今日の占い
えー、これは本来七章の冒頭用に作った話ですが、楽しんで頂ければと。
珍しく静かなギルドで、俺はのんびりと朝食をとっている。
ティルテュとウィブは依頼に行ってるし、カルは何処に行ってるのかも分からない。
シェフリアは組合に用事があるって言ってたし、最近は傭兵の押し売りも減ってきた。
心落ち着くひと時だ。
グランツが朝飯の片付けを始めると、新聞を手に取り日課になりつつある今日の占いのページを広げる。
この新聞の占いは、生まれた月と血液型で細かく分けられ、具体的な事を占っていると評判のコーナーだ。
~水蛇月·N型の貴方~
今日は面倒事に巻き込まれる日です。
黒髪でギルドマスターの貴方は、スキルアップのチャンス到来。外出先で運命の出会いがあるかも!?
……どこまで具体的なんだ?
黒髪?
ギルドマスター?
当て嵌まる人間が一体何人いるんだ?
まるで「君だよ、君」と名指しされてるみたいだ。
「なんだこの占い? 面倒事が起きるなら、部屋に引きこもれば問題ないだろ? 今日は1日ギルドでダラダラ過ごしてやる」
「マスター、どうしたっすか?」
「いや、何でもない。パティも読むか?」
所詮は占い。
俺は新聞を閉じてパティに渡す。
最近はみんなにつられてパティも新聞を読むようになったのだ。
嬉しそうに一枚ずつめくりながら自分の興味を引く記事を探している。
「マスター、ここ読んで欲しいっす」
しかめっ面で新聞を渡して来るパティ。
ある程度読めるようになったのだが、難しい文字があるとこうして俺に聞いてくる。
パティの指差す記事には賑やかな動物園の絵が載っている。
移動動物園の広告記事だ。
「あぁ、これは即売会って書いてあるな」
「即売会って何っすか?」
「簡単に言えば気に入った動物が買えるって事ーー」
そこまで口にして自分の失言に気付いた。
パティが目をキラキラさせている。何も言わなくとも次の言葉は想像するに容易い。
「マスター、行きたいっす」
ほらな?
チラリと記事を横目で見ると、ベルティ街で今日開催されている。
このくらいはパティにも読めるので誤魔化しは効かない。
かと言って先程今日はダラダラすると宣言したので、用事があるとも言えない。
こんな時はーー。
「グランツ! 今日暇か?」
片付けを終えてホールに戻って来たグランツを捕まえると、手招きして呼び寄せる。
「なんだ? 今日は自前の包丁を買いに行くんだが」
「パティ、グランツが買い物に行くから連れてって貰え」
「何の話だ?」
困った時のグランツ頼みだ。
グランツはテーブルに広げられた新聞を見てピクリと眉を上げる。とりあえずは察してくれた様だ。
「まぁ、連れていく位は構わんぞ」
おぉ、さすがグランツ様。お心が広い。
だが若干1名の顔は不満を滲み出している。
「マスターも一緒に行くっす。自分とマスターとグランツ殿の3人で行くっす」
これだ。
駄々をこねる子供のように我が儘モードに入るパティ。
拒否すればパティの拳や足が発光しだすから、結局こちらが折れざるを得ない。
その様子は端から見れば可愛いものだと思うかもしれないが、俺はいつも冷や汗をかいているのだ。
「下手に訳の分からん動物を買って来るより良いだろ?」
グランツの助言にも一理ある。
以前話していた雪男なんぞ買ってこられた日には対処に困ること間違い無しだ。
「はぁ。仕方ない。3人で行くか?」
「マスター大好きっす!」
定番の様に抱きついてくるパティ。
たまにはパティのご機嫌取りも必要だろう。
そう。この時の俺はパティの我が儘によって忘れていたのだ。
占いのことを……。
移動動物園の開催場所であるベルティ街中央広場は、大勢の人がごった返していた。
中央広場は石畳の敷き詰められた大きな広場。中央には噴水もあり、普段は街の人達の憩いの場所だが、すでに周りにはたくさんの屋台が並びお祭りムードだ。
人混みは疲れるから嫌いなんだが……。
「マスター、この前より凄いっす。楽しみっす!」
「かなりの露店が出てるな。おっ、あそこは魔牛の串ダレ焼きか!」
パティの目にキラキラと星が輝いている。
グランツもこの雰囲気が嫌いでは無いのか、楽しそうに屋台を見ている。
どうやらこの移動動物園は入園無料みたいだ。
というのも入場ゲートらしきものが無い。みんな好き勝手に動物の所やら屋台やらと動き回っている。
こんなんで採算は合うのだろうか?
そんな俺の疑問も檻に入った動物の前まで来ると解消された。
~動物達に餌をあげよう~
そう書かれた看板の横には餌の販売所。
『ペドナ人参1本銅貨40枚!』
初めて見る野菜だが、人参1本銅貨40枚って……。
こんなボッタクリの値段で誰が買うのかと思っていた横で、「これくださいっす」とパティが2本も買っていた。
周りにも買っている子供の姿がある。
なんて悪どい商売なんだろう。
「マスターも餌あげるっすか?」
「いや、俺はいい」
パティは串焼きを頬張るグランツも誘っていたが、断られたようだ。
パティが檻にいるガナウサギに餌をやってると、目の前のガナウサギと目が合う。
潤んだ瞳をこちらに向けて、なんとも物欲しそうな顔だ。
「悪いな、俺は餌を持ってないんだ」
ガナウサギに話しかけると驚くべき反応があった。
『ちっ、冷やかしかよ。しけてんなぁ』
んんっ?
い、今このガナウサギ喋ったよね?
だが、つぶらな瞳のガナウサギは大人しく座っているだけだ。
……空耳か?
『餌がないならどっかいけよ』
ーー!?
「お、おい、グランツ。このウサギ喋るぞ!」
新たな串焼きにかぶりついているグランツを檻の前まで引っ張ってくる。
『このバカまた来やがった。帰れ帰れ』
「なっ? 聞いただろ?」
「……大丈夫か?」
グランツの目が俺を憐れむものになっている。
おかしい。確かに聞こえたんだ。
……疲れが溜まってるのか。
「マスター、自分が餌をあげるとモリモリ食べるっすよ。かわいいっす! ーー次はあっちに行きたいっす」
パティに次の動物の元へと連れて行かれるのだが、動物達を見る度に奇妙な声が聞こえて来る。
『人間って馬鹿だよなぁ』
『そう言うなって。俺たちにせっせと餌を運んでくれるんだぜ』
『おっ、あの雌いい乳してんなぁ』
『えーっ、お前人間の雌に欲情してんのかよ?』
一体何なんだ。本当に俺の頭はおかしくなってしまったんだろうか?
間違いなく俺には動物達の声が聞こえている。
どうやら俺は危ない世界に足を踏み入れてしまったようだ……。
パティにあっちこっちと引きずり回され、その度に容赦無い動物の声に苛まれる俺の心はボロボロだ。
グランツには真剣な表情で「悩みがあるなら相談にのるぞ」と言われる始末だ。
動物の声が聞こえると言った所で更なる憐れみをかけられるだけだろう。
だが、何となく分かってきた。
声が聞こえるのは視線のあった動物だけ。
横や後ろからは、いたってまともな動物の鳴き声が聞こえるので間違いないだろう。
思いあたるとすればーーまたお前か!
エーカーーー!!
ヤツの細胞の影響としか考えつかない。
もはや呪いだ。
「マスター、次はあそこっす」
ハイテンションが留まる事を知らないパティが指差す先の天幕には『即売会』と大きく書かれている。
パティはペットを飼う気満々だが、俺の現状はそれを良しと思えない。
動物から離れて暮らしたいんだ。
例えば可愛い猫を飼ったとしよう。俺に懐き戯れてくる可愛い子猫だ。
だがもしその子猫が愛くるしい顔のままで『早く飯寄越せよ。使えねー奴だな』と声が聞こえて来たら俺は動物不信、いやあらゆる生き物を信じられなくなってしまう。
心の声が読める奴が人間不信になるお伽話は聞いたことがあるが、その気持ちを理解してしまった。
げんなりしながら即売会のテントに入ると『買ってくれー』『頼むぞー』と痛ましい声が聞こえてくる。
そう。ここにいる動物達は外の見世物達とは違い、必死に引き取り手を求めているのだ。
「マスター、この仔犬可愛いっすよ」
「……仔犬か」
潤んだ瞳で『お願い、飼って下さい』と声を出す仔犬。
あぁ、ダメだ買ってしまいそうになってしまう。
「犬の散歩は大変だぞ」
『チッ』
グランツの言葉に仔犬が反応したんだが、今舌打ちしたよね?
その時、今更ながら奇妙な事に気付いた。
こいつらって人間の言葉を理解してるよね?
記憶を辿ればガナウサギに「餌を持ってない」と言った時も反応も、俺の言葉を理解していた。
そう考えると人間って動物に馬鹿にされているんじゃ無いだろうか?
くだらない事を考えつつ、パティの後をついていくと奇妙な光景を目にする。
思わず2度見、3度見してしまった。
檻の中にいる巨大な……狼?
狼の姿をしているのだが、こう絶妙に不細工だ。
死んだような目に、垂れきった目尻。黒い体毛に締まりのない口元。
ここまで品のない動物も珍しいものだ。
「グランツ、これ見てみろよ。ここまで愛嬌がない動物もいないよな?」
俺の呼び掛けに振り向いたグランツは、檻の中をマジマジと眺め札を手に取る。
「……狼だな。送り狼? 聞かない種類だな」
「どうしたっすか? ーーほぁぁぁ! 可愛いっす」
俺とグランツに駆け寄ってきたパティが、檻の前で狼の虜になってしまった。
おいおい、これが可愛いって?
「やばいっす! はぅぅ、マスター買いたいっす! 運命の出会いっす」
「パトリシア、値札を見てみろ」
グランツに促されて見た札には「お買い得! 送り狼! 金貨15枚!」と書かれていた。
……高い。金持ちならまだしも、庶民が買える値段では無い。
「うぅぅ、マスター、給料の前借り出来ないっすか?」
涙目で訴えてくるパティ。相当に気に入ってしまった様だ。
今でもパティの給料は一週間で銀貨10枚だ。1年で金貨5枚に銀貨20枚。ほぼ3年分の前借り。
そこまでして買いたいのか?
ふと、狼と目が合う。なんともやる気のない目だ。
『……』
他の動物は買え買えうるさいのに、何かを諦めたように一言も話さない。
可愛げも無く、不細工な狼。
だがプイとそっぽを向くその姿に、何故かシンパシーを感じてしまった。
「おい。……俺と来るか?」
俺が小さく呟くとピクリと耳が動き、再度視線が絡みあう。
「パティ、前借りは……ダメだ」
「どうしてもダメっすか? これからもっといっぱい依頼頑張るっす。わがままも言わないっす。だから……」
パティの声が段々と震えて小さくなっていく。
俺の視線はパティを見る事無く、狼から外せないでいた。
「悪いなパティ……コイツは俺が買う」
「マスター!」
「ーーおい、ニケル本気か!?」
俺だって聞きたいよ。馬鹿かって。
でも何でだろう。ここで買わないと絶対ダメだって本能が訴えている。
俺は近くに居た店員を捕まえる。
「あの狼を買いたい。だが今は手持ちの金が足りない。話の分かる上司はいるか?」
「えっ、少々お待ちください」
慌てた店員は少し離れた場所にいる小太りの男を連れて来る。
「お待たせしました。ただ今手持ちのお金が足りないとの事ですね。ーーっと、蜥蜴の尻尾のニケル様ですよね? お噂は兼ね兼ね伺っておりますよ。わたくし当イベント責任者のヌーノと申します。以後お見知りおきを」
一体どこの噂だろうか?
「この狼を買いたい。売約済みに出来るか?」
「えぇ、もちろんですとも。ニケル様でしたら組合請求にさせて頂いてもかまいませんよ?」
組合請求?
なんだそりゃ? 今までに聞いたことのない言葉だ。
「傭兵組合が一旦金を肩代わりするって事だ。後から依頼金で相殺される。本来なら組合から許可が必要なんだが……仮にも筆頭ギルドだから信用するって話なんだろ」
俺の表情を読んだのか、グランツが耳打ちしてくる。
ほぅ、中々に便利な代物だな。
「それで頼む」
「ありがとうございます。ではこちらで契約の方をお願いします」
テントの一角にあるテーブルまで連れていかれると契約を交わし、血統書やら育てる為の注意事項などの分厚い書類を受け取る。
「本日はお買い上げありがとうございました。今後とも良しなにお願いします」
俺が戻ると、既に狼は檻から出ておりパティに抱きつかれている。
気のせいか、鼻の下が伸びてるような。
照れるようにそっぽを向く姿は、可愛らしいとしておこう。
ギルドへの帰り道、狼に乗っかってご機嫌なパティに質問する。
「なぁ、パティ。どうしてそんなにコイツが気に入ったんだ?」
「だってマスターとそっくりだからっす!」
ーーな、なんだと!?
お、俺とコイツが似てるだと……。
俺と狼の視線が絡む。
お互いの目が訴えている……「俺はお前程不細工では無い!」と。
「あぁ、似てるな。やる気の無い顔はソックリだ」
くっ、グランツまで。
俺は絶対に認めんぞ!
「あーっ、閃いたっす! 名前はニテルっす! これっす!」
「ぷっ!」
隣で吹き出すグランツ。
ニケルとニテルって……。
反対しても無駄だろうが、モヤモヤする。
俺とニテルは顔を逸らしながら居心地の悪さを感じるのであった。
そして後日、ティルテュには呆れられ、シェフリアからは長い説教を聞く羽目になる。
ウィブですら引きつった顔で「か、可愛いですね」という始末だ。
パティだけが本気で可愛いと思っているようだが、まっ、それはそれでアリだろう。
こうして蜥蜴の尻尾に可愛げがない送り狼が入ったのだが……まさか運命の出会いってコイツじゃないよな?
ギルドの裏庭で昼間から俺の横に寝そべり、日向ぼっこをする狼に溜め息をつくのであった。
読んで頂きありがとうございます。
次話は……6月上司くらいにはなんとか。