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帰還(サルベージ)]


 ニコルとゴリアテの最終決戦から、遡ること一時間ほど前。

「そんな! あたしは、また弟をむざむざ失うの?!」

 絶望に打ちひしがれ、ソフィーは、ヘナヘナと基地の床にへたり込んだ。

 でも、落ち込んでいたのは、ほんのわずかな間だけ。


「いいえ、まだよ! せっかくまた会えたのに、こんなことで諦められるも

んですか!」


 ソフィーは、手の平を力強く握り締め、決然と立ち上がると、通信衛星基

地からの脱出方法を探し始めた。

 まずは、基地の操作パネルを操作して扉を開けようと試みる。

 でも内扉も、外扉も、うんともすんとも言ってくれない。

 いつもの調子で、やたらめったらボタンを押してみたりもしたが、やはり

期待した反応は返ってこなかった。

 何か、ここを抜け出す良い方法はないものかと、基地内を行ったり来たり

する少女。

 そうしている間にも、刻々と時間は過ぎていく。


「ん?」


 何を思いついたのか。

 ソフィーの足が急に止まった。

 ソフィーの記憶に、何か引っ掛かることがあったのだ。


(あれ? あのときペンタポッドは……ニコルは、なんて言ってたっけ?)


 ソフィーは、ニコルの言っていた言葉を頭の中で反芻する。


「確かこの基地は、宇宙から地上へ降ろされたものだって……」


 ソフィーは何事か、はたと気づき、俯いていた顔を上げていた。


「そうよ。この施設が、本当に宇宙から降ろされたものだって言うのなら、

必ずアレがあるはず!」


 彼女は、通信施設中の引き出しという引き出し、扉という扉を開け、なか

の物をひっくり返し始めた。

 ひっくり返された物品で、施設内がゴミ屋敷のように成り果てたころ。

 ソフィーは、ようやくお目当てのものを見つけた。

 それは一冊の小冊子だった。


「あった! これよ、これ! 宇宙艇からの緊急脱出用マニュアル!」


 それから十分後。

 衛星通信施設基地裏。

 前触れもなく施設外壁の一部がぽっかり開き、そこから、大玉転がしの球

のような物がポンッと飛び出してきた。

 雪上をコロコロと転がった球は、五メートルほど行って止まると、二つに

割れる。

 なかから現れたのは、気密服代わりに宇宙服を着込んだソフィーだった。

 彼女の体型は、宇宙服のおかげでかなり太めになってしまっていた。

 でも気密型の宇宙服としては、これでもかなり細身のほうである。


「ふーっ、緊急脱出カプセルがあって助かったわ。まんまと閉じ込めたつも

りだったかもしれないけど、お姉ちゃんをあんまり舐めないでよねニコル!」


 ソフィーは、基地外壁部に収納されていた、緊急時移動用の折り畳み式ホ

バーバイクを取り出し跨ると、雪を蹴立てて走り出した。


「すぐ追いついて、とっちめてやるんだから。待ってなさいよーっ!」


 ソフィーは、山脈のなだらかな尾根づたいではなく、あえて最短で麓へ向

う六十度以上の急勾配のコースを選んだ。

 一見無謀ともとれる滑降。

 でもソフィーは、ニコルの通った跡を辿っているだけなのだから、無謀だ

ろうと何だろうと仕方ない。

 それに、少し前にペンタポッドが通って行った道なら、クラックの滑落避

けにもなる。

 ホバーバイクは、宙に浮く乗り物ではあるが、自動車や、バイクと同じよ

うに、地面の反発力を得て進んでいることに変わりはない。

 突然地面が消失すれば、やはり落ちるしかないのだ。

 そのうえ地面に接地していないので、制動距離が長く、急ブレーキも利か

ない。

 だから、クラックに落ちる心配を一切しなくても良いことは、精神的にと

ても助かった。


 にしても不思議なのは、ソフィーが平然とバイクを運転できていること。

 低酸素下でも活動可能な宇宙服を着ていようとも、ソフィーは低酸素状態

に順応した体を持っているわけでも、高地に体を慣らす高度順化を行ってい

たわけでもなかったからだ。

 普通なら八千メートル近い山を一日で昇り降りしようとすれば、急激な気

圧変化に肉体がついていけずダウンしてしまう。

 なぜソフィーは、急激な気圧の変化にさらされても平気なのか?

 実はソフィーの体は、地表にいたときから一切気圧の変化にさらされてい

なかったのだ。

 マリネリス峡谷の絶壁を登り始めたときは、ペンタポッド内は密閉され、

与圧されていた。

 通信基地内でも、ソフィーに合わせた気圧調整がなされ、減圧症予防の高

圧酸素で満たされていた。

 そしていま彼女が着ている宇宙服も、それ自体が一つの気圧ブロックだと

言ってもよい、ゼロ気圧下での宇宙活動を想定して作られた品だった。

 つまり、地上にいたときから現在まで、常にソフィーの体は、一定の気圧

に加圧された状態で保たれ、一定の気圧の空気を吸っていたことになる。


 それでも、短期間に八千メートル級の山を登り降りすることで掛かる肉体

への負担は、相当なもの。

 疲れてくれば、気圧差から彼女の体を守ってくれている宇宙服が、逆に重

荷にもなる。

 完全気密式の宇宙服は、仕様上動きづらく、それ相応の重量もあるからだ。

 最初は気にならなかった宇宙服の重さが、ひしひしと堪えるようになって

いき、マリネリス峡谷を降り終えるころには、少女の体は、疲労感で泥のよ

うに重くなっていた。


 しかしマリネリス峡谷を降り終えても、ニコルの許に辿り着くには、まだ

最大の難所ノクティス・ラビリントスを越えなければならない。

 幸い奇岩の迷宮は、ゴリアテによって整地され、通り道ができていた。

 だが、良いことばかりでもなかった。

 ゴリアテが通ったせいで、いたるところが崩落し易くなっていたのだ。

 通り抜けるのは命がけになる。

 でもソフィーは、躊躇わなかった。


「この道の先に、ニコルがいる!」


 後先考えず、迷宮内へ突っ込んで行く、と。


 コツン、コツン……


 ホバーバイクを飛ばすソフィーのヘルメットに、小さな石が当たってきた。

 ハッとして天を振り仰ぐと、ペンタポッドよりも大きな岩が、崖を転がっ

て頭上まで迫ってきていた。


「危ない!」


 ソフィーは、落石を回避しようと、思いきりホバーバイクのハンドルを切

った。


 ◇


 それから二時間後。

 ソフィーは、ゴリアテの倒壊現場に立っていた。

 ラビリントスの突破が容易でなかったことは、ボロボロの宇宙服が、何よ

りも雄弁に物語っている。

 彼女の眼前に広がっているのは、ゴリアテの巨大な残骸と、無数のペンタ

ポッドの山、山、山。

 あまりに残骸広範囲に散らばっていたので、残骸の山というより、残骸の

海と表現したほうが適当かもしれない。


「なんて数のトライポッドなの……」


 ソフィーは、ゴリアテ倒壊現場の惨状を見て、言葉を失う。

 でも、少女はめげない。

 バイクを乗り捨てると、バイザーの上からパンパンと顔をはたいて自分に

喝を入れ、残骸の海へと分け入った。


 ソフィーに遅れること、およそ一時間。

 一台の搬送用キャリアーが、ゴリアテの倒壊現場にやって来た。

 運転していたのは、廃棄物処理用の防護服を身にまとったダンだ。


「おおう、すげえ数のトライポッドの残骸だな!」


 ダンは、トライポッドで埋め尽くされた大地を見て、驚きの声を洩らす。

 スクラップ場を経営する彼のこと。

 事件を聞きつけ、めぼしい物が落ちていないか、遠路はるばるスクラップ

探しにやって来たのだろう。

 キャリアーを降りたダンは、銀色のハンディ型のサーベイメーターをかざ

しながら、トライポッドの残骸の海を歩き始めた。

 強い放射線を放っているスクラップは、持ち返ったところでゴミにしかな

らない。

 だから持ち帰るべきスクラップを、慎重に選んでいるのだ。


「ふーむ。ここら辺だけ、やけに線量が高いな。どうやらここが、例のモン

スターマシンが倒壊した現場の中心地点らしい」


 ゴリアテXは、核融合で動く、歩く核融合路。

 核融合路炉の燃料は、ただの水素。

 実用ベースの核融合技術が確立される以前は、水素のなかでも、核融合反

応を起こしやすい放射性物質の三重水素が核燃料として用いられていたが、

ゴリアテXが開発された時代には、ただの水素でも、安定的に核融合反応を

起こせるようになっていた。

 よってゴリアテXの核融合炉が壊れても、核燃料が漏れ出るようなことは

ない。

 では、まったく被ばくの心配がないかというと、そうでもない。

 核融合反応を閉じ込めていた炉内壁面が、放射化されていて、低レベル放

射性廃棄物と化していたからである。

 ゴリアテ崩落の中心地点であるこの場所は、その放射化された炉の破片が

大量に散乱していた。

 さらに砕け散った破片の一部は、細かい塵となって大気中にも漂っている。

 ホットスポット化するのも当然だった。

 サーベイメーターから目線を上げ、周囲を見回していたダンは、遠くのほ

うで、辺り構わず瓦礫の山を掘り返している人影を認めた。

 宇宙服姿のソフィーである。

 ダンは、遠くのソフィーに、大声で呼び掛ける。


「おーい、あんた。ここは危険だぞーっ!」


 でも、ソフィーは、ダンのほうを見向きもしない。


「見ろよ。空間線量が十ミリシーベルトもある。この場所に長居するのは危

険なんだよ!」


 ダンは、手に持ったサーベイメーターを高く掲げて、遠くのソフィーに注

意喚起する。


 空間線量が、毎時十ミリシーベルト。

 つまり毎時一レントゲン。

 この値は、一年間に人間が浴びる被曝許容量を、たった三十分で浴びてし

まうことを意味する。

 宇宙放射線が降り注いでいたテラフォーミング前の火星の放射線量と比べ

ても、はるかに高い数値だ。

 それに宇宙服を着ていても、放射線から防御されているわけではない。

 宇宙服は、気密性に優れているから、着ていれば放射線を発する放射性物

質を体内に取り込む心配はないが、放射線そのものは防げないのだ。

 混同されがちだが、放射性物質に対する気密性の問題と、放射線に対する

遮蔽性の問題は、別々の問題なのである。

 もちろん宇宙放射線の降り注ぐ宇宙で活動する宇宙服に、放射線対策がま

ったく施されていないというわけでもない。

 火星開拓時代に入ってから宇宙服には、宇宙放射線を防ぐことを目的とし

た特殊な繊維層が織り込まれるようになっていた。

 特にソフィーの着ているものは、火星に大量の宇宙放射線が降り注いでい

た時代の物だったので、特殊な繊維層の織り込まれている量もは、近年の宇

宙服に比べてもむしろ多いくらい。

 それでも放射線に対する遮蔽性は、所詮気休め程度。

 完全に放射線を遮蔽できるような、薄くて便利な素材は、火星植民時代に

なっても発明されていなかったのである。

 ようするに放射線の遮蔽性については、ソフィーの宇宙服も、ダンの防護

服も、大差はなく、どんな物を着ていようとも高い線量を示すこの場所に長

居するのは決して好ましくなかった。


「なあ、おい、俺の声が聞こえないのか?」


 声が届いていないのじゃないかと思ったダンは、ソフィーのほうに近付い

て来た。


「全身油まみれじゃないか。その汚れよう、あんた、いったいいつから、こ

こにいるんだ?」


 ダンの言うとおり、ソフィーの宇宙服は機械油にまみれ、全身真っ茶色。

 でもソフィーは、相変わらず黙ったまま。

 ダンの問いかけには答えようとしない。

 黙々と瓦礫をひっくり返し続けている。


「この空間線量じゃ、ここに長居するのは危険なんだよ。それに、どのみち

もうすぐ陽が暮れちまう。何を一生懸命探しているか知らねえが、辺りが真

っ暗になっちまったら、探し物なんて見つかりっこねえ。今日はここらで引

き上げたほうが良かないか?」


 ダンは、なおも声を掛け続けるが、ソフィーは一切取り合わなかった。

 いまのソフィーには、他人にいちいち受け答えする時間も惜しかったのだ。


 今回のテロは、火星史を揺るがすような大事件。

 日を置けば、政府の調査が入るのが目に見えている。

 調査が始まれば、現場一帯は封鎖され、立ち入れなくなるのは必定。

 当然、ニコルを見つけ出すのも難しくなってしまう。

 彼女が必死になるのも当然だった。


 埒があかないと思ったか、ダンはソフィーの肩に手をかける。


「おいって、聞いているのか?」

「いいから放っておいて!」


 でもソフィーは、ダンの手を振り払う。

 声色から女性だと気づいたダンは、目をまん丸くした。


「その声……まだ若い娘じゃねえか。だったら、なおさらこんなとこに居ち

ゃいけねえ。子供を産めない体になっちまうぞ」


 ダンは、今度はソフィーの腕を掴み、力付くで瓦礫をひっくり返すのをや

めさせようとした。

 でも、ソフィーにとって、そんな気遣いは、余計なお世話だった。

「放してってば、邪魔しないで!」

 ダンの腕を乱暴に振り解くと、再び瓦礫の山をひっくり返し始める。


「あたしは別に、子供なんて欲しくない! あたしが欲しいのは、あたしが

欲しいのは……!」


 警告を無視して、死に物狂いで瓦礫の山をひっくり返し続ける少女のさま

を見て、ダンは呆れ顔になった。


「チッ、善意で言ってやってるのに。ひとの言うこと聞きゃあしねえ。った

く、弱っちまったなあ」


 ダンは、防護服の頭を掻きながら、何気なく目線を下へと向けた。

 その目が大きく見開かれる。

 そこに見覚えのあるものを見つけからだ。


「こいつは……俺が、ニコルにくれてやった電磁投射砲じゃねえか!」


 思わぬところで、思わぬ物を見つけ、思わずダンは大きな声をあげていた。

 そう。それは紛れもなく、人型をしたペンタポッドの頭部が変形した電磁

投射砲であった。

 電磁投射砲は、他の瓦礫に埋もれるような形で、横倒しになっていた。


「ニコル?!」


 耳聡くニコルという名を聞きつけたソフィーが、勢い込んでダンのところ

へ飛んで来た。


「ねえ、いま、ニコルって言ったの?!」


 ソフィーが、ダンに詰め寄る。


「お、おう。言ったがどうした?」


 いきなりソフィーにアップで迫られて、ダンは、気圧され気味だった。

 それでもソフィーの眼に射すくめられずに、普通に受け答えできていたの

は、宇宙服のバイザーが汚れていて、彼女の顔の輪郭をぼやかしていてくれ

たからである。


「この電磁投射砲は、俺がニコルって野郎にくれてやったものなんだよ。あ

あでも、こんなにボロボロになっちまって……」


 無残に変わり果てた、かつての愛蔵品を見て、悲しげな表情になるダン。

 でもソフィーには、ダンの感傷になど付き合ってる暇はない。


「ちょっと、そこどいて!」


 ソフィーは、ダンを強引にその場から押し退けると、目の色を変えて電磁

投射砲の周囲の残骸をひっくり返し始めた。


「おいおい、どうしたってんだよ」


 ダンは、押し退けられたことを怒るよりも、ソフィーの尋常でない慌てぶ

りに驚いていた。


「あった! これだわ!」


 ほどなくして、ソフィーの探していたものは見つかった。

 トライポッドとおぼしきマシンの、ふくらはぎカバー部分に書かれた見覚

えのある相合傘。

 それは忘れがたき姉弟の大切な思い出の印。

 たとえゴリアテのガトリングガンに穴ぼこだらけにされていようと、ソフ

ィーが見間違うはずがなかった。

 彼女はとうとう、広大なスクラップの海の中から、ニコルのペンタポッド

を探し出したのだ。

 しかし、空には既に二つの月が現われ、無数の星も瞬き始めている。

 陽が落ちかけていたのだ。

 辺りが闇に閉ざされれば、作業は困難になる。

 急がなければならない。


 ソフィーは、ペンタポッドの足伝いにペンタポッドのボディへ辿り着くと、

胴体の上に積もった瓦礫を取り除いていった。

 だが、内部への侵入を拒むように、コクピット開閉部に折り重なった大き

な二本の鉄骨は、容易には取り除けなかった。

 ソフィーは、片方の鉄骨の端を持ち、全体重をかける。

 てこの原理を応用して、鉄骨をどかそうというのだ。

 火星は地球に比べると重力が低いので、同じ筋力でも、地球にいるときよ

り重いものを動かせる。

 とはいえ、二本の大きな鉄骨をひとりで動かすなんて、やはり女性のソフ

ィーには荷が勝ち過ぎた。


「うーん、うーん」


 ソフィーは唸りながら、全力で力を込めるが、鉄骨はビクともしない。

 そうこうしているうちに、辺りには闇が侵食して来た。

 八千メートルの山を駆け下り、奇岩の迷宮を踏破し、何時間も捜索を続け

て、やっとのことで弟に手が届きそうなところまで辿り着いたというのに。

 ここまで来て時間切れになってしまうのか?

 そう思ったら、ソフィーは無性にやるせなくなった。

 自分の不甲斐なさに、涙がこみあげてくる。

 弱気になった途端、忘れていた肉体の痛みや、疲れまでもが、ドッとぶり

返してきた。

 ついにソフィーは、腰の力が一気に抜け、鉄骨にもたれかかるようにして、

その場にへたりこんでしまった。

 身も心も疲れ果て、もはや彼女の心は折れる寸前だったのである。

 ところが。

 寄りかかっていた鉄骨が、力も込めていないのに突然動き出した。


「おい! なにをボサッとしてんだよ。お前も力を込めろい!」


 野太い男の声の叱咤。

 声のした方を見やると、ダンが鉄骨の端を掴んでいた。


「えっ、どうして?」

「この糞ったれな鉄骨を、どかしゃあいいんだろう? ったく、しょうがね

えなあ。これも何かの縁だ。力貸してやるよ」


 呆れた口振りだったが、放射化されて使い物にならない廃材のある場所に

あえて留まり、ソフィーに力を貸しているのだから、ダンもたいがい人が良

い。


「ありがとう!」


 ソフィーは、その大きな青い眼に、再び大粒の涙を溜めた。

 もっとも今度溢れてきたのは、絶望の涙ではなく、嬉し涙だった。

 元気づけられたソフィーは、再び立ち上がると、最後の力を振り絞り、ダ

ンと一緒に全体重を鉄骨にかける。


「うーんしょ、うーーーーんしょ!」


 二人の頑張りに、とうとう鉄骨も根負けした。

 ガランガランと大きな音を立てて、ペンタポッドの上から転げ落ちていく。

 居ても立ってもいられず、ソフィーは、すぐさまコクピット内に乗り込も

うとする。

 でも、上部コクピットは搭乗口がひしゃげていて、宇宙服姿では、かさば

って入れない。

 ソフィーは邪魔な宇宙服を、えーいとばかり脱ぎ捨てると、コクピット内

へと身を躍らせた。

 コクピットに潜り込んだソフィーは、しばらくなかでゴソゴソやっていた

が、やがて縦横四十センチ、厚さ二十センチ程の立方体のケースを取り出し

てきた。

 ペンタポッドのコアCPUユニットだ。

 火星の空に浮かぶ冴え冴えとした二つの月をバックに、コアCPUユニッ

トを高々と掲げ、歓喜の表情を浮かべるソフィー。

 機械油にまみれ、美貌は台無しだったけれども、彼女は今までで一番晴れ

やかな顔をしていた。


「どうやら、お目当ての物は見つかったみたいだな。じゃあ長居は無用だ。

車を回してくるから、ここで待ってな!」


 ダンは、キャリアーを取りに戻っていった。

 そしてその場には、ソフィーひとりだけが残された。

 彼女は、コアCPUユニットのケースを、愛おしそうにギュッと抱きし

める。


「もう、なんの断りもなく居なくなるなんて、絶対に許さないんだからね」


 月明かりに照らし出された少女の面差しは、安心感に満ちていた。


                               (了)

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