凡人は混沌と
「ぐ……姐御、無理っす。攻撃喰らい過ぎて、俺自慢の装甲がボロボロだし、そろそろ『因果嫌悪』を相殺していた呪符のストックが切れてきやがった……すまねぇっす。ここは、俺を置いて行ってくだせぇ」
「馬鹿言え、お前を置いていくことが出来るものか……貴重な肉壁だからな」
「こ、殺される!? 敵より先に姐御に殺される!?」
戦いは熾烈を極めている。
万全の準備を整えた秘密結社側でも、既にラウズは自慢の鱗をボロボロにされ、体に幾つもの銃創が作られている。奏も平然としているが、ぱりっと着こなしていたダークスーツは既にボロ布の如く擦り切れ、血の赤で彩っていた。
「ちくしょう……アカツキの馬鹿野郎が行方不明ならなきゃ、こんな任務……」
「無い物ねだりをするな。それでも戦力はこちらが有利、油断しなければ――――おっと」
突如として、上空から、音速を超えた魔弾が無数に二人へ降り注ぐ。
火、木、水、土、金、五行の法則を体現する五種類の魔弾が、森羅万象の理を成して、奏とラウズが展開する魔力障壁を貫通。二人を食い殺さんと銃弾が荒れ狂う。
「ふむ、危ないところだった」
「ご、ごふ……ほんとに、盾に、しやがった、この、姐御……ちく、しょう……俺が生きてたら、飯奢ってください……っす」
「検討しておこう」
だが、奏は宣言しておいた通り、ラウズを肉壁として扱い、銃弾を全て防いだ。
使い終わった肉壁は荷物になるので直ぐに捨て、己が能力を使用し、反撃に移る。
「――そこか」
空を切る奏の拳。
しかし、それとは別に『ぱぁん』と何かが弾ける衝撃の音が、この戦場と鳴った路地に響き、血まみれの天使が墜落してきた。
「ぐ……おいてめぇ、いつから視界外で能力行使できるようになった?」
血まみれの天使――フレアは地面に叩きつけられる寸前で旋回し、何とか飛行を保つ。
「さて、一度死んだ所為で能力のランクが上がったのではないか?」
フレアを睨むでもなく、奏は機械の如き冷たい視線で捕らえる。
奏の能力は、低位の悪魔なら誰でも所有している『ポルターガイスト』だ。ただし、奏の場合は『視界内の物体に対して衝撃を加える』という一点のみに特化しており、その衝撃の威力は奏の拳の威力とである。
そのため、奏の拳が空を切ったとしても、対象が視界内にいたならば、そこに拳一つひとつ分の衝撃が加えられるのだ。
けれど、先ほどフレアを打ち抜いた攻撃は間違いなく奏の視界外にまで及んでいたはず。
「はっ、ほざくなよ、ペテン師。てめぇら悪魔が小細工好きなのは昔から知ってんだよ。大方、視覚とリンクさせた端末を、魔術でステルス状態にしてそこら辺にばら撒いてたんだろ?」
「ふん、さすがだな【双手】。まだ戦場での勘は鈍っていなかったようだな」
だから、奏は当然の如くトリックを使っている。
種はフレアが見抜いたとおり、簡単な使い魔がステルス状態で周囲に展開しているだけ。そう、たったそれだけでこの場は奏の領域へと昇華するのだ。
「ならば分かっているだろ? 私の視界内は既にお前の死地だ。もう逃げられはしない。大人しく投降するがいい。生け捕りにせよとの命令だからな」
「…………冗談」
フレアは唇を吊り上げて笑う。
例え絶体絶命の危機だとしても、ここが奏の領域だとしても、躊躇うことなく二つの銃口で敵の姿を捉えて、引き金に指を添える。
「テメェも分かってんだろ? この私の諦めの悪さを」
「ああ、もちろん分かっているとも。さっきのは冗談だ。お前は四肢を潰さなければ、動くのを止めない狂戦士だからな」
奏は無表情のまま、拳を構える。
それはボクシングの構えではなく、己の腰に腕を添え、一撃に全てを賭ける構え。己を拳を打ち出す砲台として、防御を全く考慮しない構えだ。
互いに後退など考えもせず、ひたすら相手を屈服させる手段を選ぶ。
大戦を生き抜いた戦士同士の、血みどろの喰らい合い。
「極彩色の魔弾を喰らいやがれっ!」
「衝撃が成す楽曲に聞き惚れるがいい」
天使と悪魔。
銃弾と拳。
その二つが今、全身全霊をもって衝突した。
●●●
例えばの話をしよう。
君はただの凡人だ。
都合のいい主人公補正なんて存在しないし、死ぬ時はあっさり死ぬ。
加えて、最近流行りのチートな能力なんて持っていない。
敵に抗えば死ぬ。
しかし、助けに行かなければ友達が死ぬ。
これは、ほぼ百パーセント間違いない事実だ。
おまけに、もう直ぐ異世界に戻れる目処も立っている。しばらく事態が収まるまで身を隠していて、後は警察やらなんやらに通報すれば、一応の義理も立つだろう。第一、君が今居る世界はジパングという混沌とした世界だ。その中でも、人外が集う混沌国家OASIS。君より強い存在なんて五万と居るし、誰が悪いかといえば、巻き込まれた君ではなく、その事態を解決できていない、公共機関にある。
君は悪くない。
君を責める者なんて誰も居ない。
逆に、不運だったと同情する者すら居るはずだ。
友達を助けに行ったって、何も出来ない可能性が高い。いや、絶対に無力だ。たかが凡人如きがしゃしゃりでる場所じゃない。
身の程を知れ、と言われて瞬殺。
いいところ、友達の肉盾になれるかどうかだ。
さて、ここまでが前提条件だ。
君はどうする?
当然の如く逃げるかい?
それとも、無謀と知りつつ友達を助けに行くかい?
言っておくが、君は無力だ。
都合の良い展開なんて期待しない方が良い。
さぁ――――――――どうする?
●●●
「無理だって、無理無理」
保延和樹は賢い。
最低限、自分の保身を考えられる程度には。
「ここで俺が熱血発動して、フレアの後を追ったところで、一体、何が出来るわけ? 考えてみろよ、俺はこの世界じゃ幼稚園児にも負ける弱者なんだぜ?」
足は勝手に進む。
どんなに強固な意志があろうとも、本能には敵わない。だから、和樹の両足は本能に従って、行動している。
「俺が助けに行った所で、足で纏いになるのが関の山。つーか、絶対行かない方が状況が有利になるはずだし。身の程を弁えろってな?」
口元には軽薄は笑み。
乾いた笑いが喉の奥から漏れる。
「大体、助けに行くとして……その友達だって、たかが一ヶ月程度の仲だぜ? しかも、雇用契約を結んだだけの利害関係。そいつを助けるために、異世界から安全に帰還できる権利を棄てる? はっ、ふざけんなよ?」
口にするのはいい訳だ。
自分は悪くない。
これはしょうがない状況だ。
誰だってそうする。
誰も自分を責めはしないと。
考え付く限りの理由を列挙する。
「無理なんだよ……俺には。異世界召喚に巻き込まれて、なんとか、生きていくので限界だ」
実際、保延和樹の境遇を知る者は彼を責められない。
同じ立場だったら、誰でも逃げるという選択肢を選ぶからだ。
そんなこと無いと思うだろうか?
本当に?
情けない奴だ、俺だったら躊躇わず助けに行くぜと言い、その通りに行動できるか?
嬉々として命をどぶに捨てると、言える人間がどれくらいいるのだろうか?
仮に居たとしても、そいつは正気じゃない。自分の命が自分だけの物だと驕っている馬鹿か、そもそも自分の命に興味の無い廃人か。
さて、随分と助長が過ぎたが、和樹の選択を発表しよう。
ただ巻き込まれただけの凡人。
何処にでもいるような男子高校生。
保延和樹は――――
「へい、そこのクールなお姉さん。ちょっと俺と遊ばねーかい?」
死ぬことを選んだ。
体は本能に忠実だ。
例え、どれだけ逃げようと思っていても、体は勝手に動いてしまった。
生存本能を表す首筋の針も、それ以上の本能に叩き潰されて、機能できていない。
いや、そもそも――――――――保延和樹にまともな人間らしさなど残っているわけが無い。この選択が狂気的だと言うのなら、彼を知る者は鼻で笑ってこう言うだろう。
あんないかれた凡人、私はあいつ一人しかしらねーぜ、と。
「なんだ、貴様は」
和樹の選択はともかくとして、状況を整理しよう。
天使と悪魔との戦いは、準備期間とブランクの差により、悪魔に軍配が上がった。天使こと、フレアは奏の拳をまともに喰らい、意識を刈り取られてしまっている。
もっとも、奏も当然無事ではなく、わき腹に三つほど、新たな銃創が出来てしまい、満身創痍もいいところ。
「いや、答えなくていい。時間の無駄だ、処理する」
しかし、たかが一般人に負ける可能性なんてありはしない。
一発。軽く腕を振るって、和樹の頭を砕けばそれで終了。何も問題なんて起きていない。
「…………最近のケータイって高性能だよな? そう思わないか? お姉さん」
奏が拳を振るう直前、絶妙のタイミングで和樹は携帯電話を空へ放り投げた。
「む?」
それはなだらかな円を描いて、奏の方へ飛んでいく。
奏はありとあらゆる可能性を刹那の間で思考し、判断。結果、たとえ爆発物だとしても、ポルターガイストを用いて打撃すればいいという結論に達した。
だから、何のためらいも無く打撃し、携帯電話を破砕する。
「いやぁ、まさかフラッシュバンも兼ねているなんて、どんな変態企業が作ったんだろうな、それ?」
――それが間違いだった。
「ぐぅ!?」
破砕された携帯電話は、眩い光を放って、奏の視界を焼く。
「ははっ、ざまぁみろ!」
和樹は予め腕で目を庇い、瞼を閉じていたので、深刻なレベルで視力の低下には陥っていない。何とか平衡感覚を保ち、奏の脇を通り過ぎて、フレアの元へ疾走する。
どうやら、元戦士であったフレアが持たせておいた『もしも』の自衛道具が役立ったらしい。とはいえ、これは相手が満身創痍だったから通用しただけの奇策、一度限りの不意打ちだ。二度目はありえない。
「ちっ! しっかりしやがれ、フレア!」
故に、早くこの場からフレアを抱えて逃げ出さなければ――――
「賞賛しよう、少年。その勇気と機転に乾杯だ」
この通り、悪魔がやってくる。
「だから、少年。命だけは助けてやろう、喜ぶがいい」
「――がぁっ!!?」
打撃が二つ、和樹の両足を打ち抜いた。
当然の如く骨は砕け、和樹は惨めに地面に這う。
衝撃と苦痛で滲む視界に入ったのは、平然とした様子でこちらに歩いてくる奏の姿だった。
「悪いが、私の能力は視覚に重点を置いたものでね。この手の小細工対策は十全にしてあるのだよ」
無表情に淡々と言葉を紡ぎ、奏は和樹の眼前へと歩み寄る。
奏は大戦を潜り抜けた戦士だ。
フラッシュバンを無効、もしくは、それを受けた後、一瞬で視界を回復する魔術の一つや二つ、習得しているのは自然のことだ。
現に、それが無ければフレアは魔弾の効果で、瞬時に奏を無効化することができただろう。
「しかし、だ。さすがに両足二本程度では『まだ頑張れた』と後々後悔してしまうかもしれないな」
奏は苦痛に悶える和樹の元へしゃがみ、そっとその唇を和樹へ近づけていく。
「――だから、君の片目と後悔を奪ってやろう」
そう、和樹の右目へ、唇を近づけていく。
「や、やめ……」
にゅる、ねちゃ、と奏の舌が和樹の右眼球を捕らえ、じゅぶり、と熟れた果実を潰す音と共に、眼窩を抉った。
「―――――ぁ!?」
あまりの苦痛に悲鳴すら出ない。
ぶちぶちと目の奥から視神経が舌に切られる音が響く。
当たり前に存在指定はずの視界が、半分、無明の白に侵される。
「んふ……はぁ」
鉄の匂いが混じった艶やかな息を吐き、奏は和樹にそれを見せ付ける。
「あ、あぁ……」
片目の略奪によって、もう一つの視界もダメージを受け、ぼんやりとしか見えない曖昧な世界で、和樹は、己の眼球が、奏の舌の上に乗っているのを確認した。それを見て、理解してしまったのである。
「…………ぅん。ごちそうさま。君の味は中々良かったよ」
その眼球が、まるで飴玉のように奏の口内で嬲られ、散々弄ばれて、挙句にそのまま奏の喉を通り、嚥下された。
「ほら、分かるだろう? 君の物が私の中に入ってくる瞬間を、君は見てしまっただろ?」
「うぁ……あぅあ」
悪魔による略奪は、人間には余りにも冒涜的で、艶やかに。
「だからね、君の右目はもう戻らないんだ」
人の心を弄ぶように行われた。
「ふふふ……あはははっ」
奏の無表情が崩れ、人を腐らせる甘い笑みが漏れる。
そう、これが奏の正体だ。
普段は冷徹な戦士の仮面を被っているが、本質は悪魔。
人の心と魂を弄び、苛めながら愛でるために、奏は戦場に居る。そのためだけに、戦場に居続けているのである。
この瞬間のように、人間を苛めて楽しむ最高の娯楽を求めて。
「よしよし、大丈夫? 痛かったね? ほら、もう苛めないよ? だから、後はゆっくりそこで寝ていなさい」
散々嬲った和樹の頭を優しく撫で、奏はその頬にそっと口付けをする。
壮絶な痛みの後には、甘ったるい優しさをかけて、何もかも麻痺させてしまう。この存在にだったら、何をされてもいいと、思えてしまうほどに。
故に人は彼らを悪魔と呼ぶのだろう。
「それじゃ、さようなら、可愛らしい少年」
満身創痍まで戦った自分に対するご褒美。
結局、和樹の抵抗は奏から見ればその程度でしかない。
和樹は無力だ。
両足と眼窩の激痛で動けないし、残りの左目から涙を流して、唸り声を出すだけ。
所詮、凡人がでしゃばった末路なんてこんな物である。
命があっただけ、儲け物。
後は、フレアが連れて行かれるのを、何も出来ずに見過ごすだけ――
「勝手にはしゃいで、勝手に逃げてんじゃねーよ」
奏は一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
しかし、確認のために振り返り、和樹の姿を見た瞬間、にぃ、と口元を三日月に歪める。
「あぁ、なんて愉快な玩具なんだ」
和樹は両足が砕かれようとも、両腕で体を支え、右目を抉られ、眼窩から血液が流れ出て居てもなお、左目で奏の姿を睨みつけていた。
半分、死人のような有様で、なお強く意識を燃やして、食い下がっているのである。
「中途半端はいけねぇぜ? やるならせめて、俺の心臓を止めてみろ。じゃねーと、取り返しが付かない事態になるぞ」
分かりやすい挑発。
けれど、あえて奏はそれに乗った。
「いいだろう、少年。君の滑稽さに、惨めさに、そして美しさに感動した。君の挑発に乗ろうじゃないか」
ごきり、と拳を慣らし、奏は構える。
正真正銘、手抜き無し。
心臓を破裂させる衝撃を放つために。
「君のことが気に入った。君を一度殺して、『あの方』に生き返らせてもらおう。そして、君はずっと私の玩具として過ごすがいい」
「はんっ! 生憎、俺の隣はクソむかつく奴に予約済みでね。他を当たれ」
零下の殺意が脳髄を刺すが、それでも和樹の軽口は止まらない。
灼熱の苦痛の中でも、皮肉げな笑みを忘れない。
例え全てが誤魔化しで、本音は今すぐに命乞いをしたいとしても、ああ、和樹はそれを止めることはできないのだ。
なぜなら、それが保延和樹の本能だから。
人間として……いや、生物として以前に、冬月神奈の隣に居る者として、自分がそうであらなければならないという本能だから。
だから和樹は足掻くのを止めない。
今此処で諦めてしまったら、あのクソむかつく野郎に、ため息混じりで『失望した』なんて戯言をほざかれてしまう。
それだけは、和樹は己の魂にかけて認めるわけにはいかなかった。
「では――――一度死んで、また会おう」
その本能を、無慈悲な一撃が砕く。
命を刈り取る冷たい鎌として。
ただの凡人に過ぎない和樹の胸部を打ち抜いて――――
「一つだけ教えてやる。フラグって奴はな? 大抵、胸の中に秘めておくもんなんだよ」
和樹の懐に隠し持っていた、木箱を粉砕した。
撃ち抜かれた衝撃により、和樹の心臓は破裂。数秒にも満たない間に、和樹に死が訪れるだろう。
だが、その前に、フラグ回収のお時間だ。
木箱から破壊された『それ』は、和樹の状況をなおも最悪へ落とすため、混沌をこの世界へ溢れださせる。
深遠よりもなお深く、無形よりも形が無く、闇よりも暗い色をした『それ』は、風より早く、魂ごと和樹の体を飲み込んだ。
●●●
其処は闇と表す場所だったのかもしれない。
あるいは、混沌と呼ぶべき場所だったのかも。
唯一つ、和樹にとって確かなことは…………目の前に『何か』が居る。そして、その『何か』は自分が口を開くのを待っている。
ただ、それだけ。
「いよう、随分洒落た場所に連れてきてくれるじゃねーか? 愛の告白でもしてみるか?」
『強がりと軽口。それが貴方の全て』
目の前の『何か』は辛うじて人型を繕っているが、姿は判別できない。目を凝らそうとも、不鮮明にぼやけるだけで、認識することが不可能なのだ。
「そーだな。つか、軽口でも叩いて強がらねーと、凡人には辛い人生を送ってきただけだぜ?」
『そして、仮面が貴方の本体になった』
「はいはい、その通りだよ、強がりだけの人生だ」
その『何か』が発する声は、女性でも、男性でもなく、ひどく中性的だった。まるで、性別という物が無ければ、人はこういう声で話すのだと思ってしまうほどに。
『問おう。なぜ、我が混沌を望む? 我が混沌は貴方の魂に塵ほどの利益ももたらさない。混沌を得た者はすべからく、災厄へと身を変える』
「あー? ここで友達のためとか言っておけば、お涙頂戴の展開ってわけかよ? はんっ、くだらねぇな。俺は所詮凡人だぜ? そこまで大層な信念は持ってねーし、すぐに諦めるし、人生は後悔だらけだ」
和樹はニヒルに笑う。
自分を皮肉って嗤う。
そうでもしなければ、自分の人生はやってられないのだと、自虐しながら。
「結局、お前の言ったとおり、強がりたいからだよ。所詮、俺はどんな時でも強がりたいだけの、大人になれないガキだ。自分で自分の惨めさを許すことが出来ない、ただの生意気なクソ野郎なんだよ。そんな大層な理由なんざありゃしねぇ」
しかし、もしも自分の人生に美しい物があるとしたら、一つだけ。
「けど――そうだな、強いて言うなら、何かの主人公っぽく台詞を繕えってんなら、それらしく吠えてやろうじゃねーか」
幼い頃に刻まれた傷跡を。
窒息しそうな誓いのキスを。
そして、魂に誓った約束を、和樹は高らかに叫ぶ。
「隣に居ると約束した。どんなに狂った馬鹿でも、正直、二度と顔を見たくない奴でも、心の底から憧れてしまうような奴と、約束したんだよ! 俺はそれを破りたくない! あいつの隣に居られないような存在に成り下がりたくない! だから――――」
力強く、精一杯の虚勢を込めて、和樹は『何か』に手を差し出す。
「手ェ貸しやがれ。災厄上等だ、とことん惨めに踊ってやるから、精々、愉悦しながら笑ってろよ!」
『…………』
手を差し出された『何か』に形が付いてく。
それは、闇よりも暗い長髪の少女。
肌は幽鬼の如く血の気が無い。
口元に浮ぶのは、野獣の笑み。
勝気を通り越して、もはや凶暴な目つき。
誰かに似た容姿であり、けれど、その誰かより遥かに幼い少女は和樹の手を取る。
『いいだろう』
氷のように冷たい手。
しかし、和樹はその手の冷たさに驚かない。
目の前に構築された『彼女』の写し身以上の驚きでもない限り、和樹は感情を揺らすこともしない。
『此処に契約は成された。愚かで誇り高い凡人――保延和樹よ。共に災厄の道を歩み、彼の頂にて、相対を迎えよう』
繋がれた手は契約の証。
契約が成された事実は止まった世界を動き出すキーとなり、和樹は現実へと戻される。
その魂に、原初の混沌を携えて。
●●●
「…………君は一体何なんだ?」
奏は眼前の存在に問う。
悪魔の己でさえ、心を覆ってしまうほどおぞましく、美しいそれを全部受け入れ、平然と立ち上がるそれを見て、恐怖さえ感じてしまう。
「俺が一体、何なのかだって?」
それの髪は、まるで色素を何かに吸い取られたかのごとく白色となっていた。
抉り取られた眼窩には、緋色の瞳。
黒衣の如く纏うは、闇よりも暗き混沌。
「ああ、そういや自己紹介がまだだったな。一度しか言わねぇから、よく聞け」
高々と少年は悪魔に宣言する。
災厄と成り果てた己を誇るように、強がる子供のように。
「保延和樹――――――――何処にでも居るただの凡人だ」
最早もう戻れない。
凡人は混沌と共に歩む。
例えその先にあるのが、希望の光が差さない無明の世界だとしても。




