序章:転職神殿に就職してからの僕の初仕事
朝日が眩しい。
ケアパン大陸の中心付近からやや南東部の山を越えたところに転職神殿、ラーム神殿が位置する。白い石のブロックで敷き詰められた剛健な建造物で、周囲には魔物がうようよしているが、建物がそれを寄せ付けないほどである。
ラーム神殿の朝は、慌ただしい。
「早速、君に仕事が舞い込んだようだ。元賢者のラーム君とはいえ、新人にはちょっと荷が重いけど、覚悟してね?」
神官はやや不吉そうな顔でそう言った。
「先輩?これから初仕事請け負うのに、そんなしんどくなりそうなこと言わないで下さいよ。テンションダダ下がりっすよ~」
青年カイン・トーヌラは、ダルそうな表情で返答した。
「でも、仕事は選んでられないか・・・、がんばらせていただきます!」
「おう、その心意気だ!」
バン!ギギギ・・・と神官は重い扉を開ける。
通ってきた廊下は薄暗く寒々しいせいか、扉から光線のように入る木漏れ日が心地よく温かい。
木漏れ日の眩しさから解放され、視界が広がると、3人の少女が目の前に立っていた。
左から長身で健康そうで・・・バトルガールといった風貌だろう少女、真ん中は小柄で引っ込み思案そうで虚弱体質なのかな?と感じてしまう少女、右は目鼻立ちが整っているがどこか高飛車な印象を受ける・・・あれ?どこかで見たことあるような?といった3人だ。
「えーっ、今日から君が担当する転職希望の生徒だ。あいさつしとけよ」
神官に促され、カインは挨拶に入る。
「えっと、初めまして、今日からあなたたちの指導教官として赴任しました、カイン・トーヌラといいます。以前は賢者でした。みなさんは理由あっての転職希望ですが・・・ってお前、魔王城に居た奴だろ?」
カインは目を丸くして。3人の中の一番右の1人を指さした。
「初対面で指差すのやめてくれませんか?あと、挨拶途中ですよ?」
右の少女は人のことは言えないが、びしっとカインに指さして文句を言った。カインは頭をかいて返答する。
「あ、すまん悪かった。よろしくお願いします。早速だけど、各々自己紹介と希望職種を教えてくれないか?僕から見て左から」
カインは、3人の少女の自己紹介を促す。
1人目はバトルガール風の彼女。
「おっす、初めまして。リン・ファンオウといいます。見ての通り武闘家でした。魔術も使えるようになりたいので魔術師志望で!細かい自己紹介は抜きで、気合で頑張ります!」
頭はあまり良くないんだなと、一発でカインは確信した。
「次、真ん中の子。自己紹介お願い?」
カインは促す。
「・・・・・」
「おーい、自己紹介だよ自己紹介!」
真ん中の少女は子犬のように震えていた。
「は、ははははい!は、初めまして、サマンサ・マサラといいます。魔術師でした。りょ、両親から体を鍛えて来いということで、戦士の転職を希望して・・・います・・・」
シュンと、最後の方が聞き取りづらくなるほど声がトーンダウンしていた。カインは半分あきれ顔になっていた。
「最後、右のお前!自己紹介よろしく!」
右の少女に自己紹介を仰ぐ。
「初めまして、アルス・ゾーマックよ。この間倒された魔王の娘よ。希望職種は勇者!何が何でもなるつもりですから、よろしくお願いします」
こいつはかなりの強気で傲慢な態度だとカインは感じた。魔王の娘であることはカインは知っているが、彼はあえて不問にした。
補足説明だが、魔王はすでに倒されている。魔王という存在は以前は人類にとっては迫害の対象であった。カインは以前、魔王を討伐する勇者のパーティの一員(たまたま臨時契約の)であったが、実は魔王は魔物を統括する最高責任者のような存在で、勇者のパーティは誰かの手により、魔王を倒すよう仕向けられていた。カインたちがそれに気づいたのは、魔王を倒した後のことであり、魔王が倒されたことにより、世界のパワーバランスは崩壊し、ある意味無法地帯のような状態になってしまっている。
「おっし、挨拶も済んだことだし、講義に移ろうか・・・?とはいえ、お前ら、なりたい職業がバラバラだけど、時間的に考えて1人ずつってわけにも行かない、てなわけでまずは簡単な魔法の講義からだ」
「あのっ・・・私、魔術師ですけど・・・」
そう答えたのは小柄な少女のサマンサだった。
「あー、あー、わかってるわかってる。お前は魔術師だったな。でもこれから教えることは、戦士になる上でもすごく重要だと思うことだから、耳をかっぽじって聞いてくれたまえ!」
カインはノリノリで続ける。
「魔法の使い方は大きく分けて2種類存在する。1つは詠唱呪文だ。例えば、痺れろ、スタンボルト!」
カインが声を出しただけで、彼の目の前で小規模の電撃が形成され、一人の少女に向かう。
「きゃ!」
アルスは悲鳴を挙げた。
「こんのぉぉぉ!何すんのよー!穿て!サンダートール!」
カインの頭上に暗雲が立ち込め、落雷がカインを襲う。
「ぎぃああああああああああああああああああああああああああ」
カインは電撃をもろに浴びた。
「とまあ、こんな感じで呪文詠唱をすることができる。痛てて、お前、やりすぎだろ・・・ぉが・・・」
どさ、とカインはその場で崩れ落ちる。
「先生、大丈夫?」
「いきなり生徒を攻撃するから・・・」
他の生徒二人から心配と呆れ声が交差した。
カインは態勢を立て直し、説明を続ける。
「そんで、もう一つの方法が、こうだ!」
カインの持っている杖の先端で何か文字を描きだした。
星型の図形に右上に三本線といった絵を描いた。流れ星のようにも見える。
「ドロー、オン!」
カインはそう叫ぶと魔法が起動した。
カインの頭上に野球ボール大の光球が出現し、たまたま数十メートル先にある用のトレーニング用の的に目がけて飛んで行った。そして、命中!バコォ!
「まぁ、こんなもんか?こういう魔法起動方式を描出式といい、魔法陣とかもこれに分類されるよ」
「へぇー、アタシにもできるかな?」
リンは、魔法を使ったことがないからか、そう言った。
「できないということはないんだが・・・、リンは運動神経いいよな?そういうお前にぴったりな魔法の使い方がある」
「どんなです?」
カインは両手をクロスさせて、呪文を唱え出した。
「体よ、ほど走れ、フィジカルスパーク!」
パリッと音を立てて、体が少し発光する。
「そんじゃ、ここから50メートル先まで走ってみるわ」
カインは走り出した。猛スピードで!時速60キロは出ているだろうか?
50メートルは一瞬だった!だが・・・?
「うお?止まれない!?やべぇ!壁に激突する!」
ズゴォ!と壁を突き破った。カインは転倒した。
「痛てて、うっかりブレーキのこと考えていなかった・・・」
やがてカインは顔を上げる。しかし、壁の先は、湯気で先が見えづらかったが、女性の声がしていた。カインの目には柔らかな体のラインが映る。同時に湯気の先の女性からも彼の姿が見えていた。
「ん?これは、裸の女がこんなところに・・・?ってうぉぉぉぉ?」
カインは目を背けるがチラ、チラと見返す。
「いやぁぁぁ!?何見てんだこの変態!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
壁の向こうは女性用シャワー室だった。
「というわけで、電撃魔法の応用で筋運動を促すことで身体能力向上もできるということでした~、痛てぇ・・・ラッキースケベとはいえやり過ぎだろ、不可抗力なのにぃ?」
カインの顔、体はボコボコで引っかき傷だらけになっていた。
「ほぼ完全に自業自得じゃないですか、先生」
生徒3人は満場一致で呆れるようにそういい返した。
「はいはい、注目。では早速順番に皆さんに先ほどの魔法による身体強化を実践してもらいます。まずはサマンサさん、呪文を唱えて、君ならできる!」
まずは、元々魔法が得意な魔術師であるサマンサに声をかけた。
これくらいは、朝飯前だろう。
カインはそう思っていた。
「私・・・身体強化魔法はほぼ・・・使ったことが・・・ないんです・・・」
何!?
魔術師のはずなのに!?
カインの予想は初っ端から大外れで、予想外であった。
「遠隔魔法が専門なんです・・・」
なるほど、前線では戦わない派だったんだ、とカインは考えた。
「じゃあ、これが戦士になる一歩として、身体強化魔法で強化してこのターゲットを攻撃するんだ!」
パチン!とカインは指を鳴らすと、どこからともなく、土人形に様な物体が現れた。
「これは、トレーニング用魔道具のミニゴーレムだ。壊しても再生可能だから。遠慮なくいけ」
「わ・・・わかりましたっ」
サマンサはおどおどしながらではあるが返答した。
「で・・・では・・・いきます!体よ!ほど走れ!フィジカルスパーク!」
電気がサマンサの体に帯電する。
「ひゃ!ビリビリします・・・」
彼女の足元はおぼつかない。
「えええええええい!」
サマンサはターゲットのミニゴーレムに向かって突進する・・・が?
「ひゃあああん!」
ズザア―――と3歩目あたりで即転倒。
しかも、石ころなどの障害物が何もないところで。
「大丈夫か?」
カインはサマンサに駆け出した。
「運動音痴でごめんなさい!でも・・・それでも戦士にならないといけない理由が・・・」
サマンサの目にはうっすら涙目が浮かんでいた。
「わかったから・・・、後で特別メニューを考えとく、では次!」
時間は限られているので、2人目に移った。
前に出てきたのは、長身で見るからに健康そうな少女、リン。
「うっひょー!これが記念すべきアタシの初魔法っすかー?楽しみっす!」
「お前興奮しすぎ!では魔法の呪文を唱えてみろ」
カインはリンを促した。
「いっきますねー!えっと・・・両手を・・・こうっすね!体よ、ほど走れ、フィジカルスパーク!」
バリッと軽快な音を立てて、リンの体が発光する。
カインは土人形を用意して。さらに指示を出す。
「これでよし、と。攻撃してみろ」
「リン・ファンオウ、出る!」
巨大な駆動式乗り物の搭乗員のような決め台詞を言いながら。初動に入る。
一閃!
ッパーンと土人形は即木っ端微塵になった。
技が早過ぎて見えない。
あっという間の出来事でカインも口をあんぐりとしていた。
「お前・・・すげえな・・・、でも今大丈夫か?」
「大丈夫っす。絶好調でし・・・・・た・・・・・、ハァハァ、あれ?」
リンは過度の疲労感を露わにした。
「魔力切れってやつだ。要するにガス欠だわ。まあ、最初にしては上出来だ。こりゃ、魔力を練るところからの訓練が必要だな。」
カインは、リンに簡単に説明した。
「今後のアタシにこうご期待っすよ!あざした~!」
「疲れてんのにテンション高っかいな!」
カインは暑苦しそうな表情を浮かべそう言った。
「はい、次、アルスの番ね。呪文を唱えろ」
「体よ、ほど走れ、フィジカルスパーク!」
バリバリ、とアルスの体から放電される・・・が、
「な、何だありゃ・・・・・」
「何だか不気味です・・・」
「ぎゃはははは、厨二くせーっす」
一同が唖然とする。
アルスから放電されていた電気はなぜか黒い。
通常の雷属性の呪文は、電気現象を操るものなので放電現象の際は白く光ることが一般的なのだが、これは電機以外のなにかなのか・・・とカインは思っていた。
「じゃあ、とりあえず土人形に直接攻撃をしてくれ」
「言われなくてもわかってます、いやあああああああああああああ!」
掛け声とともにターゲットに突進する・・・と思いきや、彼女の姿がその場から忽然と消えた。
そして、ターゲットの背後に彼女が現れる。
「やあああああああ!」
掛け声とともにアルスの武器が土人形を襲い、直撃。
し~~ん
「あ、あれ?」
何も起こらない。
武器は直撃したのに土人形に食い込んでいるだけである。
「攻撃力はほぼ無し・・・か」
カインはこめかみを抑えながらつぶやいた。
「じゃあ、本時限の講義はこれで終わり、片づけは任せた、一旦お昼休憩ね」
カインは立ち去ろうとした。
「!?」
妙な気配を感じたのでカインは後ろを振り返ると、アルスの攻撃した土人形が不気味にも溶けていた。
「はぁぁぁぁ、考えもんだね・・・・・」
カインは再びこめかみを押さえて嘆息した。