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4話 忠臣との見回り







―――――――――――







黄巾党も曹操が張角を討ったとの報が入り、収拾へと向かった。


だが、次なる戦いはすぐ側まで近づいていたのだった。


「で、何だって?」


玉座に肘を突き、あくび交じりに聞きなおす。


「いえ、ですから袁紹より使者がいらっしゃてます」


「あ、うん、僕の聞き方が悪かったみたいだね。袁紹って誰?」


「河北周辺を治めとる1人じゃ。三公を輩出した名門というやつじゃな。それ故に財力はこの大陸一という話じゃ」


劉璋の問いに厳顔が答える。


「三公?……いや、説明はいいや。どうせ聞いても分からないし。で、内容は聞いてる?」


「使者からの言伝ですと都で悪逆を働く董卓なる者を討伐せよとのことですね」


張松が髪をいじりながら答える。これは張松が何か思案しているときの癖である。


「董卓?聞いたことないのだけど?どんな人?」


「噂では涼州の生まれでそれなりに評判は良かったと思いますわ」


「悪逆を働くのに評判良いとは………これ如何に」


「いや、これは単なる嫌がらせじゃな」


「確かにその可能性はありますね」


厳顔の言葉に法正が眼鏡を上げながら答える。


「袁紹はかなり自尊心が高く、都で董卓が権力を握っているのをよく思っていないはずです」


「それで嫌がらせねー………」


「まったく。儂らは南蛮や内乱やらで忙しいと言うのに傍迷惑なことじゃ」


これは劉璋でなくとも正直どうでもいいと思てしまう。益州から都までの道のりは遠い。その間に益州に問題があった場合の対処が遅れてしまう。


しかし、そのリスクを冒してまでもそれに加わる利益は薄いとみているのだ。


「じゃあウチは不参加で」


「よろしいのですか?」


文官の1人が訊ねる。


「だって都でしょう?遠いし、お金だって無いし、面倒だし……そして、面倒だし。大事ことなので三回言います。面倒だしッ!!」


「劉璋様、そこまで力説しなくても……」


呆れたように呟く臣下たち。


「劉璋様、一つよろしいでしょうか?」


そこで、張松が挙手して発言する。


「はい、張松ちゃん」


「私は参加するべきだと思います」


「えぇ~」


「この通達はおそらく各諸侯たちに送られていると思います。そこで劉璋様だけが不参加だと他の諸侯にどう思われるでしょう?」


「劉璋?誰?的なことになると思うけどなー。誰がこんな田舎の土地の州牧を気にするというのかな?」


「劉璋様、もう少しご自身の立場を正確に理解してください」


「全く、張松ちゃんは真面目だなー」


「分かりました。ではこうしましょう。代理として私が行って来ます」


まるで最初からそのつもりであったかのように張松はそう提案した。


「私が劉璋様の名代として向かいます。それならばよろしいのではないですか?」


「うん?まぁ、いいけど……」


何故か歯切れの悪い劉璋だった。


「何か心配事ですか?」


「張松ちゃん、その行軍にどれくらいの人を持っていくつもり?」


劉璋の目がスッと細まる。まるでそれは品を見定める行商人ごとく、王を見定める選定者のごとく。


「そ、それはどういった意味でしょうか?」


「うん?何を言っているの、張松ちゃん?まさか張松ちゃん一人で行くわけじゃないでしょ?誰を連れて行くのかって聞いただけだよ。それ以外でもそれ以上でもないよ」


ニシシシッと笑う劉璋はいつも通りの人をおちょくる顔をしていた。


「………そうですね。兵はあまり多く連れて行くと益州の守りが薄くなってしまいますので四分の一ぐらいでしょうか。将は私を大将として、軍師に法正、将軍に孟達、それに指揮のできる者を数名といったところです」


「うん、了解。人選と隊の編成は張松ちゃんに一任するからテキトーにやっといてよ。はい、これにて解散、お疲れさん」


そういうと劉璋は玉座から立ち上がるとそのまま自室へと向かう。








「劉璋様、王累です」


「はいはーい、どうぞー」


王累が劉璋の自室を訪ねてきたのは会議の直ぐ後のことだった。


「少々お時間よろしいですか、劉璋様」


「うん、寝ながらでもいい?」


寝台に寝転びながら劉璋は王累の応対をする。


「劉璋様、先ほどの件ですけど………」


「いかに幼女が至高であり、至宝であるかについて?」


「……いえ、張松のことです」


「え?だから幼女についてですよね」


「………何故、遠征をお許しになったのですか?」


話が進まないと王累は劉璋をスルーして進めた。


「正直なところ私はあの子を信用していません。頭の回転が速いところは素直に尊敬しています。しかし、あの子は―――――」


「――僕に見切りを付けている」


「ッ!?ご存じでしたか!?」


「いや、今更ですよねーそれ」


劉璋は寝台に転がりながら言う。


「臣下たちの大半が僕に見切りを付けてるよねー」


「わ、私は劉璋様に見切りなど!」


「だから、大半だって。王累は真面目だねー」


劉璋は笑う。それはいつもの笑みだった。そしてそれこそが劉璋にとってのポーカーフェイスなのだ。


「劉璋様はお優しすぎます。謀反の可能性のある者を野放しにしておくなど……」


「そうかな?僕はただの面倒くさがりの駄目君主様だからねー。反旗を翻して下剋上なんてよく分かるけどねー」


「何を縁起でもないことを言っているのですか」


「いやまぁ………それが『劉璋季玉』の天命なんだけどね」


「……はい?」


「ニシシッ。何でもないよー、ただの独り言」


とそう言うと劉璋は寝台から立ち上がる。


「王累、手伝ってー。着替えるから」


「え?あ、あのわ、わわ、私などが劉璋様のき、着替えなどを………」


「早くぅー」


「は、はぃ………」


顔を真っ赤にしながら劉璋の着替えを手伝う王累だった。








「はぅ………」


「さて。じゃあ、行こうか」


未だに顔が赤い王累の手を引く劉璋。


「へ?あの、そのまだ日は高いですし、そういうのは……お気持ちは嬉しく、むしろ大歓迎なのですけど……その、私も乙女と言いますか……やはり雰囲気というものをですね……」


「うん?王累、大丈夫?たまに君の言っていることが分からない時があるんだけど?」


何やらモジモジとする王累に劉璋は首を傾げる。


「う~ん。顔もなんだか赤いし、もしかして体調悪い?だったら無理して付き合う必要はないよ?」


「え?あ、いえ!大丈夫です!体調は万全です!準備はバッチリです!ただ心の準備と言いますか、その唐突なことなので戸惑っていると言いますか……」


「やっぱり止めておこうか。市井の見回りはまた今度に………」


「いえ!大丈夫です!だから急いで市井の見回りに……………て、見回り?」


「うん、ほら」


劉璋は自分の衣服を見せるように手を広げる。それは簡素で一般的な服であった。


「あれ?劉璋様、今から市井の見回りを?」


「そうだよー。あれ?着替えてる時に説明したよね?」


劉璋の着替えに夢中で一切耳に入っていなかったようである。


「見回り……あはは。そうですよね、見回り………はぁ」


落胆する王累に劉璋は更に首を傾げる。


「王累、本当に無理しなくていいよ?別に見回りならいつでもいいし………」


「いえ、大丈夫です。えぇ………ダイジョウブデス」


目から光の失われた王累から空洞な笑いが漏れているが、劉璋はそれ以上突っ込むのを止めた。








「ところで劉璋様、どうして見回りなんて思い立ったのですか?」


持ち直した王累は前を歩く劉璋に訊くのだった。いつもは部屋から出ることすら嫌う、この主様に。


「うん?ただの息抜きですよー」


おそらく目的地などはなく、本当に気の向くままに歩く劉璋はいつもと変わらない妙に伸びた口調で答える。


「王累にはどう見えますか?」


振り向きもせず、今度は劉璋が訊く。


「いつものらりくらりとまるで柳のようです。もう少し真面目に仕事をして下さると助かるのですが」


「ニシシッ。僕は別に僕自身の評価を聞いたわけではないのですけどねー。この町について、なのですよー」


「町、ですか……。陳留や洛陽に比べれば劣るかもしれません。でも、一般的に言えば栄えている方だと思います」


「ニシシシッ。真面目ですねー、王累は」


部屋の時と同じことを言う劉璋。


「そんなんだから心配事が増えるんだよ」


そこでくるりと王累へと振り返る劉璋。そして両手を広げて、さらに続ける。


「見てご覧よ、王累。洛陽だろうが、陳留だろうが、益州だろうがこうやって人が生きてる。日々を何気なしに、意識せずに生きてるよ」


「はぁ………」


劉璋の言葉に空返事しか返すことが出来ない王累。


「もし、僕が陳留の曹操ちゃんのように善政をしたらどうなる?」


「民は喜ぶと思いますけど………」


「じゃあ、あくまで噂だけど洛陽の董卓さんみたいに悪政をしたら?」


「それは民の反感を買うのではないですか……」


「ぶっぶー、バズレー。正解は――――それでも人は生きている」


ニシシッと笑う劉璋。


「例え僕が何をしようと人が生きていくことは変えられない。悪質な環境だろうと恵まれた環境だろうと人は変わらない。僕に大局を動かす才能は無いし、大衆を動かす人徳も無い。僕は無能で暗愚な人間だよ」


「そんな……。劉璋様はそんな………」


「――――でもね。僕は知っているよ。世界はとても淡白で、世間ははとても冷淡だってこと。故に世界は―――――『面白い』ってこと」


再び劉璋は前を向く。王累からは背中しか見えないため劉璋がどのような表情で喋っているのかは分からない。


「この冷徹なまでの現実な世界に僕はただ独りでも嘘を吐き続けるよ。徹頭徹尾、一から十まで、徹底的に、余すとこなく、僕はこの世界を面白いと言い続けるよ」


ニシシッと笑う劉璋。


「劉璋様、私は…………」


「とはいえ、ちっぽけな僕には重すぎるので王累にはいっぱい助けてもらうつもりだからねー」


劉璋は振り返ると王累へと手を差し伸べる。


「だから王累も1人で抱え込んじゃ駄目だよ。僕を頼りにされても困るけど、黄忠さんたちや張任とかも頼ってもいいと思うよー」


「は、はい!勿体ないお言葉、ありがとうございます!この王累、この身が滅びるまで劉璋様を支えると誓います!」


「うんうん、頼りにしてるよー」


王累は膝を着き、手を合わせる。その瞳は感涙を溜めていた。


「ニシシシッ。……王累は簡単でいいねー」


「?……劉璋様、何か仰いましたか?」


「いやいや、何も言ってないですよー」


劉璋は再び歩き出す。目的も行く先も決めず、気の向くままに歩き続ける。














「貴女は……劉璋の名代かしら?」


時は流れ、張松が反董卓連合に到着すると張松たちに接触してきた者たちがいた。


「はい。私は張松と申します。我が主、劉季玉は多忙により名代といたしまして私が馳せ参じました」


「へぇ、多忙ね………。どうせアレのことだから面倒くさいとか言っていたのでしょ?」


「え?あの………貴女様は?」


「あら、ごめんなさい。私は曹操。陳留で太守をしている者よ。劉璋とは少なからず面識があるわ。だからアレの考えそうなことなら分かるわ」


曹操は夏候惇、夏候淵を連れて張松の前に現れたのだった。


「まぁ、万が一にとは思ったから見に来たけど取り越し苦労だったわ。あれが来ていないのならそれでいいわ。なにせ馬鹿を2人相手にしなくてよくなったのですもの」


そう言うと曹操はその場を後にする。未だに総大将について議論する軍議の場に戻るのだ。


張松もそれに続くが、袁紹を見て、自分も益州に残るべきだったと思うのだった。


そんな張松が後悔の念を抱き始めた頃、シ水関の城門の上では……。


「ニシシシッ」


奇妙な笑い声を零す男が外套を風になびかせて、反董卓連合の方を見て笑っていた。


それはまるでこれから念願の玩具が手に入る子どもの如く。

次回から反董卓連合編です。嘘つきが戦場をあれよあれよと掻き乱す!…………ような気がする。


ただし、作者に戦闘描写は期待しないで下さい。いや、マジで!


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