表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇譚──境界と白昼夢  作者: 参星
─天─
5/5


「おや、また騒がしゅう御座いますね」


 朝霧は、小ぶりで形の良い鼻をひくつかせ、うろうろと視線を彷徨(さまよ)わせる。

 打ち掛けを引きずる音が、静かな空気を揺らしていった。


 はて、あのズボラな(あに)様は何処だろうか。


 まるで迷路のように入り組んだ、()()()()()()()()我が家を進み、やがて彼女が辿り着いたのは、薄暗い書庫の入り口であった。


 色違いの打ち掛けが、既にその扉の前で(たたず)んでいれば、どうやら今回はきちんと仕事をするつもりらしい。


「……珍しゅう御座いますね。(あに)様の方が(わたくし)より先に御出(おい)でになるなんて」

「たまたま通りかかっちまったんだよ。捨て置くわけにも行かねェだろうが」


 気怠げな彼の瞳は、鈴の音で変わる。

 凜──と響く、高く涼やかな音がひとつ。

 迷う魂を喚ぶように、導くように鈴は鳴る。


 凪いだ海のような、夜の森のような。

 慈悲と、慈愛と、温もりに溢れ、それでいて冷徹な(かれ)の瞳が(またた)いた。


「──諸々(もろもろ)禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ)は…………」


 朗々と響く、神に捧げる祈りの言葉。


 神など居はしないのに。

 願いを叶える神など、居はしないのに。


 光があるのはそうあるべきだからだし、国が生まれたのはそうあるべきだったからなのだ。

 決して、神が「光あれ」と言ったからできたわけでもないし、神が産んだからできたのでもない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 世界の意思など、結局のところ意志でしかなく。それ以上でも、以下でもない。

 言い換えるならば──運命、だろうか。


 朝霧達は、その "運命" の向かう先を、僅かばかり変更できる。

 "特異点" という、弾かれてしまった魂を、世界という枠組みに再び()め込むために。彼らはその "変更" を許されていた。


 ──運命(せかい)そのものに、(ゆる)されていた。


 朝霧達は結局、神ならざる神であり、傍観者にして観察者なのである。

 物語の最適解を導くために必要な、あるいはそれ以上の手を入れる事も、できなくはない。


 ──ないから、やるのだ。


 世界の行く先は決まっている。

 まるで、物語のあらすじをなぞるように。

 おはなしが始まり、終わりに導かれるように、世界はやがて終焉(しゅうえん)を迎える。


 その結末は、幸福(ハッピーエンド)も、不幸(バッドエンド)も、きっと孕んでいるのだけれど。



 やがて、書庫の扉を突き破って、二人の男が倒れ込んできた。

 傷だらけで、息も絶え絶えに。

 怨み、悲しみ、苦しんで。


 たった一人、誰かの幸せを願いながら。


(わたくし)は──やはり、幸福(ハッピーエンド)の方が好みに御座いまする」

「……? 随分とマァ……人間(ヒト)みてェなことを言うようになったなァ我が(いも)よ、エェ?」

「……ふふ。御冗談を。ヒトにヒトは救えませぬ。故に神に頼るのです。……私達は人に(あら)ず。ヒトデナシに御座いますれば」


 地に堕ちた、鴉が呻く。

 罪人の、(とが)を背負って()いている。


「彼らもまた、()()()()()に御座いましょう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ