第3話 ファーストコンタクト
セフィーシア城は広大に広がる大森林の中央部に位置し結界により外部と隔絶されていたが何者かが侵入した事を考慮すると結界が破壊された、もしくは解除されたという事を意味している。
破壊時に必ず起きる魔力波や空間の揺らぎを感じることがなかったことから解除されたという認識で間違いない。新たなシナリオ開放により結界が解除されイベントもしくはチュートリアルが開始されたという答えになら簡単に辿り着くのだが最適解かと問われれば言葉が詰まる。
「心配事か? 朕が必ず護ってやるから安心するがいい・・・・・・」
大森林に侵入した三人から感じる力は脅威と思えるほどのものではなく先行する二人に至ってはとても小さい。しかし余裕ある発言や態度を取っているにも拘らずラミアの表情は硬く余裕があるように見えない。
時折聞こえる爆発音や薙倒される木々の音が徐々にこちらへ向かい近づいてきているが爆風までは届いていない。その事からも低火力の攻撃魔法かスキルを使用しているのが分かる。獲物を追い込むというより殺さない程度に痛めつけ遊んでいるように思える。
「来たようじゃな」
そうラミアが呟いた次の瞬間、木々の隙間から獣人と思われる少女と老人が飛び出し、こちらの存在に気がつくと足を止め身構える。
「誰ッ? あいつの仲間?」
「先回りされていたようです。私が命に代えて足止めいたしますので、ルーファ様はお逃げ下さい」
銀色の髪に狐のような耳と尾を持つ十歳くらいの少女を燕尾服を着た白髪の男が護るように立ち、剣を抜くと剣先をこちらへ向ける。出血しているようだが見たところ致命傷になるような傷を負っているように見えない。
推測通り何者かに追われ大森林へ迷い込んだのだろう。助けようにも誤解を解かなければ話ができる状況にないことは二人の表情を見れば分かる。
「俺の獲物を横取りするんじゃねえよ!!」
男の声が聞こえたかと思った瞬間、ラミアは次々と木々を薙倒し三十メートルほど先まで吹き飛ばされ巨木に体を強く叩きつけられその場に倒れこむ。それと同時に少女を護っていた老人が吐血し膝から崩れ落ちていくのが見えた。
「おい、女! ここで何してる?」
声のする方へと視線を移すと倒れた老人の傍らに獣人らしき者の姿が見える。少女達と違い服は着ておらず全身がまだら模様の体毛に覆われ丸みを帯びた耳と短めの尾、遭遇した二人も獣人のようだが外見からしてまるで違う。
「なかなか上物の女がいるじゃねえか。さっきの女も悪くねえが従属させて兄者の土産にするか」
ジロジロと全身を舐め回すように眺め舌なめずりしながら少しずつ間合いを詰めてくる。
未だ無限収納からアイテム類が取り出すことができず装備変更できていない。古代ギリシャ人が着用していたキトンをモチーフにした装備かもしれないと自分に言い聞かせてみたりしたが、獣人の反応を見る限り只のワンピースでしかないようだ。
「気持ち悪い奴だな!! ほんとプレイヤーじゃなくて良かったよ」
プレイヤーかもしれないと期待していただけに気持ちの悪い言動のNPCだったことは残念だがワンピースを装備している現状を踏まえるとNPCで良かったと心底思う。
そしてプレイヤーではないと判断した最大の理由が獣人という種族が起因する。
ユリウスで使用しているアバターは初回ログイン時に全身をスキャニングしアバターとして使用している。現実世界と同じ姿、年齢や性別に至るまで何もかも全て同じ。
ユリウスの続編β版だと思われる世界、同じ運営会社、ユリウスから直接移行してきたことを考慮するなら同じダイブギアを使用すると考えるのが自然だろう。
ユリウスでプレイしていたプレイヤー全員が人族で現実世界と同じ姿をしており例外は一例たりとも存在していない。全身を体毛で覆われた獣人がプレイヤーだとするなら現実世界でも獣人だという事になってしまう。
現実世界に獣人など存在しないのだから人族でなければプレイヤーから除外できるというわけだ。
「プレイヤーじゃないのなら倒しても問題ないよな」
「プレイヤー・・・・・・ お前、もしかして守護者なのか? グヘッ。グヘヘヘヘ。こいつは運がいいぜ」
「⁉ お前、プレイヤーなのか?」
「まあな。それでお前、誰に仕えている? 拠点の場所と人数を教えろ!! 素直に話せば命だけは助けてやるが隷属は受け入れてもらうぞ。まあ今死んどいたほうが幸せかもしれねえがな」
ゲーム内でプレイヤーという言葉が存在していない場合、NPCと会話が成立することなどない。現にレイス達は守護者という言葉は使っていたがプレイヤーとは一度も発していなかった。だが目の前にいる獣人はプレイヤーと守護者を関連付け意味を理解し会話が成立している。
百歩譲ってプレイヤーだとするなら何故、獣人の姿をしているのか詳しく話を聞きたいところだが話の出来る相手だとも思えない。
「い、今すぐそこの二人を連れて離脱するのじゃ。朕が時間を稼ぐ」
即死しなかったのが幸運に思えるほど満身創痍を絵にかいたような状態、戦うどころか足止めすらできるように思えない。
またヴァンパイアの基本スキルの一つ【高速再生】での治癒速度が明らかに遅い。ラミアが持つ物理攻撃耐性を突破する高威力の一撃、再度攻撃を受けてしまえば間違いなく取り返しのつかない事態になる。
「グヘヘッ。悪くねえ。お前も隷属を受け入れろ!! たっぷり可愛がってやるからよ」
ここまで露骨に欲求をぶつけられると言動全てが嫌悪の対象となる。そもそもプレイヤーを隷属させることができるという話を噂レベルでも聞いたことが無い。
そして少女と老人が最初から存在していないかのように見向きもせずラミアとの間合いを少しずつ詰める。
プレイヤーであれば何か情報が聞き出せるかもなどと思っていたことすら甘い考え、どこか楽観視していたからこそ開始早々配布されたNPCを失いそうになっているのだろう。
例えプレイヤーだとしても悪意を持って攻撃してくるのなら迷うことなく倒さなければ仲間どころか自分自身すら守れない。
「アイツは俺が倒す!! ラミアは二人を頼む」
「こ、小僧、何を言っておる⁉」
NPCにとっては脅威となりうる敵なのかもしれないが、この程度なら油断さえしなければ難なく倒せると確信できるほど、絶域というダンジョンに出現した階層ボスが鬼畜過ぎた。
「威勢のいい女は嫌いじゃねえが小娘、少し黙ってろ!! 今から俺の女を屈服させるとこなんだからよぉ」
そう叫ぶと長く鋭い爪を一舐めし涎を垂らしながらラミアとの間合いを一瞬で詰める。獣人の素早い動きに対応できずラミアは体を硬直させたまま動けず防御態勢すらとれていない。
二、三度移動してはギリギリ視認できる程度まで速度を落とし再び高速移動を繰り返す。スピードで翻弄し、何時でも攻撃できると言わんばかりに攻撃しないところをみると自身が格上だと確信し遊んでいるのだろう。
「激しい苦痛と魂が溶けるほどの快楽どっちがいい? 想像しただけで昂ってくるぜ」
「下種が!!」
常に死角へと回り込み挑発を繰り返す獣人の動きに翻弄されるラミアの言動は獣人にここに居る全員が格下だと思い込ませることの重要な要素となっている。
案の定、こちらに気を配る素振りすらなく攻撃してくれと言わんばかりに隙だらけ、倒すのは簡単だがラミアに経験を積ませたいと考え成行きを見守ることにした。たが出血量の多い老人に残された時間は短く早急に治癒しなければ命を失いかねない。
瀕死状態にある老人のことが気になり一瞬、視線をラミアから離した次の瞬間、獣人が動く。
「ゲヘヘッ。耐えられるか見物だぜ!!」
ラミアの背後へ移動し腕を振り上げ背中へと飛び掛かる。当初、五センチほどだった爪は二十センチほどの長さになっており爪先から黒い液体が流れ出ているのが見える。
獣人の声に反応し振り返るモーションに入っているが振り向いたところで防御が間に合わずダメージが通ってしまう。
「ヤバッ」
反射的に体が動き、気がつくと獣人の攻撃を正面から受け止めようとしていた。回避はもとより防御態勢を取ればラミアを巻き込んでしまいダメージを負わせてしまう可能性が高いだけに受け止める方法が最善だと判断した。
爪による斬撃に何かしらの状態異常効果が付与された攻撃、しかも殺すことを前提としない攻撃ならば耐えきれる可能性が極めて高い。
「痛ッ」
爪は左肩口から入り鈍い音を立てながら右腰付近へ抜けていく。チクリと針で刺されたような痛みを感じただけでダメージは受けていない。
(な、なんで痛みを感じるんだよ)
「こ、小僧、気を強く持つ・・・・・・ のじゃ・・・・・・」
左肩を見ると小さな切り傷があり少し血が滲んでいる程度、ワンピースに至っては汚れすらついておらず、状態異常無効化スキルにより上手くレジストできたようだ。
「ラミア大丈夫か? ・・・・・・ラミア?」
声をかけるが返事どころか瞬き一つせず俺をじっと見つめている。獣人の攻撃が単体攻撃ではなく状態異常を引き起こす範囲攻撃だと考えればラミアの状態の説明がつく。後方で転げまわっている獣人に何が起きたのか全く分からないが今なら追撃を気にせずラミアを治癒することに専念できる。
治癒魔法を施そうと近づくと突然、抱きしめられてしまう。女性に抱きしめられたことなど一度もなく経験不足からくる身体硬直。密着した温かくて柔らかな肌の感触が一瞬思考を停止させた。
「もう我慢できない」
「えっ!? が、我慢って何を?」
ラミアが何か呟いたと思った直後、左肩口の辺りに柔らかくしっとりした感触を感じた。
ヴァンパイアは吸血することで治癒効果を高め吸血した者を眷属にすることもできる。高速再生の再生速度を上回るダメージを負い瀕死状態に近いヴァンパイアがとる最善の行動。
考えてみれば左肩には獣人から受けた傷があり少量だが出血していた。
「吸血衝動?」
しかし尖頭歯が刺さり吸血されているような感触ではなく、柔らかく湿った何かが肌に触れ擽ったいような経験したことのない感覚を覚える。
「ふ、ふざけやがって!! もういい。ぶっ殺す!! 皆殺しだ」
後方から激しい怒りに満ちた声と強い殺気がこちらに向けられた直後、背中に回していた手をそっと離すと玉座の間で見せたような卑下したような目つきで獣人を睨みつける。
「黙らぬかゴミ虫。この崇高にして至福な時が台無しじゃ。そもそもゴミ虫の分際で颯斗様に命を奪ってほしいなど不敬極まりないとは思わぬか?」
敬称どころか名前さえ呼ばず小僧と言っていたラミアが名前どころか敬称をつけていることに驚きを隠せず唖然としてしまう。
「颯斗様もう暫くお待ちください。すぐにゴミを排除いたします」
「はぁ? お前が俺をた・・・・・・」
獣人が何か話そうとした瞬間、先程までと比べられないほどのスピードで後方へと移動するのが見えた。まだ目で追えるとはいえ先程までとは天と地ほどの差があり、獣人とでは言わずもがな勝負にすらならない。
「黙れと言ったであろう」
声と同時振り返ると獣人の頭部は体を離れ地に転がっており言葉を発することすらできない状態になっていた。
最後に名前ぐらい聞いておくべきだったが後の祭り、不明点だけが増え何も分からなかったが収穫もある。
そして傍らで跪くラミアの態度の変化も一過性でなければ良いのだが・・・・・・
最後まで読んで頂きありがとうございます。
次回更新日は3月29日(土)「第4話 白焔」
連載中の「パラサイトシングル」と同時更新する予定です。