ジパング
異世界召喚の主人公が特殊な能力や境遇が与えられるのは何故だろう?
召喚と同時に、反則級の能力が与えられるのはどうしてだろう?
それは、少し考えてみれば、あっさりわかることだ。
ぶっちゃけ、特殊な能力やらなんやらが無ければ、異世界にいきなり放り出された現代人なんて、あっさり死んでしまうからである。いや、死ななくとも、少なくとも、魔王などを打ち倒すことは不可能だ。例え、可能だったとしても、物語としては弛みが出来てしまう。
勇者の剣や召喚特典の特殊能力でもなければ、魔王を倒すためにどれだけの研鑽を重ねて、どれだけの時間をかかってしまうのだろうか? 仮に、召喚された者が100年に一度の大天才だったとしても、何十年もの間、修行に費やさなければいけないだろう。
だが、これはあくまでも一例の事。
一般人程度の身体能力しか持たなくても、魔王を倒す勇者だって居るだろうし、現代知識をうまく活用して、なんだかんだで異世界を満喫する者だって居るはずだ。
さて、それでは――――いきなり異世界召喚に遭い、現代知識なんて鼻で笑われる高等技術が溢れる世界に放り出されてしまった我らが主人公、保延和樹が、始まりの窮地をどのように潜り抜けるのか、ご覧あれ。
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「あのねぇ、そりゃ、いきなりこんなことになって混乱しているのはわかるけどさ、真昼間に街のど真ん中で『殺してやる』だの、なんだの叫んじゃ駄目でしょ?」
「……はい」
異世界召喚されてから数時間後、主人公たる和樹は、この国の警察に拘束され、取調室で犬のおまわりさん(獣人)から色々とお叱りを受けていた。
「ま、こちらとしても君みたいに『召喚された』人は少なくないからね。街中で不法な空間歪曲反応を確認した時、薄々面倒事になりそうだなぁとは思ってたのよ」
「……ご迷惑、おかけします」
「うん、いい心がけだね。最初の頃に比べたら随分落ち着いてきたみたいだし……よし、それじゃ、しばらく休んだら担当の者が来て、君の今後の境遇について説明すると思うから。あ、と言っても、そんなに酷いことにならないから安心して。大抵、この世界の一般常識を勉強しながら職業訓練して、その後、就職活動になるから」
「……了解しました」
「あんまり気落ちしちゃ駄目だよ? これから君はやることがたくさんあるんだから、落ち込んでいる暇なんて無いから…………それとこれ、差し入れのたこ焼きね。こういう差し入れはほんとは駄目だから、さっさと食べて証拠隠滅するように」
「……ありがとうございます、ありがとうございます」
とまぁ、このように、和樹は犬の頭部を持つ素敵な毛並みのダンディな刑事さんと数時間お話し合いした結果、すっかり大人しくしまっていたのである。
「うん、殺すとか冗談でも言っちゃ駄目だよな。俺ももう十六だし、そういう判別をつけないといけない年頃だもんなー」
はふはふと差し入れのたこ焼きを食べながら、しみじみと自分の言動を反省する和樹。
こうして、少年は大人の手痛い忠言を聞き入れることにより、また一つ、着実に成長していくのだ。
ん? 始まりの窮地?
下手をすれば元居た現代より整った制度の在る街に落とされた時点で、和樹の安全は保障されているようなものだった。中世を元にしたファンタジー世界に落とされたり、冬月神奈の如く、意図的に危険地帯に落とされたわけでもないので、そもそも、窮地ですらない。
要するに、一言でこの現状を表してしまうのなら、『運が良かった』のだ。なにより、言葉と話が通じる場所に召喚されたことが。
凡人故に、どこぞの黒幕に『取るにならない』と適当な場所に放り出され、凡人故にろくな抵抗も出来ず、状況に流され、しかし、凡人故に危険性が見られなかったから、こうやって平和にたこ焼きを食すことが出来ているのである。これで下手に反則級のスキルなんかでも持っていたら、こうも平穏に事態は進行していないだろう。
急展開なんて早々起きやしない。
なるようになるだけ。
笹船の如き身軽さの凡人だからこそ出来る、異世界召喚の一例だ。
「……ふぅ、とりあえず、やるだけやるか。幸い、こちとらはた迷惑な幼馴染の所為で、こういう理不尽になれてんだ。精々、俺らしく適応してやるよ」
そして、和樹は凡人ながらも、今までの人生経験――神奈の巻き添えになった厄介事の数々を潜り抜けてきた苦労人である。
波に飲まれない程度に、自分の乗った笹船の扱いぐらいは知っているのだ。
「まずは勉強だな。やれやれ、勉強は大切って言われて育ってきたが、失くして始めて勉学の大切さってわかるよなぁ」
こうして、和樹は静かに、けれど着実に異世界『ジパング』に適応していく。
いずれやってくるであろう、自身の転機で、迷わないように。
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ちなみに、
「きししししっ! どうした、毒龍の長ぁ!? 私はただの人間だぞ!? 凡人だぞ!? 何を恐れる!? 何を躊躇う!? さぁ、その猛毒の吐息を持って、私を魂ごと殺してみろ!」
『貴様ぁ、言わせておけばっ! たかが矮小なるヒューマンの分際で……身の程を弁えよ!』
「身の程? んなもん、知るかぁ!? この国じゃ、力こそが正義なんだろ!? なら、喧嘩に勝ってから、偉そうにほざけよ!」
『なっ!? 我の猛毒を切り裂いて――!? まさか、その刀はっ!』
「ああん? これか? やたら強い骸骨武者からぶんどったんだけどよ……確か銘は、童子切りだったか?」
『おのれ、まさか【異形殺し】の継承者が生まれるとは……しかも、それが異世界からの来訪者だと? 貴様は危険すぎる。我が魂をとしてもこの場で消し去ってくれる!』
「やってみろよ? 出来るならなぁっ!」
和樹の幼馴染である神奈はと言うと、強力なドロップアイテムを片手に、凄く生き生きとした笑顔で、自分よりも数十倍ほど巨大なドラゴンへ戦いを挑んでいる。
これが凡人と超人の差という奴なので、比べてはいけない。
凡人たる彼にこのような展開を求められても、恐らく瞬殺であるし、凡人には凡人なりのやり方があるのだ。
「はぁああああああっ! 斬っ!!」
『がぁあああああああ!?』
少なくとも、日常的に死線を潜り続けるような修羅道とは、別の何かが。
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西暦20××年四月一日。
それは雲一つ無い晴天だったにもかかわらず、雪が降っていた奇妙な日だったらしい。
世界は、今までの常識をあっさりと捨て去り、日本各地、ありとあらゆる空間からこの世ならざる者たちが溢れ出た。
何者かの手によって、日本に異界の一部を召喚され、人類は有史以来未曾有の大混乱に陥ったのだ。
この日のことを、我々は【エイプリールフールスノウ】、または【リンク】と呼んでいる。
日本政府はあっという間に瓦解。
自衛隊は最後まで死力を尽くして戦っていたが、異界より溢れ出る、常識を遥かに超越した者達に抗うことが出来ず、組織として成り立たなくなるまで壊滅させられた。
同じく、異界より理不尽に召喚された者達も、人類との争いで疲労しきっていた。
元々、人類と召喚された者達、どちらも好きで殺しあっていたわけではない。ただ両者は、怖かったのだ。
いきなり異世界から人知の及ばない者が召喚された人類。
いきなり異世界に召喚され、何もかも違う世界で生きなければならない者達。
どちらが悪で、どちらが正義だったわけじゃない。
きっとどちらも悪で、どちらも正義だったのだ。
長い戦いだった。
人類と召喚されし者達、どちらも生きることに必死だったが故に、お互いを信じることが出来ず、また、人類の中には召喚されし者達に純粋な悪意で接する者達も存在していて、また、逆も然り。
混沌とした戦争は後の世から『大戦』と呼ばれ、およそ47年間続き、死傷者は記録されているだけでも総計二億を越える数だったと伝えられている。
そんな血を血で洗う『大戦』を終結させたのが、八王と黄昏の巫女だった。
長い『大戦』の中で、人と召喚されし者達の間に生まれたのは殺意と憎悪だけではなく、お互いに絆を深め、小さな都市国家を築く者たちが存在した。それが、八王と呼ばれる偉大な王達である。
八王達はお互いに不戦協約を結び、『大戦』を終わらせるために尽力した。
そして、黄昏の巫女と呼ばれる少女を人柱にすることにより、異界との接点、また、特異点である日本を世界から『大結界』により隔離することに成功した。
八王達は黄昏の巫女の犠牲を無駄にしないようにと、大結界内に秩序を生み出すことを互いに約束した。
文字通り人外魔境となった日本を――もはや、地形的に日本列島とすら呼べなくなったそれを八つの国で区切り、それぞれが王として治めることにより、人々の混乱を沈め、今の世界の基盤を作ったのである。
八王達はこの世界を黄昏の巫女が守り通した黄金の世界、ジパングと呼び、黄昏暦として、新たな世界の時を刻んでいく。
【狩猟王】が治める、自然国家ROGIA。
【無法王】が君臨する、自由国家MUTU。
【剣王】が生み出した、娯楽国家MOE。
【虚空王】が封じる、幻想国家IMAGINE。
【銃王】が管理する、混沌国家OASIS。
【神王】が座する、黄昏国家IZUMO。
【蒼穹王】が佇む、天空国家UDON。
【深遠王】が眠る、海底国家RAIKA。
大結界で閉ざされたこの世界ジパングは、八つの王の八つの秩序によって保たれているのだ。
少なくとも、黄昏歴84年の現在までは。
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「そして、俺が落ちてきたのが混沌国家OASIS。人類と召喚されし者達が手と手を取り合い、共に平和を勝ち取った理想国家、か」
和樹は今日のノルマの本を読み終えると、元の本棚へと戻し、一息吐く。
ここはOASISの国立大図書館。
ありとあらゆる種族が住むこの国に相応しく、大図書館の蔵書リストもなかなか混沌としていて、中には、『この本を読むと正気度が下がります。ご注意ください』という、背筋に嫌な汗が流れそうな注意書きがドアに張られている資料室もある。
「理想国家ねぇ……ま、自分の国を誇るのはいいことだけどさ」
平日の昼間だというのに、この大図書館には多くの利用者が居た。
人と、人ならざる者。
両者は特に何か諍いを起こすわけでもなく、静かに本を選んでいる。中には、興味深げな本を見つけると、10歳ほどの少女と、額に角を生やした鬼の男子が笑いあっている光景もあった。
まさに、理想だろう。
種族の違いに左右されず、互いに友情を育める環境というのは。
「理想は理想だよな。理想を目指しても、理想が現実になることはない」
二人の子供達が笑い合っているところから、本棚を二つ挟んだところでは、二三人の少女達が楽しげに笑い合い、そこから少しはなれた場所で、紫色の不定形の何かが、心なしか、何処か居心地悪そうに震えている。
光があれば影がある。
理想を目指せば、闇も生じる。
ただ、それだけの当たり前の現実だ。
「……買い物済ませて、帰るか」
事実、どれだけ親切にされようが、まだ和樹は見た目が人に近しい者でない種族と話すときは身構えるし、隣に居れば緊張する。
だが、それでもそうであろうとすることは悪いことではない、と和樹は思う。
きっと、この国を創り上げた【銃王】とやらも、それを十分承知でやっているはずだ。とても長い時間が掛かり、たくさんの問題が起きることも想定済みで、理想を目指しているのだろう、と。
だから、和樹はまだこの国の住人と成って数週間しか経っていないが、この国がさほど嫌いではなかった。
命拾いしたのは、この国に召喚されたからであるし、もしも、ROGIAなんかに召喚されていたりしたら、確実に下級竜か、魔物に食われて死んでいたはずだから。
なので、和樹は積極的にこの世界の常識を学び、福祉施設の人の言葉通り、なるべく自分に合った職業を探し、ここに生活の基盤を作ることにしたのである。元の世界に帰る手段を探すにしろ、とりあえずは生きていかなければならない。未だにこのジパングでの出来事が、自分の見ている夢の出来事でないかと疑う時もあるが、今まで散々厄介事や理不尽な出来事を経験してきたので、自分の器量の割にはちゃんと適応しているのではないかと和樹は考える。
「まぁ、神奈の奴は召喚された瞬間に適応しそうだけどな、っと」
思慮に耽っている間に、和樹はほぼ無意識で買い物を済ませてしまったようだ。
気付けば、和樹が住まわせてもらっている住居まで戻ってきた。
街外れに在る、広々とした庭とガレージが在る、鉄骨住宅だ。和樹が知る、現実世界のそれと、ほぼ同じ造形をしている。
「ただいまー」
和樹が玄関のドアを開けて、一言。
出来うる限りの親愛というか、感謝の気持ちを込めて言う。
すると、ばだばだばだと、慌しい音がフローリングの廊下の奥から響いたかと思うと、藍色のツナギを着た金髪碧眼の少女が走ってきた。
適当に後ろにまとめた金髪のポニーテイルをなびかせ、人形染みた容貌には喜色を浮ばせて、そして――――その背から生える、一対の純白の羽を震わせながら。
「おかえりです、カズキ! 今日の晩御飯はっ!?」
「フレアの好きなカレーライスだ」
「もちろん甘口ですよねっ!?」
「カレーライスは甘口以外邪道だぜ」
「ですよねーっ!」
和樹はツナギ姿の少女と、楽しげに談笑しながら、台所へと歩いていく。
台所には、和樹のマイエプロンが掛けられてあり、手洗いうがいをすませると、和樹は「よし」と気持ちを切り替え、エプロンを装備。
「料理の基本はレシピ通りにっと」
和樹が本格的に料理を作り初めて数週間経ったが、やはり、作りなれた料理でもレシピは欠かさない。出来る限り美味しい料理を彼女に振舞うため、和樹はレシピに忠実にカレーライスを作っていく。
異世界召喚からの数週間。
神奈は魔物や上位の龍族との死闘に明け暮れ、【荒野の処刑人】という二つ名を得て――
「うん、まぁまぁの出来だな」
和樹は家事炊事との格闘に明け暮れ、【天使のヒモ】という不名誉な二つ名を自虐混じりに自分へ付けていた。