巨獣戦車(ゴリアテX)]
ノックスの中心街区。
突然の地鳴りとともに、地面が大きく揺れ出した。
「なんだ!?」
生き延びた市民の表情に、再び不安の色が浮かぶ。
高台に埋まっていた数十メートルもある巨大な砲弾型の物体・超重戦車ゴ
リアテⅩが、ついに起動したのだ。
ゴリアテⅩは、砲弾型のボディーから、頭と手足をニョッキリ伸ばして起
き上がると、山の如く聳え立つ威容を露にした。
広場から、ゴリアテXの埋まっていた住宅街まで、二キロ以上も離れてい
るというのに、その威容はカメラをズームさせずともはっきりと視えた。
機動兵器としてはありえない、規格外の大きさだった。
(あれがドラグノフの言っていた『お宝』か。まるでバベルの塔だな)
ニコルは心のなかで呟いた。
火星に地球の伝説的建造物が存在するはずはないのだが、本当にバベルの
塔ではないかと思わせるほどの迫力が、ゴリアテXにはあった。
前高は少なくとも五十メートル以上。
六十メートル近くあるかも。
全体のシルエットは、突塔に手足を生やしたような奇妙な形状。
塔のてっぺんには、円盤状の頭部が乗っかっていた。
体を起こしたゴリアテⅩは、巨体を利して、ノックスの家屋を押し潰しな
がら、ゆっくりと移動を開始した。
前世紀のプログラムに従い、火星の首都ゲリヨンに向かって侵攻を始めた
のだ。
ゴリアテXは、大昔の兵器。
おおよその構造は、既に解析されている。
データ検索を掛け、ゴリアテXのスペックを把握したニコルは、下手に接
近するのは危ないと判断。
距離をおいて追走を始めた。
移動するゴリアテXの威容は、ペンタポッドのコクピットモニターにも映
し出されていた。
「いったいなんなのよ、あれ……」
ソフィーも、ゴリアテXを見て度肝を抜かれていた。
ノックスを抜けたゴリアテXは、赤い大地に砂塵を巻き上げながら進んで
行く。
一方、ゴリアテXの進行方向の地平線上からも、砂埃が舞い上がっていた。
無数の機影が、砂塵を蹴立て、こちらへと向って来ていた。
機影の正体は、六十機以上にも及ぶトライポッドアーミーの一群。
機体色は、ドミトリアスのトライポッドと同じ赤色。
ただし同じ赤でも、ドミトリアスのマシンがマゼンダ色の光沢のあるメタ
リック塗装だったのに対して、こちらはワインレッド色で、渋いツヤ消しの
マット塗装が施されている。
同じ色でも受ける印象がまったく違う。
ツヤ消しのワインレッド色は火星軍の証。
どうやらニコルたちの敵ではなさそうだ。
ようやく火星軍が、重い腰を上げてくれたらしい。
ゴリアテXの全身に装備された砲塔が、一斉にその火星軍のほうを向く。
さらに両腕も火星軍に向ける。
腕の先の指のように見える部分も、巨大な電磁投射砲の砲身だった。
ゴリアテXは、大型の核融合炉に手足を付けたような代物。
大出力に物を言わせ、複数の電磁投射砲を同時発射することができるのだ。
砲身の先が光ったとほぼ同時に、遙か彼方の火星軍のトライポッドアーミ
ーの一台が爆散した。
木端微塵に吹き飛ばされ、機体は跡形も残らない。
トライポッドアーミーの火砲などとは、比べ物にならない圧倒的な破壊力
だった。
地上運用を前提としているからか、出力が段違いだからなのかは判らない
が、ダンの電磁投射砲と違って、長距離射撃でも威力が減衰しているように
は感じられなかった。
しかし火星軍だって、やられてばかりではない。
すぐさまゴリアテXに対して応射を始める。
両者の間は、だいぶ狭まってきていたが、それでもまだ三キロはある。
トライポッドアーミー搭載の火砲は、、想定交戦距離が二キロで、最大到
達距離が三キロ程度。
曲射すればギリギリ届かないこともないが、もともと難のある命中率が、
曲射ではさらに悪くなってしまう。
幸いなことに、ゴリアテXは大きい的だったので、照準が甘くとも、いく
つかはラッキーヒットした。
もっとも、当たったところで、ゴリアテXがダメージを受けた様子はなか
った。
他天体への落着のショックも耐え切った分厚い装甲は、伊達ではなかった
ようだ。
ゴリアテXの電磁投射砲の全身の砲塔が、ピカピカ光るたび、火星軍の赤
い機体が次々爆散していく。
とうとう火星軍のトライポッドアーミー部隊は、ゴリアテXに蹂躙される
だけされて全滅してしまった。
(とんでもない奴だな。今のうちに何とかして止めないと、大変なことにな
るぞ)
ゴリアテXを野放しにしては置けないと既に承知しているニコルは、火星
軍に続いてゴリアテXとの距離を詰めようと試みる。
ペンタポッドは、接近戦用の攻撃手段しか持たないマシン。
ゴリアテXを止めるには、まずあの巨体に取り付かなければどうしようも
ない。
危険を冒してでも、近付いていくしかなかった。
ゴリアテXの防衛行動圏内に入ると、途端にペンタポッドの周囲には、幾
条もの光の矢が、雨あられと降り注ぎ始めた。
ソフィーのような常人には、ひたすら大きい音と爆煙が連続しているよう
にしか見えなかったが、高速の動きをハイスピードカメラで撮ったスーパー
スローモーション映像のように捉えることのできるニコルには、ソフィーと
はまったく異なった世界が見えていた。
光の矢に打たれた地面は、一瞬で沸騰。
煮え立った大地から、幾条もの赤い火柱が吹き上がる。
まるで地獄のような光景だった。
(トライポッドアーミーの集中砲火とは比較にならない。これがゴリアテX
の威力!)
傍から見ているのと、実際に自分が身をもって味わうのとでは大違い。
ゴリアテXの想像していた以上の凄まじい攻撃に、ニコルも舌を巻いてい
た。
トライポッドアーミーの火砲は、直撃さえしなければなんてことなかった
が、ゴリアテXの電磁投射砲は、着弾すると直径五十メートル程を地面ごと
吹き飛ばしてしまうので、避けるのは至難の業。
たとえ避けられても、削られた地面の岩石弾によって、被害を被むってし
まう。
電磁投射砲の脅威は、その威力だけではない。
電磁投射砲は、一回のチャージで十発程度発射ができる。
ただし、電荷をチャージするまでには、それなりの時間を要する。
ダンの電磁投射砲ほどではないにしろ、発射態勢をとってから発射するま
で、どうしてもタイムラグが生じてしまうのだ。
また、いったん使用した砲は、加熱した砲身を冷却しなくてはならないた
め、次弾発射までのタイムラグは、さらに広がるはずだった。
しかしゴリアテXの場合は、タイムラグを埋められるほどの、たくさんの
電磁投射砲を備えている。
鉄砲の三段撃ちと同じで、複数の電磁投射砲を順繰りに発射しているので、
攻撃に絶え間がなかった。
狙いも正確無比。
集弾率が極めて高い。
光ったと思ったら、もう着弾しているので、発射兆候を見て回避するのは、
まず不可能。
ニコルでさえも、避けるので精一杯。
それでもかろうじて避けられていたのは、人間を凌駕する反射速度を持つ
ニコルが、俊敏性に優れたペンタポッドの高機動形態をとり、ゴリアテXの
射撃予測を裏切るほどの急加減速、急旋回、急制動を繰り返していたからで
ある。
もしも高機動形態をとっていなかったなら、いまごろ火星のトライポッド
アーミー部隊と同じ憂き目に遭っていただろう。
(こりゃあ分が悪いや。正面から立ち向かうのは完全に自殺行為だ)
ニコルは、瞬時に基本の人型形態へ戻ると、回転受身をしながら近くの岩
陰へと身を隠した。
一方、コクピット内のソフィーはというと。
ペンタポッドの回避運動によって、体を激しく揺らされたあげく、事前通
告もなしに世界がグルグル回り出したので、ちょっとしたパニックになって
いた。
幸いなことに、四点式シートベルトと、コクピットの前と横で瞬間的に膨
らんだエアバッグのおかげで、どこにも怪我は負っていなかった。
「痛たたたっ、まったくなんなのよ、もーっ!」
怪我こそしていなかったが、あまりの衝撃に、ソフィーはシートベルトに
縛られた状態のままシートからズリ落ち、無様な格好になってしまっていた。
彼女は、ズリ落ちた姿勢を立て直そうと、コンソールに手を突いた。
と、その拍子に、彼女はまた余計なボタンを押してしまっていた。
ピッという電子音と共にコクピットのモニター画面上に、表示されたのは、
あのゴリアテⅩの情報だった。
「また変なとこ押しちゃったかしら。あら? これって……」
表示された画面を、マジマジと見つめるソフィー。
「あのデカブツの情報じゃないの。えー、なになに、正式名称はゴリアテⅩ
……」
ソフィーは、映し出された画面情報を、声に出して読みあげる。
「WWⅡで使用された旧ドイツ軍のリモコン戦車『ゴリアテ』と、大日本帝
国の『風船爆弾』の設計思想を受け継いだ自立思考型戦車で、衛星などの兵
站基地を経由せず、火星にダイレクトにアタックできる稀な兵器……ふーん」
説明は長文で、画面上に全文が収まりきっていなかったので、ソフィーは
文章を読み終えると画面をスクロールさせる。
「その実態は、核融合炉を動力とする自律型戦略破壊兵器。それ自体が、か、
核融合爆弾?! 落着後、重戦車形態へ変形して敵拠点へ侵攻。核融合炉を
暴走させ、敵拠点ごと自爆する。爆発の威力は、五十メガトン級に相当。直
径三百キロメートル圏内のすべての物を焼き尽くすって……ちょっとこれ、
とーってもヤバイ代物なんじゃないの?!」
ソフィーも、ゴリアテXがその姿以上に凶悪な兵器だと認識できたようだ。
火星は、現在でこそ単独で自活できるようになっているが、昔は宇宙と地
表の間で資源を運搬する軌道エレベーターが火星の命脈であった。
それゆえ、軌道エレベーターが崩落するまでは、地球と火星間の戦争のほ
とんどが、軌道エレベーター上で起きていた。
つまり地球と火星の戦争は、軌道エレベーターの争奪戦だったと言い換え
てもよい。
しかし軌道エレベーターではなく、火星を直接狙った攻撃が、まったくな
かったというわけでもない。
極めて稀な例だが、地球の衛星の月から、直接火星に惑星間弾道弾を打ち
込むなどという荒唐無稽なオペレーションもあったのである。
それがゴリアテX計画だ。
実施されたのは、火星と地球が冷戦に突入するずっと以前。
惑星間戦争の最初期。
地球側が、膠着した戦況を打開するために実施した苦肉の策であった。
しかし、結果は惨憺たるもので、大半のゴリアテXは、火星に到達もでき
なかった。
かろうじて火星表面にタッチダウンした物も、落着した際のショックで不
発弾化。
結局、まともに起動したものは一機もなかったのである。
巨大質量の飛翔体を、他天体の正確な地点にダイレクトアタックさせるの
は、それだけ難しいオぺーレーションだったということだろう。
とはいえ、もしも一発でも火星表面上で起爆していたら、火星に甚大な被
害を及ぼしたであろうことは想像に難くない。
なにしろ、ゴリアテの爆発の威力は、街ひとつ焼き尽くした広島型原爆の
およそ三千倍。
これと比肩する爆弾は、旧ソビエト連邦で開発された史上最大の水素爆弾
『ツァーリ・ボンバ』くらいしか存在しない。
それも、ツァーリ・ボンバは、空中で起爆実験をした例があるだけで、実
際に五十万トンというツァーリ・ボンバ級の核爆発が地表で起きた例は、歴
史上にはなかった。
本当にそんな大爆発が地表で起きたら、果たしてどれだけの被害が出るも
のか。
ソフィーはおろか、ニコルでさえも想像がつかない。
「んーっ、敵拠点に侵攻するってことは、アレが向かっているのは首都のゲ
リヨンてことよね」
地球側の目的は、飽くまでテラフォーミングされた火星を我が物にするこ
とだった。
火星政府を廃するために、せっかく地球化した火星の環境を破壊してしま
っては、元も子もないからだ。
だからこその核融合炉を利用した放射能汚染の少ないキレイな爆弾・ゴリ
アテXであり、爆破地点も火星政府の置かれている首都圏に限定されていた
のだろう。
そうはいっても、ツァーリ・ボンバ級の爆弾を、地表で爆発させようとい
う時点で正気の沙汰ではないが。
ゴリアテXは、火星の資源さえ無事なら、火星移民など、どうなろうとも
構わないという思想が透けて見える悪魔の兵器だった。
「ゲリヨンに向かっているのだとしても、爆発の範囲が三百キロもあるんじ
ゃ、ノックスの町もただじゃ済まないわ。早く町の人に報せて、遠くへ避難
させなきゃ!」
でもソフィーは、すぐにかぶりを振り、表情を曇らせた。
「いいえダメよ、ダメダメ。三百キロなんて爆発の範囲が広すぎて、報せた
ところで、とても避難が間に合わない。どーしよう? どーする? 落ち着
け、あたし」
ソフィーは、自分の胸に手を当てて息を整え、努めて冷静になろうとした。
でも、気を落ち着けたところで、結局何も良い考えは思い浮かばなかった。
「ねー、なんか、アイツを止める方はないの!? 教えて!」
焦ったソフィーは、目の前のコンソールボードを滅多やたらに押してみる。
でも、根ががさつななだけに、思いどおりに情報を検索することができな
い。
「こーいうのは、ニコルが得意だったのよねー。あーもう、あたしじゃ、よ
く分かんないよ。ねえ、ねえってば! 言うこと聞きなさいよ!」
癇癪を起こしたソフィーは、バンバンとコンソールを叩くと、そのまま頭
を抱え、コンソールに突っ伏してしまった。
全火星規模という未曾有の危機に直面し、どうして良いか判らなくなり、
頭がパンクしてしまったようだ。
長い沈黙が流れ、やがて彼女以外には誰もいないはずのコクピットに、突
然声が響いた。
「……方法はあります」
「えっ?!」
驚いたソフィーは、顔を上げ、キョロキョロとコクピット内を見回す。
「方法はあります。ただし、それにはあなたの協力が必要です」
「その声は……まさか、ニコルなの?!」
抑揚はなかったが、それは間違いなくニコルの声だった。
思いがけないところで弟の声を聞き、ソフィーは、宙空に向かって問いか
けた。
「残念ですが、ワタシは、弟さんではありません。ペンタポッドの人工知能
が、弟さんの声を利用して喋っているだけです」
「そ、そうだったの」
ぬか喜びさせられて、ソフィーは肩を落とした。
ニコルだって、弟だと名乗り出たいのは山々だ。
けれども、ニコルはもはや人間ではなくなっている。
それに名乗り出たところで、ゴリアテXと再び戦火を交えて、無事でいら
れるという保証もない。
再び弟を失うハメになったら、今度こそ彼女は立ち直れないだろう。
三週間ペンタポッドとしてソフィーを見守ってきたニコルには、それが痛
いほどよく分かっていた。
(まだ死んだ僕のことに固執しているようだけど、時が経てば、きっと辛い
記憶も薄れるはず。姉さんが、僕というお荷物から解放されて、やっと第二
の人生を踏み出そうとしているのに、いま自分の存在を知らせるのは得策じ
ゃない)
ニコルは、姉の再出発の妨げに、なりたくなかったのだ。
「突然声がしたから驚いたわ。あなた話せたのね」
「ハイ」
「だったら、もっと早く、話し掛けて欲しかったわ」
ソフィーは不満そうに言った。
「この音声合成式ナビプログラムは、つい今しがた完成したばかりだったの
です。プログラム作成作業の優先順位が低く設定されていたため、プログラ
ム作成はずっとバックグラウンド処理で行われていて、完成が遅れたためで
す」
ニコルは、抑揚のない声で、淡々と説明した。
「コンピューターの手の空いてるときにだけ、このお喋りプログラムを作っ
ていたから、ニコルが死んだあとに完成したってわけね」
「そのとおりです」
プログラムがついさっき完成したと言ったのは、嘘ではない。
プログラムを完成させるに至った経緯については、辻褄合わせしている部
分もあるが。
(でも、ダンと交渉を持った際にコミュニケーションの不便さを感じて急遽
プログラム作り上げたとか、生前元気を装うためにサンプリングした音声デ
ータを再利用しているから簡単にプログラムを組み上げられたとか、姉さん
に言えるわけないので、多少の嘘も仕方ないよな)
ニコルは、自分に言い訳して、自身の行為を正当化した。
「じゃあもしかして、この人型のロボット然とした姿も、生前にニコルが作
り上げていたものなの?」
「御明察です。ワタシは、それらの能力を使って、ソフィーさんを助けるよ
う、生前の弟さんから仰せつかっていました」
われながら、よくもこうペラペラと嘘がつけるものだと、ニコルは心のな
かで苦笑する。
「…………」
ところがどうしたことだろう。
説明を聞いたソフィーは、顔を俯け、急に黙り込んでしまった。
「どうかしましたか?」
ニコルに問われ、ソフィーが再び顔を上げたとき、その大きな瞳には大粒
の涙を溜められていた。
「ううん、なんでもないの。ただ、ニコルは死んじゃったけど、ニコルの意
思は、まだここで生きているんだなって思って」
姉が、そうとは知らず真理を突いたことを言ったので、ニコルはドキリと
した。
そして、いまも姉に嘘をつき続けていることが、とても後ろめたくなった。
「それで? あのゴリアテっていうのを止める手段があるんでしょ? いっ
たいどうする気なの?」
ソフィーは、手の甲で涙を拭きながら言った。
「近在の全トライポッドに動員をかけて、ゴリアテXの足止めをします。そ
して動きが止まったところを、ワタシの頭部に搭載されている電磁投射砲で
止めを刺すのです」
「電磁投射砲? なにそれ、そんな物騒な物まで載っけてるの? そんな物、
いったいどこで入手したのよ?」
「それは……その……」
思わず口走ってしまったが、さすがのニコルも、電磁投射砲の入手方法の
言い訳までは考えていなかった。
「えーとぉ……まあ……その経緯は話すと長くなりますから、あとで説明す
ることにしましょう」
意思のない機械を演じていたニコルだったが、姉の質問に窮し、機械らし
くないおかしな返答になってしまった。
「ふうん。まあいいけど……」
ソフィーに不審がられたのではないかと、ニコルは内心ヒヤヒヤしたが、
幸い彼女が訝しんでいる様子はなかった。
「それじゃぁ、どうやって他のトライポッドに協力を頼むの? あんな化け
物相手に一緒に戦ってくれる奇特な人なんて、どこにもいやしないわよ」
ソフィーの言うことはもっともだ。
素朴な火星市民が、薦んで戦闘に参加してくれるとは、とても思えない。
「協力は頼みません。クラッキングをかけて、強制的にトライポッドを操り
ます」
「クラッキングって、ハッカーのまねごとをするってこと? あまり気が進
まないけど……火星存亡の危機なんだから手段は選んでられないか。いいわ。
じゃあそれをチャチャッとやっちゃってくれる?」
ソフィーは、簡単に言ってくれる。
が、話はそう簡単ではなかった。
「ひとつ問題があります。トライポッド同士は、高度にデータリンクしてい
ないので、クラッキングをかけるには、トライポッドに対して上位アクセス
権限を持つ通信衛星を介さなくてはなりません。つまり、まずはその通信衛
星に命令を出せる施設を押さえる必要があるのです」
トライポッドなどの車輌に対して、上位アクセス権限を持つ通信衛星は、
測位情報のほかにも様々なデータを送信しているのだ。
「火星の電波障害の影響を受けずに、通信衛星に命令を出せる通信施設って
いうと、首都のゲリヨンくらいにしかないわよね。そうか、ゲリヨンの通信
施設をクラッキングして掌握してしまおうというのね」
ポンと手を打つソフィー。
「ゲリヨンの通信施設は、何重にもファイアーウォールが仕掛けられていま
す。通信障害の影響を受けるこの星の不安定なネット環境では、突破するの
は難しいでしょう。施設のメインサーバに直接アクセスでもできれば話は別
ですが」
「じゃあどうするの? ノックスからゲリヨンまで大体二百五十キロ。いく
らあのデカブツの足が遅くたって、首都まで先回りして、それから取って返
してたんじゃあ、爆破圏内に入られちゃうわよ。絶対に間に合いっこないわ」
「これを見てください」
前面モニターに、火星赤道近くを東西四千キロメートルに渡って横断して
いるマリネリス峡谷の地図が映し出された。
ノックスと、首都ゲリヨンを表わすマーカーは、峡谷の内側に描かれてお
り、両都市とも南北をマリネリス峡谷によって隔てられた広大な谷底部に位
置している都市なのだと分かる。
そして二つ都市を結んだ線の中間地点から、まっすぐ南に垂下し、峡谷南
壁とぶつかった地点に、もうひとつ別のマーカーが点滅していた。
「これがノックス。これがゲリヨン。そしてこの点滅している地点が、ワタ
シたちの向かうべき場所です」
地図の倍率が上がり、南壁の頂上で点滅しているマーカーにズームする。
「ここにいったい何があるっていうの?」
「長距離アンテナを備えた衛星通信基地です。もともとは、トライポッドの
原型機の惑星開発用無人探査ローバーに命令を出すための基地でしたが、い
まは老朽化して放棄されています。かなり古い施設ですが、トライポッドも
原型機のローバーの古プログラムを継承しているので、問題なく使えるでし
ょう。ワタシたちは、大きく迂回して、いったんこの施設に寄り、トライポ
ッドに号令を出してからゴリアテの追撃に移ります」
「言うのは簡単だけど、本当に分かっているの? ここって火星最大の渓谷
・マリネリス峡谷の頂上なのよ? てっぺんまで、どれくらいあると思って
いるのよ」
「およそ八千メートル。地球のエベレストとほぼ同じ高さですね。でも高い
からこそ地表の磁気嵐の影響を受けず、安定した電波の送受信ができておあ
つらえ向きなのです。大丈夫。ワタシなら垂直に登攀できるので、上まで行
くのにそう時間はかかりません。帰りは飛び降りればよいので、さらなる時
間の短縮が見込めるでしょう」
「飛び降りるって……」
ソフィーは、ペンタポッドの言葉がどこまで本気なのか、図りかねている
ようだった。
「それよりも問題は、ゴリアテの進行速度です。ノックスとゲリヨンの間に
は、ノクティス・ラビリントスと呼ばれる起伏の激しい地形が横たわってい
ますから、そんなに早くは進めないとは思いますが……」
モニター上に、周辺地図が映し出されていたのとは別のウィンドウが開き、
外の様子が映し出された。
外部カメラが映し出したのは、ちょうどノクティス・ラビリントスの入り
口にさしかかったゴリアテXの後ろ姿だった。
ノクティス・ラビリントスは、巨大な奇岩の立ち並ぶ迷宮。
しかしゴリアテXは、ラビリントスの不整地などものともせず、目標方向
に向かって真っすぐ進んで行く。
ゴリアテの通った跡を見ると、不整地だったのが、見事に整地されていた。
まるで巨大なロードローラーマシンだ。
「なんて化け物なの」
口をポカンと開けて、ソフィーは唖然としている。
「前言撤回です。自分で道を作って進んで行ってしまうのでは、どんなに起
伏の激しい地形だろうと関係ありません。進行速度の低下も望み薄です。ワ
タシたちも急ぎましょう」
ソフィーのみならず、機械のニコルさえも、ゴリアテの圧倒的なパワーに、
強い危機感を抱いた。
◇
ゴリアテの追跡をいったん取り止め、南下したソフィーとペンタポッド。
彼らは、ほどなくしてマリネリス峡谷南壁の麓へと到着した。
ペンタポッドの頭部カメラが、峡谷南壁を仰角で映し出す。
ほぼ九十度に切り立った崖は、どこまでも上方へと伸び、雲の彼方へと消
えていた。
「これを本当に登るの?」
不安からか、ソフィーの顔は半笑いになっていた。
「じゃあ行きますよ」
ニコルは、レーザートーチの付いたマニュピュレーターをピッケル代わり
に使い、いとも容易く垂直に切り立った崖を昇っていく。
レーザーで空けた穴に、トーチを基部まで差し込むことで手掛かりにし、
手掛かりのない岩肌であろうとマシラのごとく登っていけるのだ。
ペンタポッドの昇っていくスピードは、エレベーター並みだった。
でも乗り心地は、エレベーターほど良くはなかった。
登り続けてから一時間ほどもすると、ソフィーの様子がおかしくなった。
顔色が悪く、口許を押さえている。
「うぷっ、気持ち悪い」
「ソフィーさん、なかで吐かないでくださいよ。じきに頂上に到着しますか
ら」
言葉どおり、まもなくニコルたちは、マリネリス峡谷頂上へと到達した。
白い雪がこんもり積もるマリネリス峡谷の頂。
コクピット内の前面モニターには、巨大な円錐形をした建物が映し出され
ていた。
「あれが、衛星通信基地ね」
ペンタポッドは、深雪に深い足跡を残しながら、基地の前まで歩いて行く。
「マリネリス峡谷の上に、まさかこんな施設があったなんて。でもどうやっ
てこんな大きな物を、高い山の頂上まで運んだのかしら?」
「ゴリアテXと同じですよ。宇宙から降ろしてきたんです」
姉の素朴な疑問に、ニコルは即答した。
電波発信施設の入口までやってきた姉弟。
しかし入り口部分は、耐火製の分厚いシャッターで閉ざされていた。
シャッター脇には、電子キーパッドが見受けられる。
どうやら暗証番号式の開錠装置のようだ。
ニコルが、ペンタポッド頭部のカメラアイが明滅させると、触れてもいな
いのにキーパッドの液晶に、次々と数字が並んでいく。
長年放置されていた開錠装置に使われていたのは、古いファームウェア。
当然セキュリティパッチなんてものも、当てられてはいない。
開錠パスワードを走査するなど、いまのニコルには造作もなかった。
数字が全部が揃うと、シャッターは、ガラガラと自動的に上がっていった。
ペンタポッドは、電波中継施設の中へ躊躇なく歩を進める。
施設内はガレージのような百平米くらいの空間で、ガランとしていた。
通信装置らしきものは、どこにも見あたらない。
施設内に入るなり、自動的に入り口のシャッターが閉まり、室内にシュー
シューと空気の流れる音がしだした。
「ねえねえ、通信装置なんてどこにもないわよ?」
ソフィーが、不安気に訊ねる。
「この空間だけでは、外観から推測される容積と見合いません。多分このフ
ロアは、メインルームに入る手前の分圧室なのでしょう。おそらくあの奥の
壁の向こうに、もうひとつ部屋があるのです」
頭部カメラアイが、部屋の突きあたりの壁へズームした。
「確かに、あの壁は開きそうね」
コクピットディスプレイに映し出された壁を見て、ソフィーが頷く。
ここは、地球よりも空気の薄い火星の、それも八千メートルという高所。
普通の人間ならば、生きていられない環境だ。
人間が普通に活動できるように、室内を加圧し、部屋の内圧を調整する仕
組みが付いていても何の不思議もない。
一分ほどで空気の流れる音は止まり、予想どおり奥の部屋へ通じる隔壁扉
が自動で開いた。
奥のメインルームの広さは、分圧室とほぼ同じくらい。
巨大モニターと、通信装置を動かすための操作盤が設置されていた。
「この空間は、もう地上と同じ気圧になったみたいです。もう降りても大丈
夫ですよ」
「あたしは、何をすればいい?」
ペンタポッドの差し出した手をステップにして、コクピットから降りなが
ら、ソフィーは訊ねた。
「ワタシの大きな体では、施設内を動き回るには不向きなのです。ですから、
ソフィーさんが動き回って、ワタシと施設の機器の接続を手伝ってください」
「分かったわ」
ソフィーと、ペンタポッドは、早速電波送信のための準備にとりかかった。
ソフィーは、施設の電源を入れて回る。
それから施設のメインコンピューターとペンタポッドを、人の腕ほどもあ
る太いケーブルで結んだ。
施設内のモニターには、施設の上部から、衛星通信用のパラボラが出てく
る様子が映し出されていた。
メイン電源が入ったことで、施設が通信可能な体制になったのだ。
「時間がありません。早速通信衛星にクラッキングを仕掛けます」
ピピピピピピ……
室内に、ペンタポッドが衛星にアクセスしていることを示す電子音が鳴り
響く。
「通信衛星の全プロテクト突破。システム領域最深部へアクセス成功。全シ
ステム掌握。地上のトライポッドとの通信を開始します」
それからわずか三分ほどで、電子音は止んだ。
「作業、完了しました」
「えっ? もう終わり? これだけで本当にいいの?」
「ハイ」
ソフィーは、呆気なさすぎて、拍子抜けしたようだ。
「それで結局どうなったの?」
「無事トライポッドへの命令の送信作業は完了しました。通信衛星を経由し
て、いま全トライポッドに命令が行っているはずです。じき効果が表れるこ
とでしょう」
「でもまだ、この施設のパラボラアンテナは、送信を続けているみたいだけ
ど」
ソフィーの言うとおり、施設の巨大モニターには、送信中のサインが消え
ていない。
「地表にいるトライポッドの、電波の受信状況が良いとは限らないので、命
令を繰り返し発信するように設定しておきました。命令自体は誤受信を起こ
しにくい、とても単純なものなので、大丈夫だとは思いますが。念には念を
です」
「そう。上手く行ったんだ。良かったーっ」
ホッと安堵の息を吐くソフィー。
「まだ送受信エラーが出る可能性はゼロではありません。ソフィーさんは、
エラー情報が出ないか、施設内で送信状況をモニターしていてください。ワ
タシは外へ出て、通信アンテナが正常に作動しているか見てきます」
そう言ってペンタポッドは、ノシノシと部屋の分圧室側へと歩いていった。
閉まる内側の隔壁。
再び施設内は、隔壁扉によって二つに隔てられた。
機械の体のニコルには、気圧差など関係ないので、外部シャッターが開く
やいなや、ただちに外へ出て行く。
そしてペンタポッドが出て行くとすぐに、外部シャッターは再び閉まった。
外へ出たニコルは、シャッター横にある暗証番号式ロックに、その硬い拳
を叩きつけた。
殴り潰されたロック装置は、ショートして黄色い火花を上げる。
「えっ?」
驚いたのはソフィーだ。
施設のメインルームに、外部シャッターの故障を示す警告音が鳴ったと思
ったら、続いてペンタポッドの急発進する音が響いてきたのだから。
彼女は、メインモニターのコンソールを操作して、モニター画面を外部カ
メラへと切り替えた。
そこには、ソフィーを残し去って行くペンタポッドの後ろ姿が映っていた。
「えっ? 何? どういうこと? ちょっと待って、置いてかないでよ!」
ソフィーは、閉じたままの隔壁へ走って行き、扉をガンガン叩く。
もちろん、そんなことしたって、隔壁は開きっこない。
「待ってってば。あたしも連れてってよーっ!!」
呼びかけに応え、ニコルは、ソフィーへ通信を送った。
スピーカーを通し、ニコルの声が施設内に響く。
「アナタは、ここに居てください。ここならば、たとえゴリアテが爆発して
も、被害は及ばないでしょう。それから衛星を通じてここに生存者がいるこ
とも打電しておきました。ですから地上に生存者がいれば、二、三日中に助
けが来るはずです」
「大勢の人の命が危機に曝されてるっていうのに、ひとりだけ安全な場所に
隠れてろって言うの? そんなことできないよ!」
ソフィーは、全然納得していなかった。
「どのみち扉は、全部ロックしてあります。外へは出られません。たとえ外
に出られたとしても、この薄い大気では、外へ出た途端、急減圧で意識を失
うのがオチです。ワタシは施設内でおとなしくしていることをお薦めします
ね」
「もしかしてあなた、初めからこうするつもりで、あたしをここへ連れてき
たの? いったいどうして!?」
しかしニコルは、それ以上姉の問いに答えることなく、一方的に通信を切
った。




