第2話 NPC
ArtificialIntelligence、通称AIと呼ばれる人工知能技術の進歩による恩恵をゲーム業界は享受することで急速な発展を遂げ、ゲーム内におけるNPCの役割も大きく変化した。
ユリウスはそんな現代の数世代先をいく先端AI技術が使用されていると言われ一人一人が異なった個性を持ち感情表現し会話が成り立つ。禁止事項など設定から逸脱した言動は起こさないのだろうが普通に接するだけなら人間と見分けがつかない。
また戦闘職のNPCを仲間にした場合、そのNPCの個性や才能を把握しどれだけ多様な経験を積ませるかで最終的な強さに圧倒的な差が生まれる。
眼下で跪くNPCがどれ程の力を有しているか分からないが、熟練のプレイヤーとの戦闘となれば敗北し命を失う可能性が高いだけに全員の能力や性格などを把握し今後の戦略に活かし成長させる必要がある。
【共有】の効果が相互共有ではなく付与に近い性質を持つため対象者の知識や力を共有行使することができず性格など知る事ができない。そのため日々のコミュニケーションが大切になってくる。
自己紹介程度でも個性が顔を覗かせることがあるからこそミィの提案を評価しているのだが恥ずかしいらしく未だに姿を現さない。
先に進まない状況に頭を悩ませていると、聞き覚えのある口調の可愛らしい声が聞こえてきた。
「はいはーい。颯斗様にお願いがありまーす」
その声や話し方は何処かで聞いたことがあるといった薄っすらとした記憶に基づいているわけではなく、鮮明な記憶に裏打ちされたもの。ユリウスにのめり込む以前から応援し続けていた高宮聖華というアイドルと同じ声、同じ口調、特徴的な桜色の髪、華奢な体躯、一部分が似ているという次元ではなく本人としか思えないほどに酷似している為かNPCだと理解しているのだが何となく緊張してしまう。
「お、お願いってなに?」
「颯斗様は僕のこと好き? 僕は大好きだよ!! だから・・・・・・ 僕をお嫁さんにしてください」
「えっ!?」
高宮聖華が出演したドラマで見たお気に入りの一場面、頬を赤らめ恥ずかしそうにする仕草や話す言葉全てが見事なまで再現されている。
真顔の維持が難しい状況に陥り、対応に困り果てているとソレイユが話に割り込んでくれた。
「な、何がお嫁さんにしてくださいよ!! エルオードって男だよね? 変なことばかり言わないでよ!!」
「僕のどこが男なのさ。ソレイユの目は節穴なの?」
「ど、どこって・・・・・・ し、し、知らないわよ」
顔を赤らめ言葉を詰まらせると悔しそうな表情を浮かべているソレイユに対しエルオードは可愛らしい笑顔をこちらへと向けている。
可愛らしい見た目、アイドルのような衣装に身に付けているが強大凶悪な魔法を行使し桁外れの魔力量を有する歴とした魔王種。その中には強者との間に子を設けるため性別を自在に変えることのできる個体がいると攻略サイトで見た記憶が有る。性別に関して容姿、仕草、声、どれを取っても同姓には見えず記憶も曖昧なため断定できない。
「揃いも揃って愚物じゃな。王としての力もなければ威厳すらない人間にいつまで跪き続けるのじゃ? レイス・バルゼインよ。朕はお前のほうが王として相応しく思うのだが」
突然、先程まで言葉を発せず静かに話を聞くだけだったラミア・スレイクから蔑むような視線を向けられ辛辣な言葉を投げ捨てられる。王として威厳がないことについては否定するつもりはないが実際問題、現実世界では普通の高校生なのだから王としての威厳なんてものを持ち合わせているわけがない。
「私が王ですか? 面白い冗談です。颯斗様は王ではなく神、それに御力を感じられないのは貴女だけかもしれませんよ」
「ほぅ。冗談が言えるとは驚きじゃ。ならば神とやらの力、確かめねばなるまい」
自尊心を傷つけられ怒りの矛先がこちらへ向けられたのは明らかで、語気こそ穏やかだが表情は硬く殺気こそ感じないが敵意ともとれる感情が伝わってくる。
ヴァンパイアの最上位種ファーストヴァンパイアの女王という設定、会話からもプライドの高さが窺える。戦闘は避けられそうにないがNPCの力量を測るという意味では回避する必要などなく寧ろ好都合と言える。
未だ使えるスキルや魔法は低位のものばかり、アイテムの取り出しも出来ないが模擬戦位なら問題なく戦える。
模擬戦を行うため玉座から立ち上がろうとしたその時、レイスから模擬戦の中止が告げられた。
「颯斗様、セフィーシア城に何者かが接近しております。如何致しますか?」
このセフィーシア城は広大に広がる森林地帯の中心に位置し外周に展開された強力な結界により外界と隔離されているとレイスから聞いた。規定シナリオ到達するなど条件を満たさなければ結界は解除されず攻め込まれる心配はないだろうと思い込み完全に油断しきっていたのが仇となった。
「【探知】・・・・・・」
探知は無属性魔法の一つで範囲内に存在する魔力、人や魔物の数、自身と仲間に対する敵意の有無などを把握することができる上に消費魔力も少なく広範囲をカバーでき利便性が高い。
(侵入者は三人、俺達に対して敵意はなさそうだけど。でもこれって・・・・・・ 何か変だな)
斥候と思われる二人はジグザグに何かを避けるように移動しているのに対し、もう一人は後方で一定の距離を取ってはいるものの直線的に移動し二人の後を追っている。
三人が仲間だと判断するには不確定要素も多く確実とは言えないのだが、二人の後を追う者から幾つかの魔力が混ざり合い蠢いているような得体の知れない気配を感じる。そんな三人が仲間だとは到底思えなかった。
確証がある訳ではなく単なる直感、だがこの類の感は驚くほどよく当たる。そして直感を信じるのなら行動するべき道は一つしかない。
「侵入者は三人。先行している二人は保護、もう一人は話を聞いて敵対するようなら排除する」
二人を追う何者かがプレイヤーである可能性が少なからずある以上、NPCを向かわせるわけにはいかない。だからと言って単独行動をレイスが許すとも思えなかった。
「今回は俺が対処する。同行する守護者の人選はレイスに任せる」
同行させるNPCは今回に限っていうならば誰であろうと問題はない。優先するべきは早急に同行者を決め助けに向かうことだからだ。
「それではラミア・スレイク。貴女に任せます」
「そうか。侵入者ごとき朕一人でも十分だと思うが・・・・・・ 小僧、精々足手まといにならぬようにしておるのじゃぞ」
散々な言われようだが先程のやり取りからの流れということもあり仕方のないことだと思える。だが他の守護者は跪いたまま許せないと言わんばかりの視線をラミアへと向けている。
「全員落ち着きなさい。颯斗様の御前ですよ・・・・・・ それでは侵入者の元へは私の転移スキルでお送り致しましょう。ラミア・スレイク、貴女は侵入者による敵対行動を確認後、速やかに敵を殲滅、同時に颯斗様を護りなさい。貴女ならその程度造作もないのでしょう? それでは颯斗様、ご武運を・・・・・・」
話し終えた次の瞬間、周囲の景色が玉座の間から森の中へと移り変わる。
転移魔法を使用する場合、転移先の明確なイメージを必要とするため知らない場所に転移することはできない。レイスが使用したスキルは条件を満たしているのか発動条件そのものを必要としないのか分からない。
また侵入者の現在位置も補足していたらしく進行方向、即時会敵しない程度の距離をとった場所へとピンポイントに転移させている。
ユリウスで転移魔法を使えるプレイヤーは珍しくないのだがスキルとなれば話が違ってくる。転移魔法修得を目指していた頃、魔法やスキルについて散々調べてみたがどの攻略サイトを見ても転移スキルについての記述は存在しなかった。
これだけでは判断材料が少なすぎるが、もしかするとレイス達が持つ力はプレイヤーに匹敵するのかもしれない。
最後まで読んで頂きありがとうございます。次回「第3話 ファーストコンタクト」はこの後21時を予定しています。もう暫くお待ちください。