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第1話 違和感

 一瞬の出来事だったように思えるが実際どれだけの時間が経過していたのか分からない。


 意識が戻りはしたが視界は閉ざされ漆黒の闇の中、声も出せず指先すら動かすことができない。


 本来なら数秒で視界が開けチュートリアルなり何かしら起きる筈なのだが何も起こらず体感で一分程経過している。


 このような状況で考えられる選択肢となると気長に待つか一旦ログアウトし再ログインするという流れの二択、体でも動かせれば選択肢を増やすこともできるのだが現状それは難しい。


 システムトラブルなど何か問題が起きているとするなら、緊急退避プログラムが実行され強制ログアウトさせられている筈だ。このプログラムはフルダイブゲームに必ず搭載されており問題発生後二十秒以内に復旧することが出来なければプレイヤーを強制ログアウトさせるというものだ。


 だからこそ今起きている現象はシステムトラブルの類ではないと予想できるのだが、これほど待たされると自信が揺らいできてしまう。


 更に時間が経過したが状況に変化はない。これほど長時間、復旧しないのであれば緊急退避プログラムすら機能しない重篤なトラブルの可能性すらある。復旧まで更に時間を要するのであれば一度ログアウトした方が時間を有意義に使える。


 そう考えた次の瞬間、誰かの言い争うような声が聞こえてきた。話しているのは二人・・・・・・ いや三人。騒がしいのだが懐かしく嬉しい不思議な感情が湧き上がる。


 また話声以外にも軽い息苦しさや花畑にでも居るかのような花香を感じる。嗅いだことのある香りということもあり、プルースト効果が発揮されることを期待し暫く香りを嗅ぎ続けてみたが何も思い出せないばかりか、息苦しさだけが増していく。


「あの・・・・・・ 颯斗様。そ、そんなに私のお腹をお気に召されたのですかニャ?」


 特徴のある話し方と声、聞き覚えがあるのは間違いないのだが思い出せない。


「ちょっと。そ、そういうこと止めなさいよ! ルーナもそう思うでしょ?」


「そのくらいで止めないとまたレイスさんに怒られちゃうよ」


「二人は颯斗様に目覚めてほしくニャいの?」


 会話を聞けば聞くほど三人の事を知っていると断言できる。その自信が何処から生まれてくるのか自分でも意味が分からないのだが頭の中で何度も繰り返し名前を言うたびに思い出せそうな気がしてくる。


「ミィ・・・・・・ ミィ・アルファウス!!」


 名前を思い出した瞬間、欠落した記憶の一部分が埋まり体の自由を奪っていた枷が外れ、魔力とは違う別の力が溢れ出し体の隅々まで浸透していくような感覚を覚える。


 閉ざされた視界は漆黒から霧がかった白き世界へと変化し時間の経過と共に霧が晴れ視界が開けていく。


 何らかの開放条件をクリアすることで新しいシナリオや情報が開示されるということは珍しくない演出の一つと言える。ただ配布されたNPCに対して数年ぶりに友人と再会したかのような嬉しさや懐かしく思う感情を演出として表現し、コントロールされているかもしれないと思うと恐怖すら感じる。


「は、颯斗様が私の名前を・・・・・・ きっと私の真心が颯斗様に伝わったのニャ」


「あんたバカなんじゃないの!! ルーナ、颯斗様が覚醒したことを皆に知らせて。私はバカ猫の暴走を止めるから」


 記憶という情報の開示により今なら三人の会話と状況から自身に何が起きているのか容易に想像できる。霧がかった白き世界として見えていた方が幻想的に思えた、だが視界が完全に開けた今となっては幻想の欠片もない。


「ホントいい加減にしなさいよ!! レイスに叱られても知らないからね」


「ソレイユのケーキを食べていいのなら考え直しても良いんだけどニャーーっ」


 顔にしがみつき息苦しさを演出し食欲を暴走させ大人気ない要求をしているのが配布された九名のNPCの一人、ミィ・アルファウス。


 メインクーンという猫に似た姿をしており、幻想的な白き世界と見間違えた雪のように白く絹のような光沢と滑らかな肌触りの美しい猫毛を持つ猫の姿をした妖精。


 そして口撃(こうげき)を受け防戦一方に追い込まれているのはハイエルフの双子姉妹ソレイユ・ヴォルクとルーナ・ヴォルク。千年以上生きた者ですら若々しい容姿をしているため、最も容姿と実年齢が乖離(かいり)している種族と言われている。そんな二人も十二、三才の少女のような容姿をしているが実年齢は俺より遥かに年上だ。


 視界は未だ閉ざされ声だけが聞こえる状態だが、妹と同年代に見える二人と猫が(じゃ)れ合っているところを想像していると心が穏やかになっていく。


 引き離そうと懸命に説得を続ける姉妹の努力が報われることはなく時間だけが過ぎていく。このまま見ていても良いのだがログアウトする前にシナリオを進め状況把握とリスポーンポイントの解放まで終わらせておきたい。


「ミィ・・・・・・ ちょっと離れてくれないか?」


「そ、そんニャァ。颯斗様が・・・・・・ 颯斗様が反抗期だニャんて」


 記憶している基本情報、会話を聞き感じた印象は、食いしん坊で明るく母親のような優しい雰囲気を持つムードメーカーなのだが違和感のようなものを覚える。


 そもそも何故ミィ達のことを知っているのか、全て正しい情報なのか分からない。それらを可能にする新技術が使用されているのかもしれないが現時点では不明。


「ミィ・アルファウス。颯斗様の御言葉が聞こえなかったのですか?」


「これは私の特権ニャ。レイスの頼みでも聞いてあげニャーーい・・・・・・」


「その様な特権があるとは知りませんでした。それでは私も守護者統括としての権限を行使するほかありませんね・・・・・・」


 慣れた口調で口撃を簡単に受け流しているのはレイス・バルゼインという宰相と守護者統括を兼務するNPCの一人なのだが、記憶している情報量が他者と比べ圧倒的に少なく現時点で基本情報以外は何も分からない。


 先程まで強気の発言を繰り返していたミィが反撃に移らず沈黙、守護者統括の権限というのは、かなりの効果が有るようだ。


 暫くの沈黙の後、ゆっくりと息苦しさが薄らいでいき徐々に視界が開けていく。ミィは引き留めてと言いたげに何度も振り返りながら、空中を漂い他の守護者の元へ移動すると跪き首を垂れる。


 周囲を見渡すと正面奥には装飾が施された巨大な鉄扉、通路を挟んだ両側には巨大な柱が整然と並び煌びやかな装飾品が彩を添えている。足元には深紅の絨毯が階段を降り通路の先にある鉄扉まで敷かれておりアニメや漫画で見る玉座の間にしか見えない。


(ここってどう見ても玉座の間だよな・・・・・・ まさか建国した状態から始まるなんて)


「颯斗様。守護者一同、御身の前に」


 声のする方へ視線を落とすと九名のNPCが横一列に跪き首を垂れている。


 王と守護者という設定である以上、堅苦しくなるのは仕方がない。仲間なのだから家族や友人のように接してほしいのだがNPCである以上、設定を逸脱した言動はできないだろう。


「顔を上げてくれ。皆に一つだけ言っておく。俺は誰かの命を犠牲に勝利しても嬉しくない。忠節を誓ってくれるというのなら必ず生きて帰ってほしい!! それとこれは希望なんだけど、もう少し砕けた感じで接してくれると・・・・・・」


 威厳ある王というキャラに憧れた時もあったが長期間、四六時中演じることだけはプレイヤー仲間が出来た時のためにも避けておきたい。


 半数以上のNPCは好意的な反応を示してくれているがレイス・バルゼイン、ラミア・スレイクの両名は納得できないと言いたそうな憮然とした表情を浮かべている。


「そ、それじゃ、レイス。現在判明していることを教えて貰えるかな?」


 無理やり感は否めないが現状判明している情報の整理だけは絶対やっておかなければならないのも事実。


「それでは現在判明していることについて御説明いたします」


 NPCは最先端の自立型AI技術を使用されており自然言語理解、適応性、応答性が高く人間と遜色なく会話し感情表現を行う。だがそれらは仮想世界というゲーム内設定から生み出されているため現実世界とは隔絶されており設定以外の知識を有していないのだ。


 声優やNPCといった現実世界には存在しているがゲーム内では存在しない言葉をNPCに伝えたところで理解できない。だがレイスの話には所々、違和感を感じずにいられない言葉が含まれている。


「ここセクレシアはユリウスという世界や颯斗様が現実世界と認識している世界と全く別の世界、そして此度の戦いの結果如何によっては他の世界も滅ぶ可能性があります。正直申し上げて智博(ともひろ)様、愛華(あいか)様のいらっしゃる世界も例外なく滅ぶ可能性があるということを御認識いただきたい」


 そもそも運営すら知り得ない情報をNPCが知っている筈がない。中二病全盛期に考えた国名が使われ、両親と同じ名前の登場人物、それらが偶然だと考えることに無理がある。


「ちょっと、いい加減にするのニャ! 覚醒されたばかりの颯斗様になんてこと言ってるのニャ!! 時間がないってことは伝わってきたけど冷静さを欠くなんてレイスらしくないんじゃニャいの」


「・・・・・・ そうですね。まさか貴女に(たしな)められるとは思いもよりませんでしたよ・・・・・・颯斗様、冷静さを欠いてしまい申し訳ありません」


「信賞必罰は世の常ニャ」


 一度目の記憶開放で得た情報は基本情報のみで何も知らないに等しく、半年ほど前に目覚め自主的に情報収集を行ったNPC達の方が何倍もの情報を得ている。また集まった情報はNPC間で共有されているが、個人が元来持っている情報については共有されていない。


 このことからもレイス・バルゼインというキャラクターがストーリーを進める上で重要な役割があると推測でき、そう考えれば他のNPCが知らない情報を知っていても何ら不思議なことじゃない。


 報告が終わり本来なら情報の整理と考察を始めたいところだが把握できていない情報が多く確実性を担保できない。


 周辺状況の調査はできる範囲で終了しているが目の前で跪き首を垂れるNPCの事は知らないに等しく記憶そのものが不確実、ミィのように記憶と実物の印象にズレを感じるのなら正しく把握しておく必要がある。


「今後も情報収集は継続、何かあれば即時報告してくれ。それと誰か自室まで案内してくれないかな?」


「畏まりました。案内は私が致しましょう」


 自室へと向け歩き始めようとすると突然、ミィが両手を広げ行く手を阻む。


「待ってくださいニャ!! 仲良くなるには自己紹介から始めるのがセオリーなのニャ。私達のことをもっと知ってもらえたら戦いを有利に運ぶことだってできて一石二鳥なのニャ」


 ミィの提案にレイスは眉をひそめ溜息をつく。自己紹介程度の情報ならば今話す必要などないと即刻一蹴しても良さそうなのだが何か考え込んでいるのか沈黙したままで言葉を発しない。


 新たな情報の公開を待つより多くの情報を集め不測の事態を想定し準備をする。一緒に戦うプレイヤーが居ない現状ではNPCの能力等の把握が急務となる。知っている基本情報といえば名前、年齢、種族と幾つかのスキルのみで戦闘スタイルに関しては種族とスキルから想定したもので確かな情報と言えないからだ。


「自己紹介ということは【共有(シェアリング)】の許可範囲拡大を献言したいということでしょうか?」


「自己紹介は自己紹介ニャ」


共有(シェアリング)】は【叡智(えいち)深淵(しんえん)】というスキルから派生したスキルの一つで、仲間に対し自身が保有している知識や力を許可範囲内で共有行使権限を与える付与に近い効果を持つ。


 修得当時、ソロで絶域というダンジョンの攻略を行っており仲間と呼べるプレイヤーどころかNPCすら居なかった。共有する仲間が居なかったこともあり知られても問題無い情報のみ許可したまま今に至る。


(もしかしてプレイデータ引継いでるのか? 何も認識できないんだけど)


 ユリウスでは修得した魔法やスキル、魔力残量や魔法効果から収納されている所持アイテムに至るまで全てを理解し使用することができる。もし共有(シェアリング)が使えるとするならプレイデータを引継いでいる可能性が極めて高いのだが現時点で使用可能なスキルや魔法を認識できない。


 しかしその後、時間経過と共に把握できるスキル等が徐々に増えていく。まるで数百とあるアプリケーションを順番にアップデートして行っているかのように。


共有(シェアリング)できることは多いに越したことないから可能な限り許可しておくよ」


「お聞き入れいただきありがとうございます。ですがもう少し緊張感を・・・・・・」


 これ以上言わせないと言わんばかりにミィは少し大きな声でレイスの話を遮ると優しい口調で話し始める。


「だーかーらぁ。重いのニャ!! でも颯斗様、口うるさいけどレイスの言ってることは多分

 間違ってニャいと思う。だから・・・・・・ レイスのいう事も十回に一回くらい聞いてほしいのニャ・・・・・・ って言うか颯斗様って男の子ニャの?」


 話の途中で何かに気がつき慌てて隣で跪くカイ・シュベルザーの背に回り込み姿を隠すと時折、肩口から顔を出しこちらの様子を窺っている。何が起きたのか分からずにいるとレイスが冷静な口調で話しかけてきた。


「ミィ・アルファウスは過去に行った自身の行動を恥じているのでしょう」


 十回に一回は聞いてという件が軽くすべったことが恥ずかしかったのだろうか。そうだとしたら今はそっとしておいた方が良いのかもしれない。


「あの・・・・・・ ミィちゃんは颯斗様の御召物を見て女の子だと思っていたんだと思います。私も先程まで女の子だと思っていましたし」


 おっとりとした口調で話しかけてきたのは天使族の少女サティナ・セラフィール。純白と漆黒の翼を持ち、金色の髪とブルーの瞳、知的で清楚を絵に描いたような容姿。聖女と呼ばれるだけあり神聖な雰囲気が溢れ出ている。


(女の子に見える装備品なんて持ってないけどなぁ・・・・・・ えっ、何これ)


 運営会社が同じ、ユリウスの続編だとしても別ゲームへ移行、プレイデータはリセットされロールプレイングゲームの定番初期装備、布の服あたりを装備しているのではないかと想定していたのだが自身の装備を見て愕然としてしまう。

 

(何でワンピースなんだよ。髪まで長くなってるし・・・・・・)


 ユリウスで使用していたアバターは初回ログイン時に全身スキャンすることで自動作成され現実と同じ容姿性別、髪型、髪の長さに至るまで忠実に再現されている。だからこそ髪の長さだけ変更するという運営の意図が全く分からない。


 当然だがユリウスでの性別は男、女性と間違われたことなどなくワンピースを着ていたからと言って性別を間違えられるとも思えない。


 幾つもの違和感と偶然、何かの伏線の可能性も十分に考えられるのだが、自分自身を含め全員に一貫性がなさ過ぎると考察している時点で運営の思惑通りなのだろう。


 危機感や焦りといった感情だけではなく、この世界について知っている情報に大きな個人差がある。同時期に目覚め情報収集に努めた九人ですら個人差が大きく、まるで別の世界(ゲーム)のキャラが集まっているような・・・・・・ そんな気がしてならない。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回更新は明日22日18時頃を予定しています。次回「第2話 NPC」お楽しみに

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