お引越し
小学生の一人暮らしは問題という事で、学校が休みの日に引っ越しをすることになった。
荷物等は全て絢音が業者に頼んで搬入し、すぐに終わった。
「ここって、実家じゃないですよね?」
「そうだね。私のプライベートハウスだよ」
「お金持ち凄い」
「部屋の案内をするよ、そこそこ広いから」
「間取りは……」
「15LDK」
「なんで……」
プライベートハウスだというのに、何故そんなに部屋が必要なのかと疑問しか浮かばなかった詩音だった。
「私のプライベートハウスではあるけど、お母さんの趣味全開だから、無駄に広いし部屋も多いんだよね」
「高級志向なんですね」
「そうだね。学校も使ってない空き教室いっぱいあるし」
「そうなんですか?」
初等部は6年制だが、5階まであるせいで初等部にすら空き教室があるのに、中等部と高等部は3年制なので、当然教室は余る。
「まあ、空き教室は生徒達が思い思いに使ってるけどね。カップルでイチャついたり、狩場にしてるルリがいたり」
「狩場って……」
「人狼と違って、吸血鬼は害が少ないから、国から両者の同意の上でなら吸血行為も認められている。だから、男でも女でも口説き落としてオヤツにしてる」
「催淫効果でもあるんですかね?」
「無いはずだけど、その方が自然なくらいだよ」
詩音は絢音が思ったよりも異種族について知っている事に驚いた。
普段、何も知らないのではないかという言動が目立つ為、そう思っていたが実際は違う。
絢音は異種族の事をよく知っている。
あえて知らないフリをしたり、知っている上で危険行為をしたりしているだけだ。無知故の暴走ではない。
「それで、ここがお風呂。一緒に入ろうね」
「1人でも入れますよ?」
「一緒に入りたいんだよ。だってここ無駄に広くて1人で使うのはちょっとねぇ……」
浴室というより、もはや大浴場の様な風呂場は1人で使うにはあまりにも広く、最初こそ貸切風呂の様でテンションが上がるだろうが、慣れるとどうしても誰もいない銭湯のようで少し不気味だ。
何より、洗うのが面倒くさい。
「まあ、ゴーストって種族がいるから、幽霊に怯えたりとかは無いんだけど、何というか……居心地がね。お風呂はここまで広くなくて良いと思う。この広さを洗うの私だし」
「私がやりますよ」
「出来れば一緒にやろうね。それじゃ次」
それから絢音は自分の部屋、シアタールーム、キッチン、リビング、トレーニングジム、テラス、室内プール、図書室、運動場を案内する。
「広過ぎませんか」
「だよね。1人で使うには広過ぎるんだよね」
「使用人等が居た方が良いのでは?」
「居るけど、仕事以外は部屋でダラけてるからね。基本的に一緒に使うとか無いんだよ。それで、その使用人の部屋がここ」
絢音はノックも無しに開けて普通に部屋に入る。
「あ、あの、絢音さん???」
「使用人の山田だよ」
「山田さん」
部屋には金髪の若い女性が下着姿で困惑していた。
その女性が山田裕子、22歳独身、猫又の異種族である。
裕子は急いで着替えてベッドの上に正座する。
「今日からここに住む部活の後輩、人狼の異種族の大狼詩音ちゃん」
「人狼の小学生だ、初めて見た」
「よろしくお願いします」
「あ、こちらこそ〜」
絢音は次に詩音の部屋に案内する。部屋は日当たりが良く、とても広々としていた。
詩音の荷物は既に運び込まれていた。
「広いですね」
「20畳かな」
「リビングでも広いですね」
「好きに使って良いからね」
絢音は最後にリビングに詩音を連れていき、飼っている犬を沢山連れて来る。
「ハイパーセントのウルフドッグを沢山買っててね」
「大きいですねぇ」
詩音は歩いて来たウルフドッグの顔を撫でる。
「ジャックというですね」
「やっぱり会話できるんだね」
「はい、近縁種ですからね」
「身内以外には懐かないんだけど、人狼だからかな?」
犬系の動物の頂点である人狼は、狼を始めとした犬系の動物と会話出来る為、非常に相性が良い。
「とても大きい子もいるんですね。群れのリーダーなんですね」
詩音よりも体高が高いウルフドッグが1匹おり、他のウルフドッグ達曰く、この家でのウルフドッグ達のリーダーらしい。
絢音はとても大きいその個体に一目惚れで即購入したらしく、大きい理由はよく知らない。
元々野生だったらしい。
「貴方はお名前はなんて言うの?」
そう尋ねると、詩音にしか理解出来ない声で『キング』と答え、詩音の前に座って伏せる。
「キングは懐くのに結構時間かかったのに凄いね」
「狼は内向的で警戒心が強い、ウルフドッグもその影響を色濃く受け継いでますから、人に懐きづらいのも仕方ないですよ」
「群れの外から来た人狼なのに威嚇されないのはどうして?」
「それは良くわかりません、昔から犬系の動物には懐かれやすかったですから」
実のところ、人狼だから犬に懐かれやすいと言うわけでも無い。詩音だからという理由の方が強い。
犬系の動物は詩音に対し、本能的に王として認識する。
山を散歩していると山犬を引き連れて帰って来た事もある程なので、生まれ付きの才能である。
「会話できるみたいだけど、紹介するね。1番大きいのがキング、わんぱくで元気でウルフドッグなのにハスキーみたいなのがジャック、おとなしくて少しシュっとした顔のクイーン、人懐っこいハート、キングの近くにいつもいる小さめの子がスペード、オモチャを隠しちゃういたずらっ子のダイヤ、頭が良くてジャックをよく叱ったりしてるクラブ」
「個性豊かですね」
家の紹介が終わり、荷解きをする。
絢音はそこで不思議なものを目にすることになる。
「この箱を開けて本棚の前に押して行って。このぬいぐるみはベッドの上に。この箱は開けてタンスの前に」
詩音はウルフドッグ達に指示を出して、ウルフドッグ達はそれに従って荷解きを手伝っていた。
「不思議。言語は同じはずなのに」
「人狼の言葉には犬笛に近い人間には聴こえない音があって、それで会話が出来てるんです」
「やっぱり、人狼に関する資料がかなり不足してるね。それは知らなかった」
ウルフドッグと詩音と絢音と裕子の3人と7匹で作業をして荷解きはあっという間に終わり、絢音はウルフドッグに囲まれる詩音の写真を撮り、異員会のグループに送る。
『ウチの新しいヒエラルキーの頂点』
『侵略されてるじゃん』
『侵略イヌ娘』
『侵略完了してる珍しい例ね』
絢音のプライベートハウスのヒエラルキーは、詩音が頂点、次に絢音、その下にキング、クイーン、ジャック、スペード、クラブ、ダイヤと続き、最後に裕子である。
裕子はウルフドッグ達に負けた哀れな猫又だ。
裕子は夕食の準備に行き、完成するまでの間、地下にある広い運動場で遊ぶ事になった。
「詩音ちゃん、クライミングで勝負しよう」
「クライミングですか?」
運動場ではフリークライミングもできる様になっており、絢音もそこそこやっている。
地上の走力では勝ち目があるわけが無いので、壁登りならば勝てそうだと判断した。
「それじゃあ、よーいどん!」
同時に走り出し、絢音は慣れた手つきで壁にある突起を掴み、登って行く。
しかし、詩音は突起を足場にして駆け上がって行った。
「勝ちです」
「フリークライミングの速度じゃないな」
下を見ればキング達が群がっていた。
「なんか、狼から逃げるために壁登りしてるみたいになってるね」
「じゃあ絢音さんは登っても降りても食べられちゃいますね」
「詩音ちゃんもそっち側なのね」
勝負は大差で敗北したものの、詩音はあの方法でなければそもそも登り切ることが出来なかった。
身長が足りないので、突起から突起を掴もうとしても届かないのだ。
なので、突起を足場にして跳躍して行くしか無かった。途中で止まれば降りる事しか出来なくなる。
「狼って木登り苦手というか、出来ない筈なんだけどなぁ」
「人狼ですからね」
狼はネコ科動物と違い、爪があまり鋭く無く、木を登るのには適していない。
しかし、人狼は人型に近く爪も攻撃用なのでとても鋭い。
それはそれとして、人狼は基本的に獲物が木の上に登ったら追いかけない。
樹齢1000年の大樹でもない限り、木をへし折って無理矢理落とす方が確実なので、腕力で木をへし折る。元々が狩猟に特化した戦闘種族、狼とは狩りの方法が違う。
「やっぱり、私じゃ勝負にならないね。キング達と遊ぶと良いよ。私は少し休んでるから」
絢音に言われて詩音はキング達に狩りごっこと称した鬼ごっこをすると言う。
鬼ごっこは本来1人または少数の鬼が複数の人を追いかけるものだが、狩りごっこは逆転する。
1人が逃げて、残り全員で追いかける。
逃げるのは勿論詩音で、キング達7匹の犬達が追いかける。
詩音が合図を出すと、犬達は詩音に飛びかかり、詩音は耳と尻尾を出して後方に跳躍し、一瞬で距離を取って走って逃げる。
「元々の距離1メートルからよく逃げられるなぁ」
絢音はスマホで撮影をしながら見ていた。
高校の体育館2つ分程の運動場を目一杯使って詩音は走って逃げる。
フリークライミングの上など、犬達が登って来られない場所には行かず、ひたすらに走って逃げ続ける。
「10分全力疾走出来るの凄いな」
開始から10分、詩音はペースを落とさずに走り続けており、壁際に追い込まれれば、壁を蹴って犬達の上を飛び越えて逃げて行く。
そうして、1時間ほど逃げ続け、犬達の方が疲れてしまっていた。
基本的に散歩も1時間ほどするのだが、全力疾走ではないので、疲れ果てて伏せて休み始めた。
「詩音ちゃんの方は息一つ切れてないってどう言う事?」
「元々狼は体力が多くて、人間の特性もあるので、更に体力が多いんです」
「そこ平均化されてないんだ」
人狼は狼と人間の特性を併せ持ちつつ、驚異的な戦闘能力を持つ種族。
元々体力の多い狼と、全ての種族で最も長距離を走るのに適している人間の能力を平均化せずに掛け合わせているので、体力が凄まじく多い。
その性質上、人間に出来て人狼に出来ない事は何一つ無い。
「そろそろ夕食の時間みたいですね。裕子さんの足音がします」
「便利だね、耳良いの」
「大きい音は苦手ですけどね」
犬達が少し休んでる立ち上がり始めると、裕子が夕食の準備が終わったと呼びに来る。
地上に戻り、全員で夕食にする。
詩音の食べ物は持参しており、生食用の肉になる。
「人狼って焼き肉とか食べるの?」
「食べれない事は無いですけど、基本的に生食の方が良いですね。焼いた肉より水分量が多いですし、焼く事で壊れる栄養素もありますから。国が用意した肉は植物性の栄養素も摂れるように多少加工されてたりしますけど、焼きはしませんからね」
人狼は元々が狼で人の姿になっている、猫又も元々が家猫で人の姿になっている。
絢音は裕子も生食出来るのか聞いてみる。
「出来ないことはないですけど、元々が家猫だすから、生食なら刺身が良いです」
「キャットフードでも良さそうだね」
「嫌です」
詩音はキャットフードと聞き、少し思った。
「人狼ってドッグフード食べられるんでしょうか?」
「出来るんじゃないかな?年老いたライオンもキャットフードを与えるらしいし」
「今度試してみます」
「やめて」
詩音は本当にドッグフード食べそうだし、問題無いならドッグフード食べ続けそうなので、かなり良くない絵面になる。
引っ越してきて早々に食べ物が生肉からドッグフードになったとなれば、虐待を疑われかねない。
人狼は人間社会では個体数が少ないので、ドッグフードを食べても大丈夫なのか分かっていないのだ。