010_ライブ参戦
未羽×翔。
前話から1週間後の設定です。
「翔先輩、お待たせしましたっ」
今日は待ちに待ったMeanwhileのライブだ。
「めっちゃ整理番号良いじゃん、2桁とか」
「でしょっ!!」
未羽と俺が仲良くなるきっかけがMWであった。
そして、俺は色んな知り合いの名前を借りて応募したのに全部落選したライブのチケットを、未羽は持っていた。
その上、その時はまだ知り合って数日だった俺を誘ってくれたのだ。神!!
これから物販で限定Tシャツとかお土産とかを買う。ライブの位置取りも、この番号ならきっと最前列に行ける。
「ふふ、Tシャツもタオルもお揃いですねっ。写真SNSにでもあげとけば『仮彼女とデート』感出たりして。下倉さんも翔先輩のこと諦めるんじゃないですか?」
櫻との仲直りは絶望的だが、『下倉というクソうざい女を遠ざける』という目的で、まだ仮カップル状態は継続することになっていた。
「じゃあ自撮りってのをしてみるか。はいっチーズ」
俺は自撮りというものをほとんどしたことがない。
そもそも自撮りするような友達がいないし。佐藤とかと自撮りしてもむさ苦しいだけだし。
へ?これ片手じゃカメラのところ押せなくね?難易度高すぎだろ。
自撮り大好きJK達は手の構造おかしいのか?
やっと撮れた1枚は、完全にピンボケだった。
「……翔先輩、自撮り下手ですね」
(失笑)とか(苦笑)とかが文末に付きそうな表情と口調で言われた。要するに馬鹿にされたのか?
「したことねーもん」
「貸してください。私も、あんまり自撮りしたことないけど」
パシャリ。
「ほらっ」
うん。綺麗に撮れている。JKの手の構造分からない。絶対未羽の手は俺の手より一回り以上小さいのに。
早速LINEのタイムラインにあげてみた。この機能もほとんど使ったことないぜ。
このタイムラインとかいう機能で、俺に彼女いるアピールすれば下倉は俺に纏わりつくのをやめてくれるかな?
なんか文章も書かないといけないのか。『ライブなう』でいいのかな?
「早く並ばなきゃ!せっかく良い番号なんですからー」
未羽に手を引かれ、開場待ちの列へ歩いていった。未羽の柔らかい手の感触を感じる。
俺ら……本当に付き合ってるみたいに見えてるのかな。
「キャーー!!マッキーかっこいー!!!!」
未羽が叫んでいる。こう叫べるのって女子の特権だよな。
MWのメンバー的にも、黄色い歓声は嬉しくとも、男の野太い叫びなんかあんま嬉しかねえよな。
ちなみにマッキーというのはMWのボーカル・蒔山 進のことだ。
「みんな来てくれてありがとうー!!」
「キャーー!!!!!」
笑顔が見えるくらい近くにMeanwhileのメンバーがいる。
「それじゃ最初からいくぞっ、トライアングルボーーーイっ!!!」
「キャーー!!!!!」
周りの女性陣とともに未羽は叫ぶ。
「未羽めっちゃ興奮してんな」
「そういう翔先輩だって……タオルぐるんぐるんしてるじゃ無いですかっ」
そりゃ俺だって、10メートルくらい先に本物がいるんだから興奮しない訳がないだろ。
実は俺……ライブ初参戦なんだよな。いつもいつもくじ運悪いから。
この全身にズンズンくるベースの音、いつもテレビ越しにしか会えない相手が目の前にいること、全員が我を忘れて盛り上がっていること。
慣れてないけど、1曲目からすげーー楽しかった。
「次はー……」
MWのメンバーが何か話すごと、何か歌い終わる後、全てに黄色い歓声が付帯する。みんなで飛び跳ねたり手を叩いたり、マイクを客席側に向けられて合唱したり。
MWのメンバーを見る未羽の目は、宝石よりも輝いていた。
ファン歴5年の俺の目も、負けないくらいきっと輝いていたのだと思う。
「終わっちゃっいましたねっ」
「あっという間だったな」
ボキャ貧の俺には『すごかった』の感想しか出てこない。言葉にできないくらい、すごかった。こんな小学生並、いや幼稚園児並の感想で許されるのか分からないけど。
「はあー、マッキー……かっこよかった……」
遠い目をする未羽の顔を、顎をくいっとして無理やりこっちに向けた。
「もう終わったんだから…俺を見ろよ」
ふざけて言ったつもりだった。
「――えっ??」
未羽の目は揺れている。少し本気にされてしまったのだろうか。
「え、あ、ご、ごめん」
「ばーか」
もしかしたら未羽の機嫌を損ねてしまったかもしれない。せっかくライブに行ったあとなのに。
「み、未羽さーん……ごめんって、悪いって」
大きな目をわざわざ細め、口をとんがらせてこっちを見てきた。
「言っとくけどー、付き合ってるのはフリなんですからねっ」
「ご、ごめん」
ふざけすぎた。最近俺はやらかしてばっかりだ。
それにーーもしかしたら未羽には好きな人がいるかもしれないのに。
「スタバ1杯おごりでいいですよっ」
指を一本立ててニッと笑ってきた。
ワンコインで許してくれるなんて安すぎだろ!櫻とは大違いだ。
「ふはーっ、暑かったーっ、フラペチーノ最高」
最寄り駅まで戻ってきてしまった。現実。
物販で色々買いすぎたために俺の財布は大ピンチなので、俺は安めのアイスコーヒーを注文した。
「でっ、マッキーって声が優しくてイケメンで歌詞も心に沁みてーっ、それでー……」
ここまで未羽が蒔山推しだとは知らなかった。
アイスコーヒーを啜りながら未羽の話(というかマッキーの魅力について)をいっぱい聞いて、俺が5年間蓄積してきたMW豆知識をいっぱい披露して、俺のライブ初参戦は終わった。
「そうだ、未羽、写真送るからメアドかLINE教えて」
「……あー、ケータイ持ってないんです」
今時の高校生でケータイ持ってないやつっていたんだ。
「そっか」
「じゃあ、また明日、駅のホームで!」
俺は遠ざかる未羽に手を振った。未羽もこちらに振り返してくれた。
家に帰ってもきっと居心地が悪いので、駅の近くの路上で今日撮った写真を見返した。
もちろんMWのメンバーは格好いいし輝いている。録音はNGだけど撮影はOKなので何枚も彼らの写真を撮った。
それでも、俺の今日のベストショットは、ライブの最中に撮った
「マッキーーー!!」
と叫んでいるのがまた聞こえてきそうな、生き生きとした未羽の姿であった。
お読みいただきありがとうございました。
次回も読んでいただけると幸いです。




