壱
吉原の街は、夜が一番賑わいます。
女を買うためにやってきた男どもや、社交のためにやってきた男どもが集まるのです。
その男どもは、誰もが裕福な者たちである故、この街に売られてきた遊女たちは、その男どもに媚を売り自らの肩にのしかかる借金を返す為、あの手この手で金を出させます。
いつもと変わらぬその街の風景の中、街にやって来ていた男のひとりが声をあげました。
「皆よ、あれを見やれ。太夫の花魁道中じゃ」
男の視線の先には、たしかに花魁道中がありました。しかし、黒山のせいでそう易々(やすやす)とりんねの顔は見ることができません。
「りんね」
道中、りんねに話しかける男がおりました。
黒山をかき分け、男はりんねと向き合います。りんねの顔は、とても美しいものでした。
白い肌。
吸い込まれるような黒をした瞳。
凛とした表情は、まさに太夫に相応しいものでした。
対して男も、それは美しい男でした。りんねを買ったことのある馴染みの客の誰よりも、美しいのでした。
「その者よ、名を申され! りんね様に軽々と話しかけるでない! もしりんね様を買いたいと申すのならば、茶屋を通して取り次ぐように!」
りんねの近くに居たひとりの遊女が男に向かい言う。
しかし男は全く相手にせず、りんねと目を合わせたままでした。
「そこの! 聞こえておるのだろう!?」
「下がりなされ、やよい」
りんねが初めて声を出す。やよいと呼ばれた遊女は、渋々といった様子で下がり、しかしそれでも男への警戒を止めずに睨みつけます。
「して、何用で我に声をかけた? 男よ」
相手を見下したような笑みを浮かべてりんねが男に問いました。
男もまた、りんねと同じような笑みを浮かべて答えます。
「吉原一の遊女を見に来ただけだ。どれほど美しいのかと思えば、その辺の村娘のほうが俺の好みだな。お前のような女は好かん」
「ほう、我は美しくないと。なれば、我がこの吉原で太夫になれたのは何故か分かるかい?」
りんねは男を面白く思い、馬鹿にされているのだと知っていながらも話を続けます。
「きっと、この街の艶やかさにでもあてられたんだろう。暗くてよく見えんからな」
「では、ぬしはあてられてはいないのかい? 我が美しく思えぬと」
「そうだ。そのように死んだ目を見ていると反吐が出る。もっと楽しげに笑えんのか」
「我の目は死んでおるのか。今までには言われたことのない言葉だ。新鮮じゃのう」
くくく、とりんねは笑うと、
「男よ、ぬしの名を我に教えてはくれぬか。またどこかで会えるときがくるやもしれぬ」
と男の名を訊くのでした。すると男は、
「名を教えることはできん。色々と都合があってな。暁、とでも呼べ」
そう言ってはぐらかし、意地の悪そうな笑みを浮かべるのです。
「夜明けという意味の名を名乗るとは、ぬしも大概じゃな」
暁と名乗った男と同じように、りんねも意地悪く笑うのでした。




