終章
この話だけ、他のものと比べても長いものになってしまいました。
やよいが豹変した理由を知るには、時間を少し遡ります。
それは、りんねが暁と話しをしていたころ。
やよいは遊女屋にて、ぼんやりと夜空を見ていました。
つい先程まで、りんねを外出させる代償として遊女屋の手伝いをしていたのですが、それも終わり、あとはりんねの帰りを待つだけとなったため、暇をもてあそんでいたのです。
そういえば、この縁側で、りんね様も夜空を眺めていたこともあったな。
りんねがここにいたのを思い出して、やよいは思います。
ふと、月が雲に隠れました。
何故だか分かりませんが、その月がやけに気になって、目を凝らして雲から月が出てくるのを待ちました。
すると、雲間から顔を出した月は――
――真っ赤に染まっていました。
それを見た瞬間、やよいの脳内に、誰かの感情が波のように押し寄せました。
この世界の醜さと、人間の醜さ。そして、自身の醜さを嘆くような言葉。
それが一気にやよいの脳内に流れ込んできたのです。
『嫌だ』と『死にたい』という言葉の中に、嘆きと憎しみが織り交ざって、やよいの精神を狂わせていきます。
まるで呪いだ――とやよいは思います。
脳内で反響し続けるその声は、どこかで聞いたことのある声でした。しかし、それはあまりにも正気でない声でしたので、誰の声なのか、考えてみても分かりませんでした。
「やよい、りんねの帰りが遅いんだ。見てきてやってくれないか?」
遊女屋の見張りをしている者から、声がかかりました。
「……今、何と?」
無意識に、聞き返しておりました。
やよい自身もそれに驚き、手で口を押さえます。
「りんねの帰りが遅い。見てきてやってくれ」
「……………………ふふっ」
やよいの口から、笑いがこぼれました。
そして、吉原全域に聞こえるように大きな声で、笑い始めます。
「あはっ! あはははははははははははははははははは! りんね! そうか! りんね様だ! りんね様の声なんだ!」
「やっ……やよい? どうしたんだ、やよい!」
にぃ……と唇の端がつりあがります。
その顔はもう、やよいのものではなくなってしまいました。
真っ赤な目が、やけに光って見えました。
「……お前……りんね様を、一度、馬鹿にしたな?」
「なっ何言ってるんだ!」
「知らないとは言わせない。りんね様がまだ太夫でなかったころ、お前はりんね様に罵声を浴びせた。今はへこへこと頭が上がらないくせに。立場が上の者には、いいような態度をとるんだな」
見張りの者が、恐ろしくなって逃げようとしたその時、やよいは懐から護身用の短刀を取り出しました。
「逃がさない……りんね様を馬鹿にするやつ……りんね様に負担をかけるやつは……絶対に、許さない」
言い切らないうちに、やよいは見張りの者の喉元に切りかかりました。
あまりにも突然だったことであったので、見張りの者は抵抗する間もなく、息絶えてしまいました。
飛び散る血飛沫を避けることもなく浴びて、恍惚の表情を浮かべます。
見張りの者の悲鳴は、りんねの奏でる三味の音と同等くらいに美しい調べにも聞こえ、ただただ笑いが止まりませんでした。
「やった……りんね様の負担、ひとつ、消せた……」
そう呟いたころには、やよいはもういつものやよいではありませんでした。
悲鳴を聞きつけ駆けつけてきた遊女屋の者たちは、その異様な光景に言葉もなくし、ただ怯えることしかできませんでした。
血溜りの中に、笑うやよい。
その光景は、普通ならば見ることもなくすむものです。
「はは……お前ら、みーんな、りんね様の負担じゃないか」
軽蔑したような目を、集まった者たちに浴びせます。
その覇気に気圧されて、やよいを叱り付け、番屋に連れて行こうとしていた者も、何も言えなくなってしまいました。
この場にあるのは、恐怖のみ。
やよいは短刀を構えなおし、遊女屋の者たちに襲い掛かるのでした。
遊女屋の者を、全員殺した後、やよいは血に染まった着物を着替え始めました。
りんねを迎えに行くのです。
やよいは別にそのままでも構わないのですが、りんねの前に出るのなら、きちんとした着物を着なければならないと思ったのです。
やよいが選んだ服は喪服でした。
真っ黒な着物。
それならば、きっと血の色も目立たなくなるだろうと思ったからです。
りんねが居るであろう死神様の道へ、足を向かわせます。
その道中、やよいは目に映った人間たち全てを切り刻んでしまいました。
やよいの脳内で、りんねの声が、「あのひとは私の敵だ」と言うのです。
だからやよいは、狂ったように人々を殺していきます。
やよいはりんねのために殺すのです。りんねを助けるために殺すのです。やよいは、りんねのために生きているのだと、信じているのです。
悲鳴ばかりが、吉原の街に響きます。
やよいを止めようと、立ち向かう者もおりましたが、やよいは圧倒的な強さで立ち向かってきた者を返り討ちにしてしまいます。
逃げようとする者も、逃がしたりはしません。
死神様の道につくと、目に付いたのは倒れているりんねでした。
「りんね……さま?」
短刀を道に落とし、りんねに駆け寄ります。
「りんね様!」
生きていることを確認し、安心すると共に、ふつふつと湧きあがってくる怒りを感じました。
何故りんねがこんなことになっているのか。
きっと、りんねの敵が――
遊女屋へと運んで、りんねを部屋で寝かせます。
本当は血で汚れた遊女屋などに連れ帰りたくはなかったのですが、仕方ないと諦めて、汚れていないりんねの部屋で、寝かします。
そしてやよいはまた街へ出ていきます。
りんねの敵を、全て排除するために。
* * *
「やよい!」
血飛沫がやよいの首の切り傷から噴き出して、やよいの身体が倒れていきます。
その間も、やよいは楽しそうな笑顔を浮かべたままでした。
りんねがやよいの傍に駆け寄ったときには、すでにやよいは死んでいました。
即死、でした。
「やよい……?」
身体をゆすってみても、当たり前ながら反応はありません。
涙がりんねの頬を濡らします。
「あーあ。やはり、こうなったか」
背後から、声が聞こえました。
振り向くと、そこには一匹の黒猫がおりました。
それ以外には、誰もいません。
「暁も、無理なことをするな。人間を神にしようだなんて、やる前から結論は見えている」
黒猫は笑います。
高らかに、大きく。
その声は中性的で男か女かも分かりません。
「……おや、りんね。驚いているね?」
「なぜ……我の名を……」
「おまえをずっと見ていたからな。いやはや、おまえの人生は、中々に面白いものだったよ。暁ではないが、おれもおまえなら神になれると思ったものだよ」
「先から……神だなんだ言ってるが、何の話だ。それに、夜明け男の名まで……。やよいは何で死ななければならなかったんだ?」
黒猫は鼻でふん、と笑って言います。
「そう多くのことを一度に訊かれてもな。仕方ない。順番に答えてやろう」
「まず、神のことだ。暁のことは知っているな? 暁もおれも、神なんだ。ああ、別に信じなくてもいい。ただ、おまえはただ暁の酔狂に巻き込まれただけだ。人間は神になれるのかなれないのか、それを知りたかっただけらしい」
「次、暁のこと。それはさっき言ったな。あいつは神だ」
「やよいという女は、暁の酔狂に巻き込まれただけだ。おまえと同じ。ただ、やよいが死んだのは、まぎれもなくじぶんで決めたことだ。やよいはおまえを守りたいと思っていた。その感情を解き放ってやったら、こうなった。虐殺も、あいつが望んだことだ」
黒猫は言い終わって、あくびをします。
「あまりこの姿でいるのは好きではない。すぐに眠くなってしまう。もうおれは行くよ。あとは暁とおまえの問題だ」
「ちょっと待て!」
「待たないよ」
「もうひとつ! もうひとつだけ聞かせてくれ!」
ため息をひとつ。
黒猫は振り返って、りんねに何が訊きたいのか言うよう促しました。
「我は……これからどうしたらいいんだ? この街も、もう終わりだろう。我以外、生きている者はいないだろうからな……。どうしたらいいんだ」
もう一度ため息をついて、黒猫は言います。
「ひとつだけ言っておいてやろう。おまえは、極限まで神に近く、人間ではない者になるのは目に見えている。すべてを受け入れるようにしろ。おれから言えるのはこれだけだ」
言い終わると同時に、黒猫は、ふっ……と消えてしまいました。
黒猫が居たはずの場所には、塵ひとつ残されておらず、まるで元々何もなかったかのようでした。
残されたりんねは、やよいの持っていた短刀を見て、あることを思い出しました。
それは、昔、自殺した遊女が使ったのも、短刀だったということ。
よく見ればあの時の短刀と、やよいの持っているものは似ておりました。
しかし、護身用に、と短刀を渡したのはりんねです。ですから、本来ならば渡す前に気づいていたはずです。
ですが、それに気づかなかった。
りんねがただ気づいていなかっただけのか。それとも、やよいが他の短刀に変えたのか。
「………………どちらにせよ、やよいが死んでしまったのは事実か」
不思議と悲しみはありませんでした。
やよいが死んだのは、元から決められていたことのように感じられました。
悲しむことは、いけないことだとさえ、思いました。
と、背中に衝撃が走ります。
どん、と突き飛ばされたかのような衝撃と、突き刺されたかのような激痛。
「……しばらく眠れ。お前は選ばれた」
背後から聞こえた声は、暁の声でした。
* * *
「……ああ……大丈夫だ……心配するな……。あいつなら、今は寝ている。……そう言うな。ここに連れて来るには、そうするしかなかったんだ。……分かっているなら言うな」
ぼんやりとした意識の中、りんねは暁の声を聞きました。
誰かと話しているようですが、ここにその相手はいないようで、聞こえるのは暁の声だけです。
「……そればかり言うのか? 黙れよ。ああもう、もういい。お前は何も分かってない。これが何の役に立つのかすら、お前は分かっていない。俺が意味のないことをするわけないだろう」
目を開けてみると、りんねはしっかりと布団に寝かされていました。
外からは明るい光が差し込んでいて、昼だということが分かります。
「ああ、起きたか」
襖が開いて、暁が部屋に入ってきます。
その手には漆塗りの盆を持っていて、湯のみ茶碗がのっていました。
「これを飲め」
湯のみ茶碗と、紙に包まれた粉薬を差し出されました。
色々なことがあったため、暁を信じ切れず、警戒するりんねですが、暁がもう一度飲めというと、どうしても逆らうことが出来なくなってしまい、その薬を飲みました。
すると、身体を抉られるかのような激痛が走り、りんねは悶えます。
「大丈夫だ。毒じゃない。お前がこれから、ここで生きていくための薬だ。今は痛いだろうが、すぐにおさまる。耐えろ」
「ぅあ……あああああああああ!」
暁は自らの右手首を短刀で傷つけ、りんねの右手首にも傷をつけました。
そして、自らの右手首から落ちる血を、りんねの右手首の傷から、りんねの体内へと送りこみました。暁の血がりんねの地と混ざり合い、黒に近い赤へと変化します。
暁の右手首の傷も、りんねの右手首の傷も、すぐにふさがっていきます。
そうすると、りんねは落ち着き始めました。
「ほら、大丈夫だっただろう? これでお前は生きられるんだ」
「先から……何の話だ……」
「もう声が出せるのか。ならば心配はないな。それはまた話す。今はまだ寝ていろ。すぐには動けんだろうからな」
りんねの額をそっと暁が撫でると、すぅ……とりんねは眠りにつきました。
「さて、問題はこれからだな」
部屋を出て、面倒そうに準備をします。
りんねをここに連れてきたのは、暁が昔から追い求めていた幻想を実現させるためでした。
その幻想とは、「人間を神にする」ことでした。
暁は、神です。
それも、神々の中でも特別な存在なのです。
そのような存在である暁が人間を神にすることを望んだのは、ひとりの人間が居たからでした。
神々の中でも特別であったため、浮いた存在であった暁を、唯一受け入れることが出来た人間の女が居たのですが、神からしたら人間の一生などあっという間です。その人間の女は、暁と出会ったすぐ後に、死んでしまいました。
死んだ人間の女の魂を、暁は見かけました。
そしてその魂を捕まえて、自らの身体に取り込みました。その魂を、喰らったのです。
その行為は、禁忌でした。
しかし暁は後悔などしていませんでした。
自分を理解し受け入れられるのは、自分だけだと、気がついたからです。
ですが、暁はやはり、あの人間の女のように、自分を受け入れてくれる存在を求めました。
神の中にはそんなやつはいないと思ったので、暁は人間の中で、自分を受け入れてくれそうなやつを探し始めたのです。
捜し出すと、その人間を神にして、ずっと傍に居させようとしました。けれど、神にしようとした人間は、皆狂ってしまい、死んでいってしまいました。
それをずっと繰り返して、何年もの時が過ぎました。
何十年。
何百年。
繰り返すうちに、黒猫のような物好きも暁の傍に寄ってきたのですが、黒猫も、暁を理解しようとも受け入れようともしませんでした。
暁は繰り返します。
何回も。
何十回も。
何百回も。
いくらでも繰り返します。
暁のことを受け入れてくれる者が現れるまで。
そんなとき、暁の目に入ったのは、りんねでした。
暁を受け入れてくれた、あの人間の女によく似た、りんねでした。
今度こそ、とりんねを神にしようとしました。
りんねの感情にかぶされた蓋を外し、りんねの中で大きな存在であったやよいに、りんねの感情を聞かせました。
やよいがあのような行動をとるとは思わなかったのですが、結果的に、あの出来事が、りんねの中で大きな衝撃となり、神となる資格を得たのです。
ずっと暁が望んでいたことでした。
りんねを一度殺し、ここへ連れてきました。
ここは、人間が呼ぶ名で言うと、「輪廻ノ街」です。
りんねは、ここの主となります。
暁の領地である輪廻ノ街ならば、きっと誰もりんねのことに口出しできないでしょう。
だから、暁はここに連れてきたのです。
勝手な話だということは知っています。
りんねの大切な人間も殺し、何も言わずこの街に連れてきた。
それでも、暁は後悔などしていません。
きっとりんねは、暁を受け入れてくれるだろうから。
この街の仕組みを、りんねに合わせて調整します。
面倒ではありますが、自分を受け入れられる存在です。
その為ならば、暁は何でもします。
「……やっと、だな」
待ち望んでいた時がきたのです。
無意識に、口元がほころぶのが分かりました。
* * *
りんねが目を覚ますと、まだ辺りには昼の光が溢れていました。
一日寝ていたのか、と思ったのですが、どうにも腑に落ちません。
明るさは先程目を覚ましたときと同じ明るさに見えます。この光には暖かさがなく、ただこの部屋を照らしているだけのように感じられます。
起き上がって、部屋から出て、屋敷からもみると、そこにはりんねの見たことのない『何か』が居りました。
角の生えた子供が楽しげに遊んでいたり、羽の模様が動いている蝶、色が変化する花などが、当たり前であるかのようにそこに居りました。
街は、吉原のように、美しい街でありました。吉原より明るいのですが、店が立ち並ぶ姿は、よく似ておりました。
しかし、その街には、りんねの見たことのない『何か』以外には誰も居りません。その『何か』も少数しか居りませんし、明るいながらも寂しげな雰囲気が漂っておりました。
東には山があり、りんねの居る位置からも、鳥居が立ち並んだ階段が見えます。
西には大通りが延々と続いており、その大通りの終わりは見えません。
「あ、主さまだ」
角の生えた子供たちのひとりがりんねに気づき、指をさします。
すると、子供たちはりんねの周りに集まって来ました。
「主さま、主さま」
「……主? 我は主ではない。」
「主さまだよ。主さま」
子供たちはりんねのことを主さまと呼び、とても楽しそうに笑います。
どうなっているんだ、と奇妙に思っていると、背後から、暁の声がしました。
「もう動けるようになったのか。やはり回復が早い」
「……暁」
りんねは暁を睨み付け、警戒心をむき出しにします。
「そう警戒するな。ちゃんと話してやる」
暁は、静かに話し始めます。
「この街は、人間の言うところの『輪廻ノ街』だ。お前はこれからここで暮らすことになる」
「勝手に決めるな。我はここに住みたくはない」
「お前はここで暮らすんだ。それはもう決まったことだ。今からそれを覆すことは出来ん」
「だが……!」
「少しくらい静かに聞け。全部話してやる」
「…………」
「自覚はないだろうが、人間としてのお前は、もう死んでいるんだ。お前は一度死んで、人間ではない存在になった。まあ、感覚としては人間であったときと同じだから、変わりはないだろう」
「我は、死んだのか……?」
「正確には、俺が殺した」
「ふざけるな!」
「仕方ないだろう。お前は神に近い人間だったんだ。神になるしかなかった」
「神になどなりたくない!」
「黙れ。決まっていることだ。静かに聞け。この街はお前にやる。ただし、仕事をしてもらう。人間どもの中で流行っていたこの街の話を知っているな?」
「死後、輪廻ノ街に来た者は、自身の人生をやりなおすことが出来る……」
「そうだ。お前には、この街にやってくる者が人生をやり直す手伝いをしてもらう。様々な掟がこの街にはあるが、お前にはもうその知識があるはずだ。本当は俺もここに居るつもりだったが、それは無理みたいだ。お前ひとりで何とかしろ」
「どういうことだ? 我にすべてを押し付けているようにしか思えん」
「仕方ないことだからな。流石の俺にもどうしようも出来ん。お前に俺の血を混ぜた。これでお前は簡単には死ななくなっただろう。何か大きな力に殺されでもしなければ、お前が死ぬことはない。老いることもないだろう」
暁はそう言って、西へと足を向けました。
「待て、どこへ行く?」
振り返らずに、暁は言います。
「てんごく、というのを知っているか」
「天国?」
「人間どもは間違ったとらえかたをしているようだが、天に地獄の獄と書いて『天獄』と読む。生前に良いことをすれば天国へ行ける、天国とは、苦しみのない楽園である。と人間どもは言っていたな。だが、『天国』という字は間違っている。『天獄』は、その字の通り天にある獄だ。人間どもはみな、生きている間に無意識にでも罪を犯す。だから、人間は例外なく地獄へと行く。地獄は地にある獄だ。人間どもが行く獄だ。だが天獄は、人間ではない者――例えば、俺のような神であったり、妖が行く獄だ。神でも妖でも罪は犯す。人間ほどではないがな。罪を犯した神や妖は、天獄へ行くんだ。そこで、暫く罰を受ける。神は死なないからな。永遠に、ということは出来ない。色々と仕事があるしな」
「どうしてそのような話をするんだ?」
「俺はその天獄へ行ってくる。大罪を犯したそうだよ」
それだけ行って、りんねが止めるも、暁は西へ西へと向かいました。
* * *
「また、ひとりか」
残されたりんねは、近くの茶屋らしき店の長椅子に腰掛けます。
未だ角のある子供たちは、楽しげに笑っていて、時折りんねのほうに目を向けます。
「主さま」
子供の中のひとりが、りんねに声をかけました。子供は、とても可愛らしい女の子で、やよいの小さいころを、りんねに思い出させました。
「……我は、主ではない」
「でも、父さんが言っていたよ? このひとがこの街の主になるんだよ、って」
「父さん?」
「あかつき父さんのこと。さっき主さまが話していたひとだよ?」
「分かる……分かるが……ぬしは、あいつの子供なのか?」
りんねは子供に問います。
「ちがうよ。だけど、父さんから生まれたようなものだ、って教えられたから、あかつき父さんを、父さんって呼ぶようになったの。それに、主さまは母さんのようなものだ、って教えられたよ?」
無邪気に笑いながら教えてくれる子供は、りんねのことを慕ってくれているようでした。色々なことを話してくれました。この街のこと、自分以外の子供のことなど。子供の名は、さやというようでした。
りんねは、子供の頭を撫でて、微笑みます。
暁には沢山訊きたいことがあります。しかしそれは、暫くは無理になってしまいました。
ならばりんねは、どうしたらいいのでしょう。
暁は、自分の血をりんねに混ぜたから、りんねは簡単には死なないと、老いることもないと言いました。
「……我は、どうしたらいいんだろうな」
「やることがないの?」
「ああ。よく分からない間にこの街に連れてこられて、もう簡単には死なないと言われてもな。時間だけが残された」
子供は少し考える仕草をすると、名案を思いついたように明るい声で、
「さやたちの、母さんになって!」
と、りんねに言いました。
驚いたりんねですが、すぐにまた微笑み、静かにうなずきました。
「いいの? さやたちの母さんになってくれるの?」
「我にはやることも居場所もない。さや、ぬしたちが我を受け入れてくれるのなら、喜んで我はぬしたちの母になろう」
喜んで他の子供たちに伝えに、さやは走りました。
りんねが母になろうと思ったのは、寂しかったからです。
あまりにも多くのことが短期間に起こってしまい、何が起こったのかも分かりません。
りんねが大切にしていたものはすべて、その間に壊されました。居場所も、大切な人間も。
居場所をなくし、暁もどこかへ行ってしまいました。
残されたりんねは、もうこれも運命だと諦めて、なるようになればいいと、吹っ切れました。
本当は諦めたくはありません。
やよいが死んだことも、認めたくありません。
ですが、どこかでこうなることを予測していたような自分も居て、りんねはここで暮らすことにしました。
他に選べる道はありません。
そう考えているものの、りんねは自分が寂しいだけだとわかっていました。
けれどりんねは、「この輪廻ノ街の、主になることは決められていた」そう思うことで、りんねは受け入れました。
抵抗もなく、受け入れることが出来ました。
そうしてりんねは、人間ではなく、神でもない存在になったのです。
輪廻ノ街の、番人に――主になったのです。
暁の正体、輪廻ノ街など、いろいろとよく分からない謎が多く残っていますが、一応これで「りんね」は終わりとなります。
続編を現在書いていまして、そちらもまた連載しますので、暁の正体や輪廻ノ街について知りたい方は、それも読んでいただければすべての謎が解けます。
では、またどこかで。




