005_一緒に登校
未羽×翔メイン回。
「翔先輩おはよーございますっ」
ホームで電車を待っている時声をかけてきたのは昨日のボブカット。なんでよりによって家の最寄り駅まで一緒なんだ……。
「朝からなんなんだよ」
「え、知り合いに挨拶しただけじゃないですかーっ」
こいつが?俺の?知り合い??
「お前はいつから俺の知り合いなんだよ」
「一緒にラーメン食べたあたりからっ?」
俺は一言も会話に参加してないのに、勝手に知り合いにされてやがる。佐藤呪う。
俺の暗い表情を見てもなお会話を続行するつもりらしい。
「先輩何部なんですかっ?」
ただいまの時刻、8:01。
「部活やってたらこんな時間に登校しねーよ」
「確かによく考えればそうですねっ。でも見た目スポーツやってそう」
物心ついたときから体を動かすのは好きだったし、運動神経はかなり良い方だ。今は何のスポーツもやっていないけれど。
「中学の時とかは部活やってたんですかっ?」
「バスケ」
「なるほど~っ、あたしは………」
我ながら適当な返事しかしていなかったが、この女は話を続けようとしていた。
そして驚くことにコミュ障×無愛想の俺を相手に東浜大学前駅まで20分間話し続けていたらしい。
「じゃ、また明日っ」
未羽は俺に向かって手を振った。学校の方向が違うので、駅で別れることになる。
いつも櫻と顔を合わせ……あっ、最近は避けられて食事すら別のタイミングでとっているか。まあ良い。
つい1ヶ月前まで美少女オブ美少女の櫻と一番長く顔を合わせていたために、俺は『美少女』『美人』『可愛い』とかその類の採点は辛い方だと自分でも思っている。
それでも、改めて見ると未羽はなかなか可愛いんじゃないかと思えた。
あれ、言われてから気づいた。また明日?え、明日も!?!?
「佐藤、」
「おーっす」
「一回死ね」
「変わった挨拶だね」
冗談じゃねえよ!!
「なんで朝からあの女の相手を!!」
「いーじゃん、未羽ちゃん可愛いし」
「俺は櫻以外の女には興味ねえ……あっ……櫻……彼氏できた……キラワレタ…………」
ああ思い出しちゃった思い出しちゃった。最悪。
「翔おはよー」
「……おーす」
振り向きもせず事務的に挨拶を返しただけだ。女王様とお話しするほど心の余裕はねーんだよ。去れ女王。
「暗いなぁ」
女王様は寂しそうに呟いた。
暗いというのはある意味当たり前だ。俺は女王より暗い位置にいるに決まっている。
俺は二軍だ。そして二軍というポジションを気に入っている。
直接的ないじめの対象とかにさえならなければ三軍でも構わない。一軍にさえならなければいいし、そもそもこの無気力な性格では陽キャにもウェイにもリア充にもなれやしないから一軍になる要素なんて無に等しいね。顔面と運動神経を除けば。
「翔先輩おはよーございますっ」
今日も未羽は元気に挨拶してくる。眠くて半開きな目で彼女を見た。
「そんな朝からだるそうな顔しなくても良いじゃないですかぁ」
頬を拗ねたように膨らませている。
「ねぇ、いつも何聴いてるんですかっ?イヤホンで」
「Mean Whileってやつ」
「あーっ!人気でしたよね!」
なんで過去形なんだよ。国民的映画の主題歌に採用された数年前には劣るものの今だって人気だぞ。…まあ、最新の曲より初期の曲の方が俺は好きだったりする。
「ご、ごめんなさいっ……ほら、昔からいるじゃないですか。お父さんも昔から大ファンで、私も結構聴くんですよ?」
「……どの曲」
「へっ?」
「どの曲が好きだって聞いてんの!!」
なんで俺はキレ気味なんだろう。カルシウム不足かな。
「んー、迷います。『トライアングルボーイ』とか」
「あ、俺もめっちゃ好き!友達と好きな子どっちをとるか迷っててさ、あるあるって感じのだよな。俺には無いけど。『あいつとあの子が二人とも幸せなら俺もきっと幸せだ』って、泣けるよな……。しかも声が素敵すぎて。あとさ、あの曲分かるか、えーとな……」
好きなものについて語るのは楽しい。変な後輩ではあるが、饒舌になってしまう。
「翔先輩はどうなんですかっ?」
「へ?」
「好きな人……いるんですか?」
きっと未羽にとっては興味本位だったのだろう。
君は悲しいこと聞いてくれるね。
「好きな人には彼氏が出来てしまったよ。その上俺の気持ちがバレた今は関係最悪」
「それって『オジャマムシ』みたいな状況?」
オジャマムシという曲の歌詞は俺の状況ぴったりだ。端的に言えば、『好きな人の好きな人』とうまくいきそうな『好きな人』に勢いで告っちゃって振られた、みたいな歌だ。気持ちの焦りを表すかのような激しいビートも癖になる曲。
この曲を聞けば3リットルくらい泣くのは余裕だ。
「…傷を抉るのはやめてくれ」
「すみませんっ……」
しかし未羽はしょんぼりモードから2秒で回復した。
そして、俺の抉られた傷が完全修復されてさらに全身3歳くらい若返るほどに嬉しいことを言ってくれた。
「そうだMWの来月の東京公演のチケット持ってるんですけど。お父さんが仕事の都合でいけなくなっちゃって。あの、一緒に、い、行きませんか?」
そのライブは、半年前俺が自分名義で応募+櫻と佐藤の名前を借りて応募したのに全部落ちたやつだ。
「行くぅッッ!!!」
その興奮に思わず100デシベルくらいの声を出してしまった。
周囲のサラリーマンからの目線が痛かった。
お読みいただきありがとうございました。
次回も読んでいただけると幸いです。