捌
何とか話をつけたりんねは、堂々と死神様の道へと足を運びます。
りんねは良くも悪くも目立ちます。その美しさはこの国で一番だと言われておりますし、吉原では知らぬものは居ません。
しかしりんねは隠れる素振りも見せません。隠れるようなことを、りんねは嫌います。ですから、何があっても隠れたりはしません。
死神様の道に近づくと、りんねの周りにいた人も少なくなって行きます。
その道は、妙な噂が立っているからです。
「その道、死神さまの通る道なり」
足を踏み入れるだけならまだしも、死神を見たものはあの世へ連れて行かれるという、伝説のようなものが語られているのです。
りんねは躊躇せず死神様の道へと入って行きます。
そのころにはもう見物人もいなくなり、りんねはひとりになりました。
先程までなかった霧が、視界を遮ります。
その霧の先に、男の姿が見えました。
「……よあけおとこ」
「皆、俺をそう呼ぶのだな」
男は、暁でした。
暁が声を出した瞬間、あたりに立ち込めていた霧が、すっと晴れていきました。視界は良くなったのですが、りんねは不思議に思いました。
しかし、そんなことを言っている場合ではないと、りんねは自分に言い聞かせます。
「ぬしよ、ぬしは一体何者じゃ? 我の周りで妙なことが起きるようになったことは、ぬしと関係あるのか?」
「俺は何もしていない。俺はただ、お前に会って少しばかり話をした、それだけだ」
りんねの問いに答える暁の言葉には、何か裏がありました。
それを知ることは、りんねにはまだ不可能なことでしかありません。
「……ぬしに会ってからというもの、我はおかしくなってしまった。話そうと思っていなかったことを禿たちに話して聞かせたり、ずっと昔に死んだ人間のことを思い出して涙が流れたり。意味が分からない。ぬし、本当に何もしていないのか?」
「俺は何もしてないと言っただろう。お前が勝手に自分の内に秘めたる思いを出しただけだ。俺は、扉の鍵を開けただけだ」
扉の鍵を開けた。
りんねはすぐに気がつきました。
自分が封じてきた感情が、流れ出てくるのを暁が後押ししたのだと。
「……鍵を開けることは、何もしていないという括りに入るのかい?」
「入るさ。開けるだけなら誰にでも出来る。それに、お前の鍵は壊れかけていたからな。触れただけで腐れ落ちた。俺が無理に開けたわけでもない」
ゆらゆらと、意識が揺らぐのを感じました。
りんねの感情が、りんねのものではなくなり、意識が揺らめいていきます。
見ている景色が全て窓の外で起きているかのように思えました。
「お前は相当無理をしているな。そのせいで、自分がどうしたいのかすら分かっていない。欲を抑えれば抑えるほど、お前の感情は死んでいった」
暁の声が脳内で繰り返し反響し、りんねの意識をゆらゆらと揺らめかせます。
「お前がそのまま無理をするのならば、やよいと言ったか。あの娘にお前の負担を肩代わりするようにしておいた。大きな過ちを、あの娘が犯す前に、お前は自分の感情に絡んだ鎖を解かないと、どんなことが起こるだろうか。楽しみだな」
暁が言い終わると同時に、りんねの意識は闇の中へと溶けてしまいました。




