食の救世主②
「ふぁぁ、スゴいっす!」
「まったく傭兵組合は何を考えてるのかしら」
「あれっ? ティルちゃん、こういうの嫌いだっけ?」
俺達は『傭兵料理バトル大会』の応援のために、会場案内に従ってやって来たのだが、目の前には巨大な円形闘技場が姿を現していた。
新しい外観。そう、この円形闘技場のこけら落とし的なものが、傭兵料理バトル大会なのだ。
聞けば先の古代の巨人の一件で、更地になった広大な土地を傭兵組合が受け取り、建設したそうだ。
収容人員5,000人って……ウエッツは馬鹿なのだろうか?
王国や街、富裕層区域からいくら金をふんだくったのかは知らないが、こんなものを建てる予算があるなら、もっとギルドに貢献して欲しいものだ。
円形闘技場の周りには様々な出店が立ち並び、大勢の人で埋め尽くされている。
入場口は長蛇の列だ。
まさかこれほどの規模とは思いもよらなかったぞ。
応援に来ているのは、俺、パティ、ティルテュ、カル。
ウィブとグランツは会場に前入りしているし、シェフリアは傭兵組合員として運営の手伝いをすると言っていた。
人混みは苦手なのだが、街の代表としてうちのギルドから二人が出る以上、応援しないわけにはいかない。
仕方なく列に並ぼうとすると、見知った顔を発見する。
装備を着込んだクリシュナにクレア。太古の太陽の面々だ。
「おいっす。クリシュナ、フル装備で何やってるの?」
「これは皆さんお揃いで。見て分かりませんか? 様々な地域から傭兵が集まる大会ですからね。会場の警護をしてるんですよ」
なるほど。
たしかに周りを見れば、傭兵らしき連中が結構いるようだ。
血の気の多い奴らが集まるんだ、A級ギルドに依頼が入ってもおかしな話ではない。
「クリシュナも大変だな。頑張ってね」
「えぇ、本来警備の取り仕切りは筆頭ギルドがするべき事なんでしょうが、組合支部長に『アイツらがすると思うか? グランツもいないんだぞ。勘弁してくれ』と言われまして。えぇ、引き受けた以上はちゃんと仕事させていただきますよ」
あっ、顔は笑っているのに目が笑っていない。
いや、それウエッツが正解だから。
俺らには無理だから。
俺が苦笑いしていると、クレアが裾を引っ張ってくる。
「パパ。私、パパのぶんまで頑張るからね!」
「クレア、ありがとな。だけど……首チョンパは無しだからね?」
「はーい!」
無邪気な笑みを見せるクレア。その姿は可愛いのだが、言葉を間違えれば闘技場周辺は血の海に沈むだろう。
横をチラリと見れば、何もしていないはずなのにカルの前で土下座で謝るメイティアがいる。
何が彼女にそうさせるのか。
きっと、カル特製のトラウマを植えつけられたのだろう……可哀想に。
クリシュナ達と別れると、ひたすら入場の順番待ちだ。
出店に向かおうとするパティを止めたり、並ぶのが嫌だからって上(空)から入ろうとするカルを止めたり。
会場に入る前から俺は疲れきっていた。
並ぶこと30分。
ようやく入口にたどり着くと、受付業務をしていたカナック(傭兵組合一階、依頼窓口見習い)から衝撃の事実を聞かされる。
「ニケルさん達蜥蜴の尻尾は出場ギルド扱いになるので、関係者入口から入れますよ。もちろん席も別枠でとってあります。案内文に書いてなかったですか?」
「なにっ!」
案内用紙をひっくり返し凝視すると、とても小さな文字でその旨が記載されていた。
そこ重要だろ! もっとデカデカと書けよ!
精も根も尽き果てた俺はやっぱり帰ろうとしたが、ティルテュに引きずられていくのだった。
「ねぇ、ニケル。あれ」
「うわっ」
関係者入口へと向かう途中に、また見知った一団を見つける。
白金の狼だ。
「いいですかぃ! 今日は兄さんの晴れ舞台。邪魔する輩を見つけたら問答無用で叩き潰しなせぇ」
「「おぉぉぉぉ!!」」
白金の狼にも警護依頼がいったのだろうが……。
イースの姿は見えないが、デンタイが張り切っている。
それはいい。張り切るのは構わない。
問題なのは奴らが持っているたれ幕や旗だ。
『世界を駆け上がれ! ウィブ=タリアトス!』
『世界よひれ伏せ! 料理を極めし男! ウィブ=タリアトス!』
まぁ、ここまでは百歩譲って応援だと思おう。
だが。
『婚約おめでとう! イーストリア=ハシュノン×ウィブ=タリアトス!』
『白金の狼を継ぎし者! ウィブ=タリアトス!』
とか聞いてないから。
既成事実を作り上げようとしてない?
もし奴らに『この大会でウィブが負けたら傭兵を引退する』と知れたら、どんな暴挙に出るか分かったもんじゃない。
近寄らないのが一番だ。
俺たちは白金の狼の目をかいくぐって、関係者入口へと急ぐのであった。
全く混み合っていない関係者入口から中に入り、通路を進むと一階の特別席に辿り着く。
その気になれば闘技場に飛び降りれるほどで、いわゆるVIP待遇の席ってやつだ。
後ろを見れば何段もの席が並び、すでに大半は埋め尽くされている。
食う専門の俺には、行列に並んでまで見たいものか? と言いたい所だが、これだけの人がいれば不思議な高揚感はある。
席を探していると、「きっとあそこっす!」とパティが嬉しそうに指をさしている。
あー、うん。わかりやすい。
「ウエッツくんって便利だよね」
「アイツでも役に立つんだな」
光を道標にウエッツのもとに行くと、周りの座席には『蜥蜴の尻尾様御一行』と紙の貼られた席が用意されていた。
「よう。遅かったな」
頭を輝かせながら手をあげるウエッツ。
しかし主催者側の人間がここにいていいのだろうか?
「ウエッツ、あなたここにいていいの? 仮にも支部長なら陣頭指揮をとらなきゃいけないんでしょ?」
「俺はいいんだ。全部シェフリアに任せてある」
シェフリアに丸投げかよ。
まぁ、俺も大抵はグランツに丸投げだから人のことは言えないが、傭兵組合職員が忙しく仕事をしている中、組織の頭は優雅に観戦ときたもんだ。
いつか後ろから刺されるぞ。
いや、ウエッツにかかれば返り討ちか。
席に着き闘技場を見渡すのだが、調理器具一つ出ていない。
開会式用の椅子や机が少々並んでいるだけだ。
これは料理大会なのかと疑いたくなる。
「あっ、出てきたっすよ!」
パティが嬉しそうに声を上げると、大会運営の傭兵組合員や出場選手がぞろぞろと出てくる。
「あれは緊張してる顔だよね」
「ウィブはともかくグランツもじゃない」
確かにウィブもグランツも動きがぎこちない。
白いコックコートを着たナディアもいるのだが、どう見ても一人だけ浮いている。
どこかの一団から「「兄さーん!! 頑張って!!」」と叫ぶ声が聞こえる。
ウィブは気恥ずかしそうに下を向いてしまったのだが、声援は断続的に発せられている。
奴らは警護業務はどうしたのだろうか?
全員が席に着くと、背筋がピンと伸びたシェフリアが壇上へと上がっていく。
「あっ、本当にシェフリアに丸投げなんだ。ってかもっと適任な組合員がいるだろ?」
「シェフリアが妙にやる気でな、運営委員長をやるかって聞いたら二つ返事で引き受けたんだよ。あぁ、俺もやりたかったんだけどなぁ」
ぬけぬけとよく言うよ。
運営委員長じゃないとはいえ、闘技場の上にいない時点でウエッツのやる気もしれている。
ざわめきが消え、会場が静まり返ると、シェフリアの凛とした声が響き渡る。
『それでは今から、傭兵料理バトル大会開会式を行います!』
こうして傭兵料理バトル大会は始まるのであった。
次話は来週頭には投稿します。
ですが話を割ったので、食の救世主は6話ぐらいになってしまいそうです。