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血玉-ケツギョク-

作者: 氷結麒麟

 初ホラーです。少しクトゥルフ風な話を目指しました。

 私がそのパーティーに出席したのは、アメリカから帰ってすぐの事であった。

 私は昔から旅が好きであり、学生時代からバイトで貯めた金を使い、世界中を飛び回っていた。当時は、ツアーや、もしくは友達と共に有名な都市を回る程度の、普通の旅好きの学生と大差ない旅を行い、またそれを楽しんだものだ。

 親はけっこうな資産家ではあったが、子供の道楽に金銭を浪費するを良しとせず、学業に関しては惜しみ無く援助してくれていたものの、私の趣味に対しては一銭も出そうとはしなかった。今にして思えば、それは親なりの考えがあったのだと分かるのだが、その時は、自分の通帳の残高を眺めつつ、理不尽にも親を恨んだものだ。

 最終的に、中の上程度の成績で大学を出た私は、そこそこ有名な企業に入り、忙しい生活を送るようになった。会社に縛られている身にとって長期の旅は許されず、しかたなく国内をちょこちょこと移動し、せめてもの慰めにしていた。

 しかし、思っていたよりも早くにその生活は一変する事となる。両親の訃報だ。

 長寿が普通になっている今の世に対して、早すぎる死であったと思う。それなりに仲の良い関係であった両親の死を考える時間は、たっぷり残されていた。

 葬式が終わり、親が手掛けていた事業を親族と交渉の上譲り渡すと、その見返りとして私は一生食うに困らないだけの生活を手に入れる事に成功した。両親の遺産と、会社の株、そして有り余った時間をどうするかについては、あまり悩まなかった。

 自由な身となった私は、再び海外を飛び回るようになった。それも、普通のツアーでは立ち寄らぬような、秘境と呼ぶ場所ばかりを選ぶようになった。

 その時は、アメリカのとある一地方を見て回り、二週間ほど留守にした自宅に帰った時であった。届けられた大量の手紙を整理している中に、かつて大学で世話になったゼミからの招待状があった。特に予定があるわけではなかった私は、今回の旅を土産に参加することにした。

 思えば、この時間が少しでもずれていれば、あるいはこの話は別の結末になっていたのかもしれない。しかし、事が起きたのは紛れもなく事実であり、今さらその事をとやかくいっても、しかたないのであろう。

 すべては、悪夢のような必然であったのだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 パーティーに参加している人数は、余り多いものではなかった。知り合いが半分、見知らぬ人間が半分といったところだろう。たわいもない雑談で盛り上がっていた私と同期の友人は、最初は会場の隅の方で固まっていたのだが、先輩達に引っ張られ、いつの間にか会場中に散らばる事となった。

 会話が一区切りついた所でとっとと先輩達の前から逃げ出した私がふらふらと会場内をさ迷っていると、突如肩を叩かれ、驚いたものだ。

 振り返った場所にいたのは、私より干支が一回りほど違っていそうな、小柄な男であった。無論、見覚えのある顔であった。

「ああ、石倉先生。いらっしゃっていたんですか」

 挨拶を交わせば、後はただ話に華が咲くばかりであった。特に、大学時代に世話になった身であったので、話すことは多々あった。もっとも、私の方といえば旅話くらいしかする事がなかったが、石倉先生は、熱心に聞き入ってくれた。

「……今回は、二週間ほどアメリカに行ってきました。マサチューセッツ州の田舎町の方をふらふらと」

「ほう、いったいどんな場所だったのかな」

「時代に取り残されたような風景でしたよ。100年単位で過去に戻ったような。そうそう、そこで面白い物を見つけましたよ」

 上着のポケットから取り出した、握り拳くらいの四角い箱の留め金を外すと、その中身を良く見えるように相手に差し出した。 中に入っていたのは、飴玉ほどの大きさの石ころが一つ。ビロードの張った中に、血のように毒々しい色を放ちながら鎮座していた。

「真っ赤な……石?」

「そうです。なんでも、昔からその辺りに転がっている石らしいんですけど……ちょっと逸話があるんですよ」

「ほう、是非とも教えて貰いたいな」

「えーと、どこから話せばいいものか。とにかく、その街についた時には、別にそこに興味があった訳じゃなかったんですけどね」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 きっかけは、宿の老人の一言であった。

「あと、山の方には絶対一人じゃ登らないようにな。何かあっても、責任はとれんぞ」

「山の方に、何かあるんですか?」

「……昔から、山には悪魔が住んでいる。孤独に怯えている者の血をすすり、体の一部を持ち去り、いつの間にか消えている。その姿を見た者はいない」

 目を見れば、その老人が冗談ではなく、紛れもなく真剣である事が判った。

「だから、立ち入りは禁止だと?」

「そうです。何かあってからでは、遅い」

「しかし、先ほどからの口振りだと……山自体には良く出入りしているようですね」

「まあ、あの山は街の糧の大半を担っていますからな。数人であれば問題はないのです。いなくなるのは、決まって一人きりになった者で……それでも、奥まで踏み込む者はいませんがね」

「ふーん、じゃあ相談なんだけど……」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「それで結局、山に木の実を取りに行く人達について行ったんです。そこで見つけたのが、この石です」

「それにしても、変わった石だ」

「なんでも、そこに人が住むより前からずっとあって、奥の方には砂利道のようにそれこそ大量に転がっているらしいですよ。さすがに、そこまでは見れませんでしたが」

 子供のように目を輝かせる石倉先生は、こちらの話もそこそこに、石の方の虜になっていた。

 彼が鉱石マニアであることは、周知の事であった為、私は親切心からこう言った。

「よければ、差し上げましょうか?」

「おや、いいのかい?」

「ええ、大した価値のあるものでもありませんし。先生がよろしければ」

「いやあ、ありがとう」

 はしゃぐ石倉先生を見た時は、自分のささやかな善行に私も満足したものだ。石倉先生は、今夜はホテルに泊まり、翌日に飛行機で帰るらしい。聞いてみると、今現在は信州の方で生活しているらしい。話が弾み、帰る前に私の家に立ち寄る約束すると、その場は別れる事となった。お互い人に呼ばれたのだ。

 その後、何事もなくお開きになった会場から家に帰ると、私はすぐにシャワーを浴びるとそのままベッドに飛び込んだ。

 アルコールのせいか、深い眠りは翌日まで覚める事はなかった。虫の知らせ、という物もなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 目覚めた時は、すでに時計の針が10時を回っていた。

 約束した時間は10時半であったため、かなりギリギリの目覚めと言える。

 慌てて起き上がると、まだ少し頭がぐらついた。頭をはっきりさせるため、シャワーを浴びコーヒーをすすると、やっとの事で頭の靄も消え去った。

 コーヒーを片手にもてなしを用意する内に、時計の長針が6を回っていたのが見えた。

 時間にルーズだと笑われるであろう事を予想し、急いでいるうちに、やがて針は8の所を過ぎた。

 10時40分。約束の時間は過ぎている。

 時間にうるさい石倉先生が遅れるとは、珍しい。一応、携帯の履歴を確認してみるが、着信はなかった。

 首を傾げ、心中穏やかでなくなったのは、時計が11時を回った所であった。

 約束を一方的に反故にされたとも思えず、連絡をとろうとした所で気付いた。よく考えれば、電話番号がわからない。

 番号を互いに教えなかった為、連絡をとりようがなかった。

「そうだ、ホテルに」

 幸い、泊まっているホテルの名は覚えていた。慌てて電話帳を引っ張り出すと、番号を押す。

 待たされる事なく繋がったホテルの受付と、型通りのやり取りを行った後、石倉先生の事を訊ねた。

「失礼ですが、どのようなご関係でしょうか」

「教え子の一人です。今日、こちらに訪ねてくる予定だったのですが」

 歯切れの悪い会話のやり取りに、いい加減イライラし始めたとき、石倉先生が昨夜ホテルでなくなった事を知った。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 家を飛び出した後、どうやってホテルまでたどり着いたのかは、覚えていない。

 気付けば、ホテルの部屋の中にたたずんでいた。普通なら追い返される所であったろうが、私の家の名が役に立った。

 渋々といった感じであったが、何とか現場を見せては貰えた。一応、お目付け役に制服の警官が一人こちらに付いて回っていたが、気にはならなかった。

 部屋の中はごく普通の間取りであり、人一人が泊まるには十分であった。普通でなかったのは、その風景であり、部屋の備品がそこかしこに散らばっている。電話にメモ帳にペン立てといった軽いものは、そこかしこに散らばっており、テレビのように重いものは、置かれた場所からずり落ちて、床に横倒しになっている。

 誰かがここで暴れていたのは間違いなかった。

「泥棒、でしょうか?」

「いえ、それが盗まれたと思える物が無いんです。財布の中に現金もカードも残ってますし、スーツケースの中など、荒らされてもいないんですよ」

 見れば、ベッドの脇には小型のケースが立て掛けたままになっている。他に石倉先生本人が持ち込んだと思われる物は、見当たらない。あるのは、ベッドの上に転がっている、ビロードの張られた箱ぐらいな物だ。恐らく、昨夜プレゼントした石をさっそく見ていたのだろう。静かなホテルの一室で、一人で。そこを――

「先生は、どんな様子だったのでしょうか」

「ええと、それは」

「お願いします。口外はしません」

 少し無理矢理ではあったが、結局は警官の方が折れた。何度も念押ししながら語る内容は以下のようであった。


「彼の死因は、両腕を切られたショック死と思われます。元々心臓が悪かった様ですね。ただ、死体の腕はまるで引きちぎられた様な切断口で、相当な痛みがあった事でしょう。


 ええ、死体には両腕の先が無くなっていて、現在も犯人と共に探しております。血痕がないため、恐らくは袋詰めで持ち去ったのでしょう。意味は分かりませんが……


 遺体は、腕を庇うようにうつ伏せになっていて、そうそう、腹の下に妙な赤い石が落ちてましたね。握りこぶしぐらいの大きな石で、一応今は遺体と一緒に搬送してあります。


 犯人自体の目撃証言も今のところはありませんし、調べてみても、妙な事ばかり見つかるんですよ。


 泊まり客の一人は、昨日の深夜に、被害者が、石がどうこう言っている声が聞こえたと言っているんです。これは被害者が持っていた石と思われるため、これが殺された原因と思われます。


 あと、不思議なのは、どうも出血量が少なすぎるらしいです。身体から流れた量と、床に落ちた血液の量が、どうもかなりの差があるらしくて。犯人が飲み干して行ったとでも言うんですかね。


 部屋も中から鍵がかかった密室だったと言うし、分からないことだらけですよ。


 一体、犯人は何処に消えてしまったのか――

 いかがだったでしょうか?悪魔の住む地にある赤い石の話。


 感想や矛盾点などありましたら、気にせず書き込んでください。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  不可思議な事件の後、血玉は更にその赤みを増したことでしょうね。  面白く読ませていただきました。  クトゥルフ神話的要素(血玉はなんとなく『輝くトラペゾヘドロン』を連想させますし、吸血とい…
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