009_何事も俺は駄目にする
失態失態!!俺、家に入れない!!
どうやら櫻から見た俺に対するイメージは『寝込んだ彼女を襲う獸』あたりになっていると思われる。
仲直りがまた遠ざかった。これからどうしよう。
何も出来ない俺は玄関前に体育座りした。吐く息のうちの7割くらいは溜息だった。
体感時間で1時間ちょっとくらいが過ぎた。正午を告げる鐘が鳴る少し前に、未羽と櫻が家から出てきた。
櫻の解釈での説明を聞いてしまったなら、未羽も俺の顔など見たくもなくなるだろう。
しかし、未羽も櫻も怒っていなかった。
「翔、ごめん、勝手な想像して」
櫻が顔を赤らめながら謝る。いや、意外だ。意外すぎて何も言えない。
きっと未羽がなんかしらの俺の擁護をしてくれたのだろう。しかし未羽とはまだ出会って1ヶ月。どれだけ俺のこと信用してくれてんだよ。それか、自分の恥ずかしさや怒りを殺してでも俺らを仲直りさせようとしてくれたのか。
「入ってきていーよ」
櫻は俺を手招きした。
「お昼食べる?……私があんたの分までナポリタン作ってあげたんだから」
櫻ったら、俺の分まで昼飯作ってくれたのか。櫻の手料理を食えるなんていつぶりだろう……!
「櫻ちゃん料理上手いね!」
「ふっふーん、私の得意料理だから」
櫻はふんぞり返って鼻を膨らませている。せっかくの美貌が台無しだし、そもそもナポリタンってそんなに手間かからない料理じゃないのか、と思ってももちろん口に出さない。
「しかし美味いなぁ」
「ふん、褒めちゃって~でへへ」
俺が褒めると櫻はあからさまに照れてみせた。
つい昨日までほとんど口を利いてくれなかったのが嘘のようだ。
クラスメイトである未羽の前だから、というのもあるだろうが、それ以上にどうやらこの人めちゃくちゃゴキゲンのようだ。
「ごちそうさまでしたっ、美味しかった!!」
爽やかにお礼を言い、笑顔で褒めてくれる未羽。櫻の機嫌は数ヶ月に1回レベルの良さであった。
「お腹空いたらいつでも来てね!毎日作ってあげても良いから!!」
「それは大丈夫……。だけど、また近いうちにゴハン食べに来るね!」
さすがに少し引かれていたが、櫻はそれに気付くことなく鼻歌を歌いだした。
3人で――というのは建前で、実際は櫻と未羽の二人が――昼食を食べ終えてからおしゃべりを1時間強していた。Where is my 居場所。居場所って英語でなんて言うんだっけ?
「じゃ、あんまり長居しすぎると悪いよね!お邪魔しましたっ!」
と未羽は爽やかに帰っていった。
「また来てね~」
玄関の外で櫻は腕を大きく使って別れを告げていた。
そういえば、名義上は俺と未羽のデートなのに、俺の存在忘れてないか?
未羽が帰った後、櫻はボソッと呟いた。
「なんでこんなクソ野郎が未羽ちゃんの彼氏なのよ…」
櫻と未羽は特別親友というわけではなさそうだった。
しかし少なくとも櫻に関しては、未羽に並々ならぬ興味を持っているように見えた。
頼んでもいないのに、櫻は未羽について語りだした。
「端的に言うわ。未羽ちゃんは、中学からの内部進学組じゃなくて、高校入試から入ってきたの。それで主席合格。しかも5教科合わせて486点。合格者平均は300点ちょいなのに」
浜大附属高校は、櫻たちのように中学受験をすればそのままエスカレーターで行けるし、制度上は高校受験から入ることも出来る。
なぜ制度上、と強調したかというと、募集人数が少ないから。もう一つは、それはもうめちゃくちゃ入試問題が難しいからだ。
どのくらい難しい問題かというと、当時高一だった俺が、未羽たちが解いた入試問題と同じ問題を解いてみたところ、200点もとれなかった。
当たり前だが未羽たちは中三だ。俺の一つ下だ。
参考までに俺の成績は、ちょうど真ん中らへんのランクの高校の、真ん中らへんの順位だ。
「うちら内部進学組も、中三から高一への進級前にクラス分けテストをやるのね?浜高の入試問題と同じレベル。それでも、450点を越えた人なんていなかった」
例年ならばクラス分けテストの1位の方が、浜高の入試の主席合格者より点数が高い。
そのため『高校入学時での学年主席は内部進学生だろう、自分たちの知り合いだろう』と、浜中からの内部進学生誰もが思っていた。
「入学式で新入生代表の言葉は、学年主席がするの。どうせ知っている奴だろうなあと思ってぼーっとしてたのに、見たことも無い可愛い子が壇上に立ってるの!!!」
櫻は『可愛い』に特に力を込めて言った。
「なんなのあのサラッサラの黒髪!!」
櫻だってサラサラだぞ。
「うるさい」
俺は褒めたつもりなのに。冷たいなあ。
「ぱっちり二重だし目大きすぎでしょ!うらやましい!!」
櫻も二重ではあるが、どちらかというと縦方向より大きいと言うより、横方向に長い。そして、決して目が細い訳ではないが、つり上がっているので切れ長に見える。
櫻の場合、他のパーツも絶妙にバランスがとれているので相当な美人だと思うが、目が大きいのに憧れるのも分からなくは無い。
そういう意味では、未羽は誰からも羨ましがられるほどにぱっちりとした目をしているだろう。
「いいよね、茶色と緑の中間みたいな色で、珍しくて綺麗な瞳しててさー。真っ黒だからなー私の目」
うーん、それは無いものねだりだろう。
この後も唇だの肌だのパーツごとに細々と力説していたが割愛する。
どうせ櫻も可愛いのだ。大半がいわゆる『無いものねだり』だと思いはしたが、突っ込んだ後何か言われるのが嫌なのでとりあえず頷いておいた。
櫻の言っていることを一言に要約しよう。
未羽は才色兼備で素晴らしい。ということらしい。
「とにかく!!なんでこんな可愛い子がお前の彼女なの!?」
「いいじゃねーか。いつまでも櫻のこと好きだとか言ってるよりは、俺に頭が良くて可愛い彼女が出来る方がよっぽど健全だろ」
「ッ!」
櫻は言い返すことが出来なかった。
もう櫻に好意がないと知ってくれれば少しは櫻との関係は良くなるだろうか。
「未羽ちゃんになんかしたら絶対許さないんだから!」
「泣かせはしないよ」
イケボ使ってみた。ちょっとふざけちゃったか?
「そうじゃなくて!!……まあ泣かせないことも重要だけど」
「ハイ」
「もし未羽ちゃんを襲ったら、櫻が責任もってお前を殺す」
「襲わねーよ!!!」
「ところでさ、未羽ちゃんの……その、下着、どのくらい見ちゃったのよ」
俺はここまでの会話は上手くやっていけたはずなのに、重要な選択を外してしまった。
「え?黒地に白のドットってところまでしか見てないけど」
絶対、忘れたふりでもしておいた方が良かっただろう。やはり関係は良くならなかった、むしろ悪化しただろう。
「柄まで覚えてるとかどんだけガン見したんだし!やっぱり変態じゃん」
「出てけ!!!」
これ前回と結末同じじゃねえか。しかも庇ってくれる人はいない。
次に家に入れるのはいつになるやら。今日は野宿かもしれないな。
途中、浜高入学のシステムについて書いた部分が分かりにくいかもしれません。かなり説明を削ったので……すみません!
お読みいただきありがとうございました。
次回も読んでくださると幸いです。