終
愛しい人の部屋で、わたしは一人、思い出に浸る。
聞こえる声も、見える影も、何一つとして怖いものはない。
水城つばめは、土屋このはと結ばれた。
その事実だけで十分だ。
ウェディングドレスを抱きしめて、目を閉じる。
まぶたの向こうから入る赤い光すら拒んで、わたしはわたしの世界に閉じ籠もる。
ドアを叩く音が聞こえる。わたしを呼ぶ声が聞こえる。助けを求める声と、許しを請う声。わたしを産み育ててくれた、大事な人たち。感謝の気持ちはある。でも、もういらない。
わたしには、親友との、恋人との記憶だけがあればいい。
「……このは」
その名を呼ぶだけで、わたしの心は満たされる。想うだけで、生きる希望が生まれる。
まだ、災厄は訪れない。世界は終わらない。
必ず戻ってくると、このはは言ってくれた。シェルターなんて何の意味もない、私はつばめと一緒にいたいと言ってくれた。
きっと、このはにとって幸福なのは、生き残る可能性が僅かでも存在する閉鎖空間の中にいることだ。このはには両親が残っているのだから。
それでも、このははわたしと居たいと言う。
本当に、最後まで、あの親友は寂しがりやで、甘えん坊だ。
ずっと、ずっと、「つばめ、つばめ」なんて言いながらわたしの傍に居てくれた。
だから、わたしも、このはがいつかわたしの所に帰ってくる光景を容易に想像できる。
ちょっと困った様子のご両親に連れられて、「ただいま」と泣きながら言うのだろう。わたしは、それを「おかえり」と迎える。そうして、わたしたちは綺麗な青空の下で、再びあるべき姿に戻る。
その時が、今から楽しみで仕方ない。想像するだけで、頬が緩んでしまう。
何も聞こえない。何も見えない。わたしは、いつまでも幸福な記憶と未来の中で、愛する人を待っていられる。
だから、まだ、世界は終わらない。