崩壊(ブレイクダウン)]
(今がチャンス!)
ここが勝負どころと見定めたニコルは、ゴリアテXに猛スピードで接近し
て行く。
だがトライポッドの形成した電磁ネットの効果は、一分と保たなかった。
緩慢ながらもゴリアテXは、再び動き始めた。
そしてゴリアテXの足元まで肉薄していたニコルに対し、再び動きだした
ゴリアテXの肩部自由砲台が襲いかかった。
電磁投射砲の弾速は速い。
長距離から狙い撃たれたら、ニコルのペンタポッドでさえも手も足も出な
い。
だが、既にペンタポッドと砲台との距離は無きに等しい。
接近さえしてしまえば、砲台の動きを観察しつつ、射角の死角へ死角へと
回り込み、攻撃を回避することは、現在のニコルならば可能。
巧みに射角を外すニコルのペンタポッドに対して、ゴリアテXは、今度は
長大な腕を伸ばしてきた。
しかし巨大なゴリアテの動きは、素早さが身上のペンタポッドに比べると
かなり緩慢だった。
ペンタポッドは、鷲掴みにしようと襲い掛かってきたゴリアテの腕を空か
すと、まんまとその上に乗っかった。
そしてゴリアテXの頭頂部を目指し、一気に腕を駆け上がろうと試みる。
ゴリアテの名前は、元々旧約聖書ペリシテ記に登場する巨漢兵士に由来す
る。
剣と鎧で武装した、この無敵の巨漢兵士に対峙したのが、羊飼いの少年ダ
ビデだった。
小柄なダビデは、自分よりはるかに大きい敵を、投石器で急所に効果的な
一撃を与え、打ち倒したとされる。
(ゴリアテXを倒すなら、やはりダビデの戦法と同じように、急所を狙って
効果的な一撃を与えるしかない!)
ゴリアテXは、兵器でありながら、ひとつの巨大な核融合炉だとも言える。
核融合炉の炉壁は、原子炉の炉壁と同じく、極めて厚い作り。
さらに内殻の炉壁は、装甲の外殻に覆われ、二重構造になっている。
これをまともに撃ち抜くことは、通常兵器ではまず不可能。
ニコルはソフィーに、電磁投射砲で倒すと宣言したものの、電磁投射砲を
もってしても、撃ち抜けるか怪しい。
確実に撃ち抜けるとしたら地中貫通弾くらいなものなのだが、その地中貫
通弾も、精密誘導が不可能な火星では使いものにならない。
(ゴリアテの装甲は堅牢だ。並みの攻撃では傷付けるのさえ難しいだろう。
でも、ゴリアテXにだって、弱点がないわけじゃないはずだ)
分析を始めた当初は、打つ手なしかとも思われたが、ニコルは諦めずに、
限られた資料をもとに分析をし続けた。
そして勝利への僅かな糸口を見つけ出していた。
誰も乗っていないペンタポッドコクピット内のディスプレイモニターに、
ゴリアテXの打ち上げロケット模式図と、大気圏突入時イメージ図が映し出
される。
打ち上げロケット模式図には、シュラウドと呼ばれるコーン状の外殻シー
ルドと、首と手足を縮めて弾丸状に変形したゴリアテⅩ本体、大気圏制動装
置、打ち上げ用の多段式ロケットが、一列に連なるように描かれていた。
また弾丸形態のゴリアテXが、火星大気圏へ突入する際、弾丸の底面から
突入するイメージビジュアルも添付されていた。
底面から大気圏突入しているということは、底面がゴリアテの部位のなか
で比較的強固な証拠。
下から攻めるのは得策ではない。
対してゴリアテの頭にあたる部分。
弾丸形態のときでいうと弾頭部分は、大気圏突入までシュラウドで防護さ
れている仕様。
先端へ行くほど先細りしていく弾丸型の形状ゆえに、弾頭部は胴体ほど装
甲が肉厚に作られてはいない。
にもかかわらずゴリアテⅩは、胴体が巨大な核融合炉になっているために、
本物の弾丸と違って構造上、弾芯になるような構造材は存在していない。
(つまり人型戦車ゴリアテXも、普通の戦車と同様に、上からの攻撃には脆
いってことだ)
ディスプレイモニターの画像が切り替わり、続いて映し出されたのは、ゴ
リアテXの内部構造図。
構造図は、首の中を垂直に通り、核融合炉へと通じているシャフト構造を
端的に表していた。
(核融合炉が植物の根っこだとすれば、電磁投射砲にエネルギーを供給して
いる背骨のシャフト構造は、謂わば花や葉に栄養を行き渡らせる幹。頭頂部
から背骨のシャフト構造を一直線に貫ければ、核融合反応の安定状態を崩壊
させられるはず)
だが高空からの狙撃も、誘導弾も使えない火星環境下で、面積の狭い頭頂
部をピンポイントで狙うのはニコルでも至難の技だ。
それに装甲が薄いといっても、飽くまで胴体部に比べての話。
地中貫通弾といわないまでも、それなりに貫徹力のある攻撃でないと貫く
のは難しい。
幸いニコルは、貫徹力のある電磁投射砲という攻撃手段を持っているが、
しかし問題もある。
電磁誘導によって発射される電磁投射砲の威力は、砲にどれだけ強力な磁
界を形成できるかによって決まる。
威力のある一撃を見舞うには、それなりの電力の入力が不可欠なのだが、
ペンタポッドは燃料電池バッテリー式のマシン。
核融合炉が動力源のゴリアテと比べたら、出力できる電力に雲泥の差があ
る。
発射に充分な磁界を形成するには、かなりの時間が要するうえに、たとえ
上手く磁界を形成できたとしても、その磁界を長時間維持することは難しい
のだ。
また、ゴリアテXの電磁投射砲と違って、ダンから譲り受けた電磁投射砲
は、宇宙での運用が前提の品。
そのため、目標物と距離が離れるほど極端に減衰率が高くなる。
だから、確実に仕止めるには、接射を狙うしかない。
つまり、ゴリアテXの頭頂部でしっかりと狙いをつけ、なおかつ充電完了
から間を置かず発射しなければならないのだ。
必然的に発射タイミングは、とてもシビアになる。
「発射にタイムラグがあるのが難点だが、この距離でまともに当たれば、ど
んなヤツもイチコロよ」
そう言っていたダンの言葉が、ニコルの機械仕掛けの脳裏に蘇る。
(電磁投射砲のチャージには、時間が掛かる。おそらくチャンスは一度きり。
それでも……絶対に撃ち抜いて、ソフィーの生きる世界を守り抜いてみせる
!)
ニコルは、ゴリアテの腕に必死でへばりつきながら、強く心に期した。
ゴリアテXのボディには、まだ無数のトライポッドがまとわり付いていた
が、関節の動きを阻害する電磁ネット網は、完全に崩壊していた。
ゴリアテが動くたび、バッテリー切れしたトライポッドが、バラバラと地
面に落ちていく。
もはやゴリアテⅩは、ほぼ通常どおりの動きを取り戻していた。
ニコルは、電磁ネットが崩壊しても構わずに、揺れ動く吊り橋のようなゴ
リアテの蛇腹腕を、ひたすらゴリアテXの頭頂部目指して登り続けていた。
そうこうしてる間にも、再び動き出したゴリアテXは、ノクティスラビリ
ントスを抜けてしまった。
あとは首都ゲリヨンまで、延々と砂漠が広がるのみ。
もう、行く手を遮るものは何もない。
ノックスからゲリヨンまで、直線距離で約二百五十キロ。
ゴリアテXの爆発の影響が及ぶのは、ゴリアテXを中心とした直径三百キ
ロ。
ゴリアテXは、その道程のうち既に百キロを踏破し、爆破半径百五十キロ
圏内にゲリヨンを捉えていた。
まだ爆発していないのは、おそらくゲリヨン全域を確実に爆破圏内に収め
るまで、爆発しないようにプログラミングされているからだろう。
でも、もはやいつ爆発してもおかしくない。
(もう一刻の猶予もないぞ。急がなくちゃ)
そうは言っても、ゴリアテXは、柔構造を持つ歩く免震タワーのようなも
の。
上へ上へと登っていくほど、揺れどんどんは酷くなる。
たった六十メートルほどの高さも、八千メートルの山を登るよりも骨が折
れた。
振り落とされそうになりながらも、なんとかゴリアテXの頭頂部にまで這
い上がって来たペンタポッド。
でもニコルを待っていたのは、さらに酷く揺れる不安定な足場だった。
とても電磁投射砲の狙いを定めるなんてできる状態ではない。
バシュッ!
フラフラしているうちにペンタポッドは、背後からゴリアテの肩部自由砲
台に狙い撃ちされた。
攻撃を察知し、直撃こそ免れたものの、ペンタポッドは、両腕の下腕を吹
き飛ばされていた。
取り付いてしまえば、自ら被弾する恐れのある攻撃は仕掛けてこないだろ
うとタカを括っていたのだが、ニコルの考えは甘かったようだ。
ゴリアテは、器用にも電磁投射砲の威力を抑えながら撃ってきた。
さらに追い討ちをかけるように、足元からは四門のポップアップ式ガトリ
ングガンが飛び出してきた。
ダダダダダッ!
ニコルは、素早く足元のガトリングガンを踏み潰すも、四門全部を無効化
し終えたときにはボディーを蜂の巣にされていた。
踏み潰した足も、踏みつける際にガトリングガンに撃たれてズタボロの状
態だった。
ニコルの参照したゴリアテXの過去データには、ガトリングガンのことは
一切触れられていなかったのでノーマークだったのだが、おそらくは近接防
御用の隠し武器だったのだろう。
幸いニコルの意思を宿しているペンタポッドコアへの被弾は免れたものの、
もはやペンタポッドの四肢は、完全に用を為さなくなっていた。
それでもペンタポッドが倒れずにいられたのは、肩と背中に持ち上げてい
た補助脚を下へ降ろしたからだ。
もしもペンタポッドが複数の脚を持つマシンでなかったら、いまごろゴリ
アテの頭頂部から転がり落ちていたことだろう。
とはいえ、いまやペンタポッドは、立っているのもやっとの状態。
電磁投射砲の狙いをつけるどころか、敵の攻撃を避ける余力さえ残ってい
なかった。
身動きのならないペンタポッドを尻目に、ゴリアテは巨大な手を頭上へと
伸ばす。
そして止めとばかり、頭上で拍手を打った!
哀れペンタポッドは、ペシャンコか?!
でもペンタポッドの命脈は、首の皮一枚でつながっていた。
手と手の隙間。
わずかに空いた三角形の空間に、かろうじて生き残っていたのだ。
ゴリアテの手というのは、腕の先から、指のように見えるレールガンが直
接突き出ているだけの代物。
手のように見えているだけで、実際には母子球はおろか、明確な掌という
ものがない。
だから手と手を合わせても、人間の手のようにピッタリと合わさることが
なかったので、ニコルは命拾いしたのだ。
だがゴリアテの攻撃は執拗に続く。
合掌できないならばと、手を擦り合わせるようにして、さらにペンタポッ
ドを潰しにかかる。
ペンタポッドのボディは、現在進行形で押し潰されつつあった。
つっかえ棒になって、ボディが潰されるのを防いでいた補助脚の油圧シャ
フトが、管楽器のような音をさせてひしゃげていく。
完全に圧し潰されてしまうのも、もう時間の問題だ。
さらに肩部自由砲台までもが寄って来て、動けないニコルに狙いを定めた。
もはや逃げ場なし。
ニコルの進退は窮まったかに思われた。
だが、禍福はあざなえる縄のごとし。
ゴリアテの頭頂部で、大きな両手に左右からプレスされているということ
はつまり、軸線のぶれない安定した射撃態勢がとれているということでもあ
った。
ニコルは、満身創痍になりながらも、このチャンスが到来することに賭け
ていたのだ。
「ありがとう。おかげで狙いが定まったよ」
ペンタポッドの茶せん髷のような頭飾りが、前方へ展開。
電磁投射砲の形を成す。
そして、ほぼ距離ゼロで火を噴いた!
猛烈な雷撃の迸りが、ゴリアテの登頂部から股下まで、一直線に貫く。
雷撃に打たれ、ピタリと動き止めるゴリアテ。
数瞬後、軋む音をさせながら、ゴリアテXは、一気に崩壊を始めた。
ニコルのペンタポッドも、群がっていた他のトライポッドもろとも崩壊に
巻き込まれ落下し、濛々と舞い上がる土埃の中へと消えていった。




