袖擦り合うも猫の縁
事件は静かに私たちの前に現れた。
「それじゃあ、気を付けるんだよ。」
おばあちゃんに見送られた私たちを待っていたのは一匹の白い猫だった。
扉を開けると、玄関先に一匹の白猫が待ち構えていた。門に続く狭く歪な飛び石の一つに腰を下ろし、私たちを真っ直ぐに見ている。
その佇まいは妙に清楚で、他の彼らとは根本的に違う生き物に見えた。スレンダーな豹という感じでもない。というよりも、四本足の獣という見方がまず間違っているのだ。
美も芸も極めた太夫のごとく、慎ましやかでありながら、背徳的なまでの艶やかさを匂わせる。
彼女の毛皮に乱れなど一点もない。もしも彼女が天の御使いだとしたら、その白い毛皮の中から同じ純白の翼が生まれることだろう。
どれだけ表現に工夫を凝らしても筆舌に尽くしがたい何かを、目の前の白い猫は隠していた。でもそれを明かしてはいけない。
フィクションのような、生々しい儀式に臨む生け贄のように無防備な彼女の正体を暴いてしまったなら、私はあっという間に知らない世界に飲み込まれてしまうに違いない。
そこがどういう場所なのかは知らない。けれど、何の武器も持たない私が飛び込めば、たちまちピラニアが群がるがごとく骨も残らないに違いない。
妄想は止まらない。目の前の彼女がそう仕向けているように。
「ほら、ドリー。行こうよ。」
……どうやら私は立ち尽くしていたらしい。C子が袖を引くまで私は白猫から目が離せず、周囲はおろか、自分のこともろくに知覚することができないでいた。
「珍しいね。ドリーが猫に見惚れるなんて。」
「やっと猫の良さが理解できたのかな?」
3人は私を茶化すけれど、私だって可愛い動物はフツーに好きだ。目を奪われたって何もおかしいことはない。それなのに、なんだかこれは特別に思えた。
私にそう思わせる切っ掛けはもう一つあった。3人がその特異な白猫に対して「じゃあね。」と声を掛けるだけで全く愛でようとしなかったのだ。
ペットショップに行ったなら、一つのケージに一時間も、二時間もかじりつくような3人が、ただの一度も愛撫せずに素通りするこの状況を、この私が信じられるはずがなかった。
けれど、私がいくら言い知れない不安を覚えたところで、それがいったいどこの誰に実害が及ぶのか全く分からない。問題の原因も分からない。
そもそもが私の勘違いなのかもしれない。相手はたかが猫。3人に付き合って、今までに何百匹の彼らを見てきたことか。そんな彼らがやったことといえば、せいぜいA子の指に噛みついて天狗の鼻みたくパンパンに腫れさせたくらい。
それに、そのお転婆な野良猫も今ではA子に飼われ、誰よりもA子に懐いている。だから誰もその出来事を不幸だなんて思ってやしない。むしろ――――、という訳だ。
だから今回もまた、ABC子が彼らに向けて上げる耳タコの黄色い声を聞いて、私がウンザリする程度のことに違いないのだ。