家庭教師と記憶の鍵穴
登場人物紹介
プーアル
記憶喪失のところをなんやかんやあってメイプリルに拾われた。一生彼女に尽くすと心に決めるが、対応が雑になる事もしばしば。なんでもそつなくこなす。実は記憶も戻っているが、帰ると面倒なので素知らぬ顔を決め込む。
エディアン王国とは、およそ200年ほど前に誕生した立憲君主制国家である。
通貨は世界共通単位でプラチナ、ゴールド、シルバー、ニエロが使用されている。
100ニエロで1ルバー、10ルバーで1ゴール、10ゴールで1プラとなっている。
首都はリディア。
北はウィドネア王国とレドニア王国に面し、西はブリームハイム帝国、南東は海に国境を接する。
北からアリア、コントーレ、リディア、シトラスの4つの地方に分かれている。
国の中心部を縦断するように流れるサンサ河は、シトラス地方に入ったところで二つに分かれる。
コントーレ地方には世界でも有数の魔法研究機関や、世界最高峰に名を連ねる魔法学園、アリア地方には研究棟を併設した国立図書館を有する。
そのため国外から魔導師の出入りが多い。
また土地神イッツァや、ネオティオリス神殿などの解明されていない遺跡も数多く残っている。
「流石お嬢様、飲み込みがお早いですね。これなら学園入学後も安心でしょう。」
国家級Sランク学士魔導師マルサ・エグメント、彼女は元魔法学園の教授である。今は引退し私とプーアルの家庭教師をしてくれているお婆ちゃん。しかしまだまだ現役と言っても過言はなく、公爵令嬢にも容赦のない良い先生だ。
「ありがとうございます、ミス・エグメント。」
自分の国のことくらい説明できずにどうする、と初日にレポートを提出させられたのは今となってはいい思い出。
「では今度は少しおさらいをしましょう。」
ニコニコと可愛いおばあちゃんは、相変わらず容赦ない。
「今日における世界の魔導師の位置づけについて、ご説明ください。」
「はい、魔導師は大きく3つの階級に分かれています。上から世界級、国家級、街護級でその中で細かくSからCまでランクが分かれています。」
街護級は街ごとに配備され、民衆に一番近く寄り添い治安を護る。
国家級はその名の通り各国家に仕えている程力の強い魔導師で、公に仕える事が多い。
そして世界級は、その枠組みから外れた力を持て余す魔導師。
「総数は多くはありませんが、変わり者が多いので自分の好きなように動き、国家に属さない事が多いです。」
その通りだ、と先生は嬉しそうに頷く。
「戦闘魔法、補助魔法に特化した魔導師は、王宮魔導騎士団に属する事が多く、医療魔法に特化している場合は王宮魔導師団に属する事が多いです。また後進の育成や研究を続ける魔導師を学士魔導師と呼び、全てに通ずる魔導師のことは全能魔導師と称されます。」
「では、基礎魔力と付随魔力について答えてください。」
基礎魔力は4種類で、炎、土、風、水。
「一般的に炎は土に、土は風に、風は水に、水は炎に強いとされます。しかし個々の魔力差や能力差、付随魔法によりそれらは覆ります。熱、毒、氷、雷などが一般的ですが、術者が何に着目するかによってそれらは増減します。」
要するに、人によるというわけだ。
「そうですね、では魔法を扱う時に注意すべき点はなんでしょう?」
「ええと・・・イメージ、想像力、創造性ですか?」
そのとおり、と先生は右手人差し指に、水で出来た小さな玉を作り出す。
「初心者は魔法を使うのに『呪文を発語する』ことが一番魔力をイメージしやすい、と言われていますが、訓練次第では必要なくなります。どんな順番でイメージしていくかわかりますか?」
先生はそう言いながら、作り出した水球をふよふよと私の頭上に近づけてきた。まさかぶちまけるつもりじゃあるまいな?
「・・・まず魔力を集めて、次にどんな形にするかを思い描きます。」
「ハズレです。先にどんな形にするか思い描いてから、魔力を集めます。まず浮かぶ水球をイメージする。そのために必要なモノは『水』と『重力を操作すること』ですね。そこから魔力をそれぞれに変換していってあげるのが、一番スムーズですよ。」
言うと先生は、スッと窓辺の鉢植えまで水球を移動させて、花に水をやった。
「まあこれは入門編です。凄い人は脊髄反射で魔法が使えるらしいですし、人によってやりやすい方法があると思うので、そこは強要しません。」
水をぶっ掛けられる心配のなくなった私は、はあい、とマヌケな声で返事をした。
「少し時間が余りましたね、では現在確認されている世界級に匹敵する魔導師を、特別に教えて差し上げましょう。」
内緒ですよ、と悪戯っぽく声を潜められて思わず息を飲む。そして千切れるほど首を縦に振って見せた。こういう豆知識は大好物だ。
「まずは海を越えたお隣の国、トルティリスア王国の国王と第3王子がその素養があります。」
「え?確か第3王子って、私と同じ年ですよね?」
一緒に話を聞いていたプーアルが思わずそう口にすると、先生は「そうだったわね」というように頷く。
「世の中には生まれ持って力のある者と、努力によって力を得る者がいます。彼は幼いながらに、その両方を兼ね備えたタイプの人間なのです。少々奔放すぎる所もありますが、彼は気のいい素直な少年ですので心配はありません。」
へえ~凄い、才能があっても努力を怠らないとか好感が持てるわ~。
「彼と同じようなタイプではこの国、魔法学園で学ぶ5年生のマルン・ウィルバート君もなかなか強い影響力がありますね。逆に才能のみで強大な力を持つのは、ブリームハイム帝国の皇帝アルディリージャ・ヴィッセル。性質が悪いので、なるべく反感は買いたくないものです。デイビス・エラーニャなんかもオリーフィオ傾国屈指の全能魔導師ですが、そういえば最近姿を見ませんね。」
うわわ、そんなに言われても覚えきれないよ。そんな私を察してか、はたまた終わりの時間が迫っていたからか、傍らにいたプーアルが先生にそっと語りかける。
「では最後に、ミス・エグメントが一番相手にしたくない世界級を教えていただけますか?」
その言葉でハッとした先生は、時計をチラリと見て恥ずかしそうに笑う。
「あらいやだ、もうこんな時間なのね。じゃあプーアル君の質問に答えてから終わりにしましょう。」
すると先生はなぜか居住まいを直した。
「一番相手取りたくない相手ね・・・人間的にはどうしようもないけれど、とても強大で全てを圧倒するような魔導師に、一度だけ会った事があるわ。認めたくないけれど、まさしくアレは大魔導師と呼ぶに相応しい人物だった・・・」
突飛な発想に恐ろしいほど回転の速い頭脳、それを実現させるだけの機動力と魔力。そんな人物がいるのかと思うと、なんとなく鳥肌がたつ。この人を、かつての魔王討伐の立役者だった人がそこまで言う人物は。
「何の目的のために動いているのか解らない、神出鬼没の大魔導師・・・」
あ、ダメだ。
これ以上聞いてはダメだ。
なんとなく、本能がそう察した。
何でだか解らないけれど、その名前を聞いてしまったら。
多分、記憶が、
「 」
逆流する。
「・・・じゃあまた来週お会いしましょう。それとメイプリル様、もうちょっと文法に気をつけて、文章を纏めた方が相手に伝わりやすいですよ。」
「あ、はい、ありがとうございました、ミス・エグメント。プーアル、玄関まで送って差し上げて。」
「承知いたしました、どうぞこちらへ。」
2人が出て行った部屋の中で、ふう、と息を吐く。
「魔導師っていうか、どっちかっつーと死神なんじゃないの??」
あの時大魔導師はなんと言っていたっけ?
『・・・会わせてやろう、だから手を貸してくれ。』
思い出した、その名前で。
ああそうだ、でもそれが本当だとして、私はやはり抗わなければいけないのだろう。
『生き延びてくれ。』
悲運のライバル、メイプリル・シトラスとして
ハッピーエンドを迎えなくては。
記憶の中の『大魔導師』は、相変わらず不敵に笑っていた。
登場人物紹介
マルサ・エグメント
国家級Sランク学士魔導師で元エディアンマジシャンズスクール名誉教授。現在は家庭教師、かつての勇者パーティの一員