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「3週間」  作者: tao-kiton
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 私はいつものように、札幌市立病院の前を通り新川通りを北上した。今日はいつもより帰宅が遅い。時計は既に午前2時を回っていた。日中降った雪を除雪車が何回もかいていったようで、道路がカガミのように白くテカっている。車のパネルについている外気温計ではマイナス4度と表示されている。試しにブレーキを踏んでみると、ABSが作動してかなりスリップした。用心しながらゆっくりと新道の手前を右折して、屯田方面に進んだ。ここまで来れば自宅まであと少しだ。最近、屯田方面は、にわかに繁栄している。大型のホームセンター、カジュアル服のチェーン店、大型家電店などが次々に出店した。日曜日に特売をやると、通りが渋滞する事もしばしばある。この通りは、深夜でもあちらこちらに電気がついていて明るい。


 大型ホームセンターの前の信号が赤になったのでゆっくりとブレーキを踏み、徐々に速度を落としていったその時であった。急に目の前が真っ白になり、続いて真っ暗になり、何かにぶつかったような衝撃で車が止まった。ぶつかったといっても硬いものにぶつかったのではない。何か柔らかいものにぶつかった感じだ。前が全く見えない。一瞬、何が何だか判らず、その場でじっとした。正気に戻るまで何分かかっただろう。もしかしたら10秒くらいだったかもしれない。


 何かにぶつかったショックで目がおかしくなったのかも知れないと一瞬思ったが、何も見えないわけではない。車の中にある装備は光っているので普通に見える。車の外が全く見えないのだ。後ろを振り返ってみた。後ろも何も見えない。真っ暗であった。左右の窓の外も何も見えない。世界が急に真っ暗になったような感じだ。


 さっきまで付近の大型店の電気が見えていたのに一体どういうことか。前後左右何も見えないわけがない。目を凝らして窓の外を見ているうちに、ある事に気づいた。窓に何かが付着しているのである。急いでルームライトを点けてみた。私は思わず声を上げて驚いた。フロントガラスにも、窓にも、そして後ろのガラスにもびっしりと雪が覆いかぶさっているのである。ただ単に雪が付着しているのではない。多少の雪なら、うっすらと外が見えるものである。完全に雪の山に突っ込んだ感じであった。


 試しにドアを開けてみた。ほんの2,3センチくらい開いたが、それ以上は開かない。弾みを付けてドアを開けたり閉めたりしてみた。ドアの上の方から、雪がどさっと車内に入り込んだ。そして今度はドアと車体の間に挟まった雪のせいで、ドアが閉まらなくなってしまった。挟まった雪を手で取り除き、ようやくドアを閉めることができた。


 今度は恐る恐るサン・ルーフを開いてみた。10センチ程開けたところで雪を突付いてみた。その瞬間、雪が車内に大量に崩れ落ちてきた。慌ててサンルーフを閉めたが既に遅く、シフトレバー付近に雪の山ができてしまった。前も横も雪に覆われているとしたら、後ろは塞がっていないはずだ。さっきからエンジンはかかったままだったという事にようやく気づいた私は、車内の雪の山を手で払い、ギアをバックに入れて少し後退してみた。全く動かない。車が壊れたのかもしれないと思いながら今度はギアをローレンジにシフトして、勢いよくアクセルを踏んでみた。グガッっと音を立てながら車はようやく少しだけ後ろに進んだ。でもそれ以上は動かなかった。アクセルをふかすとタイヤがスリップする。これ以上タイヤを空回りさせたら、タイヤの下の雪が掘れて、車体が宙ぶらりんの状態になる可能性がある。今度はギアをローに入れて前進を試みた。車はやはり、グガッと音を立て、少しだけ前進したようだ。さらにギアをバックに入れて再度後退を試みた時、グガッという音と同時にフロントガラスには雪の壁がヘッドライトに照らされて奇妙に浮かび上がった。車の先頭と雪の壁の間に10センチほどの隙間ができ、その間を乱反射したヘッドライトの光がフロントガラスとの間に隙間ができた雪の壁を照らし、不気味な模様を映し出したのだ。


 前進と後退を何度も繰り返したが、10センチ程の隙間が20センチ程に広がった程度で、車は雪の山から抜け出る事はできなかった。頭から突っ込んだとしたら、後方に出口があるはずで、後ろから突っ込んだとしたら前方に出口があるはずだ。車がスピンして横から雪の山に突っ込む事もあると思い、試しに助手席側の窓を開け、雪の壁に手を突っ込んでみたが、いくら深く手を突っ込んでも雪しかない。運転席側の窓も勿論試してみた。


 こんな時間であるが、私が加盟しているロード・サービス会社を呼ぶしかないと思った。携帯電話を開いてみると、どういうわけか圏外になっている。雪の山の中だから電波が届かないのであろうか。いや、そんなはずは無い。よほど深く雪に埋まらない限り、雪は電波を通す。携帯電話を降ってみたり、角度を変えてみたり、窓のそばにかざしてみたが結果は同じであった。しだいに頭が混乱してきた。


 だいたい、雪山に突っ込んだ記憶が無い。信号で止まろうとして減速していた時、付近に雪の山などなかったのだ。そもそも未だ札幌には、それ程雪は無い。ここ2,3日雪が降り、冷え込んだ為、路面は凍結しているが、積雪はせいぜい5センチ程度だろう。どうやったら雪の山が作れるのか。


 こんな時は焦ってはならない。私は深呼吸を3回くらいして、脱出の可能性を考えてみた。ふと車内のパネルに目をやると、ガソリンは充分入っていた。エンジンもさっきから順調に動いている。今気づいたが、さっきから私の好きなモンチ&アレクサンドラのバチャタのCDも、かかりっぱなしだ。私はボリュームを少し上げて、目を閉じてみた。

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