蓼食うホステスも好きずき
「きゃー、カワイイ!」
私の祖母、高鍋文江の家は漁港賑わう南の離島にある。魚のあるところにはどうしても、どこからともなく猫は湧いてくるもの。
3人の足下にやって来たのは三者三様の猫たち。亜紀子には赤猫、悠子には白猫、朋子には白黒。3匹とも人には慣れているようで、触られても、抱っこされても全く嫌がらない。むしろ、進んでそうされているようだった。
私には彼らの過剰なそれが、そういう流れに仕向けているきらいがあるようにも思えた。
『人に慣れている』というよりも、『好かれ方を心得ている』という感じ。…そう、まるでホストのようなのだ。
猫、偏愛家の3人にとって、このサービスは人気アイドルとの握手会のようなものらしく、入島して5分と経たずに気分はすでに最高潮といった具合なのだった。
「ほら、道具、要らなかったじゃん。」
一人、相手にされていない私は小声でぼやいた。
出迎えのスタッフ3匹と戯れること5分少々。痺れを切らしたらしい改札に立つ役員さんが、こちらにズカズカと近づいてきた。
「切符は?」
「あ、ああ、スミマセン。」
私たちは差し出された役員の手に船の往復券を差し出した。すると役員は確認もそこそこに半券を切り、ご丁寧に無愛想な挨拶を添えて残りの半券を突き返してきた。
「…、どうも。」
私の記憶には、猫たちの過剰サービスも、役員さんの無愛想サービスもなかった。時間ってこんな風に進むんだなと寂しい気持ちになった。
半ば旅行を後悔している私をさし置いて、ABC子の有頂天はまだ続いていた。
「ねえ、早くおばあちゃん家に荷物置いて観光しようよ。」
私は以心伝心という現象を初めての目にした気がした。代表してB子が言い終わるよりも早く、A子とC子は地図を広げて観光の、いいや、猫のいそうなポイントを議論し合っていた。
「おばあちゃん家は旅館じゃないのだけれど…。」という反論はなんとか押し込めておくことができた。代わりに溜め息が出てしまったのだけれど、3人はこの機微に気付く様子は全くない。…、まったく。
「いらっしゃあい。待っていたよお。」
おばあちゃんは変わっていない。元気なおばあちゃんの姿を見ると、入島して初めて旅行の意義を感じることができた。
「来たばっかりでゴメンなんだけど、荷物置いたらちょっと島を回ってくるから。」
おばあちゃんは、私の知っているおばあちゃんのままで、私たちの失礼な態度にも朗らかに笑って返してくれた。
「元気なことは良いことさね。」
私たちの泊まる部屋を案内しつつ、島の注意事項を簡単に説明してくれた。
この4、5年の間に台風やら地震やらが何度ととなく直撃したらしく、私の知っている島とは随分状況が変わっているのだとか。
「魚も前より獲れなくなってしまってねぇ。男たちはガックリしてるんだよ。」
そういえば、まだ水揚げしている漁船の姿を一度も見ていない。
「それなのに、猫は増えたんだ。…、猫だけ?」
「本当のことは知らんねけど、お客さんたちが餌を撒いてるからじゃあ、ないかねぇ。…、猫だけさあ。なんでだろうねぇ。」
おばあちゃんは言葉を濁すけれど、左の耳たぶを触るおばあちゃんを見て、私にはなんだか、猫の増えた本当の理由を隠しているような気がした。