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りんね  作者: 小林マコト
2/11

 吉原の街は、夜が一番賑わいます。

 女を買うためにやってきた男どもや、社交のためにやってきた男どもが集まるのです。

 その男どもは、誰もが裕福な者たちである故、この街に売られてきた遊女たちは、その男どもに(こび)を売り自らの肩にのしかかる借金を返す為、あの手この手で金を出させます。

 いつもと変わらぬその街の風景の中、街にやって来ていた男のひとりが声をあげました。


「皆よ、あれを見やれ。太夫の花魁(おいらん)道中(どうちゅう)じゃ」


 男の視線の先には、たしかに花魁道中がありました。しかし、黒山のせいでそう易々(やすやす)とりんねの顔は見ることができません。


「りんね」


 道中、りんねに話しかける男がおりました。

 黒山(くろやま)をかき分け、男はりんねと向き合います。りんねの顔は、とても美しいものでした。

 

 白い肌。

 吸い込まれるような黒をした瞳。

 凛とした表情は、まさに太夫に相応(ふさわ)しいものでした。

 

 対して男も、それは美しい男でした。りんねを買ったことのある馴染みの客の誰よりも、美しいのでした。


「その者よ、名を(もう)され! りんね様に軽々と話しかけるでない! もしりんね様を買いたいと申すのならば、茶屋を通して取り次ぐように!」


 りんねの近くに居たひとりの遊女が男に向かい言う。

 しかし男は全く相手にせず、りんねと目を合わせたままでした。


「そこの! 聞こえておるのだろう!?」

「下がりなされ、やよい」


 りんねが初めて声を出す。やよいと呼ばれた遊女は、渋々といった様子で下がり、しかしそれでも男への警戒を止めずに睨みつけます。


「して、何用で(われ)に声をかけた? 男よ」

 相手を見下したような笑みを浮かべてりんねが男に問いました。

 男もまた、りんねと同じような笑みを浮かべて答えます。


「吉原一の遊女を見に来ただけだ。どれほど美しいのかと思えば、その辺の村娘のほうが俺の好みだな。お前のような女は好かん」

「ほう、我は美しくないと。なれば、我がこの吉原で太夫になれたのは(なに)(ゆえ)か分かるかい?」

 りんねは男を面白く思い、馬鹿にされているのだと知っていながらも話を続けます。

「きっと、この街の艶やかさにでもあてられたんだろう。暗くてよく見えんからな」

「では、ぬしはあてられてはいないのかい? 我が美しく思えぬと」

「そうだ。そのように死んだ目を見ていると反吐が出る。もっと楽しげに笑えんのか」

「我の目は死んでおるのか。今までには言われたことのない言葉だ。新鮮じゃのう」


 くくく、とりんねは笑うと、


「男よ、ぬしの名を我に教えてはくれぬか。またどこかで会えるときがくるやもしれぬ」

と男の名を訊くのでした。すると男は、

「名を教えることはできん。色々と都合があってな。(あかつき)、とでも呼べ」


 そう言ってはぐらかし、意地の悪そうな笑みを浮かべるのです。


「夜明けという意味の名を名乗るとは、ぬしも大概じゃな」


 暁と名乗った男と同じように、りんねも意地悪く笑うのでした。



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