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変事(エマージェンシー)


 通信は切れた。

 メインモニターには、ニコルのペンタポッドと通信が途絶したことを示す

オフラインサインが出ている。

 もうソフィーには、ニコルの声が届くことはない。

 そのはずだった。

 ところが、通信は途絶しているはずなのに、スピーカーからは、再びニコ

ルの声が聞こえてきたではないか。


「ずっと守られてきたから、今度は僕が姉さんを守るよ。さよならソフィー。

たぶんもう会うことはないだろうけど……どうか生きて、幸せになって……」


 室内には、『生きて』『幸せになって』『会うことはないだろうけど』と

いった言葉の断片がリフレインして、木霊し続けていた。


 それはニコルの独白。

 今まで言いたくても言えなかった、彼の本心からの声だった。


 ニコルの強い想いは、トライポッドたちに伝播し、トライポッドと高度に

リンクしている通信衛星を通じて、ソフィーの許へと届いて来ていたのであ

る。

 媒介もなしに、離れたところにある別の物体と同期して振る舞う『量子も

つれ現象』の量子テレパシー効果が働いていたのだ。

 今までニコルが量子もつれ現象を発生させられたのは、接触して、いった

んひとつの総体となり、因果関係を結んだ同型の量子コンピューター搭載機

に限られていた。

 だからニコルは、衛星を介しての間接接触では、量子もつれを起こさせる

ような因果関係は結ばれない、同型量子コンピューター間のシンクロニシテ

ィーも起こらないと考えていた。

 でもその考えは間違いだったようだ。


「ニコル、やっぱりそこにいるのはニコルなのね! 待って、待ってよニコ

ルーっ!」


 ソフィーは叫んだが、通信は一方通行らしく、応えは返ってこなかった。

 やがてリフレインしていた言葉の断片たちも、部屋の中から消えていった。


 ◇


 ちょうどのころ、ノックスの町では異変が起こり始めていた。

 駐車してあった無人のトライポッドが、勝手に動き始めたのだ。

 荒野に投棄されていたトライポッドたちも、赤い大地に埋もれた足を引き

抜き、ゾンビの如く移動を始めた。

 勝手に動き出したのは、無人の機体ばかりではなかった。

 人が乗っているトライポッドまでも、キャノピーを開いて、御丁寧に搭乗

者を外に放り出してから走り去って行った。

 ダンのスクラップ置き場でも、廃棄されていた旧型トライポッドが、関節

をギーギー言わせて動き出していた。

「何だ何だ? いったいどうしたってんだ?!」


 でも、ダンを初めとする一般人は、状況を理解していない。

 ただ呆然と成り行きを見守るしか出来なかった。


 ◇


 一方、ゴリアテXは、断崖の迷宮ノクティス・ラビリントスのなかを悠然

と進んでいた。

 その周りには、二十機ほどのトライポッドアーミーが並走している。

 生き残った仲間と合流したドラグノフたちだった。


「俺たちを撃ってこないところを見ると、敵味方識別は生きているみたいだ

な」


 ドラグノフが呟いた矢先、突然ゴリアテXの近くを走っていたトライポッ

ドアーミーの一台が爆発する。

 ゴリアテXの突き崩した落石の下敷きになったのだ。

 さらに別の一台が、落石を避けようとしてゴリアテXに近付き過ぎてしま

い、巨大な無限軌道に踏み潰された。


「チィッ、近付き過ぎれば、敵味方お構いなしか」


 舌打ちしたドラグノフに、並んで走っているトライポッドから通信が入っ

た。

 声は、副官のカーラのものだった。


「大佐、ゴリアテと一緒にいても、踏み潰されるか、爆発に巻き込まれるの

がオチです。いまならまだ、ゴリアテの進行方向と反対に全力で走れば、安

全圏まで逃げられます。早く逃げましょう」

「まだだ。まだ安心はできん」

「ですが……」

「くどい! 逃げたい奴は、勝手に逃げろ。俺はラビリントスを抜けるまで

見届ける!」


 ドラグノフは、カーラの進言を聞き入れようとはしなかった。

 言った矢先。

 ドラグノフの視界に、こちらへ向かってくる無数の機影が映った。


「あれは?」


 ドラグノフたちは、敵の機影を確認しようとゴリアテの前に出た。


「トライポッドのようだな。性懲りもなく、また火星軍の奴らか。ラビリン

トスの複雑な地形を利用して近づいて来たところをみると、先遣隊がやられ

た教訓は生かされているみたいだが。小細工を弄そうと同じことよ。どうせ

これ以上近づけば、ゴリアテに感知されて皆殺しだ」


 ドラグノフは、トライポッドの大部隊を前にしても冷静だった。

 ゴリアテのナビシステムは信用していなくとも、その圧倒的な攻撃力には

全幅の信頼を置いているのだろう。


「いいか、お前ら。火星軍の相手はゴリアテに任せて、回避だけに専念しろ。

下手に構うと、こっちまで攻撃の巻き添えを食うからな」


 前方からやってきた火星軍とおぼしきトライポッドの大部隊もまた、ドラ

グノフたちと同様、攻撃を仕掛けてくることはなかった。

 まったく交戦せずに、次々とすれ違っていく。

 ただ、ただ、一直線に、ゴリアテだけを目指して。


「ふん。火星の虫けらどもめ。みんなゴリアテに踏み潰されてしまうがいい

さ」


 毒づくドラグノフ。

 しかし擦れ違っていくトライポッドのタイプに統一感がないことに気づき、

彼は違和感を覚えた。

 キャノピーひとつとって見ても、トライポッドアーミーの標準仕様である

高弾性スモークガラスを用いたタイプは少ない。

 装甲版で前面を覆った旧型や、キャノピー部が壊れて取れてしまっている

もの、果ては初めからキャノピーの付いていないオープンカータイプまで。

 あまりに種々雑多で混沌としていた。


「なんなんだこいつら。火星軍じゃないのか?」


 ドラグノフが、キャノピーの付いていない一台に接近し、コクピットを覗

いてみると。

 そこには、在るはずの人影が見当たらなかった。


「誰も乗っていないだと? いったい、どういうことだ?!」


 トライポッドが無人なことにようやく気がついたドラグノフ。

 だが、いかんせん気づくのが遅すぎた。


「なにっ?! 操縦桿が効かない! ぬううっ、言うことを聞けぇ!」


 ドラグノフのトライポッドアーミーもまた、ニコルのクラッキングの影響

を受け始めていたのだ。

 トライポッドアーミーのキャノピーが勝手に開き、ドラグノフの仲間が次

々と車外へ放り出されていく。

 もちろんドラグノフも例外ではなかった。

 外へ転がり出たドラグノフは、回転受身をとって、すぐさま身を起こす。

 ところが起き上がってみると、さっきまで晴れていたのが嘘のように辺り

は真っ暗。

 まるで、突然夜になってしまったみたいだった。

 ハッとして、背後を振り向くと、目前にはゴリアテXの無限軌道が、唸り

をあげて迫っていた。

 車外に放り出されたドラグノフは、ゴリアテの影の中に入ってしまってい

たのだ。


「馬鹿な、ぐがああああっっ」


 ドラグノフは、断末魔の叫び声を上げ、呆気なく絶命した。 

 一方、無人のトライポッド群は、ゴリアテXの砲撃を受けて、次々と爆散

していく。

 だがゴリアテXといえど、大地を埋め尽くすほど集まったトライポッドの

群れを、そう易々と駆逐はできなかった。

 射撃するたびに、必ず何機かは打ち洩らし、接近を許してしまう。

 そうして足元に群らがって来たトライポッドを踏み潰すうちに、ゴリアテ

Xの無限軌道にトライポッドの残骸が絡まり、引っかかり始めた。

 さらにノクティス・ラビリントスの起伏ある地形を利用し、崖の上からも

トライポッドがワラワラと降りかかる。

 腕を振るい、上から落ちてくるトライポッドを払い除けようとするゴリア

テX。

 だが、今度はその隙を突いて、下からもトライポッドが、ボディーをよじ

登って来た。

 そして、とうとうゴリアテXは、全身を無数のトライポッドで覆いつくさ

れてしまった。

 ニコルの『ゴリアテのボディーに取り付く』という意思が、無人のトライ

ポッド軍団にも行き渡っていたのだ。

 ゴリアテに取り付いたトライポッドたちは、長い足の先をくっつけ合う。

 そして全体でひとつの網となり、一斉放電を開始した。

 放電能力は、トライポッドがスマートグリッドシステムの中核を成すマシ

ンだったがゆえに獲得していた能力だった。

 スマートグリッドとは、電気を送り手側と、受け取り手側の双方で、効率

的に融通し合う未来都市型電気供給システムのこと。

 電力を融通し合う仕様のために、トライポッドは、バッテリーやコンデン

サに電気を蓄えるだけでなく、蓄えた電流を放出・還流させる能力も備えて

いたのだ。

 だからこそトライポッドは、電流を相互還流させ、一種の電磁ネットを形

成できたのである。

 その発電能力は馬鹿にしたものではなく、最大出力で放電すれば、トライ

ポッド一機が、一本の高圧送電塔にも匹敵した。


 バチバチバチ!


 トライポッドの放電攻撃を受け、ゴリアテXの動きが、徐々に緩慢になっ

ていく。

 放電攻撃が、ゴリアテXの電磁駆動システムが阻害し始めたのだ。

 そのさまは、ミツバチが大群でもってスズメバチを包み込み、熱死させて

しまう、蜂球を連想させた。

 ラビリントスの出口直前。

 奇岩も目立たなくなってきた辺りで、遂にゴリアテXは動きを止めた。

 そこへちょうど、高機動形態をとったニコルのペンタポッドが到着した。 



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