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聖霊の森・後編





「なぁ、アガシオーヌ……さん。ここはーー」

「あなた方は……勇者ではないようですね」


 俺の言葉を遮って、剣の聖霊はこちらを目で追っていく。

 そしてニテルで視線が止まると、納得がいったのか、小さく一つ頷いた。


「……そう。そちらの神獣に導かれて来たのですね」


 アガシオーヌはホッとしたような、でも残念そうな顔をする。

 そして一呼吸したあと、この迷いの森ーーいや聖なる泉のことを話し始めた。





 ここ聖なる泉にある祭壇には、一振りの聖剣が突き刺さっている。

 一定の周期で現れる魔王。

 世界の危機が訪れた時に唯一対抗しうるのが、選ばれた勇者であり至高の聖剣ガヴァナード。

 そのどちらかが欠けても勝利はない。

 その鍵となるのがアガシオーヌ。


 剣の聖霊の役目とは、聖なる泉に安置されたその剣に、身も心も、すべてを完全に同化し真の力を引き出すことだからだ。

 魔王が倒されると剣の聖霊は眠りに落ち、聖剣からその身は少しずつ離れていく。そして世界の危機の訪れと共に再び目を覚ます。

 そんな何百年単位のサイクルを、アガシオーヌは何度も繰り返しているらしい。



「今まさに世界は魔王の脅威にさらされています。てっきり勇者が来たのかと思ったのですが……どうやら迷いこまれただけのようですね」


 なるほど。先程の表情の理由はその存在ゆえか。

 使命感と不安といったところか。

 ……話を聞く限り、ここは俺たちの世界とは違う世界みたいだ。

 そもそも人間と違う亜人を称して魔族と言われているものの、魔王なんて聞いたことはない。


 最初は「アガシオーヌ殿、かっこいいっす!」なんて言っていたパティだったが、理不尽な仕組みに気づいたのだろう。みるみる顔つきが変わっていく。


「……アガシオーヌ殿はどうなるっすか?」


 そう。

 これが本で読む物語なら、世界を救う英雄譚なのだろう。

 だが現実となると話は別だ。

 聞こえはいいが、世界の平和の為に犠牲になるーー人身供犠。

 その犠牲となる聖霊が目の前にいるのだから。


「しばらく眠りにつくだけです。……そんな顔しないでください。聖剣と一つになる。それが私の役目ですから」

「で、でも、納得出来ないっす」


 涙目になりつつあるパティが肩越しにこちらを見るが、俺はゆっくりと首を振った。

 それがこの世界の理である以上、俺たちが何かを言える立場では無いのだから。


「そ、そうです。聖剣に触る事は出来ませんが見てみますか?」


 パティの悲しそうな顔を見るのが辛いのだろう。アガシオーヌはそう言って建物の内部、聖なる泉へと案内を始めた。


 建物に足を踏み入れると、空気がグッと冷たく感じる。

 中は青白く照らされているのだが、奥に見える泉が光を発していた。

 水面の揺らぎが幻想的な空間を作り出し、まさに聖なる泉の名にふさわしい光景だ。

 泉の奥には祭壇があり、そこに一振りの剣が刺さっているのが分かる。

 先ほどの話にあった『聖剣ガヴァナード』なのだろう。


「どうですか?」

「ーーあっ、あぁ。神々しいというか……言葉に表せないな」


 半べそをかいていたパティも、言葉を忘れて見惚れているようだ。

 そのまま周りを見渡すと、泉とは別の一室が目に入る。

 アガシオーヌの生活する部屋なのだろう。

 他人の生活場所に踏む込むなんて失礼な話だが、妖精……じゃなかった聖霊の生活ってのも興味がある。


 アガシオーヌがパティと話してるうちに、こっそりと部屋に忍び入る。


 こじんまりとした生活空間。

 物の少ないシンプルな部屋で、奇妙なものを見つけてしまう。

 見慣れぬ文字で書かれた本や、使い古されたコップや皿などの日用品。

 大きさから見てもアガシオーヌの物ではないと一目で分かる。

 俺の行動に気づいた聖霊は、慌てて飛んできて弁明を始める。


「そ、それはーーそう。迷いの森に紛れ込んだ人の落し物を預かっているのです」

「……そうか」


 預かっている……か。

 返却予定もないだろうに。嘘が下手だ。

 よく見ればガラクタの山は大事そうに整理されている。

 きっとここの場所にしかいられないアガシオーヌにとって、宝物なんだろう。


「えぇ、いつ取りに来ても大丈夫なようにーー!?」


 突然地震でも起きたかのような揺れを感じた。

 異常を感じたアガシオーヌは、聖なる泉を覗き込む。

 水面には激しい戦闘が映し出されていた。

 ーーって戦ってるのはカルじゃないか!


「そ、そんな。どうしてここに!?」


 青ざめるアガシオーヌ。

 まさかこの世界にまでカルの悪名が知れ渡っているのかと心配したが、どうやら違う。

 カルの相手を見て震えているのだ。


「マスター! カル殿が!」

「まぁ、あいつなら大丈夫だろ」

「ーーあれは魔王の側近の一人です。人間の敵う相手ではありません。倒すには……聖剣の力が無いと」


 悲痛な面持ちで俺と聖剣を見るアガシオーヌ。


「……時間がありません。今すぐ身を清め、聖剣の力をもって倒すしか手段がありません」

「あれは勇者が手にすべき剣だろ? 遠慮させてもらう」

「ーーで、ですが他に方法が」


 勇者の資格があるのかは分からないが、全てにおいて基準を満たしてない自信はあるぞ。

 それに抜いたが最後、魔王を倒さなきゃいけない使命なんてごめんだ。

 第一俺たちはよそ者だしな。

 何よりパティの目の前で儀式なんてさせるわけにはいかない。


「パティ、行くぞ。アガシオーヌ、戦闘場所に案内してくれ」

「了解っす!」

「ーー本当に人の手でどうにかなる相手ではないのです!」


 俺はクトゥに手をかけると、鞘から抜き出す。

 聖なる泉のように青白く光る魔剣(クトゥ)


「俺には俺の()がある。大丈夫だって」

「……分かりました。こっちです!」


 アガシオーヌは魔剣(クトゥ)を見ると覚悟を決めたように飛び出していく。

 霧の中、光輝く羽を見失わないようにその後を追いかける。

 徐々にに大きく聞こえてくる爆発音が、カルに近づいていることを教えてくれていた。


「あとは俺たちの仕事だ。案内ありがとな」

「アガシオーヌ殿、任せるっす!」


 スピードの落ちた聖霊の横を駆け抜けると、嬉々と戦闘を楽しんでいるカルを発見した。


「君の魔法面白いよね。ほら、僕にもっと見せてよ!」


 カルの前には異形の存在。4本の腕を持つ、ヤギ頭の悪魔といったところだろうか?

 魔法戦では埒があかないと考えたのだろうか? 悪魔は槍を手に取りカル目掛けて襲いかかる。


「カル!」


 かろうじて槍をクトゥで弾いたが、その速さから強大な戦闘能力がうかがえる。


「ーーあっ、ニケル君。ちょっと聞いてよ。彼ね僕の知らない魔法をバンバン使うんだよ!」


 こ、こいつ。めちゃくちゃ目を輝かせている。

 たった今串刺しにされそうだったって分かってるのだろうか?


 槍を弾かれた事で間を取る悪魔。

 こりゃ白兵戦ならパティには荷が重い。

 ちゃんと連携を取らなきゃまずいレベルだ。


「カル、魔法の対処は任せたぞ! パティ、動きが止まったらパトリシアパンチでトドメをさせ!」

「いいけど、ちゃんと魔法をいっぱい使わせてよ?」

「了解っす! アガシオーヌ殿の敵は倒すっす!」


 悪魔の口が動いたかと思うと、黒く丸い塊が四方から襲いかかってきた。

 カルが魔法障壁を張ってくれているとはいえ、ぶつかるたびに起きる悲鳴にも似た音は背筋を凍らせる。


「うわぁぁ‼︎ ほら、もっと!」


 歓喜に震えているカルを置いて悪魔に斬りかかるのだが、相手の腕は4本。

 槍だけではなく、瞬時に現れた斧と剣を巧みに使い俺の攻撃を捌いていく。

 アガシオーヌが言ってた事も頷ける。

 この悪魔、あのエーカー並みの強さだぞ。

 これで側近というのなら、魔王ってのはどれほどの強さなんだ?


 とはいえ、やる気充分なカルに、身体能力が上がった身体に慣れた俺。

 均衡は少しずつ崩れ、悪魔は膝をつく。


「パティ!」

聖霊敵対破壊拳(パトリシアパンチ)っす‼︎」


 森を埋め尽くす轟音。

 白い光に呑み込まれ、悪魔は消滅した。

 アガシオーヌは信じられないといった顔でこちらに飛んできた。


「あなた方は凄いです! まさか本当に倒されるなんて!」

「だから言っただろ?」


 戦闘が終わりショボくれていたカルも、剣の聖霊には興味を引いたようだ。


「うわぁ、妖精だ!」

「……聖霊です」


 そんなやり取りをしている。

 パティはというと……アガシオーヌに手を差し伸べていた。


「アガシオーヌ殿。聖剣を使わずに魔王を倒せば役目は終わりっすよね?」

「……少なくとも次代の魔王が現れるまではそうなります」


 はぁ。

 パティの考えは読めるーーが、流石にあれより強いのを相手にするのは無理だと思うぞ。

 俺の思いに気づくことなくパティは話続ける。


「自分が魔王を倒すっす。聖剣なんかなくたって倒すっすよ! だから大丈夫っす」

「……ありがとう」


 パティの宣言にうつむくアガシオーヌ。

 俺が困ったなぁと思った瞬間ーー周りに異様な空気が張り詰める。

 突然霧が螺旋を描き始め、皮膚に張り付く刺激が増していく。


「くっ、魔王か!?」

「ーー違います! 世界が拒絶して……いる?」

「どうやらこの世界が僕たちを異物だと認識したみたいだね」

「えっ、それってどういうーー」


 全てを弾き出そうとする力が声を遮る。


「アガシオーヌ殿!」


 微かにパティの叫びが聞こえたが、衝撃が全身を襲い、俺の意識は失われていった。









 気がつけば周りの景色が変わっていた。

 見慣れた樹々が生い茂る森。

 まるで白昼夢でも見てたかのような気分だ。


「夢……だったのかな?」


 横をむけば泣きべそをかきながらアガシオーヌを探すパティと、実に残念そうな顔つきのカル。

 そしてニテルの横には、見慣れない傭兵や森林組合員らしき人が数名倒れていた。


「アガシオーヌ殿! どこっすかー!」

「もうちょっとあっちの魔法に触れたかったのになぁ」

「カル、今のはなんだったのか分かるか?」

「うーん。多分あの世界の浄化作用ってやつかな? きっとパトちゃんの力に反応したんだよ。本来あっちでは存在しないはずの僕たちを、世界が弾き飛ばしたんだよ。あーあ、せっかく色々な発見が出来る筈だったのに」


 ぶつくさ言っているカルだが、パティの様に探さないところをみると、もう交わる事の出来ない世界なんだろう。


 必至に探すパティの肩をポンと叩く。


「パティ、行方不明者は見つかった。依頼完了だ」

「でもっ、でも、マスター。自分約束したっす。聖剣なんか使わなくっても魔王を倒すって約束したっす」


 一筋の涙を落とすパティの頰を親指で拭き上げる。


「あのなパティ。お前の気持ちはアガシオーヌにきっと伝わったよ。でもそれは俺たちの役目じゃなかったみたいだ。いつかきっとパティと同じように、聖剣の力に頼らずに世界を救う、そんな勇者が聖なる泉を訪れる。そんな気がするよ」

「ーーホントっすか?」

「うーん、多分。いや、きっとだな」

「きっとっすよ!」


 なんの根拠も無い俺の言葉を信じるパティ。

 見てるこっちまで信じたくなってくる。


「ねぇ、もう戻ろうよ。僕、色々実験したいんだよね。そうだ! 先に飛んで帰ってもいいかな?」

「ちょーっと待てカル!」


 空を飛んで帰ろうとするカルを捕まえる。

 こいつが先に帰った日には、テントはもちろん食料までもが無くなってしまう。


「もう! じゃあ早く帰ろうよ!」


 こうして俺たちは急ぎ足で帰り組合に報告したのだが、それ以降迷いの森の噂を聞く事はなかった。


 うたかたの夢の世界。

 聖霊の住む迷いの森。

 いつの日かその役目が終わる事を、俺は心の片隅で祈るのであった。














 その後、聖なる泉に一人の勇者が訪れる。

 アガシオーヌは一風変わった勇者と出会い、剣の聖霊としての役目から解き放たれる事になる……。

 だが、ニケルもパティも知る由もない。

 重なることのない世界が偶然交わった『if』なのだから。







延期になりました「食の救世主編」投稿は八月中旬を予定しています。




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