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愛し直し

作者: あやね
掲載日:2026/09/20

寝室にいる。

一人で。

隣の部屋には長女がいて、階下では夫がリビングのテレビでゲームをしている。

今日は結婚記念日だ。

朝からその話題に触れることはない。

自分からも、夫からも。その話題に触れないように、息を詰めるように、慎重に一日を過ごした。

わざわざ自分の気持ちを上げたり下げたり、揺らすことはしない。過度に自分を可哀想がることもしない。しないようにすると昨日決めた。


私たち夫婦は結婚して15年目。中学生の娘が2人いる。

夫は会社員、自分はパートの看護師だ。

第二子の出産を期に、フルタイムをやめて、子育てのために専業主婦になった。

子育ては決して楽ではないし、向いているとも思えなかったけれど、必死にこなしていた。夫が望みさえすれば、子どもは何人でも欲しかった。

夫は子どもは二人で十分だと言った。一馬力では不安だから、と。

夫のことを愛していた。夫との親密な時間をいつも何より大切に思っていたし、子どもは愛の結晶だと心から思っていた。

元々淡泊な夫からは、誘われることは少なかったが、第二子の出産後、帝王切開の傷もまだ癒えない中、レスになるのは嫌だから、と夫に誘われた時にはすぐさま応じた。

夫が40台半ば頃から、五歳年上の夫は、私に触れたがらなくなった。誘っても「疲れているから」と断られるようになった。そのうち、「また?」「どうしたの?盛ってるの?」と揶揄われた。びっくりした。

泣いて抗議したら謝られたが、そのころから行為が最後までできなくなることが増えた。

私は仕事を再開することにした。

忙しさに、私の日々はあっという間に飲み込まれた。

家事ができない。子どもの宿題を見てやれない。子どもがつく小さなその場しのぎの嘘や、ごまかしなどが私の怒りに火をつけた。大きな声で叱責することが増えた。

夫婦の衝突も増えた。

夫には、触れなくなった。軽いスキンシップすら、勝手に期待して、それでも何にもならない夜が辛くて、私はヒステリックになった。

あんなに大好きだった夫なのに、憎しみで一杯になった。子どもは私の顔色を伺うようになった。

夫はそんな家庭の状況から目を背け、ゲームに没頭するようになった。

最初に気になったのは、次女のお金の使い方だった。

友達と始めたオンラインゲームに高額を課金していた。

お小遣いはすぐに底をつき、彼女は次に両親の財布に手を付けるようになった。

ゲームの課金ボードを見て唖然とした。

ゲームを禁じた。

その次に、友達へのいじめが発覚した。

一緒に下校している友人にきつい言動をとっていると学校から連絡が来た。

問い詰めたら、本当だった。ゲームを禁じられ、ストレスだったそうだ。

すぐに親子で謝りに行った。幸いにも、相手は謝罪を受け入れてくれた。

もう、絶望だった。全てがうまくいかない。

夫と話をした。

こんな状況になるまで子供を追い詰めているのは、冷めきった夫婦関係の自分たちのせいでは、と。

夫はそれは関係ない、と言った。

この期に及んで、関係はない、と。

私は、夫から受け入れられない自分が辛くて泣き叫んだ。こんなことなら、もう離れたいと望んだ。

夫はそんな行為がなくても、私を愛していると言った。

完全に平行線だった。


夫から夫婦カウンセリングを提案された。

そんなものを提案してくるのだから、修復する意思があるのだと、また期待してしまった。

カウンセラーには、「妻が母親と重なる。母親に性的な感情を持てない」と話した。

うそだ。私と義母はあまりに懸け離れている。

義母は怒りっぽくないし、被害妄想もない。おおらかで、さっぱりした女性だ。賢い、優しい人だ。

カウンセリングは一度行っただけで終わった。続ける意欲は夫にはなかった。わたしにも。


そして、やはり、どれだけ時間をおいても、夫は私には触れてこない。

しびれを切らした私は、すぐに私を抱くように強引に迫った。夫は渋々応じたが、やはり途中で萎えてしまい、最後までできなかった。

「今の自分には、余裕がなくて、期待に応えられない」

そう言われた。

私はそれを「私との関係を維持する意思はない」と読み解いた。

たかが体の関係だ。それで離婚なんてばかげている?私はそうは思わない。相手を受け入れる、相手に自分を委ねる、気持ちとカラダの交歓の儀式なのだ。

それを、夫は必要ないと言った。

でも、私は必要としているのだ。

最初は嫌がる相手を尊重しなくてはと思った。

気持ちを押し殺して、我慢し続ける?

私の気持ちは尊重されない、そんな人生でいいのか?

たとえ行為が最後まで成立してもしなくても、私の感情を受け入れるための努力をする意思がない。

申し訳ないが、それはもう、私にとっては二人でいることを拒否することと同じなのだ。

そこに考えが至ってから、夫に対しての、過度な執着が減っていった。

私はいつしか、終わりを意識するようになった。


次女が成人する年までを、一緒にいる期限としよう。

一馬力は不安だ。夫がそう言ってた。

わたしもそう思う。一人で生きていくならば、経済観念は大切だ。

夫のお金で生活し、子どもの環境を整える。住宅に設備投資する。家の整え方を学ぶ。一人になっても管理できるように。今はパートだ。収入は限られている。

ずるいのかもしれない。

けれど私も、一緒にいる間は、できる限り穏やかな時間を差し出せるよう努力しよう。

子どもがいずれ巣立った時、私はもう一度私自身を生きる道を一人で歩み出したい。

私はもう一度、自分を愛し直したい。

結婚するまで、自分が好んでいた時間、音楽、空間。

今となっては思い出せない、心躍る瞬間。

人との交流。旅、趣味。


夫と修復することを諦めた私は、なんだか穏やかになった。

ストレスでキリキリと眦を吊り上げていた私は、さぞ怖かったことだろうと思う。

だけれども、私はそんな自分すら愛おしかった。夫に愛されない自分は不幸だとおいおい泣ける自分がかわいらしかった。生きていると感じられた。

結婚記念日など、ただの記憶だ。

あの日の私は、自分の人生には一点の曇りもないと信じ、キラキラと眩しく笑い、愚かだった。

それでも、その時の愚かさを、今の私は愛おしいと思う。


人は何度でもやり直せると思う。

あの頃の自分を思い返しながら、指を数えて待つ。

またそんな日が来ることを楽しみに。

寝室でゆっくりと想像する。あと五年。その先にどんな歩き方をしているのか。楽しみに思う。







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