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シュラの洞窟

 全身がだるい。昨夜遅くまで遺跡を調べていたからだろう。睡眠時間が絶望的に足りない。この遺跡に住み着くようになってから、もうすぐ3ヶ月がたつ。大陸から切り離されているこの遺跡には、興味深い資料が沢山あった。デラヴィア神話から、歴史書まで、大陸の物とは違うのだ。人間種が最強種族だって?洒落臭い!

 建物の高さからして、過去に非常に高度な文明がここに存在していたことは明らかなのだが、大陸でこのことについて知っているものはいなかった。謎だらけである。

 ハルカは、この遺跡がアラムの神隠しと関係があるかもしれないと踏んでいた。

 首だけを動かし、窓を見る。心地よい風と日光が差し込んでいる。わざわざこのために最上階を選んだのだ。

 影の方向からして、午前10時を回った頃だろうか。





「寝坊した!」


 今日はペイン村でフォルテと待ち合わせしていたのだ。

 完全に遅刻である。


 あいつ少しでも待たせると怒るんだよな。

 面倒臭い性格だよ、全く。


 ハルカは黒シャツに袖を通し、短剣を腰に刺す。

 ひし形の通信機を浮遊させ、フォルテにコールしてから勢いよく部屋から飛び出した。

 向かいの3つ下の階のベランダへ着地し、すぐさま反対へ飛んで更に3つ下の階へ着地する。

 これを繰り返し、軽快なコール音と共に下層へ降りて行く。

 普段は魔力駆動のリフトを使うのだが、こっちの方が早いのだ。

 身体能力の高さは獣人種の専売特許である。

 フォルテが出ることなくコール音が止み、ハルカは目的のフロアへ着いた。

 小さな広場の中央に白く光る渦がある。

 この渦はワールニッツ大陸へと繋がっているのだ。

 ハルカは渦の中へ足を踏み込んだ。


―――――――――――――


 おそい!おそすぎる!

 一緒に朝食をとろうって約束したのに。

 私もう食べ終わっちゃうわよ。


 フォルテはバターが塗られたトーストを口に含みながら、頭の中でハルカをぶん殴る。


 どうしてあの子ってこういい加減なのかしら。


 ミルクを喉に流し込むと、外が何やら騒がしくなるのを感じる。


 やっと来たわね。


 店の入り口を獣人種の少年がくぐる。頭に黒色の猫耳と、尻に細長い尻尾を持っている。服装は上下共に黒で、クールを気取ったガキだ。


「遅いわよ。何分待たせるつもり?」


「ごめんごめん、あ、サラさん、いつもの、持ち帰りで。」


 ハルカはカウンターの森精種の女性に声をかける。

 サラさんは軽く頷き、店の奥へと消えた。


「案外怒らないんだな。もっと、こう、ブチギレるかと思った。」


「素敵な先入観をお持ちのようで。今日は私も少し遅れたからね、許してあげる。」


 さっき頭の中で殴り殺したから、それで満足してあげる。


「それで、依頼の内容は聞いたか?」


「ええ、さっき村長さんに聞いてきたわ。」


 ミルクを飲み干し、語る。


「少し前から、山から魔法生物達が姿を消しているらしくてね、リュートを筆頭に村の若者達が調査に行ったらしいのよ。それが3日前。」


「それで、あの嵐か。」


「そゆこと。丸1日経ってもかえってこないから、リュート達を探してきて欲しいらしい。」


「リュート達の捜索と、山の調査ってとこか?」


「そう。あくまでメインは捜索。これだから通信機くらい持っとけと言ったのよ。私は。」


「でもお前持ってても出ないだろ?さっきコールしたけど出なかったじゃないか。」


「あら、そう?気付かなかったわ。」


 一通り依頼を確認したところで、サラさんがバケットを持って出てきた。

 ハルカはそれを受け取る。


「代金は村長さんから頂いているので結構ですよ。」


「本当ですか?村長にはお世話になりっぱなしですよ。」


「あなたは村の英雄ですので。私共も出来る限りのサービスは致します。」


 さてと、行くか。

 店を出て、山へと歩く。

 リュータはこの村の用心棒だ。彼を失えば村を魔物から守る存在が居なくなる。

 なんとしても探し出す。


「ハルカ、これから山に入るけど、絶対に私から離れないこと。約束よ。」


 弟を心配する姉のような口調でフォルテは言う。


「おまえ…」


 フォルテが魔物嫌いなことは知っているが、ここは黙っておこう。

 フォルテは無駄にプライドが高いのだ。


「それはそうと、どうやってリュータを探し出すつもりだ?」


「これを使う。」


 斜めがけのバッグから一つの瓶を取り出すフォルテ。

 中に入っている銀色の粉末は、妖精の鱗粉だろうか。

 その瓶の蓋を開け、一滴の赤い液体を垂らす。


「あの、フォルテ、その血はどこで手に入れたんだい?」


「ん?リュータが寝ている時に首筋に針を刺して。」


 とんでもない事を平然と言ってのけるフォルテ。


「君がサイコパスだってことが分かったよ。」


「ハルカのも持ってるよ。」


「やめろ!」


 リュータの血を吸って赤く変色した鱗粉は、まるでびっくりしたように瓶の中を飛び回り、落ち着く頃には金色に変わっていた。


「妖精達よ、この匂いの持ち主を探したまえ。」


 横薙ぎに振るわれ、森に放たれた鱗粉は空気中に漂い、前進した。


「追いかけるわよ。」


「あぁ。」


 鱗粉は地面に足跡を形どりながら道無き道を行く。

 おそらくリュータの匂いが付着している地面に集まっているのだろう。

 嵐で痕跡なんて飛んでいるはずなのに、流石妖精の力だ。

 感心したのも束の間、川幅が何倍にも膨れ上がった元小川が進路を塞ぐ。嵐で氾濫したのだろう。

 鱗粉は余裕顔で川の上を進んで行く。


「ハルカ、お願い。」


 フォルテが両手を差し出してくる。あざとい。


「あいよ。」


 フォルテの肩と膝を抱え上げ、ひょいと川を飛び越えた。


「ありがと。」


 鱗粉は足跡を照らすことなく、森を突っ切った。


「見つけたようね。」


 どうやら匂いの大本を見つけたことでそちらへ向かい、足跡のルートから外れたらしい。


「なぁ、フォルテ。」


「えぇ、私も感じるわ。」


 鱗粉が向かう方向、微量だが、神気の反応がある。それも一つや二つではない。リュータ達のものでもないだろう。


「この先は…」


 数十年前、とある冒険者が謎の死を遂げてから、死神が住み着いているだの、凶暴な魔物が住み着いているだの噂され、誰も近ずかなくなった洞窟。


 シュラの洞窟だ。


 鱗粉は仕事を終えたかのように、入り口の前で四散した。


 冒険者達に怪物がいると噂されてからは一度も訪れたことがない。それに見間違えるほどの魔物の気配。不気味にも程があるだろ。


 リュータ達は生きているだろうか。魔物に食われた可能性も大いにありえる。


 沈黙が二人の間に流れるが、フォルテがそれを破る。


「行くわよ。何があっても私を守ること。」


「まかせろ、暗闇は俺のホームグラウンドだ。」


 フォルテは魔法で光球を作り、洞窟へ足を踏み入れる。


 地下の空気は冷たく、湿っていた。雨の影響でか、足元を水が流れている。


 転ばないように気をつけて歩いていると、分かれ道が現れた。


 片方は上へ、もう片方は下へと続いている。


「どっちだと思う?」


「上。」


「即答だな。」


 今度は洞窟を登っていく。


「水が来ない方を選ぶと思うから。」


 ふと、暗闇の中から淡い光が現れる。


「お前の予想は正しかったみたいだぞ。」


 狭かった通路が終わり、ひらけた空間に出る。


 光の正体は魔法陣の上に浮かぶ魔鉱石だった。


 そばにいたのはもちろんリュータだ。


 あちらも光球の正体に気付いたのだろう。こっちを見ていた。


「ハルカ!フォルテ!来てくれたのか!」


「あぁ、助けに来てやったぞ。」


 筋骨隆々の土妖種。フォルテと同様、幼い頃からの付き合いだ。


 隣に倒れているのは、いつもリュータの後ろにいる二人組だろう。名前は忘れた。


「なぁ、フォルテ、こいつらに治癒魔法かけれるか?」


「任せて。」


「一応ありったけのポーションぶっかけたんだが、まだ足りないみたいなんだ。」


 フォルテとリュータが倒れる二人の元へ向かう中、ハルカは洞窟の一点を見つめていた。


 暗闇の奥、微かにだが動くものが見える。


 気配も感じる。


 目に神気を集中し、視力を強化する。


 動くものの正体はヤマイタチの群れだった。普段は木の上で暮らしている、最下級の魔物だ。


 なぜヤマイタチが洞窟の中にいるのだろうか。何かに怯えているようにも見える。


「なぁ、リュータ、この洞窟おかしくないか?」


「そうだな、おかしい。フォルテ、この空間全体を照らしてくれ。」


 フォルテは神気を集中し、光球を作り出す。


 それを小さな光球に分裂させ、四散させる。


 光球は洞窟を照らしていく。


「ひゃ!?」


 光球が消える。


「なんだこれ…」


 地面全体を魔物が埋め尽くしていた。肉食も草食も関係なく身を寄せている。


 皆眠るように微動だにしない。


 気配が多過ぎて感覚が麻痺していたのだろう。囲まれていることに気付かなかった。


「魔物消失の原因はこれだよ。詳しいことは村に戻ってから話すが、外にヤバい奴がいてな、この二人もそいつにやられた。」


 山中の魔物がそのヤバい奴から逃げてきたとでも言うのだろうか。


「これで一つの仮説が確証に変わったぜ。この洞窟に住み着いている怪物、それは陸角獣だ。」


「陸角獣?それって空想上の生物じゃないのか?」


 古の神デウスが創り出した最高の生物。


 海底に眠るとされる海牙獣と二頭一対であるとされているが、神話上の話だ。


「あれ見ろよ。」


 リュータは魔鉱石に手をかざし、光を一点へ集中させる。


「冥獣ボロスだ。」


 光の中央に、黒い皮膚に鋭い牙と爪を持つ魔物が映る。10人の討伐隊を組んでも返り討ちにされる程強い魔物だ。


「生き物なら見境なく殺すあいつがなぜ周りの魔物を襲わないと思う?昔からよく言うだろう?最高の生物は争いを嫌う。」


 陸角獣の縄張りで争いをすると、命を吸い取られるという言い伝えがあるのだ。


「つまり、魔物達はさっき言ってたヤバい奴を恐れて陸角獣の加護を受けるためにここへ集まったってことね?」


「あぁ、そのヤバい奴の話は村に帰ってからするよ。村長にも聞かせなければならねぇ。」


 そう言い、リュータは倒れている二人のうち一人を持ち上げ、肩に担ぐ。


「こいつはお前が担いでくれ。」


 ハルカはもう一人の方を背中へ乗せる。


「そうだ、面白いもの見せてやるよ。」


 リュータは再び魔鉱石へ手をかざし、光を操る。


 そこには先程とは違う魔物が映る。


 苔に覆われた背中から一本の低木が生えている亀。


「うわーすごい!ドラシスの幼体だよ!ねぇ!ハルカ!私初めて見た!」


 くいついたのはフォルテだった。


 普段はおとなしいフォルテだが、頭の中でははっちゃけていることをハルカは知っている。


「お前、魔物が嫌いなんじゃなかったのか?」


「嫌いなのは凶暴な奴だけよ。」


 フォルテはコホンと間を作り、ハルカ達は洞窟を後にした。

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