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噂話

ひた、ひた、ひた

オシエテ、カギヲ


「ハッ、ハアッ!!」

どれくらい走っただろう、上がった息を整えるために裏路地へ駆け込む。

「なんだってこんなことに・・・」


主人に頼まれた名産品のオレンジソースを買いに出たところだった。

雨が降りそうだからと早足で帰路についていると、こんな天気の悪い日に道端で1人うずくまる人がいた。迷った挙句に声をかけた。

具合が悪いのかもしれないと思ったら、声をかけずにはいられなかった。

「なあ、アンタ大丈夫か・・・ヒッ!?」

肩に手を置いたと思ったら、その手はずぶずぶと肩に飲まれてしまった。

慌てて腕を引っ込めると、うつむいていたソイツ・・・がゆっくり顔をあげた。

本能的に目を合わせてはいけないと思い、掴まれた腕を振りほどいて駆け出すと、一定の距離を保ちながらソレはひたひたと追いかけてきた。

・・・オシエテ・・・オシエテ・・・

「どっ、どっか行け!!」

カギヲ・・・

「そんなモン知らん!!!」

オレンジソースはしっかりと握り締め、全速力でひと気のない道を駆け抜ける。

魔力で身体強化をせずとも、脚の速さは自慢できることの一つだったはずだ。

それこそ街の催し物でも優勝するくらい。

なのにちっとも振りきれないし、息が上がるのは自分の方ばかり。

どれくらい走っただろう、上がった息を整えるために裏路地へ駆け込む。


「・・・一体、あれは、なん・・・」

ふと、頭上に影が落ちる。

つう、と額に浮かんだ汗が頬を伝った。

ゆっくりと顔を上げ、顎からぽつんと落ちた雫が地面に跡をつけると同時だった。

「・・・っ」

灰色の瞳に捉えられた意識は

すうっと奪われ、


そのままもやの中へと



溶けていった。




***




「メイプリル・シトラス!!!!」

いつもより質素でかなり動きやすい、落ち着いたデザインの地味なワンピースは街に溶け込んでいたはずだ。しかし近所の御用達の香水店では簡単に正体がバレた。

「あら、ビビアンさん。ごきげんよう、お店番ご苦労様。」

「ごきげんようじゃないわ!!あなた、クオーツ様とのご婚約って本当!?」

物凄い剣幕で詰め寄る同じ年の少女は、ロックハート商会の勝気でそそっかしい末娘である。ご近所という事もあり気心の知れた間柄だが、何かと私に突っかかってくる。というかどこからそんな情報流れたんだ?

「いいえ。」

「ムキーッ!!私の方がクオーツ様のこと大好きなのに!!!」

「でしょうね。」

「そうでしょう!?なのになんで貴方と・・・え?今なんて?」

きゅるん、と首をかしげる姿は女の私から見てもあざと可愛いのに、喋ると残念なのでとても勿体無い。

「だからビビアンさんの方が、私よりもクオーツ様のこと大好きなんでしょう?そんなこと解りきっているし、そもそも婚約なんてしてないわ。」

「で、でも国王様とクオーツ様がシトラス邸にいらっしゃったって・・・」

段々としどろもどろになる彼女の様子から、適当な噂話が耳に入って慌てただけのようで、事実・・が表沙汰になったわけではなさそうだ。

「私の父上は外交官よ?」

とにかく火の無いところに煙は立たぬというし、本気で好きでもない王子にフられたなんてちっぽけなプライドが許さないので早めにもみ消してしまおう。

「仕事のお話でいらっしゃったに決まっているじゃない、邪推はやめてくださる?」

「な、なあんだ。そうだったのね!あ、香水買いに来たのよね?この甘いベリーのヤツロックハートとってもいい香りでオススメよ!」

フッ、チョロイわね。少しボリュームをあげて話したから、噂好きの買い物客に任せれば1時間としないうちに街中に広まるでしょう。

「悪いわね、私はいつも柑橘系シトラスって決めてるの。」

「ほんと可愛くないわね!!だからアンタ嫌いよ!!」

「別に好かれようと思ってないわ。」

「ムキーッ!!この柑橘かんきつ女!」

「こらっ!!ビビアン!!!お客様になんて口きいてるんだ!?」

おしゃべりに夢中になっていたら、店の奥からビビアンの兄が顔を出してきた。

「ヒエッ、ルドルフ兄!!だってメイプリルが・・・」

「大方お前がケンカ吹っかけたんだろ!」

「違うもん!」

いや、そのとおりだろ。だが私も煽るような事を言った自覚はあるので、ここは口を噤む。

「ルド兄のバカ!!」

「あっ、待てよビビアン!!」

ルドルフの手をすり抜けたビビアンは、夕暮れの町へと飛び出していった。

「ったく・・・すみませんねシトラスのお嬢さん。アイツも学習しなくて。」

「追いかけなくていいんですか?」

「そのうち帰ってきますよ、幽霊事件の事もあるし。それにアイツの代わりに店番しなきゃ。」

「幽霊事件?」

あれえ、お嬢さんご存じないですか?と妹同様にきゅるんと小首を傾げる彼は、大手差に身振りを交えながら最近街で広まる噂話・・をしてくれた。


「気になるわね・・・」

「先ほどの魂を抜かれるというお話ですか?」

夕日と夜の色が解ける時間帯、つまりあと30分ほど。ルドルフによれば人気の少ない道にソレ・・は現れ、目が合うと魂を抜かれると言うことらしい。実際に幽霊に遭遇したと思われる被害者もいるらしく、全員に共通している事は『外傷も衰弱も見られないが、眠り続けている』ということ。

「ええ、どこまで本当かわからないけれど。」

「それに乗じて、よくない事を考える輩もいるかもしれませんね。」

「確かに・・・あんなんでもロックハート商会の娘だものねえ。」

そういうとプーアルは呆れたように窘める。

「貴方も、自分がシトラス公爵家の令嬢だという自覚がないんですか?」

「大丈夫よ、自覚はあるし、今日は街に溶け込めるように地味な装いだし、ビビアンが飛び出していったのは1割くらい私の責任もあるし、それに自分の身くらい自分で守れるわ。」

ニコニコ笑ってそういえば、諦めたといわんばかりにプーアルはため息をついた。

「・・・まあ明るい内に見つければ特に問題はないですかね。」



登場人物紹介


ビビアン・ロックハート

ロックハート商会の末娘。メイプリルに対抗意識を持っている。白い肌に美しい銀髪を持つ、黙っていれば綺麗系女子。


ルドルフ・ロックハート

口が軽いが商才はある、ビビアンの兄。ロックハート家次男だが、時期社長候補。

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