12話 嘘つきの大舞台
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
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「いらっしゃい、劉備さん。歓迎するよ」
劉璋は劉備の喉元に剣を向けたまま気楽に挨拶をする。
「あ、皆さん動かないでねー。僕は皆さんに勝てないけどーーーーー」
ゆっくりと劉璋は振り返りながら言う。
「貴女たちが僕を殺すまでに劉備さんを無力化することは暗愚な僕にも出来ることですよー」
ニシシシッと笑う劉璋。その場は既に暗愚と呼ばれ、無能と蔑まれた劉季玉の独壇場と化していた。
「さて、ようこそ劉備さん。歓迎するよ」
再び劉備へと向き合う劉璋。それを微かに震えながらではあるが正面から受け止める劉備。
「流石は劉備さんですねー。ただの義勇軍から平原の相へと成り上がっただけはありますねー。城の外は既に囲まれ、玉座の周りも囲んでいるのでしょう?」
劉璋はまるで他人事のように今自分の置かれている状況を語っていく。それは取るに足らないとでも言うように、打開策なら既に打ってあると言うように……………。
「ーーーーー虎穴に入らずんば虎児を得ず。でもね、劉備さん虎の穴の中では既に虎が口を広げて待っているかも知れないよねー」
ニヤリと口角を上げる劉璋。
「さて、ちょっと道を開けてもらえますか?」
劉備の後ろに回り、関羽たちに道を開けるように言う劉璋。劉備の首に剣を当てられていては関羽たちも従わざるおえない。
「はい、どうもねー」
関羽たちの横を通りすぎると、劉璋は大事な人質のはずの劉備を置いて、スタスタと玉座まで一人で歩いていってしまった。
もう人質など必要いように。ただ道を開けさせるためだけに取ったかのように。あっさりと劉備を解放したのであった。
その行動に関羽たちはおろか王累たちまでも理解できず、思考が停止し、回復した頃には劉璋は優雅に足を組ながら玉座に座っていた。
「さて、改めまして。劉璋です。字は季玉。この益州の州牧をしています」
そして全員を取り残して話を進めていく劉璋。
「反董卓連合以来ですね。いやいやまさか本当に遊びに来てくれるとは思いませんでしたよ」
「劉璋さん。私たちは……………」
「大方曹操ちゃんに攻められて逃げてきたとかですか?」
「え、はい」
「それで暗愚と呼ばれる僕の所なら民たちも迎え入れてくれのではと。それに法正ちゃんの手引きもあったから、かな?」
まるで全てを理解しているかのように的確に今までの経緯を語っていく劉璋。
「劉璋さん。お願いですから降伏してください!」
劉備は劉璋に向けて言う。だが、劉璋の方はそれに対して何の反応も見せない。柳に風が通るかのように。
「ーーーーー劉備さんは何故ここまでして力を手に入れたいのですか?」
劉璋は劉備の目を見ながら問う。
「正確に言うなら同族たる僕の土地を奪うことをしてまで何をしたいのですか?」
「私はただ皆が笑って暮らせる平和な世界を作りたいだけなんですお願いですから降伏して下さい!」
「良いですよ?」
「え?」
「あ。嘘嘘。ごめんごめん、間違いました」
言い間違いは誰にでもあるよねー、とヘラヘラと笑う劉璋。
「先程から何なのだ!?自分の今の立場を分かっているのか!」
劉璋の態度に関羽がしびれを切らして言い放つ。その言葉と共に劉備軍と劉璋の隣に控えていた王累が武器を構える。
「はいはい、待った待った。どうして武官の方はそうも喧嘩早いの?」
それに制止をかけたのは劉璋だった。
「王累も剣は下ろしといてよねー。何か光が反射して眩しいんたけど」
「しかし劉璋さま!」
「はいはい、どうどう」
「私は馬ではありませんよ!?」
そんなやり取りをニヤニヤと隣で笑っている張任。流石はこの中で一番劉璋と付き合いが長いだけはある。
「まぁ、劉備さん穏便に話しましょうよ。事を荒立てるのはお互いに得をしないですよー」
劉璋は玉座から立ち上がると玉座へ上がるための階段へと座る。丁度劉備の目線の高さと同じ位置である。
「何が起ころうと僕の勝ちは無いだろうからね。腹を割って話そうか、『劉玄徳』殿?」
劉璋はそう言うと手招きをする。その意図をくみ取った劉備が仲間たちから離れ、一歩前に出る。
するとカチャリと何かが組合わさる音が鳴り、劉備と関羽たちとの間に千本を越える槍が生え、分断する。
「と、桃香さま!?」
「ニシシシッ。周りを囲んだから何?城を囲んだから何?生憎と僕は益州全体を守ることなんて最初からしないよ。僕が最低限守りきれるのは僕の目の届く範囲、手の届く範囲だけ。つまりこの玉座の中こそが僕の国であるわけです」
「劉璋。貴様、始めからこれを狙っていたのか!?」
「と言うか始めに言ったじゃないですか。虎の穴の中では既に虎が口を開けているかも知れないと。勝ちはないけど負けるつもりもないんだよねー。この玉座にはあらゆる絡繰を仕込んでおいたからね。この中限定で言えば君らに負けることはないよ。」
劉璋はカチリと床の一部を押す。すると部屋の入り口が閉まる。退路を絶たれた。
「僕もね、また投獄されるのは飽きたからね。それに折角貰えたおまけみたいな人生だけど、それなりに楽しんでおきたいからね。……さて、劉備さん。どうしますか?」
「ーーーーー皆、大丈夫だから。私なら大丈夫だから。劉璋さん」
劉備は振り返ると関羽たちに微笑みながら言う。そして再び劉璋と対峙する。
「劉璋さん。お願いします、降伏して下さい」
「劉備さん。別に僕は降伏してもいいと思ってますよ」
「劉璋さま!?何を言っているのですか!?」
「いやいや、王累。僕より相応しい人が居るならそれは任した方が良いと思うよ」
「それじゃあ!」
「ただし劉備さんが僕より相応しいなら、ね」
「何を馬鹿なことを言っているのだ。桃香さまが貴様より優れているのは当たり前だろ」
劉璋の言葉に関羽がかみつく。
「はぁ………。王累、僕はどんな君主?」
「完璧な君主です!」
一切の間も無く答える王累。
「うん、ありがとね。……見てのとおり身内の評価は当てにならない。と言うわけで僕は僕が聞いて感じたことを信じるので。劉備さん質問です」
劉璋はヘラヘラとした薄い笑みを引っ込める。
「ーーーー貴女は何がしたいの?」
劉璋の鋭い視線を受けて劉備は息を飲む。しかし、それだけであった。その視線を反らすこともその場から逃げることもしなかった。劉璋の視線をただ真っ直ぐに見つめ返す劉備。
その視線に劉璋は人知れず満足そうに頷く。
「私たちは皆が笑って暮らせる世界にしたいんです。それには力が要ります。今の、力の弱い私たちの声では誰にも聞こえないんです。だから!」
決意の籠った瞳を劉璋へと向ける劉備。
「矛盾しているのかもしれません。それでも私は私を信じて付いてきてくれた皆の為にも止まらないって決めたんです!だから無茶苦茶なお願いなのは分かってます」
「そのためには同族の僕の領地を略奪してもいいと?」
「私は出来るなら劉璋さんと争いたくないです。それでもそれが必要なことだと言うのなら私は“仕方のないこと”で片付けずにその罪を背負って歩いていきます」
「甘い!…………と、曹操ちゃん辺りは言うのかな。まぁ僕としてはそれで良いと思うよ」
劉璋はニヤニヤと笑いながら劉備を見る。
「うんうん。皆が笑って暮らせる世はとても良いものだと思います。…………ところで劉備さん、一つ聞いていいかな?」
「何ですか?」
「ーーーーー皆って誰?」
「それは…………」
「例えば劉備さんが今まで治めていた平原の人たちは笑ってなかったの?」
「私はそれは以外の人たちも笑顔にしたいんです」
「それ以外の人たち、ねえ…………。劉備さん、益州の民は笑っていなかった?僕はお世辞にも善政をしていたとは言わないけど、それでも民は笑って過ごしていると思うよ」
「それはそうですけど、私はそれ以外も………」
「それ以外?それは止めた方がいいよ。僕は知っているよ。昔、この大陸よりも小さな島国で同じことを考えた人たちが居た。そして最終的に一人の人がその島国を統一したんだ。それで平和になったかって?結果はあまり変わらないよ。民の平和を願っていた将軍様も増えすぎた民全員を笑わせることはできなかったよ。つまりは人が一人で救える数は限られてるんだよ。まぁ同じ人間が数百人も居ればどうにかなる計算なんだけどね」
それでも夢を語るのかな?と劉璋は劉備を見る。
「――――はい。それが私なりの覚悟ですから。皆を笑顔にするのが不可能だというのは分かっています。それでもそのための努力を私は不要なものだとは思いません」
「うん、それならよし。劉備さん、この益州を君に譲るよ」
いつの間にか槍の壁は消え去っていた。
「あ、はい!ありがとうございます、劉璋さん!」
「あとこれも渡しとくから使ってよ」
と劉璋は劉備に一つの書簡を投げる。
「一応、僕の旧臣たちの不正の証拠ね。うまく使えば一掃できるかもね」
「桃香さま、それを見してもらっていいですか?」
後ろから諸葛亮とホウ統が出てきて、劉備が受け取った書簡を二人で見る。
「これは確かにかなり私たちに有利になると思います」
「周りの諸侯たちは私たちがこれを持っているとは思っていませんからそこを突けば……」
「本当!?ありがとうございます、劉璋さん。でも、何で今までこれを使わなかったんですか?」
「王累に言われて調べてみたけど、まあ僕には上手く使えないからね。それに―――――」
「劉璋は劉備に益州を明け渡すのは決まりごとだしね」
『え?』
「うん?ただの戯言だよ。気にしないでいいよ。さて、そろそろ時間かな……」
ニシシシッと笑う劉璋。玉座の間の入り口では外からこじ開ける音がし始めていた。
「劉備さま、お願いです!劉璋さまを助けてください!」
その時、王累が劉備の前に飛び出る。そして膝をつき懇願の姿勢を取る。
「劉璋さまはただの武官に過ぎない私の言葉を受けて途方もない作業を行い、そしてここまで仕上げてくださったのです」
「劉備さん、俺からも頼むよ。こいつは確かに人の上に立つには無能かもしれねぇ。だが、悪いやつじゃないんだ」
張任も王累に並び、膝をつき劉備へと懇願する。
「桃香さま………」
「うん、分かったよ。劉璋さんの首は取らないよ。劉璋さんは私たちの下についてもらう。それでいいかな?」
「はい、良いと思います。それにあの絡繰の技術は工作隊の向上にも使えそうです」
「じゃあ劉璋さん。改めて、よろしくね!…………あれ?劉璋さんは?」
『え?』
気づいた時には劉璋の姿は玉座の何処にも見当たらなかった。
「いやー、間に合って良かったですよー。璃々ちゃんとのおやつの時間に遅れるところででしたよ。劉備さんもギリギリの時間に来てくれたものですよ」
「柳々お兄ちゃん、今日のおやつは何?」
「はいはーい。今日は胡麻団子ですよー」
外の小屋で胡麻団子とお茶を囲む劉璋と璃々。彼らは週に一度、こうしておやつを一緒に食べているのだった。
「柳々お兄ちゃん。何か良いことがあったの?」
「そうですねー。いつもは退屈だったのですけどね。今日はいい暇潰し相手が居ましたからねー」
劉璋にとって自身の領地よりも、自身の命よりも幼女とのお茶は最優先事項であった。
これが後の世に『幼女茶会の乱』として語り継がれ…………ることはないだろう。
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