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彼はクリスマスに死んだ

作者:
掲載日:2025/12/25

クリスマスが来ると死ぬ。死がやってくる。


2025年1月1日に、何の理由も根拠もなかったのだが、彼はなぜかそう確信した。


彼の身体に異常も違和感もなかった。

だが、そう頭が言っていた。


その日から彼は変わった。



彼は新しい仕事に応募し、

疎遠になっていた友人に連絡を取り、

今まで一度も口に出せなかった言葉を、胸の中で何度も反芻した。


やれること、やり遂げたことは増えた。

笑う回数も、確かに増えた。


それなのに、夜がくると恐怖がやってくる。


布団に入ると

「残り、あと何日だ」

という声が、どこからともなく聞こえる気がした。


カレンダーの赤い丸が一日ずつ減っていく。

そのたびに、彼の呼吸は浅くなった。


挑戦するほど、未来が欲しくなった。

未来が欲しくなるほど、死が恐ろしくなった。


生きたい。


その言葉が浮かんだ瞬間、彼は気づいてしまった。


自分は、

死ぬから行動しているのではなく、

生きている実感が欲しくて、死を信じているのだと。


クリスマスが近づくにつれ、街は浮かれていった。

イルミネーションはやけに眩しく、彼の影だけが不自然に長く伸びた。


24日の夜。

彼は鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。


そこには、死を待つ男の顔ではなく、ようやく生き始めた人間の顔があった。


そして、彼は初めてこう思った。


もし、もしも死ななかったらどうする?


その問いは彼にとって死よりも、ずっと恐ろしいものだった。


クリスマスの鐘が、鳴り始めた。



だがそれは彼の部屋まで届かなかった。


24日の夜は何事もなく過ぎて、

25日の朝、彼は目を覚ました。


息はある。

脳も心臓も動いている。

世界は何も、何一つ変わっていなかった。


生きている。


その事実が、彼の胸にゆっくりと沈んでいった。


恐怖は、なかった。

安堵も、なかった。

代わりに湧き上がったのは、言葉にできない落胆だった。


死ななかった。

あれほど確信していた終わりは裏切られた。


カーテンを開けると、街は祝祭の顔をしていた。

子どもたちの笑い声、

恋人たちの手、

昨日まで彼が最後に見納める景色だと思っていた光景。


そのすべてが、今日は続きだった。


挑戦した仕事も、

連絡した友人も、

言えなかった言葉も。


すべてがこれからを要求してきた。

これからが責任を要求してきた。


これなら、死にたかった。死んでしまいたかった。


その考えは、自然に浮かび、

誰にも止められなかった。


死を覚悟したからこそ踏み出せた一歩。

終わりがあるからこそ許された勇気。


それらを、これからは一生涯抱えて生きなければならない。


彼は気づいた。


自分は、生きる覚悟などしていなかった。


死を信じていただけだったのだ。


心のどこかで、もう頑張らなくていいという許可を、死に委ねていた。


その許可が今、無効になった。


笑顔は作れた。

会話もできた。

だが、胸の奥で何かが確実に止まっていた。


希望ではない。

絶望でもない。


ただ、何も感じない。


その日を境に、彼は再び消極的になったわけではない。

むしろ、淡々と毎日をこなした。


だが、もう何かを望むことはなかった。


クリスマスが来ると死ぬ。


その予感は、間違っていなかった。


2025年12月25日。

彼は生きていた。


ただし、

心だけが、確かに死んでいた。


彼は、クリスマスに死んだ。

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