11話 嵐の前の静けさとは
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「ここ最近、南蛮から被害についての問題が浮上しているようです」
大広間に主だった臣下を集めて、劉璋は重々しく言った。いつもの飄々とした態度ではなく、まるで君主の様だと臣下の多くは思ったと言う。
「南蛮からの被害は侵略と言うには小規模で単発ではありますがそれでも食料や家畜の強奪と言った民の生活に影響の大きな被害です」
珍しく熱弁を振るう劉璋に臣下たちは戸惑っていた。それを知ってか知らずか劉璋の熱弁は更にエスカレートしていく。
「人として最低限の衣食住は確保されるべきであり、それが権利であると僕は思うわけです!それが今侵略されている。それも愛すべき我が領民のがである!今立ち上がらずしていつ立ち上がると言うのだ!」
「……………で、本音は?」
「南蛮に遊びに行こうかと思います!」
『却下』
「えぇ~」
臣下たちの前で宣言した劉璋に臣下一同は口をそろえて言う。
「劉璋様、今がどのような時期かお分かりですか?」
「多分、忙しい…………」
「その通りです。反董卓連合の事後処理に追われている現状です。お分かりですか?」
「僕まで仕事が回って来ないから、遊びに行こうと思います」
「無理に決まっているじゃないですか!」
「いやいや、法正ちゃん。それは違うよ」
劉璋は指を振る。
「皆が忙しいからこそ僕が抜け出せる隙が生まれるわけでそこを突かないわけにはいかない」
自身満々にサボり宣言を行う劉璋に臣下たちはため息を漏らす。
「ニシシシッ。それが嫌なら僕を力ずくで止めてみるがいや嘘ですごめんなさい!」
全員が何の躊躇いもなく武器を構えたのを見て、直ぐに言葉を撤回する劉璋であった。
「君たち少しは主君に対する敬いとか無いのかな?」
「何を今更言っているのでありますか、この能天気君主様は?」
劉璋の言葉に孟達が冷たい視線と共に一刀両断する。
「うむむ……。もう少し敬って欲しいです」
「ニシシシッ」
劉璋は城の廊下を歩きながら、辺りに人の影が見えないことを確認すると笑うのであった。
「僕を誰だと思っているのですか?サボること、出し抜くことの関しては誰にも引けを取らないのですよー」
誰に説明しているのか分からないが、一人でぶつぶつと呟く劉璋の姿はまさに不審者である。
「さぁ、いざ行かん!!南蛮へ!!」
「行かせるわけがないですよ、劉璋様」
「ひゃい!?」
そんな不審者(劉璋)に声を掛けたのは王累だった。
「お、王累!?何故、ここに!?」
「一体何年付き合っていると思っているのですか?劉璋様の考えなんて分かりますよ」
「うむむむ………」
「というか、臣下たち全員が分かってますよ?多分、法正が門の所で検問を行って劉璋様を外に出さないようにしてると思いますけど」
「なんでそんなところは用意周到なの?というかその労力を他のところに使ってくれない?」
何故臣下たちは自分の邪魔をするときだけこんなにも早いのだろうか、と思う劉璋であった。
「主君の身を案じるのは臣下として最優先事項ですから当然です!」
「いや、王累。純真過ぎると思うよ?」
完全に王累以外の臣下たちは劉璋への嫌がらせで動いているはずだ。
(それにしても………)
劉璋はこの忠誠心の塊のような臣下を見る。劉璋自身、自分は良き君主でないことは理解している。それなのにここまで忠誠心を向けられると何とも言えない感情がわき上がってくる。
(まぁ、真面目なんだよなぁ、王累は。多分僕、劉璋への忠誠心というより『主君』に対する忠誠心なんだよね)
劉璋は隣でいかに主君が国にとって重要であるかと熱弁を振るう王累を見ながらそう思う。
「はぁ~。仕方ない南蛮へはまたの機会に行くことにするよ」
「え、あ。はい、そうして下さい」
王累も自分の熱弁の結果、劉璋が理解したのだと勘違いして笑顔で劉璋に答えた。
「じゃあ、僕は部屋に戻って不貞寝でもしてくるよー」
「え?あ、あの………劉璋様!?」
劉璋が部屋に戻ろうとすると王累がそれを止める。
「もし、お時間があるのでしたら少し散歩しませんか?」
「………はい?」
「あ、いえ、その……たまには街の視察など、どうかと思いまして、その………」
「まぁ、別にいいんだけど」
「ほ、本当ですか!?あ、じゃ、じゃあ少し待っていて下さい。今、着替えてきますので!」
「え?いや、何で着替えが……って、もう行ってるし。う~ん、やっぱり王累は変わった子だよねー」
「あ、劉璋様。アレが最近できた茶屋です。甘味がとても美味しいそうです」
「へぇー。あまりじっくり見たことないけど結構栄えてるんだね、この街」
劉璋と王累は街の中をぶらぶらと歩くと時折、王累が店の説明と近況を報告していた。
「何を言っているのですか、ここは劉璋様の街ですよ?」
「いや、別に僕は来た書簡に判を押すだけだし。実際に栄えさせたのは民だし、それを管理したのは王累たちでしょ?ほら、僕要らないから南蛮遊びに行きたい」
「劉璋様は謙虚ですね。みんな劉璋様の為に働いているのですからこれは劉璋様の手柄だとしてもいいのですよ?」
後半部分を聞き流した王累がそう言う。
(いや、大半の臣下たちは自分の懐の為でしょ。まぁそれが悪いこととは言わないけど)
「劉璋様、あの、あまり楽しくないですか?」
「へ?なんで?」
「その、なんと言いますか。私のような器量の良くない娘と歩いていてもつまらないものかと……。私は幼少より武を磨き、その女の子らしいことはしたことがなく………」
「いや、王累は十分に可愛いよ?」
「………へ?」
「なんでそんなに疑問的な顔をされるのか分からないけど、十分女の子でしょ?」
「か、かか、可愛いなんて…………そ、そんな…………は、破廉恥ですぅぅぅ!!」
「はい?王累さん、何を言って………って、また居ないし」
王累は顔を真っ赤にしながら走り去り、残された劉璋は途方にくれるのだった。
「ねぇ張任、毎日毎日剣を振ってて楽しいの?」
「いや、俺はそれが仕事だからな」
「棒切れを振るのが仕事なの?楽で良いね」
「その言葉俺以外の武官に言うなよ。で、今日は何してんだよ?」
「いや、先まで王累と街の視察してたんだけど、何でか先に帰っちゃったんだよね」
「はぁ~。何やってんだよ」
「いやいや、僕に言われても困るのだけれど」
劉璋と張任は調練場に置かれた休憩場で一息ついていた。他の武官たちは昼休みなのか調練場には二人の姿しかなかった。
「まぁ俺には関係ねぇけど。ところで劉璋、お前は何を企んでんだよ?」
「ーーーーーー何のことかな?」
「長い付き合いだ。お前が突拍子もないことを言い出す時は必ず何か他事を企んでるってな」
「ニシシシッ。それは買いかぶりすぎですよー」
「そうか。お前がそう言うならそう言うことにしといてやるよ。だがな、少しくらいは他人を頼っても罰は当たらねぇぞ?」
「……………ニシシッ。覚えときますよ」
「じゃあな。そろそろ部隊の調練時間だし行くわ」
「はいはーい」
張任は模擬刀を手にすると自分の部隊の調練場へ足をむけた。劉璋ただ一人がその場に残っていた。
「ふむふむ。これから忙しくなりそうですねー。まずは袁紹が公孫賛を呑み込む、それに合わせて曹操が劉備へと歩を進める」
劉璋は地面に簡易な地図を描くとそこに色々と書き足していく。
「………ニシシシッ。さて、そろそろ大陸が混沌と化してきましたね」
劉璋はそう言って笑うと地面に描いた地図を足で踏み消す。
日は流れ、数日後の朝の報告会の場。
各担当者が報告を終え、持ち場に戻ろうとしたその時、劉璋が唐突に発言するのだった。
「はいはーい。皆さん注目ー」
臣下たちは『また何か下らないことか?』と首をかしげる。
「我々は曹操ちゃんの傘下に下ろうと思います」
『ーーーーーーーーはぁ!?』
まるで世間話でもするかのようにこの国の未来を決める劉璋であった。
「りゅ、劉璋さま!?いきなり何を言い出すのですか!?」
「最近何かと騒がしい大陸情勢を見るにそろそろ群雄割拠の時代が来るみたいですよー。とは言え僕は別に大陸を制覇しようなんて思わないし、巻き込まれるのは嫌なので安泰そうな曹操ちゃんのところに上がり込もうと言うわけです。というかこれ、決定事項ですのでー」
これには臣下たちは動揺する。その大半は領主が劉璋から曹操に変わることによって今まで見逃されていた不正が露見するのではないかと言うものであった。
「と言うわけで法正ちゃん。ちょっと魏まで行ってきてくれる?」
「……………はい。分かりました」
「じゃあそういうことで!かいさ~ん」
「ニシシシッ。さてさて、これでどう動くかな……」
「りゅ、劉璋!お伝えします!法正様が離反しました!それに合わせて孟達様、張松様それに各臣下の方々が続けて離反していきます」
「ご報告申し上げます。国境付近に劉備の軍勢が接近とのこと」
「どうやら法正様が手引きを行っているもようです」
数日後の次々と入ってくる情報に場内は騒然としていた。
「なっ!?法正のやつ、いったい何を考えて………劉璋さまいかがなさいますか!?」
「ふむ」
王累が劉璋へと振り返るとそこには真剣な眼差しの劉璋がいた。
劉璋は立ち上がるとスタスタと扉の方へと歩いていく。
「劉璋さま、どちらにいかれるのですか?」
劉璋は振り返るとただ一言。
「ーーーーーーー厠」
「何を言っておるのですか!?緊急事態なのですよ!?」
「いやいや!こっちも緊急事態だよ?大きい方が決壊寸前なんだから!ちょっとニーハオし始めてるからね!やぱり昼に食べたあれがまずかったみたいだね。だからちょっと離してよ!いや、本気でヤバいんだって!!」
「こちらです、劉備さま」
法正の案内で玉座に向かう劉備たち。城へ来る途中に黄忠、厳顔をも仲間にし、難なく城までたどり着いたのだった。
「桃香さま、気をつけて下さい。もしかすると待ち伏せをしているかもしれません」
劉備に対して関羽か注意を促す。
ここに至るまで敵の迎撃らしきものはなかった。いくら内部からの手引きがあったとしてもあまりに簡単すぎて逆に警戒心を煽っていた。
関羽たち将の他にも数名の兵が劉備の周りを固める。
「そう気を張らなくても大丈夫ですよ関羽殿。ここまで来れば後は一本道ですし、玉座の間には隠れる場所はありませんから不意を突かれることもないでしょう」
そんな関羽に法正が言う。
「さぁこちらが玉座の間です。新たな王よ」
法正が劉備を招き入れるとそこには……………。
「法正、貴様と言うやつは恥ずかしくないのか!?」
「王累さん。私はこの益州の未来のために最善の行動を取ったまでです」
王累が剣を構え、玉座を守るように立っていた。
「無能な劉璋よりも人徳のある劉備さまを推すのは当然ですよね?それにしても意外です。まさか貴方まで居るとは」
と法正は玉座の間に居たもう一人を見る。
「まぁなんだ。一応俺も劉璋のやつには忠義を誓ってんだよ、これでも」
と張任は頬を掻きながら言う。
「そうですか。で、その主君はどこに居ったのですか?」
法正は『空の』玉座を見ながら言い放つ。
「りゅ、劉璋さまは今、その……………」
「あいつ、厠に行ったきりまだ戻って来ねぇんだよ」
「ふん。どうせ逃げたのでしょ?」
「違う!劉璋さま、そんな無責任な方ではない!!」
「それなら何故居ないのですか?」
「そ、それは…………」
「まぁあいつは戦とか政とか面倒くさそうなのは嫌いだからな。どこまでも怠惰で堕落したやつだし」
「張任まで何を言っているのですか!?」
王累が張任に食って掛かる。
「いや、俺はお前らの誰よりもあいつと長く居るから分かるんだよ。ただ……………」
と張任は剣を抜き、劉備達へと向ける。
「それでもあいつの居場所を守ってやろうとは思うけどな!」
「その通りです」
王累と張任は空の玉座を背に劉備たちと対峙する。
「それにあいつは面倒事が嫌いなくせに面倒事を起こすのは大好きだからな。気を付けろよ」
「ッ!?兵は桃香さまの周りを固めろ!」
関羽の指示で兵が劉備のまわりを固め、関羽たち将が前方を固める。
両者の間の空気が張り詰める。その緊張の糸を切ったのは…………。
「ニシシシッ」
奇っ怪な笑い声だった。
「なんかそこまで期待されると答えたくなるのが人情ってものですよねー」
「まさかッ!?」
その声は関羽たちの後ろから聞こえた。慌てて振り返ると。そこには劉備と兵しか居なかった。
いや、正確に言うのなら劉備軍の鎧を着た劉璋が劉備の喉元に剣を構えていたのだった。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず。お久し振りですね、劉備さん。ようこそ、僕の国へ」
そう言う劉璋の顔には笑みが浮かんでいた。
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