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食の救世主①

 


 最近どうもグランツの様子がおかしい。

 一枚の紙を眺めてため息をついたり、調理室にこもったり。

 ーーまさか、恋!?

 言ってみただけだ。


 俺は知っている。

 グランツが持つ、紙の内容を。

 盗み見たわけじゃないが、見えちゃったんだ。


『傭兵料理バトル大会開催!』


 そう書かれたチラシを。

 シェフリアに聞いて同じチラシを貰ったのだが、毎年行われている『傭兵料理バトル』が、今年はここベルティ街で行われるらしい。


 なんでも傭兵の中で王国一の料理人を争う大会らしく、知名度もそれなりに高いそうだ。

 実際その称号が欲しくて、その期間中だけギルドに料理人を入れたり、自ら入る者もいるらしい。

 基本的には各街や都市で予選を通過した者が本戦に出場する仕組みで、ベルティ街だと毎年二人を送り込んでいるそうだ。


 まぁ、グランツのため息も分からなくもない。

 出たいのだろうが、料理の腕は間違いなくウィブが上。

 知ってる者が見れば「あれっ? 出るのウィブじゃないの?」と、言われそうである。

 という事で、俺はシェフリアに相談しているところだ。




「シェフリアさぁ、この街の傭兵で凄腕料理人って結構いるの?」

「そうですね、私の知る限りではウィブさんが飛び抜けています。あと有名なのは白金の狼(フェンリル)のツゲスアさん、太古の太陽(アスガルタ)のムニットさん、B級ギルドのメドアイヤーさんやC級ギルドのセイントルさんですね」

「グランツと比べるとどう?」


 シェフリアの言葉がいったん止まり、申し訳なさそうに話し出す。


「調子のいい時のグランツさんで、勝負になるかどうかかと」

「だよね」


 そう、相変わらずグランツの料理には波がある。

 ウィブの教えに沿った時は美味いのだが、独自の方向に進めば食べれるものではない。

 キツイこと言うならば、ウィブの二番煎じの美味さがせいぜいなのだ。


「グランツさんの気に障るかもしれませんが、今年はベルティ街開催なので、傭兵組合から1名特別枠を持ってます。筆頭ギルドとしてお渡しする事は可能ですよ」

「うーん」


 グランツなら断りそうだ。

 意外とプライド高いもんなぁ。

 実に面倒くさい。


「グランツの沈んだ顔を見るのもいい加減飽きたから、ちょっと直に話すしかないかな」

「ニケルさん、頑張ってください」


 シェフリアから励ましの言葉を貰うが、気は重い。

 俺はチラシを持って調理室へと向かった。


 中ではグランツとウィブが夕食の用意をしている。

 グランツの表情は真剣そのものだ。

 全くもって話しかけ辛い。

 ……うん、また今度でいいや。


 俺はそのまま声をかけることなく退出した。


「あれっ、ニケルさん。もう話が終わったんですか?」

「あははは、今取り込み中みたいだから、また後にするよ」


 俺の乾いた笑いに、「そ、そうですか」と苦笑いで返すシェフリア。

 いっそティルテュに頼んで言ってもらうか?

 アイツなら迷いもせずにグランツに話すだろう。ただし直球で、だが。


 俺がそんな情けない事を考えていると、ギルドに一人の女性が入ってきた。

 年の頃は二十代前半。

 動きやすそうだが上品で身なりの良い服装。

 綺麗な金髪は肩の上で綺麗に切り揃えられ、短い前髪のせいで剥き出しの眉は、形良く吊り上がっている。


 人形のように整った顔……。

 俺はこの顔を知っている。

 そう、うちの筆頭料理人をキツめにした顔。

 間違いなく、ウィブの親類だろう。


「ねぇ、そこの黒髪の人。ここにウィブ=タリアトスがいるでしょ? ちょっと呼んできなさい」

「えっと、どちら様でしょう?」


 俺の言葉に吊り上がった眉を更に上げる女性。

 怖ぇぇ。


「貴方は言われたとおりにすればいいのよ。まぁ、いいわ。私はナディア。ナディア=タリアトス。ウィブの姉よ!」


 やはり、姉か。

 確かウィブの実家は貴族だって言ってたな。なるほど、えらい貫禄を感じるのはそのせいか。

 しかし困った。すんなり会わせて良いものだろうか?


 俺がシェフリアの方に視線を投げかけると、同じく困った顔をしている。

 その時、調理室からグランツが出てきた。

 ナディアの顔がそちらへ向くと、突然目を見開き、顔を赤らめたかと思うと口を両手で押さえてへたり込んでしまう。


「ーーう、うそ。グ、グランツさま?」

「んっ? 客か? っておい、大丈夫か?」


 ナディアを見て具合が悪そうだとでも思ったのだろう。

 グランツは駆け寄るのだが、どう見ても近づけば近づくほどにナディアは狼狽えている。


「大丈夫か?」

「は、はひ」


 そしてグランツが倒れそうになるナディアを受け止めようとした瞬間、鼻血を出し白目を剥いた女は幸せそうに意識を手放したのであった。






「どうなんだ?」

「ご迷惑かけました。姉さんは寝ています」


 あのあと騒ぎに気付いたウィブが調理室から出てくると、姉の存在に慌てふためいていた。

 気絶したナディアは、ウィブのベッドで幸せそうに就寝中のようだ。


「前に話してたウィブに料理を教えてたお姉さん……よね?」

「そうです」


 俺にとっては初耳だが、なんでもウィブの生きる道を指し示してきた姉らしい。


 ナディアはウィブの五歳年上の姉で、大貴族タリアトス家の三女。ちなみにウィブは五男らしい。

 総勢十三人の兄弟と子沢山なのだが、貴族としては珍しくないそうだ。


 むしろ珍しいのは放任主義であること。

 いや長男長女、次男次女の出来が良過ぎて、三男以降はオマケ扱いだったそうだ。

 そんなウィブの面倒を見ていたのが、タリアトス家でも異質な存在のナディアだったらしい。


 真面目な他の兄弟とは違い、傭兵に憧れ木剣片手に勝手気ままに過ごしていた15年前。

 少女はヒーローに出会う。

 当時、名の知れ始めていたグランツが、タリアトス家の式典警護の依頼を受けた時の事。

 パーティにも参加せず、会場外で遊んでいたナディアは危険にさらされた。

 これ幸いと誘拐を企んだ悪い大人達に囲まれたのだ。その時に颯爽と救い出したのがグランツだったそうだ。


 事件が解決すると「グランツ様……」と赤らんだ顔で、遠い目をする少女の出来上がりだ。

 それからウィブへの洗脳教育が始まったのだが、見事にグランツに憧れ傭兵になっているのだから、侮れない教育だ。


 まぁ、グランツに聞いても「そんな事あったかな?」と言っているので、ナディアの中でかなり美化された物語が作り上げられている可能性もある。



 ところが事件から時が経ち、ウィブが傭兵になる為に素振りをしていたある日。ナディアは木剣を取り上げ、代わりに料理人になるべく包丁を差し出した。

 まるで人が変わったような姉。傭兵の話は禁止となり、料理づけの毎日が始まる。

 毎日のように聞かされていたグランツの英雄譚すらも、話に上がることはなかった。

 なぜナディアが突然態度を変えたのかは、ウィブにも分からないらしい。

 ナディアが王都の一流店に行くまで料理の特訓は続き、その後ウィブは密かに家を抜け出し傭兵となって、今に至る。(閑話 ウィブ=タリアトス参照)





 ウィブはナディアが傭兵を嫌いになったんだと思っていたそうだが……。


「あれを見ちゃうと傭兵嫌いではないよな?」

「傭兵というよりグランツは間違いなく好かれてるわよ」

「あれは恋する乙女の目っす!」


 満場一致で結論が出る。

 しかしなんでまたここまで来たのだろうか?

 単にウィブに会いに来たわけではなさそうだ。

 かといって家に連れ戻すとかならば、わざわざ王都の料理店にいる姉では無く、執事が迎えに来るだろう。


「姉さんの様子を見て来ますね」


 ウィブも姉が来た理由を知りたいのだろう。緊張気味の面持ちで自分の部屋へと戻って行った。



「ナディア=タリアトスさんと言えば、若手では王国一の料理人と呼び声高い方ですよ」

「そうなの? それは一度食べてみたいわね」


 流石は情報通のシェフリアだ。

 ティルテュじゃないが、王国一の料理を味わってみたいものである。


 そんな雑談をしていると、ウィブの部屋が何やら騒がしい。

 しばらくして喧騒がおさまると、ウィブがナディアと一緒に広間へと降りてきた。

 グランツから視線を逸らしてるのは照れ隠しか? はたまた再度倒れることへの懸念か?


 テーブルにつくとナディアは口を開く。


「今まで弟が世話になったみたいね。礼を言うわ。これからは私が面倒みるから除名の手続きをよろしくね」

「ナディ姉! 僕は傭兵を辞めないよ!」


 口を挟もうにも二人の会話は止まらない。


「料理を極めたつもりなの? 笑わせてくれるわね」

「だから僕は料理人じゃなくて傭兵でいたいんだよ!」

「傭兵ね……。いいわ、料理の真髄を味わせてあげる。厨房を借りるわよ」


 そう言って厨房へと向かうナディア。

 あっ、間違えて更衣室に入って行ったぞ。

 シェフリアが追いかけて案内している。


「……ウィブ、話が見えないんだけど?」

「ええっと、ナディ姉は僕を料理人として鍛えるために引き取りに来たそうなんです。僕は料理人になりたい訳じゃないって説明したんですけど、いくら言っても聞く耳を持ってくれなくて」


 なかなかに困った人のようだ。

 グランツ教の信者みたいだし、教祖の一言で解決しないかな?

 俺がそんな眼差しをグランツに送ると、首を横に振られた。


「俺は姉弟の間に口出しする気はない」

「いやいや。下手したらウィブが傭兵を続けられるかの瀬戸際だよ?」

「それでもだ。家族とはそういうものだ」


 グランツって妙なところが頑固なんだよね。

 そんなやりとりも、厨房から匂いが流れてくると止まってしまう。

 くっ、なんて美味そうな匂いなんだ。

 隣でティルテュの腹が鳴っている。

 だがそれを責める気はしない。

 俺の腹も鳴っているからだ。



 厨房の扉が開かれると、ナディアが台車を運んでくる。

 みんなテーブルに置かれる料理に釘付けだ。


「ふふん。食べてみなさいよ」


 ナディアの創り出した料理は、食べることを戸惑うほどの芸術作品だった。

 大きな白い皿にドラゴンを模した細工された肉。

 炎のような赤いソース。背景は鮮やかな野菜が散りばめられている。


 視覚で圧倒されているのに、口の中ではよだれが溢れ出てくる。

 匂いだけで「美味い!」と断言出来るのだ。


 形を壊すことにためらいつつも、肉片をフォークで刺しソースに絡めて口に運ぶ。

 柔らかな食感。弾ける肉汁。

 あまりの美味さに腰が砕けそうになる。


 誰も一言も発さない。

 極限の美味さを味わうと喋る事に力を使うことさえ、もったいなく感じてしまうのだ。


 気がつけば料理は綺麗に無くなっていた。

 はっきり言おう。ウィブ以上だと。


「これで私の実力は分かってもらえたかしら? ウィブこれが料理を極めるということよ」

「……ナディ姉の凄さは分かったよ。でも僕は傭兵でいたいんだ」


 ウィブの言葉にナディアの眉間にシワが寄る。

 まぁ、確かにウィブは料理を極めたから傭兵でいたい訳じゃなくて、そもそも傭兵でいたいのだ。


「そう。分かったわ、ウィブにはウィブの言い分があるのね」


 てっきり感情のままに怒るかと思ったのだが、ナディアは澄ました顔で懐から一枚の紙を出してくる。

 ーーって、おい! そりゃ『傭兵料理バトル大会』のチラシじゃないか!?


「そこまで言うのならばこれに出なさい。これで優勝したら認めてあげる。もちろん私も出るけどね」

「ーー何っ!?」


 反応したのはグランツだった。

 弟子の事を思っての反応に見えるけど、そうだよね。グランツ出たかったもんね。


「いい? これは勝負よ。ウィブが負けたら傭兵を辞めなさい。私が負けたら料理人を辞めるから」

「ちょっ、ちょっとナディ姉!? なんでそんな話になるんだよ?」

「ーーウィブ、私に逆らうつもりなの?」


 ナディアのひと睨みで萎縮してしまうウィブ。

 そりゃ子供の時から染み付いている上下関係には逆らえないよな。

 とはいえ、今ナディアの料理を食べたから分かるが、ウィブに勝ち目は無いだろう。

 突っぱねるしかないか。


「分かったよ。僕が勝てばいいんだね?」


 俺が口を開こうとする前に、ウィブが折れてしまった。

 おいおい、大丈夫か?


「私は王都代表として出るわ。楽しみにしてるわね」


 ナディアはそう言うと、チラリとグランツを見て恍惚の表情を見せ、名残惜しそうにギルドを出ていった。


「ウィブ、大丈夫なの? あの料理に勝てそう?」

「正直勝てる見込みは薄いです。でも避けられない道です」


 ティルテュが心配するのも無理はない。

 審査員の買収でも……いや、そんな金が無いから借金ギルドなんだった。


 空気を一変させたのは、突然立ち上がったシェフリアだった。


「分かりました。ベルティ街傭兵組合はウィブさんを応援します! 大会とはいえ師匠であるグランツさんも一緒に出れば心強いでしょ? お二人をベルティ街代表としてねじ込んできます!」


 何故か燃え出したシェフリアは、組合へと出かけてしまう。

 ウィブは安堵の表情を見せたが……グランツ、今笑ったよね?

 ラッキーって喜んだよね?


 こうして蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)は『傭兵料理バトル大会』にウィブとグランツを送り込むのだった。










久々の更新です。

この食の救世主編は前後編であげる予定が、一万字を超えでも半分しか進んでおりません。

おそらく4話構成になりそうです。


次話は来週頭には投稿致します。

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