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すき間  作者: 佐伯寿和
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飛んで火に入る冬の虫

毎年律儀にやってくる厳しい冬。風が一吹きするだけで肌が裂けてしまいそうな辛辣な冬。厚い雪化粧で染まった町を楽しむ観光客の気が知れないと、私たち現地民の顔が一様に厳しくなる冬。

つまり、『冬休み』は私たちにとって休みというよりも、お寺の修業、水行をさせられているような日々に近い。

だから、私たちがそんな、青春も冷えきってしまうような冬に辛抱を切らしてしまっても少しもおかしくなんかない。いや、むしろそうである方がいくらも自然なことだと私は思う。


『南の離島』、そうして我慢ならなくなった私たちはその響きにだけすがって、母の実家に遊びに行くことを決行したのだ。


「ドリーのおばあちゃんってどんな人なの?」

祖母に了解をもらうと、私たちは早速荷物をまとめて翌日には出立した。

電車の車窓からのぞ故郷ふるさとは、相変わらず厚い化粧に覆われていた。その姿は、いくつになっても水商売を止められない女の哀愁のようなものにちていて、なんだか後ろ髪を引かれているような気分になってしまった。

私は彼女を振り切るように祖母の顔を思い浮かべた。


「カワイイよ。たまに昔のことを延々と話したがるけど、途中で眠っちゃったりすんの。」

「なにそれ、ウソみたいにカワイイじゃん。」

私の祖母、高鍋文江はもうすぐ100歳になろうかという超高齢者。祖父が先立ってからもう30年くらいが経つらしい。100年も、30年も私には理解できない感覚だけれど、そうとうに長い時間みたいだということは先日祖母に電話をした時に充分に分かった。

私たちが遊びに行くと言うと、祖母は電話越しでも分かるくらいに嬉々とした声色を発し始めたからだ。

「理絵ちゃん、美味しい魚ば用意しておくからに、ようくお腹を空かしてから来んだよ。」

祖母の住む島は漁業が盛んで、「行ったら一度は口にしておかないと一生後悔する。」父は訪ねる度に飽きもせず言っていた。

でも、それしかない。あそこには、それしかない。


「ドリーはよく遊びに行くの?」

友人Aはポテトチップスを二、三枚口に放り込み、車内なのに足を放り出して、テレビでも見るようにだらしない格好で尋ねてきた。

それは彼女なりのリラックスできる姿勢なのだろう。…それにしてもとも思う。


「全然。だって遠いし、何もないし。年末だって最近はおばあちゃんがこっちに来るから…4、5年は行ってないと思うよ。」

私たち中学生にとって、新幹線で半日の距離は日本を縦断するのとそう変わらない。

その上、島にはコンビニもなければ、カラオケもない。ボーリング場だってもちろんない。私たち中学生を満足させるような施設は何もない。

以前、祖母が年末に私の家に来るようになるよりも前に訪ねていた時も、沖を行き交う船やゆったりとたゆたう海面をぼんやりと眺めて過ごしていたくらいなのだ。

遊びたい盛りの私たちにとって、『美味しい魚』というポイントは『魅力的』とは程遠かった。

だから、3人が遊びに行こうと言い出した時にはどうやって時間を潰すかと悩みに悩んだ。

ところが――――、


「理絵ちゃんは猫、好きかい?」

それとなく祖母に相談してみると、思わぬ収穫があったのだ。

「昔からいたんだけどねえ。近ごろ、わっさ増えたんだよう。『猫の楽園だ』なんて言ってテレビも何度か来たんだからあ。」

私はその番組を見てはいないけれど、ここ2、3年で猫が、島の人口を上回るくらいに増えたらしいということは情報にうとい母でも知っていた。

そして3人とも野良猫、飼い猫、品種を問わず、猫というだけで目を輝かせるようなたちだった。「助かった。」本当に、そう思った。


「見て、見て。私、お父さんにデジカメ買ってもらっちゃった。」

友人Bがこれみよがしに取り出したのは、最新型のデジタルカメラ。

「ケータイで充分じゃない?」

「チッチッチッ、臨場感が違うんだって。」

おそらく店員にそそのかされたであろうカメラの魅力をつらつらと語るBは、なんだかオモチャを自慢する子どもみたいで可愛いかった。

「甘いね。私はこれ持ってきたよ。」

続く友人Cが持参したものは、ペットショップでしか手に入らないという、そこそこ値の張る金色の缶詰めだった。なんでも一流の料理人が監修したとかなんとか…。

張り合うAは猫用のオモチャを次から次に取り出し始めた。


安価なカリカリにでさえ飛びつくような無節操な野良猫を相手に3人とも気合いを入れ過ぎだろう。半分呆れながらも、楽しんでいる姿に私は満足していた。


私たち四人の付き合いは長い。気付けばいつの間にか探偵ゴッコのような暗号染みたアダ名で呼び合っていた。

榊『』紀子、友人A、アンリエッタ。岡『』悠子、友人B、ベッキー。『しら』石朋子、友人C、チョコ。そして『』橋理絵、私D、ドリー。

「私のだけ可愛くない。」という理由でケンカをしたことがある。でも使い続けているうちに『私だけの呼び方』という愛着が湧いてしまい、実験動物として有名な某羊みたいな名前という気恥ずかしさも感じなくなっていた。


ABC子が見せる気合いの入れ具合をネタに談笑していると、長い移動時間も苦にはならなかった。

私たちは南の離島、猫のいる島にまもなく上陸した。

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