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聖霊の森・前編

今回の話は、八刀皿 日音様の『4度目も勇者!?』とのコラボ作品です。



『4度目も勇者!?』の第51話のエピソードを元に「もしニケルやパティが聖霊の森に入ったなら?」を書かせて頂きました。

※『4度目も勇者!?』を51話、いえ最新話まで読まれると更に面白くなります!


それでは、いつもと一風変わったお話をお楽しみください。



「迷いの森?」

「あぁ、迷いの森だ。ダセ深林の奥、霧の立ち込める森に足を踏み入ると、忽然と姿を消すらしい。国の森林組合からの調査依頼だったんだが、傭兵にも行方不明者が出ている」


 俺は今、久々に組合一階の依頼窓口にいる。

 カウンター越しに相向かうのは、一片の曇りもない頭を持つ男……この街の傭兵組合支部長のウエッツだ。

 筆頭ギルドというだけで、捌ききれない程の依頼が押し込まれるし、事務処理はシェフリアがしてくれるので来る事が無かったのだ。

 そんな折、ウエッツから直々の呼び出しを食らったのだが。


 迷いの森の探索って、白金の狼(フェンリル)の方が相性がいいだろ?


「なんでウチのギルドなんだよ?」

「お前の所には神獣がいるだろ? 迷いの森の探索には必要不可欠なんだよ」


 神獣?

 ……んんっ? 神獣?

 まさかとは思うけど。


「うちのナマケモノの事を言っているのか?」

「ニケル、お前なぁ……。送り狼ってのは目的の場所へと導く由緒ある神獣なんだぞ? 何も知らずに買ったのか?」


 あからさまに落胆の表情を見せるウエッツ。

 確かに高い買い物だったよ?

 でも神獣なんて呼ばれる存在が金貨15枚で買える方がおかしいだろ?

 いやそれ以前に、ニテルに神々しさなんて1ミリも感じた事はないぞ。


「とにかく迷いの森の探索が可能なギルドは蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)だけだ。これは組合からの指名依頼だ」

「職権濫用だろ!」


 ひとしきり抗議を行ったが、結局最後には債務者が負けるもの。

 ニテルの購入時の立替金、金貨15枚を依頼報酬で返済しろときたもんだ。


 いいか、気をつけろ!

 傭兵組合にだけは借金をしちゃいけない。

 闇金融よりもタチが悪いぞ。




 泣く泣くギルドに戻り参加者を募ったわけなのだが、案の定というか目をキラキラさせている奴等がいる。


「自分行きたいっす! ニテルの飼い主として当然の責任っす!」

「へぇ、迷いの森かぁ。面白そうだよね」


 ハイテンションのパティに、あくどい笑みを浮かべるカル。


「じゃあ、パティとカルでーー」


 鋭い視線を感じる。

 出どころを探れば……裏庭にいるニテルだ。

 そう、奴は訴えているのだ。

「この2人だけで行かせたら、誰が暴走を止めるのだ」と。

 ニテル、人生とは苦難そのものなのだよ。

 俺は優しい笑みを送ってやった。


「それでは依頼に行くのは、ニケルさん、パトリシアさん、カルさんですね?」

「ーーえっ!? 俺は」


 シェフリアの発言に反論しようとするのだが、周りからは「どうせ暇だろ? お前も行ってこい」と声無き声が押し寄せる。

 この雰囲気、何度も味わった事がある。

 俺が何を言ったとしても覆らない不条理な世界。

 視界の片隅では、勝ち誇ったかのように口角を上げ不敵な笑みを浮かべるニテル。

 くっ、覚えていろよ!


 森の探索なんて、終わりの見えない気が滅入る依頼。

 せめて美味しい食事確保の為にウィブを道連れにしようと試みたのだが、シェフリアに「それ以上の人員は出せません」と、ピシャリと言い切られてしまった。


 確かにカルの魔法の袋があれば、荷物の持ち運びは無いに等しい。

 結界もあるから見張りの必要も無い。

 だけど俺は美味い飯が食べたいんだ!

 そんな心の葛藤を見越してか、グランツが肩幅程の四角い箱を持ってきた。

 ヤケに頑丈そうな造りだが……金庫?


「カルの袋の中でも食材が潰れない保管庫だ。下処理は俺とウィブがした物を持っていけ」

「グ、グランツ!」


 おぉ、神だ。神がここにいる。

 なんという用意の良さだろう。

 これからはグランツさんとお呼びしようか?

 俺がグランツに尊敬の眼差しを送っていると、背後からティルテュとウィブのひそひそ声が聞こえてくる。


「もしかしてニケルさんって保管庫の事知らなかったんですか?」

「……ニケルに言ってないかも」

「えっ、でも買ってから大分経ってますよ?」

「ほら、ニケルってあんまりカルと一緒に依頼に行かないじゃない。備品購入会議も出てないし」


 あぁ、備品購入会議ね。

 ーーそんな会議あることすら知らんぞ!

 ……まぁ、いい。

 美味い飯が保障されるなら何も言うまい。


「ほら、ニテル。今からお出掛けするっすよ」

「……」


 裏庭では、早速パティがニテルの身体を揺すり起こそうとしている。だがニテルはパチリと片目を開けて一瞥すると、そのまま瞼を閉じる。

 流石は我がギルドきってのナマケモノ。

 奴も避けられない決定事項だと分かっているのに、最後の足掻きを試みているのだ。

 それとパティ、お出掛けじゃなくて探索ね?

 仕事だからね?


「ふふっ、ニテル君。そろそろ火の輪くぐりなんか飽きたよね? そろそろ炎の絨毯の上を走り抜けるレッスンをしようと思ってたんだ」


 これが条件反射というやつなんだろうか?

 カルの言葉を聞くや否や、先程までふて寝していたとは思えないスピードで立ち上がり、早く行くぞと言わんばかりにパティの裾を咥えて引っ張るニテル。

 やる気を出して貰うのはありがたいが、まだ準備をしてないからね?









 準備を整え出発してから既に5日。

 未だに迷いの森の片鱗すら見えてこない。

 今回の目的地はダカリアセの森の更に奥、ダセ深林と呼ばれる所だ。


「マスター、もうずーーっと木しかないっす」

「そりゃあ森だからな」


 あるかどうかも分からない迷いの森の探索は、疲れが溜まるだけで面白味があるものではない。

 テンションの高かったパティですら、昨日からはこんな調子だ。

 俺だってすぐにでも帰りたい所だが……横を見れば闘志を燃やす男がいる。

 そう、こういう時に限ってやる気を出すのがカルなのだ。

 知識欲旺盛というか、好奇心旺盛というか。


「ニテル君、このまま進めばいいんだよね?」


 自信無さげに前を歩く、羅針盤代わりのニテル。

 俺には行き当たりばったりで進んでいるようにしか感じないのだが。


 あくびをしながらそんな事を考えていると、周りが見えにくくなっている事に気付く。

 辺りに靄が立ち込めているようだ。

 森の中での霧や靄は日常茶飯事なんだが、なんだろう。ピリピリと皮膚に刺激を感じる。


「来たよ、来た来た! ニテル君頼むよ!」

「マスター、何か変な感じっす」


 歓喜に震えるカルに、周りの異常を感じるパティ。

 俺はクトゥの柄に手を掛け、警戒を強める。

 靄は密度を増して霧となり、視覚を奪っていく。


「ニテル君、気づいてる? 周りの植物が見た事もないものに変わってるよ」

「俺に言ってるのか?」

「ーーニケル君。どっちでも一緒だから気にしないで」


 悔しいが本気で間違えているようだ。

 いや、そんな事がどうでもいい程に興奮しているのだろう。

 あきらかにカルの歩調が早くなっていっている。


 既に少し前を歩くニテルの尻尾がおぼろげに見えるだけで、その先が見えない。

 光は遮断され、灰色の世界が広がっている。

 不安になったのか、はぐれないように俺の手を掴んでくるパティ。


 少し距離を詰めようとスピードを上げると、ニテルの隣にいる筈のカルの姿が見当たらない。


「おい! カル!」


 俺の声は周りに吸い込まれるように散っていくだけで、返事はない。


「カル殿、どこっすか?」


 パティの手に力がこもる。

 だがやはり返事はない。


「ニテル、ちょっと止まれ」


 声に反応して目の前の尻尾の振りが止まり、俺とパティがニテルに並び立つ。

 そしてニテルを見て言葉を失った。

 その金色の眼孔は白く光り、普段からは想像もつかない獰猛さを感じる。


「ニ、ニテル……」


 言葉通り神獣を思わせる狼は、俺たちを一目見てから空気を震わせる息を吐き出すと、そのまま前へと進んで行く。

 俺はパティと顔を見合わせ、ニテルを見失わないようについて行くのであった。




「カル殿大丈夫っすかね?」

「まぁ、アイツなら大丈夫だろ。心配するだけ無駄だと思うぞ」

「そうっすよね。カル殿なら大丈夫っすよね」


 パティは自分に言い聞かせるように呟く。

 俺は全く心配しちゃいないんだが。

 すると突然、ニテルの足がピタリと止まる。


 霧が薄れた先に見えるのは……不思議な建物?

 巨石が積み上げられた建造物なのだが、中々の大きさがある。


 役目を果たしたのか、ニケルは目を閉じ伏せてしまう。

 先程までの異質な雰囲気から一転、裏庭で過ごすぐうたら状態に戻っていた。


「ほぉあぁぁ。マスター。すごいっすね」


 パティが目を輝かせるのも無理はない。

 霧の中、幽玄に佇む姿は実に神秘的だ。


 別世界にでも紛れ込んだと思わせる光景に見惚れていると、ぽっかりと開いた建造物の入口から、ふわふわと小さな浮遊物がこちらに向かってくる。

 距離が縮まりその姿がはっきりしてくると、俺は目を見はった。

 小さな身体に白い鎧のような衣服。背には光る蝶の様な羽。

 お伽話に出てくる妖精そのものが目の前にやって来たのだ。


「はぅあぁぁ! マスター、妖精っす! めちゃくちゃかわいい妖精っす!」


 顔を真っ赤にさせ興奮するパティは、鼻血をふき出さないかと心配になるほどだ。

 妖精もまた好奇の目をパティに向けている。


「わ、わたしは妖精ではありません。聖剣ガヴァナードの鍵……剣の聖霊アガシオーヌです」

「おぉっ! 聖っ霊。say! ray!っすね」

「そっ、そうです」


 明らかに照れている妖精……いや聖霊だったか。

 say! ray! って本当にそれでいいのか?


 それが迷いの森の聖霊との出会いであった。


聖霊の森・後編は明日投稿いたします。

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