第一章 剣士な魔法使い? 一話 花ぞ散りける
季節は春。
少しだけ開けられた教室の窓からは、ひんやりとした風が吹き込んでいる。
「あぅ。さぶぃっ」
思わずぶるぶるっと身震い。
うーん、春とは言っても、まだまだ暖かくはならないねぇ。
窓の外は春真っ盛りなんだけど……。
ふと窓の外に目をやる。
校庭に埋められている木々には、桃色の花が満開に咲き誇っていて、風が吹いたりすると、花びらが風に誘われるように舞い散っている。
はぁぁ。春ですねぇ〜。
思わずまったり。
花びらが舞い散るのって、すごくきれいでいいよね。
って! 春に酔いしれてる場合じゃないじゃん! おまけに今わたし「散る」って言葉使っちゃったし。
あぁっ。悪気はないんですっ。だから、どうかわたしを合格にしてくださぁい!!
あ……最初からテンション高くてごめんなさいです。
今日はわたしにとって、とっても大切な日だったので、つい。
そうそう、わたしの名前はティーナ・ベルロード。
モベルナ学園っていう、職業訓練学校に通う十五歳の女の子です。
え? 職業訓練学校って何って?
んとね、簡単に説明すると、将来自分でなりたい職業に就くために勉強するところだよ。
って、これじゃあ簡単すぎるって?
あはは。ごめんなさい。
後でぽつぽつ説明してもいいんだけど、それも大変だから、簡単に一通り教えちゃいましょう。(いらないなんて言わないでね)
モベルナ学園は、この世界で最も広いジュリア大陸の中心部、三方を山に囲まれたミュリカって言う町の中にあります。
世界各地には、この学園のような職業訓練学校がたくさんあるんだけど、モベルナ学園ほど大きい学園は他にないんだって。
大きいって言うのは、学園の広さもそうなんだけど、ここで教えてもらえる職業の数の多さもある。
剣士、魔法、武道、ガンナー、魔獣使い、吟遊詩人、商人などなど、この世界で必要とされるほとんどの職業の勉強をすることができるんだ。
しかも教えてくれる先生が、実績持ちっていう超一流ばかり。
中には、かつて光の戦士と呼ばれていた、昔この世界を救ったっていう人もいるって言うし。(わたしは会ったことはないし、どの人なのかも知らないけれど)
だからね、ここに通うために、わざわざ大金持って他の大陸から来る人もいるんだって。
もちろん修練中はここに滞在しなくちゃいけないから、遠くから来る人たちは学園内にある寮に入ることになるんだけど、かなりの人数がいるから、空きとかがなくて、入れない人もいるみたい。
幸い、わたしはすんなり入ることができたんだけどね。
この学園では、三月と八月に入学の手続きがあって、実際の授業は四月と九月から開催される。
授業の方は特別な理由がない限り、全員が一回生からはじめて、その職業の基本から教わるの。そして、半年間頑張ると進級試験が受けられ、その試験に合格すると、見事二回生に進むことができるんだ。
後はこれの繰り返し。あ、もちろん内容はどんどん難しくなっていくし、上級生になればなるほど、次の回生に上がるのも難しいんだって。
最終的には十回生まであるんだけど、そこまで行くとその職業の一流とも呼ばれるくらい、すごい腕前になるんだってさ。
でもねぇ。十回生まで頑張る人、そんなにいないって言ってたなぁ。
もちろん授業が厳しいからって言うのもあるんだけど、この学園に通うための学費とかもあるしね。
十回生ってことは、落第なくストレートに行ったとしても、五年間はここに通い続けなくちゃいけないでしょ? お金とかすっごいかかるんだよねぇ。
まぁお金持ちの子はいいだろうけど、普通の子は五年通い続けるなんて、到底無理。
それにね、途中で辞めてしまったとしても、その間習ってきたことが無駄になったりすることはないんだよ。
さっき、半年ごとに進級試験があるって言ったでしょ? その試験に合格できると、『○回生を合格しました』みたいな証明書を学園から発行してもらえて、それを各地にあるブレリックセンター(職業案内場)に持って行くと、その証明書に見合った仕事を紹介してもらえるんだって。
そりゃ、一、二回生くらいでは大した仕事にはありつけないだろうけど、五、六回生まで行けば、結構いい仕事をもらえるみたいなんだ。
だから、せめてわたしもそれくらいまでは頑張らないとね!
って、ここまで一気に話しちゃったけど、着いて来てる?
わたしって説明とか下手くそだから、分からなかったらごめんね。
ふぅ。
あれ? 説明ってこんなもんだったかなぁ……。なんか他にも色々あったような気はするけど。
うーん……。まっ、いっか。
とりあえずは話し進めちゃおう。
んで、何かあったらそのつど説明するね。
さてさて、先ほど説明にも出ました進級試験。
実は、つい先日わたしも受けてきたんだ。そして、今日がその試験の発表日だったりするわけ。
あ、そういえば、学園の説明してて、自分のことすっかり忘れてたよ。
名前と年齢はさっき言ったとおりで、わたしはこの学園では一回生の剣士クラスに通っているのです。
女の子で剣士クラスなんて珍しいでしょ? クラスでも女の子、わたしの他に一人しかいないし。
父様が剣を扱ってたって聞いていて、それでなんとなくね。
それに、この学園に下見に来たとき、上級生の剣技を見せてもらったんだけど、もうすごいのなんのって。
口をぽかんと開けたまま、見入っちゃったもんね。
わたしもあんな風になれたらなぁって。
まあ、一回生のわたしにはまだまだ遠い話だけどね。
一回生なんて、毎日素振りと基礎体力向上トレーニングで、最初の頃なんか、筋肉痛に悩まされたっけ。
他には、たまに試合の真似事みたいなのをやるくらいで、剣技なんていつになったらできるようになるやら。
って、できるようになるために進級試験を受けてるんじゃんねぇ。
あ〜あ。ちゃんと受かってるかなぁ……。
正直なところ、かなり不安なの。
一回生が落ちる確立はわずか五パーセント。
これなら全然余裕じゃないの? って思うでしょ?
でもね。実はわたし、一度落第してるんだよねぇ……。
そうなんです。わたしってば、落ちる確率五パーセントに入っちゃった、落ちこぼれの生徒だったりするんだよね。
あはははぁ。
って、笑ってる場合じゃないか。
一回生が落ちるなんて、とんでもなく恥ずかしいことなのに、また落ちちゃったりしたらしゃれにならない。
今度は退学させられちゃうかも。
うぅっ。そうなったら、大人しくカムスの所に帰るしかないのかなぁ。
あ、カムスって言うのは、わたしを育ててくれた人なんだ。
両親は小さい頃に病気で死んじゃって、ずっとわたしのことを娘のように可愛がってくれていたの。
バースっていう、ここから南の方にある、小さな山間の村に二人っきりで住んでいたんだけど、ある時、いろんなことを勉強し、その目で世界を見てきなさいって言われて、村を出ることになったんだ。
すっごい大金まで持たせてくれたんだよね。
まぁ、そのお金は両親がわたしのためにって残してくれたものらしいんだけどさ。
ただ、村を出るにも、外の世界なんて出たこともなかったから、カムスの紹介でとりあえずここに来ることになったの。
前々から剣を習ってみたいって話していたからね。
ダメだったら戻っておいでとも言われたんだけど、本当にそうなったら嫌だなぁ。
はぁぁ。一年前に村を出て、一回生も習得できずに帰るなんて、カムスに合わせる顔がないよぅ。
って、これじゃあまるで、わたしが進級できないみたいじゃんねぇ。
まだ結果は分からないのに。
……。
あぁっ! やっぱり不安なものは不安だぁっ!!
あのね。わたし、すっごく運動音痴なの。
小さい頃から、走ったりするの苦手だし、何にもないところで転んだりしてたし。
進級試験のときにやった試合なんか、三試合やって、三試合とも惨敗しちゃってるの。
同じクラスの生徒との試合だったんだけど、あっという間にやられちゃって……。
はぁぁ。やっぱりこんなんじゃダメだよね。
筆記の方は自信あるんだけど。
そうなのです。
剣士クラスって、実技っていうイメージが強いけど、教養もちゃんとあるんだよ。
歴史上の人物とか、剣の種類、剣の構え方の名前だとかね。
前回この試験を受けたときは、全然覚えてなかったんだけど、さすがに二回目だからか、ばっちしだったの。
あと、進級試験にはもう一つあって、一般教養の試験。
これは職業に関わらず、全員が授業を受けてるんだけど、この世界におけるマナーだとか、賢い世界の渡り歩き方だの、この世界に生きる民にとって必要な知識に関することを教えてもらえるんだ。
こっちの方の試験も、しっかり勉強したからばっちり!
実技がダメでも、筆記ができていれば……。
なんとかそっちの方に望みを託して、少しでもいい方向に気分を持っていかないとね。
よしっ! 説明も一通り終わったことだし、気分を変えて、結果を見に行こうっと!
進級試験の結果は、校庭の掲示板に貼られている。
外に出ると、結果を見に来ていた生徒達でごった返していた。
友達同士で抱き合う人。雄たけびを上げて喜ぶ巨人族の人。肩を落として落胆している人。
本当に様々な人たちで溢れている。
お願いです。どうか、どうか、後者のようにはなりませんように……。
と、切なる願いを胸に、自分のクラスの掲示板を探す。
といってもね、担任の先生が場所を示した地図をボードに書いておいてくれいたから、掲示板の場所はすぐに分かった。
それに、掲示板の前には同じクラスの人がいたしね。
一人の男の子がわたしに気づき、ニヤッと笑った。
「やぁ、ティーナ。見なくてもいい結果を見に来たのかい?」
どこかの国の貴族のお坊ちゃまで、いっつもわたしのことをからかってくる、ジャンティスだ。
すっごく嫌なやつだけど、成績はいっつもトップ。
「ほっといてよ」
彼と話をするときはいっつもこんな感じ。
ジャンティスと話をすると、なぜか機嫌悪くなっちゃうんだよね。
でも、そんなわたしの不機嫌な表情を見て、さらに一言。
「昔もんはさっさと田舎に帰れよな」
むかっ。
「ちょっと! どういうことよっ!!」
「へっ。そんなん決まってるだろう。お前の格好、どう見たって昔もんじゃねぇか」
「うぐっ!」
うっきぃっ!!
やっぱりこいつ、すっごく嫌なやつだっ!
実はわたしね、カムスに剣士の訓練するって言ったとき、何も言わずに着せてくれた服があって、それが今着ているこの服なんだ。
その服は、刀操士と呼ばれていた人たちが昔着ていたと言われていて、着物という服に、袴という物を履くスタイルなんだけど……正直、今の時代にこんな格好で歩いている人なんかいない。
それは分かってる。分かってるけど……。せっかくカムスがわたしのために用意してくれたのに、こんな風に言われるなんて、すっごく許せない。
なによ、なによっ! 昔もんって言うけど、昔にこんな素敵な蝶の柄なんかあるわけないじゃないねぇ。
そうなの。着物は白いんだけど、袖のところには、紫や赤を中心とした色使いで蝶が描かれていて、すっごく可愛いんだから。
袴の方は紺色の無地なんだけど、そこが大人っぽくて魅力的。
それに、昔の人は草履って言う靴を履いていたらしいけど、わたしは茶色いショートブーツだもん。
全然ちがぁう!!
まったく、本当に失礼しちゃうんだから。
頭に来たから、ジャンティスを無視して掲示板を見に行こうとすると、
「おいっ。ティーナが来たから見せてやれよ」
と、ジャンティスがニヤニヤしながら言った。
掲示板を見ていた生徒は、わたしを見て一斉に道を開ける。
そして、近くにいた生徒同士でひそひそと話しては、わたしを見てニヤニヤ。
一体何なのよ。まったく感じ悪いんだから。
「ほらっ。開けさせてやったんだから、早く見ろよな」
と、嫌味な言い方。
これはもちろんジャンティスね。
相手にするのも嫌だったから、無言でわたしは掲示板を見た。
掲示板には、合格者の名前がずらずらと書かれている。
皮肉なことに、一番上にはジャンティスの名前。
この掲示板、成績優秀者が最初に書かれてあるから、一位がジャンティスだったということ。
まったく、なんでこんな憎たらしいやつが一番なんだか。
と、ますます不機嫌になるわたしだったが、とりあえずは気を取り直して自分の名前を探す。
「えっと。ティーナ。ティーナ・ベルロードはっと……」
順々に見ていくが、わたしの名前は見つからない。
そして、ついに最後の一人の名前となり……。
「バルリーナ・ミュティス……」
……。
「う、うそ……」
わたしの名前、書かれてなかった……。
この瞬間、最も恐れていた、二度目の落第という現実を叩きつけられたのであった。