食の救世主③
凛としたシェフリアの声が会場に響き渡ると、周りからは「シェフリアちゃーん!」とファンらしきダミ声があちらこちらから聞こえてくる。
さすがは傭兵組合のアイドルだな。
『まず大会長である、傭兵組合長ディッシュ=マドワイヤ様より挨拶を頂きます。ディッシュ様、お願いします』
その名前に俺とティルテュ、カルは顔を見合わせる。
ーー今何て言った?
『今日は思う存分腕を振るって欲しいものじゃ。楽しければ全てオッケーじゃ。以上』
『ありがとうございました。続きまして……』
開会式なんて見ている場合じゃない。
全身に鳥肌が立っちゃったじゃないか。
早く逃げなければならないと、本能が警鐘をならしている。
「ニケルくん、僕、用事を思い出したから帰るね」
「あ、アタシも用事を思い出したわ」
「なんじゃ、つれん奴らじゃのう。久々の再会じゃろうて」
遅かった。
先程まで闘技場の中心にいたはずの組合長……いや、ジジイがカルとティルテュを捕まえていた。
相変わらず化け物じみた縮地だ。
この瞬間移動が、ただの体技だっていうのは未だに信じられない。
ジジイことディッシュ=マドワイヤ。
俺やカル、ティルテュがいたギルド、天魔の初代ギルドマスターにして最強の傭兵。
傭兵の神さまだか生きる伝説だか知らないが、俺たちにとっては性悪ジジイに違いない。
俺たちが天魔に入った頃にはとっくに傭兵から引退していたのだが、ちょくちょく遊びにきては、暇つぶしに地獄の特訓と称していたぶられたものだ。
「爺さん、大会長なら下にいなきゃいけないだろ?」
「お主に言われとぉないわい。のぉ、ニケル、儂ここにいても良いじゃろ?」
寂しそうな視線を向ける老人に、俺は満面の笑みで答えてやる。
「さっさと戻るといいよ、ジジイーーあたっ、痛い、痛い! 嘘、嘘だから」
一瞬で俺の手を捻りあげるジジイ。
あまりの痛みに涙目になってしまう。
必死に謝りようやく解放されたが、くそっ、やっぱりジジイの動きに反応出来ない。この化け物め!
ティルテュやカルも諦めたのか大人しく席に戻る。
俺も右肘を抑えながらジジイから離れた場所に座った。
「じいちゃんスゴいっすね」
「こりゃあ可愛いお嬢さんじゃな。此奴らの修行が足らぬだけじゃよ。んっ、もしかして古代の巨人を仕留めてくれたというお嬢さんかな? その節は世話になったのぉ」
さすがのジジイもパティが相手では目尻が下がっている。
キラキラと目を輝かせて話しかけるパティにジジイも嬉しそうだ。
うん。パティ頼んだぞ。
気がつけば開会式は終わっており、組合員が一斉に備品を片付けている。
一方で傭兵達はひと塊りになって闘技場の隅へと集められていた。
『それでは今から予選の内容をお伝えします』
司会はシェフリアから他の受付嬢に変わったらしく、ルール説明が始まった。
『予選のテーマは肉料理。こちらにいます審査員の方々が点数をつけ、上位5名が明日の決勝戦へとコマを進めます』
あまりにもシンプルな内容に、会場からはどよめきが起こる。
そりゃそうだ。みんな単純な料理対決を見に来たのではない。傭兵らしい何かを期待しているのだ。
ちょうど俺たちの前方に調理器具が用意され、審査員の周りに魔術士らしい護衛が付いているのだから、何かあるとは思うんだが。
『皆さまお静かに。説明は終わっておりません。制限時間は一時間。時間内に料理を出せなかったり、肉を使っていない場合は失格となります。皆さま、この傭兵料理バトル大会がただの料理大会でないことはお分かりですね?』
会場中が次の言葉を聞き逃さない為に、一気に静まりかえる。
『そう、肉はまだ生きております! 与えられた食材を使うなんて傭兵じゃありません! 傭兵なら自分で用意しろって話ですよぉぉ!』
ノリノリの司会に会場から大きな歓声があがる。
雄叫びを上げ、足をふみ鳴らす観客達。
「ウエッツ、傭兵料理大会っていつもこんなの?」
ジジイから逃れるようにウエッツの陰に隠れていた俺は、素朴な疑問を聞いてみた。
「去年は200食をいかに早く作れるかなんてしていたらしいが、こっちの方が傭兵っぽいだろ?」
あぁ、コイツが原因か。
グランツやウィブは問題ないだろうが、ナディアは詰んだんじゃないの?
いや、もしかしたら凄腕なのかも?
そう思ったのだが、周りの出場者達が自分の武器を持つのに対して、ナディアは包丁を片手に立ち尽くしていた。
確かに傭兵料理バトル大会と謳っている以上、ルール的にはおかしくはないが、ちょっとナディアが可哀想に見えてきたぞ。
『いいですか! 自分で好きなように使うことが出来る肉は、自分で仕留めた獲物だけですからね! 尚、出場者へ攻撃をした場合は即退場です!』
運営組合員達は引き上げ始め、闘技場には出場する傭兵達と審査員の一団だけが取り残される。
審査員の護衛についていた魔術士達は結界を張り始めた。
「なぁ、観客席への安全とか、治療班とかはいるんだろうな?」
「当たり前だ。何のために爺さんがいると思ってるんだ? 怪我もカルの魔法で安心だ」
ウエッツは自信満々で言い切る。
そりゃ、ジジイならどんな魔獣でも完璧に抑えるだろうし、カルの回復魔法もトップ治癒師の実力はあるだろう。
しかしチラリとジジイを見るが、パティとのお喋りに夢中だ。
ちなみにカルとティルテュは借りてきた猫のようにおとなしくなっている。
『それでは、予選を開始致します! ーーはじめ!』
司会の号令とともに闘技場へと続く扉の一つが開き、食材達が解き放たれる。
現れたのは魔牛や魔豚などではない。魔獣だ。
危険度EやFの魔獣も多いが、中には危険度Bの魔獣まで混ざっている。
「さすがにやりすぎだろ?」
「傭兵なら普通だろ。なぁ爺さん」
「そうじゃのぅ。普通じゃのぅ。カルもそう思うじゃろ?」
「僕なら楽勝だね」
聞く相手を間違えた。
そりゃアンタらなら赤子の手をひねるようなものだもんね。
パティやティルテュも頷いているが、君らも常識の範囲外だからね。
「ウィブーー! ファイトー!!」
「兄さん! 頑張ってぇー!!」
やはりどこからか幻聴が聞こえる。
だから、警備はどうした?
警備をしない警備兵はさておき、予想以上の危険度の魔獣を前に、出場者の反応は二種類に分かれていた。
腕っ節に自信があり我先に魔獣に向かう者、自信がなく後ろに下がって震える者。
グランツとウィブは前者だ。
「グランツ君もウィブ君も大丈夫そうだね」
「あれがお主らの仲間か。なかなかいい動きじゃのぅ」
この予選のエゲツないところは、食材には限りがあり、早い者勝ちということだ。
例えば一人の傭兵が全ての魔獣を倒してしまえば、その瞬間に優勝者が決まってしまう。
当然真っ先に駆けている連中は、それを理解して自分の食材以上の魔獣を狩るだろう。
予想通り食材を手にした傭兵は必要もない魔獣にトドメを刺していく。
グランツとウィブは食材を無事ゲットしたのが見えるので、ひとまず安心だ。
乱戦状態なので全てを把握するのは難しいのだが、グランツ並みの動きで魔獣を捌く傭兵がいる。
どこかのA級ギルドの人間だろう。
ナディアはというと……無謀にも包丁を片手に戦いの場に入ろうとしている。
気づいたグランツが近寄っているので怪我を負う事は無いだろうが、食材を手に入れられるかは別問題。
いや、こっちとしてはナディアが予選落ちの方がありがたいのか。
会場のボルテージは最高潮。
観客達は目の前で行われる戦闘に大興奮のようだ。
魔獣があらかた片付くとその場で解体が始まり、思い思いの部位を手にして調理台に向かう傭兵が増えていく。
全く戦闘に参加出来なかった者は、その場で座り込んでしまっている。
さすがにこれだけの観客の前なので、おこぼれをかすめ取ろうとする人間はいないようだ。
「あっ、ナディアもなんとか食材を手に入れたみたいね」
ティルテュの言う通り、ナディアもこちらへと向かってくる。
俺たちの目の前が調理台なのでその様子がよく見えるのだが、さすがは大会出場者。巧みに刃物を扱い、鮮やかに調理していく。
その中でも目を引くのはナディアだ。
ここがナディアの本来の居るべき場所とはいえ、明らかに他の出場者とは一線を画す動きだ。
包丁捌きもグランツ以上だと言わざるをえない。
時間は残りわずか。
「これはこれで見応えあるわね」
「確かに、まさに戦場だな」
張り詰めた緊張感に、剥き出しの闘志。
一つのミスも見逃さない集中力。
『残り5分です!』
司会の言葉に最後の追い込みが始まる。
会場中が固唾をのむなか、一人、また一人と出来上がった品が審査員へと運ばれる。
結局は調理した全ての出場者は、なんとか時間内に料理を出しきっていた。
興奮冷めやらぬ余韻の中、再び司会の組合員が壇上にあがる。
『今から予選結果を発表致します。料理を提供出来た方は35名中22名でした』
意外と大勢の出場者が食材を確保したようだ。
ウィブやグランツは予選通過しているだろうか。
『審査員のつけた点数により、決勝に進む5名は確定しております。それでは予選を勝ち抜いた方のお名前を得点順に発表致します。ーー予選一位、ナディア=タリアトス!』
大盛り上がりの会場に手を振るナディア。
さすがというか、やっぱり一位か。
食材をどうやって手に入れたかは分からないが、調理の舞台にさえ立ってしまえば敵なしだな。
『予選二位、ワルギリア=ムンバイ! 予選三位、ウィブ=タリアトス! 予選四位、ドドルア=ネヴァダ!』
無事ウィブは予選通過だ。
どこからか「なんでウィブが三位なんだ!」「兄さんへの侮辱か!?」なんてケチをつける観客(?)がいるのだが、君たちウィブの評判落としてるだけだからね。
二位の奴は食材調達時にグランツ並みの動きをしていた奴だな。
さて、グランツは五位に……
『予選五位、アーシア=ヒンギル! 以上5名が明日の決勝を争います!』
グランツも通過ってのはムシが良すぎる話だったか。
『決勝戦は小細工なし、純粋な料理対決です! 果たして傭兵最高の料理人の栄冠を手に入れるのは誰か!? 明日の決勝戦を楽しみにお待ち下さい!』
司会が締めると観客達は誰が優勝するだろうかと、盛り上がりながら帰途につき始める。
「さっ、俺たちも帰るか?」
「そ、そうね、グランツを慰めないと」
俺たちも脅威から逃げるように席を立つのだが、行く手を遮るプレッシャーを感じる。
「久しぶりの再会じゃ。ゆっくり飯でも食べながら積もる話に花を咲かせるとしようかのぉ」
ジジイの言葉に身動きが取れなくなった俺たちは、ガックリと肩を落とすのだった。
お読み頂きありがとうございます。
次話は……ちょっと10日ほど時間を頂きます。