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俺の彼女は豆腐好き!  作者: トラキチ3
2/7

第2話

『Town of the Dead』企画

俺の彼女は豆腐好き!  トラキチ3


初稿20141209


第二話


「あれ? お兄ちゃん、お兄ちゃんの分はないの?」

 突然の声に俺は驚いて後ろを振り返った。そこには、幼い頃のユカリが心配そうに俺を見つめている。

「え?」

 俺は、驚いて辺りを見渡した。すると、子供の頃よく遊んだ懐かしい風景が広がり、驚くことに俺自身も幼い姿になっているのに気がついた。どうやら、ユカリのお守りをしているといったところだろうか。

 つぶらな瞳で俺を見つめるユカリの姿に、思わず俺は微笑んだ。

(そういえばこの頃、一つしか年が違わないのにユカリは背が低くて、アイツは懸命に背伸びをしてたっけ……)

「お兄ちゃん! どうしよう」

 ユカリは困った顔で俺を見上げた。その小さな手には、自分の顔程の大きなアイスキャンデーが握られていて、どうやらこのアイスキャンデーは一つしかないようだ。

「一つしかないならユカリが食べていいよ」

「えっ……でも……」

 ユカリは、アイスキャンデーと俺の顔を何度も見比べる。そのたびに、大きなウサギが描かれたワンピースがフワリフラリと揺れるのも微笑ましい。

「じゃ、半分こ……いいでしょ?」

 ユカリは、心配そうに俺の顔色を伺っている。

「じゃ、半分こにしよう。どんどん溶けてるよ。先に食べていいから、ほら……」

 ジリジリと照りつける太陽の下、ユカリの手に持ったアイスキャンディは、すでにポタリポタリと垂れはじめていた。ユカリは慌てて、アイスキャンディをぺロリと舐めはじめた。

「冷たくて、おいしい! はい! 次はお兄ちゃんの番!」

 ユカリは、ニコニコしながら勢いよくアイスキャンディを俺の前に突き出した。その途端、青いアイスキャンディは棒からスッポリ抜け、地面にボチャリと落ちた。

「あ!」

 次の瞬間、ユカリの顔がゆがみ、顔をみるみる真っ赤にして泣き叫びはじめた。大粒の涙がポロポロと頬をつたわるのが痛々しい。

「バカだなぁ、だから早くたべろって言ったのに」

 俺は、ユカリの頭を撫でた。すると、今まで以上に激しく大きく口を開けて泣きじゃくった。

「また、買ってもらえばいいだろ! たいしたことじゃないよ」

「だって、だって、お兄ちゃんの分……お兄ちゃんの分が……」

「あはは、ありがとな」

 ユカリの頭をやさしく撫でると、ユカリはベタベタの手のままで俺に抱きついてきた。

 俺は、ため息をついて、小さなユカリの背中を抱きしめてやった。


 ふと、足元に落ちたアイスキャンディに視線がいった。

 アリがチラチラ見えたかと思うと、すぐさま無数のアリがそれに群がりはじめた。あまりの異様さに、俺は、その光景に釘付けになった。

 アイスキャンディはどんどん小さくなり、それがアリ達に完全に取り囲まれ真っ黒になった瞬間、それまでワサワサと蠢いていたアリ達自身が、一斉にドロドロと溶け始めていく。

「な、なんだ?」

 その解けた黒い液体は、コロコロと地面を転がりはじめ、ユカリの足元に集まりはじめた。そして、それが、なんとユカリの体内に吸い込まれていくではないか。

「え?」

 俺は驚いて泣いているユカリの顔を見つめた。するとどうだろう、ユカリの身長がみるみる大きくなり、小さかった背中もどんどん大きくなっていく……。

「うお!」

 さっきまで泣き叫んでいた小さなユカリは、あっというまに大人の女性になり、俺を見下ろすとニッコリ微笑んだ。

「うふふ、カオルは、優しいんだね」

 そう言うと俺の頭をそっと撫で、大人のユカリにギュッと抱きしめられた。女性特有のいい香りが鼻をくすぐるが、俺は必死に、彼女の腕から抜け出そうと顔を真っ赤にしてもがいた。


 ◆


「ユ……ユカリ!」

 俺は、ハッと飛び起きた。あたりを見回すとまだ暗い。机の上にあるデジタル時計の文字盤が朝の六時を表示している。

「夢……夢か……」

 俺は、部屋の片隅にある毛布の塊をみつめた。すると、その毛布の下から笑い声が聞こえてきた。

「おい! ホタル! オマエの仕業か?」

 俺は、無性に腹が立ち、少し乱暴に毛布を引き剥がした。

 案の定、チェック柄の青色パジャマ姿のホタルは、必死に口を押さえて笑うのをこらえていた。

「いい加減にしてくれ! 俺は、オマエのオモチャじゃないんだよ!」

「あはは、それにしてもカオルも子供のころは可愛かったんだね」

「俺にはかまわないでくれよ!」

「そういうわけには、いかないのよ!」

「何でだよ!」

 ホタルは、スッと立ち上がると髪の毛を掻き揚げた。

「私のパートナーとなる生命体については分析をすることになっているわけ。だけど、あなた方人間は、肉体だけじゃなくて精神的要素に大きく影響されるきわめて不安定な生命体だってことがわかったわ」

「はぁ? それと、俺の夢の中に入り込むのとどういう関係があるんだ?」

「精神的要素は、きちんとしたメンテナンスが必要ってことなのよ。で、ずっとあなたの事を見てきたけど、そのメンテナンスは、夜、寝ている最中にされていることを突き止めたってわけ」

 ホタルは、自分の分析結果に満足してドヤ顔で俺をみる。

「じゃ、なんだ? さっきの夢っていうのは、オマエが俺のメンテナンスをしてくれたってことなのか?」

「まぁ、今回は初めてだから、そこまではできなかったけど、精神的要素を鍛えるプログラムを徐々に加えていこうかなって思っているとこ……」

「やめてくれ! っていってもどうせやるんだろうが、夢の中にまでユカリは出さないでくれよ!」

 ホタルは、目を丸くして俺を見つめた。

「カオル! あなた自分の事なのに自覚がないの?」

「自覚? 何のことだ」

「あなたの頭の中では、ユカリの存在は特別で、あなたの行動にいつも絶大な影響を与えているのよ。まぁ、なんでそんな事になっているのかは、まだ調査中だけどね」

「ほっといてくれよ」

「そうなんだ……。でも、不思議なことにあなたはそのパワーを否定しちゃってる。ひどい罪悪感が……」

「罪悪感? そんなものはないっ!」

 俺は、ホタルの言葉を遮って、部屋に響き渡るほどの大声を出してしまった。

 ホタルは、俺の声にビクッと震えると、俺をジッと睨んだまま、石像のように動かない。俺もホタルを睨み返したがいつもと様子が違う。いつもなら、その奥に氷のような冷たさを感じるホタルの瞳が、今は、むしろ、ギラギラと熱い視線になっていた。

 俺は息を呑んだ。

 薄明かりの冷えた部屋で、俺の心臓の鼓動は次第に早くなる。


 トクントクン……


 どれほど時間が経っただろうか。

 突然、ホタルの目が潤んだかと思うと、大粒の涙が頬を伝って落ちた。

「え?」

 俺は、目の前にいるのがホタルだとわかっているが、ユカリの泣き顔を思い出し、耐え切れずにうつむいてしまった。

「ゴ、ゴメン……」

 しかし、ホタルは、涙がこぼれるのも気にせず、俺をジッとみつめている。

「カオル……あなた……」

 ホタルは目を閉じた。途端に、涙がポロポロと頬を伝わって落ちる。そして、ホタルは、俺の胸に飛び込んできた。

「おいおい、なんだよ……」

「一瞬だけだけと、あなたの中のユカリを感じたの……」

「何が?」

 変に素直なホタルに、内心驚いたが、ホタルはジッと俺の胸に顔をうずめている。黒髪がサラサラと揺れると、いい香りがしてくる。

(近い……近すぎるよ……ユカリ……)

「ともかく、俺には、かまわないでくれよ。」

 おれは、ホタルの両肩をつかむと、身体を無理やり引き離した。すると、ホタルは、俺を見つめたまま怪訝そうな顔をした。

「どうして、そんなに自分を責めるの? あなたは十分苦しんだ! そんな事をいくらしても何も変わらない! バカじゃないの!」

「う、うるさい。お前に何がわかるんだよ。勝手に押しかけたかとおもえば、ユカリまで持ち出して……」

「……そうよね。あなたの言うとおりかもしれない。でも、私もミッションを終えなければならないのよ。あなたには悪いと思うけど、付き合ってもらうしかないし、精神鍛錬もしてもらわないと困るのよ」

「どーして、俺がこんな目にあわなくちゃならないんだ……」

 俺が頭を抱えると、ホタルは、ニヤリと笑い、いつもの冷たい瞳で俺を見つめた。

「あー、いやだいやだ! カオルって、すぐに自分のことをひがむんだね」

「なに!」

「だって、そうじゃない。俺がこんな事になんでなるんだ? 俺ばっかりが損をする? もうこうなった以上逃げられないって観念しなさいよ。もう前に進むしかないのよ」

「うぅ」

「さっさとミッションを終わらせば、私ともオサラバできるから! でも、あなたのそのひどい思考回路は切り捨ててもらわないと、情報伝達に支障がでるわ……」

「なんだその情報伝達って?」

「あっ!」

 ホタルは、また、わざとらしい演技で「しまったー」と口を押さえる。

「なぁ、いい加減、全部、話をしてくれよ。早いところミッションクリアするんだろ」

 俺は、イライラしながらホタルに詰め寄った。

「……まぁ、そうだよね」

 ホタルは、唇を噛むと、ジッと俺を見つめた。そして、深くため息をつくと、明るくなってきた窓のカーテンに視線を移した。


「わかった……」

 ホタルはパジャマ姿から、いつもの女子高生の制服姿にスッと切り替わった。

「第一、ファーストコンタクトのあった知的生命体を協力者としてミッションを完遂すること」

「第二、協力者の生命体の組織構造、社会構造、個体の状況を調査するため体液交換によりコアを埋め込み、協力者の安全を確保すること」

「第三、自らの組織素材に適した食材を調達し最悪の事態に備えること」

 ホタルは、淡々とつぶやく。

「ち、ちょい待った! なんだそのコアって!」

 俺がホタルを睨みつけると、チラリと俺を見て今度は、天井を見上げて話をしはじめた。

「前にリキッドアンドロイドの事は話したと思うけれど、それを制御するシステムがコアなのよ。それを協力者の遺伝子に埋め込んで、それぞれの環境に適合した最適なコアを量産するのよ」

「り、量産! 俺の体の中で量産ってどういうことだ?」

「まぁ、私たちの源……そう、タマゴみたいなものね」

「タ、タマゴだって!」

「ミッション遂行時には、あなたの遺伝子が格納されている細胞が必要になるのよ。だから今は、あなたの身体を私は全力で守らなくてはならないの」

「まさか、腹の中からエイリアンみたいのが沸いて出てくるようなことになるんじゃないだろうな!」

 ホタルは、ニヤリと笑うと俺をチラリとみた。

「うふふ! まぁ、非常事態が起きればドバーッとお腹の中を切り裂いて……」

「マジかよ!」

 俺は、自分の腹を触ってみた。急に吐き気がしてきた。ホタルは、俺に近づくと耳元でつぶやいた。

「ウソ!……大丈夫だって! そんな原始的な方法じゃないし、協力者の安全を確保するための措置なんだから安心して!」

「本当なのか?」

「カオルの遺伝子に埋めこまれたコアは、細胞分裂で量産されているから、それが必要になったときには、遺伝子を含んだ体液を出してもらうだけ……」

「なに? 遺伝子を含んだ体液……」

(遺伝子といえば種の保存……受精?)

 俺は、即座に股間をおさえた。

「じ、冗談じゃない。そんなことは絶対にできない!」

 ホタルは、不思議そうに俺をみていたが、やがてプっと吹き出した。そして、呆れ顔で俺にニヤリとした。

「まぁ、お望みなら、金髪の彼女になって、最後の一滴まで残らず体液を絞り出してあげてもいいけど……どう?」

 そう言うと上目遣いで舌をペロリと出した。

「や、やめてくれ!」

 ホタルは、またもやプっと吹き出すと、手を振った。

「まぁ、ソッチでもいいんだけど、むしろ新鮮な血液を少しだけ分けてもらうほうがいいんだよね」

「新鮮な……血液?」

 ホタルは、俺の顔を覗き込み耳元でささやいた。

「そう、絞りたての……」

「お、オマエは吸血鬼か? なんだよその『絞りたて……』って……」

「まぁ、すぐに血液は劣化しちゃうから、そのたびに、少しだけ分けてもらうってことなのよ。イザとなったらよろしくね」


 ホタルは、部屋のカーテンをつかむと勢いよく開けた。まぶしい陽の光が部屋に差し込んだ。

「なぁ……ついでだから約束してくれないか……」

「へ? 何を?」

 明るい陽の光の中でホタルの瞳がキラキラと光る。

「今後、隠し事はなしだ。いいな!」

 俺は、ホタルをジッと観察した。ホタルは、一瞬、眉毛をピクリとさせると俺から視線を外した。

「おいおい、まだ、あんのかよ! いいかげんハッキリ言っておいてくれよ。ともかく、こんな面倒な事はとっとと終わらせたいんだ」

 ホタルは、また、ため息をつくと口を開いた。

「まぁ、これは秘密ってほどでもないんだけど……」

 ホタルは、俺に背を向けるとさっきまで自分が使っていた毛布を手に取り、几帳面にたたみ始めた。

「あなたの身体に埋め込んだコアから、私に情報伝達がされるのよ」

「ああ、さっきの情報伝達か?」

「つまり、あなたが見たもの、聞いたもの、話したこと、考えたことがすべてモニターできるってこと」

「な……」

 俺が呆れて叫ぼうとすると、ホタルが叫んだ。

「あ、怒らないで! いつもモニターしてるってわけじゃないんだから」

(俺の考えていることがわかるのか? 最悪だ……)

「まぁ、最悪ってほどでもないとおもうけど?」

(マジか? 筒抜けかよ?)

「うふふ、すべてをモニターしてるわけじゃないの。感情レベルが一定以上になると通信がはいるって仕組み。だから、カオルが、クールでいればいいわけ! 簡単な事でしょ?」

「ったく……俺のプライバシーはないのかよ……」


 その時だった。突然、携帯電話が明るい部屋に響いた。

 俺は、あわてて携帯電話を手に取った。バイト先の店長からだ。

(しまった。今日は早番だったか……)

 あわてて、机の上の時計を見ると午前七時を過ぎていた。俺は、おそるおそろる通話ボタンを押す。

「おい、カオル! おまえ今日は早番だろう! 何してるんだよ」

 野太い声が耳をつんざく。

「あ、店長! すんません。寝坊しまして……」

「ったく、ともかく早く来い」

「すいません、すぐ出ますので」

「おう、急げよ!」

 俺は、慌ててシャツを取出しズボンをはき、コートを着て準備した。不思議とホタルは、何も言わずにいる。

「じゃぁな、留守番をたのむぞ!」

 ホタルにチラリと目をやると、ホタルはコクンとうなずいた。

 どうも気味が悪い。いつもなら「どうしたの?」「なに焦ってるの?」「どこ行くの?」と聞いてくるはずなのに……いや、俺の考えはアイツに筒抜けならそんな茶番はいらないってことなのか。

 チラリとホタルを見ると、ウンウンとうなずいている。

(ああ、ウザイなぁ……)

 俺は家を飛び出した。


 ◆


 アルバイト先の牛丼屋に到着したのは午前七時半。

 店長が俺を見ると大声で叫んだ。

「カオル! いそいで着替えてホールに入れ!」

「すいません!」

 俺は、いそいでロッカールームに向かい、支給されている制服と長靴を履いてフロアに出た。

 この時間帯は出勤前のサラリーマンで賑わう。ともかく時間との戦いだ。短い時間で朝食を取り職場に向かうサラリーマンは尋常ではなく殺気立っている。こちらも懸命に接客と配膳をしなければその気迫に負けてしまう。アルバイトをし始めた頃は、随分と失敗して、罵声を浴びたものだが、半年もたつと自然と身体が覚えてしまう。


 朝のピーク時間もサラリとこなすと、午前八時半を過ぎるころには、客席も空席がちらほらと出てくるようになった。俺が、食器を片付けていると、目の前の空席に客が座った。

「えっと、A定食おねがいします」

「A定食、注文いただきました……うん?」

 俺は、聞き覚えのある声に、チラリと客の顔を見上げた。すると、なんとホタルがニコニコしながら俺を見つめているではないか。

「オマエ何してんだよ。は、早く、帰れよ」

 俺は、小声で呟いた。するとホタルは、少しばかり大きな声をだしてきた。

「えぇ? 私、お客さんなんですけど……それに留守番は、ちっちゃいのにさせてるから大丈夫」

「ちっちゃいの?」

「親指くらいのを留守番に……だから大丈夫!」

「バカ、声が大きいって……」

 俺が、ホタルにツッコミを入れようとしたところで、背後から店長の怒鳴り声が飛んできた。

「カオル。早く、あいてる食器をさげろよ!」

「あ、はい……」

 俺は、ホタルを睨みつけ、店長に言われたとおりあいている食器をさげはじめた。

「ほい、A定食あがったよ。八番の彼女の分」

 店長が黒い盆を俺に渡した。

(八番の彼女?……ってホタルのかよ)

 ここで、いい加減な態度をすると、店長にまた叱られるだろう。俺は、大きくため息をつき、気を取り直してお盆をホタルのとこへ持っていった。

「おまちどうさま、A定食です」

 ほかほかの白いご飯、わかめの味噌汁、納豆に生玉子、味付け海苔がのっている。

「へぇ! これは美味しそう!」

 ホタルが嬉しそうに俺に微笑む。

「いいから早く食べて、お金は俺が出しておくから、すぐ家にもどるんだぞ」

「私、ベジタリアンだから、玉子はダメなんだ。あとカツオダシも……」

(アンドロイドでベジタリアン? そんなバカな話があるのか?)

 と思った瞬間、異様な感じに包まれた。勝手に身体が動きはじめたのだ。

「じゃ、冷奴と取り替えてやるよ。好きだろ?」

(げ、俺、なんで取り替えるなんて勝手なこと話してるんだ……)

「いいの? ありがとう。お兄ちゃん!」

(身体が勝手に動く。まさか、コアの仕業なのか?)

「それでは、ごゆっくり……」

(ぬぅ……勝手に俺がしゃべってる)

 俺は、ホタルを睨みつけたが、ホタルは涼しい顔でニヤニヤと笑っている。

(なんだよ、じょ、冗談じゃない!)

 そう考えた瞬間、ホタルが俺にウィンクをした。

「ゴメンなさい。あまり騒ぎたくないから、ちょっとガマンしてね」

「なんなんだよ。このことは、あとでたっぷり話をきかせてもらうからな! 覚悟しろ」

 俺は、また、ため息をつくと厨房へ戻った。


 午前十時になると、客足はパタリと止まった。

 ホールには、ホタルが一人、ダラダラと食事をしているだけだ。

「なぁ、カオル。あの子、オマエの知り合いなんだろ?」

「ああ、アイツですか?」

「いやぁ、とってもキュートでカワイイなって思ってさ」

「そうですか? アイツは俺の疫病神です」

「疫病神? 俺にはそうは見えないぞ。さっきから、ずっとオマエをチラチラ見ているだろうが……」

 店長は、俺を睨みつけるとドスの聞いた低い声が響く。

(ああ、説明するのは面倒だ……)

「店長、実は、アイツ、豆腐が主食なんですよ」

「豆腐?」

「そうなんです、一日に二十パックはペロリと食べるんです」

「なに! そんなに食べるのか?」

 店長は、疑いの眼差しで俺をみつめる。

「俺も、豆腐は好きなんで、特売の時は、少しは買い込むんですが……俺のバイト代は、アイツの豆腐代に消えちゃうんですよ」

「そうか。だから、肌があんなにスベスベなのか。いいじゃないか」

(はぁ? そこじゃねーし。面倒だ、適当に話しておこう……)

「実は……アイツ、俺の妹なんです」

 すると店長は、ジロっと俺をみつめると、ヘラヘラと笑った。

「ない! どう考えたって、あんな天使とオマエとが兄妹なはずがないだろうが」

「でも、そうなんです! だから、疫病神なんですよ。ほとほど手を焼いているんですよ」

 店長は、疑いながらも俺とホタルを見比べてうなずいている。

「うーん。まぁ、なんとなく目元は似ているかもしれないが……奇妙なこともあるもんだ」

「アイツ、ベジタリアンなもんで、勝手に生玉子と冷奴取り替えさせてもらいました……」

「ああ、それは構わないよ。しかし、カワイイよなぁ」

 店長がデレっとホタルをみつめていると、ホタルもそれに気がついたのか店長にニッコリ微笑んだ。

「おいおい! カオル。今見たか? あの子、俺に微笑んでくれたぞ。俺に気があるんじゃないのあ?」

 店長が嬉しそうに俺を見る。

「どうでしょうかね」

 俺は、だんだん面倒くさくなって素っ気なく店長に答えた。

「なんだよ。よし、今後、オマエのことは『アニキ』と呼ぶかな……」

「はぁ?」

 俺は、マジマジと三十過ぎのムサイ店長を上から下まで見回した。

 おなかはポッコリ出て、無精ひげを生やし、動作もどことなくガサツ。まるで品格というものが感じられない。

(マジにユカリが、こんな彼氏をつれてきたら、俺、キレるだろうなぁ)


――ありがとう。お兄ちゃん――


「へ?」

 俺は、周りを見回した。今、ハッキリ、ユカリの声が聞こえた……。聴き間違える事なんかない。俺は、耳に手をあてて、もう一度辺りを見回した。するとホタルと目が合った。

(なんだ、おまえの仕業かよ?)

 すると、ホタルが慌てて否定するように手を横に振っている。

(どういうことだ! ハッキリ、今、ユカリの声が聞こえたぞ)

 俺は、興奮気味にホタルに思念を送った。

 すると、ホタルは、箸を下ろすと俺に手招きした。 

「ホタル、どうなってるんだよ」

「信じられない……。カオル! あなたの中のコア……ものすごい勢いで進化を遂げているみたい」

「進化?」

「前にも話したけど、カオルにとってのユカリの存在はかなり特別とコアが察知して、カオルの記憶の断片からものすごい精度でユカリの人格を再現しちゃっているみたい……彼女の考え方、物の見方をシミュレーションしてあなたの頭の中に存在させようとしている……」

「はぁ?」

「つまり、あなたの頭の中に、あなたの理想のユカリ像が出来ていて、勝手にあなたに話しかけているんだとおもう」

「冗談じゃない。すぐにそのコアを全部抜いてくれよ!」

 ホタルは、食べかけの冷奴を一気に口に入れると、俺の手を握り頭を横に振った。

「ごめんなさい。こんな事になるなんて……」

「なんだ?」

「もう、あなたの血液すべてにコアが埋め込まれているはずだから、ミッションをクリアしないかぎり消せないわ」

「また、ミッション……かよ」

「そう、G0をこの惑星から根絶する事………それができれば、コアは消滅することになっているから」

「じゃ、ど、どうするんだよ、この状況は」


――大丈夫。お兄ちゃん。私も協力するから――


(ま、また、聞こえた……)

「や、やめてくれぇ」

 俺は、頭を抱えた。

「だいじょうぶ。慣れちゃえばいいのよ。私をユカリと思えばいいんだし、私の声だとおもってくれれば、いいじゃない!」

「よくねーよ」

 俺は、ホタルの脳天にチョップをお見舞いした。


 その時だった、突然、地面がグラグラと揺れ始めた。

「じ、地震?」

 店長が慌てて棚にある皿を押さえている。

 揺れは縦ゆれだった。ガタガタと店内の丼が揺れている。

「カオル……」

 ホタルが俺の手を掴む。

「なんだ?」

「いよいよヤツラがきたのかもしれない……」

「G0か?」

「そう……」

 ホタルは俺にうなづくと、目を閉じた。

 揺れは三十秒程度で収まったが、いきなり店内のテレビは、緊急速報の画面に変わった。


――番組の途中ですが、ただいま、静岡県上空で巨大な火の玉が西へ向かって通過したとの報告がありました。繰り返します。静岡県上空で巨大な火の玉が確認された模様です――


 アナウンサーは、つぎつぎと渡される原稿に大あらわだ。


――新しい情報が入ってまいりました。先ほどお知らせいたしました巨大な火の玉ですが、三河湾沖に着水した模様です。国立天文台に寄りますと。この巨大な火の玉は突然東京上空に現れ、西へ向かっていったとのことです。現在、アメリカ宇宙航空局にも情報をの問い合わせをしているとのことです。こちらがその映像です――


 テレビ画面には、巨大な火の玉が青空を横切っていく様子が映し出された。


「単なる、古い人工衛星の類がおちたんじゃないのか?」

 店長は、テレビ画面を見つめながら呟いた。

「調査してみないと……」

 ホタルは、テレビ画面から目を離すと、いきなり立ち上り、ものすごい勢いで、店を飛び出して行った。

 なぜだかわからないが、俺の身体が熱くなっていくのを感じた。


(つづく)

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