ゴミの山(スクラップヒープ)
幽霊が、夜な夜な町を徘徊するのは自然なこと。
でもニコルは、ソフィーの守護霊的存在。
姉を見守る大事な役目があるので、おいそれと彼女の許を離れるわけにい
かなかった。
といっても二十四時間、六百八十七日、ずっと拘束されているというわけ
でもない。
ソフィーが就寝してからなら、出歩くことは可能だった。
人々が寝静まった深夜。
葬儀を終え、緊張の糸が切れたのか。
ソフィーはよく眠っていた。
弟が埋葬されて、遺体の傍らで寝ることができなくなったのも、よく眠れ
ている理由だろう。
姉が寝息を立て始めたのを見届け、いつものようにニコルは、散策に出か
けることにした。
もっとも、決して遠出はしない。
ソフィーは、ひとけのない郊外で女性のひとり暮らし。
ドミトリアスのような不逞の輩が、またいつやって来ないとも限らないか
らだ。
家のセキュリティーは、ドミトリアスが踏み込んできたときより数段強化
されていたが、それだとて絶対安全ということはない。
だから出歩くのは、姉のもとへ即座に戻って来られる範囲内と決めていた。
ニコルがやって来たのは、彼の一番のお気に入りの場所。
近所のスクラップ置き場。
使い古された鍋、壊れた家電、果ては廃車になったトライポッドまで。
雑然と積み上げられたスクラップの山が、幾つも屹立している。
生前のニコルは、体が弱く、スクラップ置き場で遊ぶことなど絶対に許さ
れなかった。
他の子たちが、この場所で遊んでいるのを、羨ましく眺めていたものだ。
でも、いまやニコルは完全に自由。
不自由な肉体から解き放たれ、スクラップ置き場だろうと好きに闊歩でき
る。
でも夜は短い。
のんびりしていたら、あっという間に朝が来てしまう。
時間が惜しいニコルは、スクラップ置き場に着くなり、スクラップ漁りに
取り掛かった。
他人からすればただのゴミの山でも、このような場所で遊ぶ機会を持てな
かったニコルにとっては、すべてがお宝に見える。
それに、たまに本当のお宝を見つけることだってある。
先日も、まだ使えるトライポッドアーミー用のコンバットタイヤ一式を見
つけたばかりだった。
ニコルは、魔法の手の術を駆使して、スクラップの山の中から使えそうな
物を拾いあげては、ひとつひとつ吟味していく。
ところが、今日のスクラップ置き場は、いつもと様子が違っていた。
ガチャガチャとスクラップをいじり始めて間もなく、いきなりライトが煌
々と焚かれ、スクラップ置き場全体が明るく照らし出されたのだ。
驚いたニコルは、咄嗟に動きを止める。
「来やがったな。糞ったれなスクラップ泥棒め。今日こそ捕まえてやるぞ!」
怒鳴りながら大股でやってきたのは、ベースボールキャップを逆向きに被
り、ダウンベストを着た壮年の白人男性。
ブルーカラーらしい骨太な肉体。
キャップからは、ウェーブした黒髪がはみだしている。
頭蓋の骨格は長く長頭で、口には口髭を生やしているイタリア系っぽい顔
つきだ。
手にはハンディライトと、ライフル。
いかにもインディペンデント映画に、脇役として出てきそうないでたちだ
った。
敷地には、フェンスも、ワイヤーも張られていなかったので、てっきりニ
コルは、このスクラップ置き場を不法投棄場所と思い込んでいたのだが。
だが、そうではなかったようだ。
ちゃんと管理人がいたのだ。
「どこだ! 観念して姿ぁ見せやがれチキン野郎! ケツ蹴りあげてやらあ
!」
口汚く罵るスクラップ置き場の主人。
スラングが酷く、ドミトリアスとは、また毛色の違った口の悪さだった。
物音を聞きつけ、来訪者に気づいたのだろうが、やはりスクラップ置き場
の主人にも、幽霊的存在になったニコルの姿は視えていないようだ。
ニコルの何よりも優先すべき使命は、姉をひそかに見守り続けることであ
る。
人目につくのは、できるだけ避けたいところ。
そこでニコルは、スクラップ置き場の主人を、穏便にやり過ごすことにし
た。
カエルが動かないものを認識できないように、生者も死者のほうから不用
意に動かなければ、気づけないものだ。
ニコルは、存在を気取られぬよう、スクラップの山と一体化し、息を潜め
た。
しかし……スクラップ置き場の主人は、手に持ったライトを、ニコルのほ
うに向けてきた!
「お前か! 最近ウチの敷地で好き勝手してる糞ったれは!!」
(まさか、僕の存在が気づかれた?!)
世の中には、ニコルのような存在を気づける勘働きの良い人間もいるらし
い。
「その格好、ここらじゃ珍しい珍走族みてえだな。さあウスノロめ、そんな
とこに隠れてないで、こっちへ出て来い!」
こうなっては、致し方ない。
観念したニコルは、潔くスクラップ置き場の主人の前へ出て行って謝るこ
とにした。
ゴミ山の影から出て、スクラップ置き場の主人ほうへと近付いて行く。
しかしスクラップ場の主人は、ニコルの行動に対し、異常なほど過敏に反
応した。
「お?! お?! なんだお前! 抵抗する気か?!」
スクラップ場の主人は、ニコルに向けてライフルを構える。
出て来いと言われたから、素直に出て行ったのに。
これはあんまりな反応である。
(まあまあ、落ち着いて……)
ニコルは、興奮しているスクラップ置き場の主人をなだめようと、手を挙
げて見せる。
ところが、その行動が、余計に相手を刺激してしまったらしい。
「この糞野郎ーっ! それ以上こっちへ来るな、来るなーーっ!」
パンッパンッパンッ!
スクラップ置き場に、乾いた音が、立て続けに響いた。
何もしていないのに、いきなり発砲するとは、かなりイッちゃている人の
ようだ。
でも生身の肉体を棄てたニコルには、鉄砲弾なんて効きやしない。
ただし、効かないと分かっていても、銃口を向けられるのは、決して気持
ちの良いものではなかった。
「くそっ、全然効きやしねえ」
ライフルが効果なしと見たスクラップ置き場の主人は、ブルーシートが掛
けられているスクラップ置き場の片隅へ一目散に駆け出す。
スクラップ置き場の主人が、ブルーシートを勢いよく引っぺがすと、現れ
たのは様々な作業用小型機械の群れ。
フォークリフトに、小型ショベル、小型クレーン。
それに銃座とおぼしき妙ちくりんな機械まで混じっていた。
銃というには口径が大きいので、小型の砲台と呼んだほうが正確かもしれ
ない。
「なら、こいつでどうだ」
スクラップ置き場の主人は、砲台に乗り込むと、砲身をニコルのほうへ旋
回させる。
「くたばりやがれ、糞ったれ!」
叫んだは良かったが、待てど暮らせど、砲が火を噴く兆候はない。
「っかしいな。ちょ、ちょっと待ってろよな……」
スクラップ置き場の主人は、そう言っていったん砲台から降りると、砲台
基部に取り付けられた極太ケーブルの接続を確認し始めた。
どうやら、砲台を稼動させるための電力供給が、上手くいっていないらし
い。
スクラップ置き場の主人が、ケーブルと格闘を始めてから五分ほど経った
ころ。
ヴーン……
砲台が、妙なうなり声を上げ始めた。
そして突然猛烈な閃光を迸らせた。
閃光の迸りは、ニコルの遥か頭上を越え、背後の巨大なスクラップの山に
命中した。
「見たか。この必殺の電磁投射砲の威力を!」
長いことニコルを待たせたあげく、ケーブルと格闘していて狙いまで外し
たくせに、スクラップ置き場の主人は、どうだと言わんばかりの自慢げな顔
をしていた。
「コイツは、火星に墜ちた宇宙戦艦の残骸から見つけた掘り出し物でな。発
射にタイムラグがあるのが難点だが、この距離でまともに当たれば、どんな
ヤツもイチコロよ。さあ泥棒め、覚悟しゃーがれ!」
スクラップ置き場の主人が、ペラペラと御自慢の武器の講釈を終えた矢先。
ズズズッ
低い地鳴りのような音がして、ニコルの背後のスクラップの山が、ニコル
とスクラップ置き場の主人のいるほうへ大きく傾いた。
電磁投射砲の直撃を受け、巨大なゴミの山が瓦解し始めたのだ。
でも危ないと思ったときには、もう遅かった。
ニコルとスクラップ場の主人の上に巨大な質量が、雪崩落ちる。
「うわーっ、しまったーーっ! オーマイファ●キンゴオオオッド!!」
スクラップ場の主人の絶叫が聞こえ、次の瞬間ニコルの視界も暗転した。




