」


 僕らは薬屋でポーションをいくつかと雑貨屋でロープを買ってギルドを出た。外は暗くなっていた。夜行性のガルムが動き出す頃だ。さっさと行動に移そう。

 獲物を求めて森をかき分ける。


「暗いですよー、ハルカ君はなんでそんなに早く歩けるんですか?」


「暗視持ってるからな。ネコ科の特権。」


 今日は月も出ておらず、真っ暗だ。僕の力をフルに発揮できる。久々に大暴れと行きますか。


「来たな。1匹か。」


「え!?どこから?全然見えない!」


 気配感知に引っかかったのは1匹だけ。群れるガルムではなさそうか。


「サオリはそこで待機。」


「え!?状況が読み込めない!」


 影潜りを発動するまでもないな。

 気配がする方へ一直線に進み、懐に飛び込む。

 そのまま流れるように短刀を抜き、首をはねる。

 相手は冥獣ボロスだったのだと今知った。

 ボロスの体は粉々に砕け散り、魔石だけが残った。


「レアドロップは無しか。サオリ、こっち来ていいよ。そろそろ目も慣れてきただろう?」


「はい!もう見えます!次は私も活躍しますよ!」


 光魔法使えばいいのに。魔法がない世界で育ったらそういう発想が出ないのか?


「ところで、その石は何です?さっきの魔物から出てきたような気がしましたが。」


「そうか、知らないのか。これは魔石と言ってな、生き物の体の中には絶対これがあるんだ。何のためにあるのかは分かっていないらしいが、強度があったり魔法耐性があったりするから冒険者にとっては重要なものなんだ。」


「へー、そうなんですねー。」


「モンスターによって性能は違うし、レアな魔物や強い魔物の物だったら高値で取引されたりする。魔石は確定でドロップするんだが、たまにレアなアイテムがドロップすることもあるんだ。」


「なるほど!それをさっきの鍛冶屋さんに持っていけば強い武器を作ってもらえる訳ですね!」


「そゆこと。」


「それではガルムを探しましょう!その素材で私は魔法の杖を作ります!」


「探す必要はないよ。ガルムは本来おびき寄せるものだから。」


 少しサオリに申し訳ないが、この方が楽なんだ。


「へー、どうやるんですか?」


「これを使う。」


 さっき雑貨屋で買ったロープを取り出す。


「これで何するんですか?」


「こうする。」


ーーーーーーーーーーーーー


「ハルカくーん!ひどいですよ!そこに居るのでしょう?分かってますよ!返事してください!」


 目隠しをしてロープで吊られているサオリが騒いでいる。ガルムをおびき寄せるためなんだ。許してくれ。

 そんなサオリを横目に見つつ、僕は気配遮断と影潜りを発動して完全に姿を消している。

 ガルムは一人になった冒険者を集団で襲う。サオリが騒がしくしてくれればガルムはすぐに現れるだろう。


「よし!少しずれた!」


 サオリは器用に顔の筋肉を動かして目隠しを外すことに成功したようだ。目隠しはついでだったから最悪ロープが解けなければ大丈夫だ。

 サオリがロープを解こうとくねくねし出した時だった。


「へ!?何!?」


 低木を掻き分けて迫ってくる7体の魔物。

 狼の顔を持ち、長い牙、爪、発達した腕の筋肉。

 6体がサオリを中心に円を描く。


「ハルカくん!ハルカくん!どこ!」


サオリには悪いが、まだ攻撃するわけにはいかない。

ガルムは警戒心が高い魔物なのだ。危険を感じたらすぐに逃げて行くから面倒くさいことになる。

低木の奥から最後の1体が姿を現わす。他の個体よりも一回り大きく、額に大きな傷跡がある。おそらくあいつがボスだろう。


「ハルカくん!まだ死にたくないよー!」


 ガルムたちは低い体勢のままサオリの周りを歩いている。貧弱な獲物を前にして油断しているだろう。残念ながら君達は狩られる側だよ。

 ボスの合図で群れは一斉にサオリへ飛びかかる。


「ああああああぁぁぁぁぁ!」


 サオリとガルムの間の影からすっと僕が現れる。


「ハルカくん!」


 短刀を抜き、ガルムの首を刈り取る。


1体目。


 流れるようにサオリの側面へ回り込み、胸、腹を切り裂く。


2体目、3体目。


 体の回転を利用した蹴りで首をへし折る。


4体目、5体目。


 蹴りと同時に放たれた短刀が心臓に突き刺さる。


6体目、あと1体。


 未だ空中にいるボスの前に回り込み、拳に神気を込める。


「これで終わりだ!」


 最大まで強化された拳を打ち出そうとした刹那、


「!?」


 右手が痺れ、魔法陣から黒い気が溢れ出した。ただならないオーラを感じるそれは一瞬で右腕を包み込み、そして、馴染んだ。


 放たれた拳はガルムをくの字に曲げ、空の彼方へと飛ばしていった。

 死体に貫かれた雲から月光が溢れる。


「つよ!ハルカくんつよ!」


 残ったガルムの体が一斉に崩れ、6つの魔石だけが残る。


 黒い気は魔法陣に吸い込まれ、いつもの右手に戻った。


 ハルカは黒い気のなかにある人格を薄っすらと捉えていた。

 強すぎる力を持った、魔法陣の奥にいる、


「お前は誰だ?」


「誰に言ってます?ていうか早く下ろしてください!」


 俺はあの碧眼の男に何を埋め込まれたんだ?あんな気を見たことがない。神気とは明らかに違う、強すぎる力。

 ロープを解き、サオリを下ろす。


「ハルカくん強すぎ!早すぎて何したか見えなかった!」


 散らばった魔石を拾ってポーチに入れる。1つは飛んで行ってしまったが、6つあるからクエストは一応クリアだ。


「あ、ドロップアイテム。」


「え!?どれどれ?」


「これだよ。ガルムの牙。」


 爪は割とドロップするのだが、牙はなかなかレアだ。


「これやるよ。鍛冶屋で何か作ってもらいな。」


「え?良いんですか?では遠慮なくいただきます!」


 サオリとの初クエストは無事に完了した。トラブルはあったが、怪我なくクリアできた。


「ともあれ、右手は当分封印かな。」


 こんなチート能力は望んでない。

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